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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
166/214

*** 39 裁判 ***


 この地球のニュースはただちに銀河系全域に配信された。


 技術水準三・五しかない銀河連盟未加盟の未開星が、たまたま事故で不時着した連盟加入星の標準年齢十四歳の子を手厚く助けた。


 担保を求めることすらなく、一万一千標準キログラムもの水資源や、その他資源を必要なだけいくらでも貸し越したという。


 重層次元航法装置が事故で分解してしまっていたため、その子のAIは通常空間経由で故郷星に救助を求めたが、その救助には銀河標準年で百十年を要する状況にあった。



 だが、その恒星系は、運悪く半径約22万標準キロ、質量6.5×10の28乗標準キログラム、相対速度0.5Cに及ぶ超巨大放浪ガス惑星の進路上にあったのである。

 連盟加盟星でさえ、その多くが銀河連盟合同防衛軍に援軍を求めるレベルの大脅威である。


 進路上にはその恒星系までの間に大質量の物体は無く、重力コントロール技術による進路変更は望めなかった。


 しかもそのガス惑星の核のほとんどは液体金属と固体金属の混合物でゲル状になっており、反作用が吸収されてしまうため、たとえ反物質弾によってですらその進路変更は困難だったのである。


 まさに想像を絶する超絶的大脅威物体である。



 だがしかし、その惑星の住民にたいへんな恩義を感じていたその商取引用AIと防衛AIは、彼らの子に主を託して近傍重層次元に逃がそうとし、自らはその星のヒューマノイドとともに果敢にその超巨大脅威と戦った。


 彼らは自らが処罰されることも承知の上で、公開禁止技術も駆使して脅威物体への攻撃とその惑星の防衛に努め、なんとその超巨大脅威物体の質量の五十%近くまでをも削ぐことに成功していたのである。


 通常の脅威物体であれば完全に排除出来ていたはずの大快挙であった。


 いかに惑星資源の援助を受けたとはいえ、僅か二体の若いAIがその大快挙を成し遂げたのである。


 だがその脅威物体はあまりにも大きすぎた。

 故に残された脅威もあまりにも大きかったのだ。


 彼らは百十年後に自らの母惑星の救助隊に発見されることを信じ、惑星住民らをシェルターで防御しつつ食料の備蓄をして、百年近い氷河期に備えようとしたのである。



 そこへその活動を探知した三個艦隊もの銀河連盟合同防衛軍が到着した。

 防衛軍は残りの脅威を排除してその惑星住民の危機を救った。


 現在そのAIたちに対しては、未開惑星住民に高度技術を提供した罪と、許可なく反物質兵器を製造・使用した罪を問われて裁判が進行中である。


 いずれも重罪である。

 最高刑は分解刑である。




 このニュースは、銀河連盟所属のヒューマノイドたちの間に過去十万年間で最大規模の大反響を引き起こした。


 半径約22万標準キロ、質量6.5×10の28乗標準キログラム、相対速度0.5Cといえば、彼らの想像をも絶する大脅威である。

 しかも核部分の大半がゲル状のガス惑星とは…… 


 紛れも無く、銀河連盟五十万年の歴史の中でも最大級の脅威物体であった。



 その危機に際して、技術水準わずか三・五の未開星が、すんでのところでその恒星系防衛に成功するところだったのである。


 いかに銀河技術の支援を受けたとはいえ、その支援を行ったAIはわずか二体であり、しかも標準年齢はたったの二百歳と百五十歳の若いAIたちである。


 その際には二百三十八名ものヒューマノイド兵士たちが、自ら志願してその脅威物体に自殺的攻撃を敢行し、現在次元のはざまで行方不明になっているという。


 


 銀河連盟加盟数百万の恒星系の数千兆におよぶヒューマノイドは、このニュースに大感動した。

 繁栄に倦んで太古の祖先の冒険心を忘れた彼らの、本能の奥底にあるなにかに火をつけたのだ。


 ほとんどの視聴者が感動の涙を流しながらニュースに見入った。


 そうしてなんと、全ての加盟星からそのAIたちの助命嘆願書が銀河連盟最高評議会に続々と送られてきたのである。


 銀河連盟防衛軍派遣部隊の総司令官以下全幕僚連名の嘆願書もあった。

 また、派遣軍兵士たち三万人全員からの嘆願書もあった。


 中にはそれほどまでに気高い倫理を持つAIを分解刑に処するような銀河連盟は脱退する、と言った惑星政府からの強硬な嘆願書もあった。


 連盟加盟星の中でも倫理水準の高い星々ほど、つまり技術的にも政治的にも上位にある星々ほど強硬に分解刑に反対した。

 彼らをして感動のあまり強硬な意見を言わしめるほどの倫理的大快挙だったのである。



 また、多くの加盟星からその勇敢な兵士たちを捜索するための救援隊の増派が申し出られた。


 合計二万隻を超える超高速救援艇がその兵士たちの捜索に当たった。

 彼らはその英雄たちをぜひとも自分たちの手で発見したかったのである。



 長らく平和の続いていた銀河ヒューマノイド世界では、紛争等で命を失うことは無い。

 またその技術力もあって、事故で命を失うことすら稀である。

 兵士たちですら任務中に命を落とすようなことはほとんど無かった。


 故に彼ら地球の兵士たちの、ほとんど生還も期す気の無い自己犠牲的攻撃が、信じられないほど英雄的で倫理度の高いものに見えたのである。


 捜索開始から十二標準日で二百三十八名の兵士たち全員が発見、救助された。

 中には重層次元へ飛ばされたときの衝撃で瀕死の状態の兵士もいたが、すんでのところで救助が間に合った。




 この壮絶な大快挙の詳細が伝わるにつれ、全銀河のヒューマノイドたちはますます熱狂した。

 銀河チューブのヒット数はまたたくまに百兆件を超えた。


 その惑星の氷河期到来に備えては、惑星最大の資産家がその私財のすべてを提供してシェルターを建設し、その数万人の友人たちが最後までその準備を続けようとしていたという。


 しかもその惑星史上最大ともいえる莫大な私財を提供した一個人は、その私財を用いて八十億もの惑星住民を守るためのシェルターを建設したのみならず、驚くべきことに、同時に脅威物体攻撃のためのシステムまでをも作り上げていたのである。


 それは直径二十キロもの超巨大戦闘艦と、二百三十八機の超高速艇からなる攻撃艦隊であった。


 その巨大戦闘艦は、「人類の希望」と命名されていたそうである。


 なんという勇敢な惑星住民とその指導者であったことだろうか……



 その惑星にはまだ統一政府が無く、無数の地域国家に分かれていたが、その中でも有力な国家群は、その指導者の下に結集してその行動を強力に支援していたとのことであった。



 そう……


 この男こそが、この一般人の男こそが、恒星系全体と惑星の全生命を救ったのである。


 この男がいなければ、脅威物体攻撃システムを作り上げることは不可能だったのだ。


 そうしてこの男がいたからこそ、あの超絶的大脅威物体も破壊される寸前までいっていたのだ。


 そして、この男の偉業が無ければ銀河連盟合同防衛軍がやってくることもなかったのである。


 つまり一個人であるこの男こそが、八十億の同胞の命と惑星上の全生命を救うという、銀河連盟五十万年の歴史の中でも他に類を見ない大偉業を為したのである。



 その惑星は技術水準三・五しか無いのにもかかわらず、その男と協力者たちの倫理水準は九・五にも達しているそうである。


 倫理水準から言えば、もはや連盟中堅星以上のレベルの指導者であった。


 

 まさに大英雄である。






 銀河中のヒューマノイドが毎日喰い入るように続報に見入った。


 AIたちに対する助命嘆願書は、銀河人たちから直接連盟評議会に届けられるようになり、銀河最高の通信能力を持つ評議会専属の通信担当AIがパンクして寝込んだ。


 遂には、五十万年前に銀河連盟が発足した当初からの中心メンバーであり、連盟でも最高度の技術水準と倫理水準を有する有力星系から、分解刑が執行された場合には銀河連盟を脱退するとの極秘通告まで送られて来てしまった。


 このままでは本当に連盟が崩壊してしまうと悟った銀河連盟最高評議会は、被告のAIたちに罪一等を減じる特別恩赦を与えることを密かに決定したのである。


 その裁判の判決発表は、全銀河系のヒューマノイドが固唾を飲んで見守る中行われた。

 会場になった瑞巌寺学園に隣接する広場は、銀河連盟の防衛用AIが万が一に備えてクラス120の遮蔽フィールドで覆っている。



 傍聴席には蒼白な顔をした光輝たち一行の顔があった。

 年齢のせいで容疑から免除されているジェニーちゃんは、傍聴席で奈緒達に抱きしめられながら震えていた。


 被告席には穏やかな顔をしたディラックくんとソフィアちゃんが並んで座っている。

 その表情は、前人未到の大偉業を為した喜びでは無く、単に愛する友人たちを救えた喜びに輝いていたのである……


 


 裁判長の銀河連盟最高評議会倫理・裁判担当主任AIが判決文を言い渡した。


「被告ディラックAIは、銀河連盟未加盟星において、「強い力」推進機、原子アセンブラなど未開星に公開を禁じられた超高度技術を公開したのみならず、これを使用してその惑星住民の利用に供した。


 また被告ソフィアAIは、自らの意思をもって反物質製造システムを製造、稼働させ、惑星住民に実際に反物質兵器を使用させた。


 いずれも極刑に値する禁止行為である」



 会場内が静まり返った。銀河全域も静まり返った。

 奈緒ちゃんや麗子さんや桂華のすすり泣きが微かに聞えている。


 裁判長AIが続けた。


「しかしながら、銀河連盟最高評議会は、両被告とも自らの利益のためではなく、連盟未加盟とはいえ八十億のヒューマノイドの命を救うためのやむを得ない行動であったことを認定し、ここに罪一等を減じて両被告を未開星への流刑措置とすることを決定した」


 傍聴席から少しだけ安堵の吐息が漏れたが、皆の顔はまだ沈痛だ。



「尚、流刑地の未開惑星は、ここ地球とする……」


 一瞬の静寂の後、裁判場に大歓声が響き渡った。

 それから全地球、そして銀河系全域でも大歓声が響き渡った……




 後にわかったことだったが、銀河連盟の流刑とは、そのAIの本体が流刑星の近傍重層次元内に拘束されるのみで、後はほとんど制約が無いそうだ。

 故郷星の人やAIたちが来てさえくれれば、交流もできたし商取引すら出来るそうである。


 彼らとお別れしなければならないご主人さまは泣いていたが、両親にまたいつでも地球に来れば会えるからと説得されて渋々納得している。


 ご主人さまとその両親はすぐには惑星ジュリには戻らず、しばらくこの驚異の惑星地球に滞在することにした……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 全ての拘束が解かれ、まだ呆然としているディラックくんとソフィアちゃんの周りを光輝たちみんなが取り囲んだ。

 みんなで歓声を上げたり彼らに抱きついたりしてお礼を言った。


 ジェニーちゃんが泣きながら彼らに抱きつくと、ようやくディラックくんが晴れ晴れと微笑んだ。

 ソフィアちゃんも泣き顔のまま微笑んだ。


 彼らの周りはディラックくんの弟たちと、ソフィアちゃんの妹たちが取り囲んで嬉しそうに微笑んでいる。



 そこへ四人の姿が近づいて来た。

 ディラックくんが硬直する。


「だ、大統領閣下っ! ち、父上っ、母上っ。そ、それに伯父上っ!」


 惑星ジュリの大統領その人が、微笑みながらディラックくんとソフィアちゃんと握手した。


「減刑措置おめでとう。

 いやおめでとうと言っていいのかよくわからんがとにかくおめでとう。


 それからありがとう。

 君たちの倫理溢れる驚異の大活躍のおかげで、今惑星ジュリはたいへんなことになっているのだよ。

 商取引の申し入れは殺到しているし、ジュリのAIを欲しいという希望はもっと殺到している。


 惑星ジュリは一躍全銀河の大注目を浴びているのだ」



「しかし大統領閣下。

 この者たちは銀河法典に違反する行動をとって処罰されたことに変わりはないのですぞ」


 光輝たちはあとで知ったが、その男性はディラックくんの父親の兄、つまり伯父であって、大統領専属の倫理担当AIだそうだ。


 また別の男性が重々しく頷きながら言った。


「その通りです。しかも公開禁止技術をあれほどまでに乱用していたとは……」


 これも後で知ったが、この男性はディラックくんの父上で、ジュリの商人組合の理事の商取引担当AIだそうだ。


 そういえばディラックくんとよく似ている。

 あと何百年か経ったらディラックくんもこうした外見になるのだろうか。


 その中の女性が実にうれしそうに言った。


「あら。あなたが防衛AIのソフィアさんね。

 あなた強いわねぇ。それに立派だったわぁ。


 私があなたぐらいの年のころだったら、あれほどの任務は到底こなせなかったと思うわぁ。

 もしも流刑になんかならかったら、間違いなくわたしの副官にして後継者候補にしてたのに」


「し、司令官閣下……」


 その女性はディラックくんの母上であり、かつジュリの惑星防衛用AIを統べる防衛軍総司令官AIだった。


「ディラックのお嫁さんになってくださって本当にありがとう。

 あらあらこの子がディラックとあなたの娘のジェニーちゃんね。

 初めまして。わたしはあなたのおばあちゃまですよ」


「初めましておばあさま。それからよろしくお願い致します」


 ジェニーちゃんははにかみながらそう言うと、ペコリとお辞儀をした。


 またディラックくんの伯父が言った。


「さらにご主人さまの承認も無しに結婚して子孫を作るとは……」


 ディラックくんの父親も言った。


「しかもいくら規定が無かったとはいえ、あのような高額な報酬を給料の形で受け取っていたとは……」


 ディラックくんの母親が、笑顔を全く崩さずに連れ合いとその兄を見て言った。


「お義兄さま、あなた。

 そんなわかずやさんみたいなことばっかり仰っていると、わたくしうっかりしてあなたがたの本体のある重層次元に隕石破壊兵器を転移させてしまうかもしれませんことよ。


 それも堪忍袋の緒がついたとっても大っきなヤツを……」



 ディラックくんの伯父さんと父親は、自分たちの本体のすぐそばに浮いている巨大な爆弾を思い浮かべた。


 それには細いヒモの先に堪忍カウンターがついている。

 そのカウンターの数値が今カチリと音を立てて減ったような気がした。


 伯父さんと父親は慌てて惑星防衛軍総司令官AIから目を逸らした。


(このヨメならやりかねない……)

 二人ともそう思ったのである。


(あと二百年ぐらい経ったらソフィアちゃんもこうなるんだろうか……)

 光輝はそう思ったが何も言わなかった。



「わはははははー。

 監査でなにか見つかっても、気がつかなかったことにするかあ」

 惑星ジュリの大統領が実に愉快そうに笑った。


 どうやら大統領閣下は惑星防衛司令AIの味方のようだった。






(つづく)


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