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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
163/214

*** 36 最終作戦 ***


 超弩級迎撃戦艦「人類の希望」は、減速を続けるうちに先遣隊がクリアにした空域を通過した。

 そこから先は、先遣隊の超高速艇は進路を変進して直接脅威物体に向けて近づいて行っている。


 ソフィア司令官は戦艦の進行方向前方に二十機の無人機を発進させ、空域をクリアさせながら慎重に進んだ。

 やがて減速が終了すると、戦艦はそのままの向きで脅威物体に向けてまた加速する。


 今度はすぐにまた減速を開始して、脅威物体の真横の位置についた。



(とうとうやってきたのね……) 


 その物体は、漆黒の宇宙空間に漆黒のまま浮いていた。


 ときおり惑星表面が僅かに光っているが、あれは先遣隊のミサイルや体当たりで擾乱された惑星大気中で起きている放電現象なのだろう。

 一見実にか細い光筋に見えるが、それぞれが日本列島ほどの太さのある雷が荒れ狂っていた。



 戦艦勤務に選ばれていたマイク・マッカーシー大尉はその脅威物体をスクリーンで見て驚いた。

 漆黒の宇宙に浮かぶ黒い円板としか見えなかったからである。


 ときおり背後の星を隠すため、そこに黒い物体があるということがわかるだけだった。

 人間の目にはそれが球体であるかどうかも定かではない。

 遠近感も全く無い。

 マイクはその禍々しさにぞっとした。



 ソフィア司令官は無数の観測機器を通して間近からその物体を観測した。


 もともと21万キロにも及ぶ惑星半径のうち、表層大気は15万キロほど、各種の気体がその重力によって金属化している核が6万キロほどと推定されていたが、その表層大気は先遣隊のミサイルと体当たりによってすでに3万キロほども剥ぎ取られている。


 これで脅威物体の質量の約三%、地球質量の三百倍もの質量を減らせたことになる。

 剥ぎ取られた大気の一部はその惑星の大重力に抗して宇宙に飛び散っていたが、大半がその惑星の赤道上に希薄な環を作っていた。


 そのうちのかなりの部分が惑星重力に引かれてまた惑星表面に落ちて行ってしまうだろう。

 地球の脱出速度の十一倍、秒速百二十キロメートルもの速度で物質を拡散させなければ、その惑星の質量を宇宙に投棄することは出来ないのである。



 ソフィア司令官は直ちに無数の工作艇を用意した。

 それらは小さな推進機を持ち、クラス5程の遮蔽フィールドで覆われていたが、直径五キロメートルほどの重力遮断板を展開出来た。


 工作艇は完成次第続々と脅威物体の反対側に向けて発進し、そこで輪と惑星の間に入って重力を遮断する。

 そうして、脱出速度に僅かに及ばない速度で脅威物体の周りを巡って輪になっていたガスやチリを、太陽系から離れた方向に吹き飛ばし始めたのである。


 やはり人間の目には見えなかったが、それらは巨大な物体から噴き出し始めた細い糸のように見えた……



 ソフィア司令官は工作艇の増産を急ぎつつ、さらに詳しく脅威物体を観測した。


(おかしい……)


 その重力から脅威物体の大気部分は15万キロと推定されていたが、何度観測を繰り返してもその大気層は後2万キロほどしか残っていなかったのである。


(ま、まさか……)


 ソフィア司令官はぞっとした。

 更なる観測の結果、残り2万キロ程の厚さの大気層の下には、液体化した大気と固体化した大気が混ざり合ってゲル状になった部分が12万キロも続いていたのである。

 その下にようやく金属の核が見えた。


(最悪の状態だわ。でも…… 出来るだけのことをするしか無い)


 そう覚悟を決めたソフィア司令官は、遮蔽フィールドをクラス10に上げた大型の工作艇多数を作って惑星大気中に送り込んだ。


 大型工作艇の重力遮断装置が、脅威物体の大重力に押さえつけられていた大気を宇宙空間に拡散させる。

 それら大気は脱出速度までは達しなかったものの、小型工作艇がその下方に入り込んで深宇宙に拡散させた。


 これらの作戦は主に戦艦から見て脅威物体の反対側に近い方向で行われている。



 さらにソフィア司令官は正面攻撃を開始するために小型の反物質爆弾を作り始めた。

 その間も途中で追い抜いた超高速宇宙艇の核ミサイルが脅威物体に撃ち込まれ、四十メガトンもの弾頭が脅威物体からイジェクタを噴き上げる。


 超高速艇もそのまま脅威物体に体当たりし、同時に機体内に残された核爆弾が炸裂してさらにイジェクタを噴き上げさせた。

 兵士たちを乗せた救命ポッドが近傍重層次元に向けて姿を消していく。


 相対論的速度で飛んできた高速艇はもとの質量三百トンが一万倍にもなっている。

 もちろん脅威物体と衝突してその運動エネルギーを失えば、元の三百トンの質量に戻る。

 失われた運動エネルギーの一部は、惑星大気をイジェクタとして宇宙に吹き飛ばすことに使われるのだ。


 司令官はそのイジェクタの下にもすかさず工作艇を派遣し、少しでもそれらを宇宙空間に拡散させた。

 工作艇の中にはイジェクタとの衝突で故障するものもあったが、それらは皆回収して修理される。


 その間に用意された小型の反物質爆弾が十個投下された。

 マイクとあのスペツナズの巨漢兵士が投下スイッチを押し、彼らはそれらが大気の表層をかなり下ったところでミニAIの指示にしたがって起爆スイッチを押した。


 浅い部分ではさほどの質量の大気を爆散させることは出来ない。

 また、あまりにも深い部分で爆発させてもイジェクタの爆散速度が脱出速度に遥かに及ばない。

 慎重な計算の上に最適な深度が選ばれたのである。



 人間の目にも見えるほどの凄まじい大爆発が起こった。

 一発で一テラトンにも及ぶ強大な破壊力を持つ反物質爆弾が、十発も一斉に起爆されたのである。


 もしも地球表面で使用されていたら、その衝撃波だけで人類を絶滅させてしまうほどの破壊力であった。


 だがしかし、その爆心地はまだ大気中である。

 分厚い大気に守られて脅威物体の核部分はまだ無傷なのだ。



 またもや大量のイジェクタが爆散していた。

 それら物質のうち脱出速度に届かなかったものは、待避していた工作艇が脅威物体との間に入って深宇宙に拡散させる。


 しばらく経ってイジェクタのスイープが一段落すると、司令官はまた反物質弾を投下して同じ手順を繰り返した。


 また先遣隊のミサイルと宇宙艇が脅威物体に降り注ぎ、イジェクタの爆散に拍車をかける。

 辺りを飛び回るイジェクタで破損した工作艇は、回収可能なものは回収して資源として再利用される。


 大気が爆散させられた部分には、脅威物体の大重力によって周囲の大気が流れ込んできていた。

 


 ソフィア司令官は、今度は小型反物質爆弾を十個、殺到する大気層の下に送り込んで起爆させた。

 同時に正面方向にもやはり十個の小型反物質弾を撃ち込んで起爆させる。


 その手順を二度繰り返すと、ようやく固体金属と液体状の金属が入り混じったゲル状の核部分が見えてきた。


(やってみるしかないわね)


 そう思った司令官は、すべての工作艇を脅威物体の裏側に待避させると、ここまで来る途中に作っておいた、百キログラムもの反物質を使用した超大型爆弾をそのゲル状核に投下した。


 同時に戦艦の遮蔽フィールドを最大強度のクラス60に引き上げる。


 超大型反物質爆弾は脅威物体の表面からゲル状の核に五千キロほど潜り込んだところで炸裂した。


 その爆発は時空間を揺るがし、クラス60もの遮蔽フィールドで覆われた戦艦すら揺るがした。


 数年後には地球軌道上の人類の観測機器ですら捉えられるであろうほどの大爆発であった。


 その超爆発は近傍重層次元はおろか、かなりの広さの重層次元空間にさえ広がって行った……



 しかし……

(やっぱり…… 本当に最悪の状況だわ。

 あなた。ジェニー。それから地球の皆さん。ほんとうにごめんなさい。

 わたしの力が足りないばっかりに……)


 ソフィア司令官の中央回路に愛しい家族と親しい友人たちの顔が浮かぶ。


 だが司令官は思いを断ち切り、また次なる攻撃を準備するべく行動を始めたのである。



 もしもその脅威物体の核部分がすべて金属化した硬い物質であれば、百キログラムもの反物質の対消滅超爆発の反作用は、僅かとはいえ脅威物体の進路にすら影響を与えていたことだろう。


 しかし、液体と固体の入り混じったゲル状の核が、その爆発エネルギーをほとんど吸収してしまっていたのである。


 戦艦の観測機器には、脅威物体のゲル状核の表面に広がる、信じられないほど巨大な津波がはっきりと見えた。

 それはすぐに脅威物体を一周して、まるで脅威物体全体が脈動を始めたように見えることだろう。


 だがしかし、脅威物体の進行方向にはほとんど影響を与えることは出来なかったのである。


 反物質爆弾の超爆発といえども脅威物体のゲル状核の一部を吹き飛ばし、その質量を二%ほど減らしたのみであった。

 巨大惑星の脱出速度はそれほどまでに大きかったのだ……



 ただちに工作艇が再集結して重力遮断装置を展開し、イジェクタを深宇宙に吹き飛ばし始めた。


 新たに作られた資源回収艇が、脅威物体の表面近くまで接近して、そこにある物質を戦艦に運ぶ。

 その物質まで利用して兵器を作り続け、少しでも脅威物体の質量を減らすためである。


 最後の超高速宇宙艇によるミサイル攻撃も終わった。

 二百三十八機もの宇宙艇の救命ポッドは、皆どことも知れない重層次元空間に消えて行っている。



 ソフィア司令官は、来る途中で備蓄していた酸素弾をレールガンで惑星表面に撃ちこみ始めた。


 直径五十センチほどの立方晶窒化炭素の球体に十万気圧まで圧縮された酸素が、百基のレールガンで脅威物体に撃ち込まれたのである。

 その速度は光速の七十%にまでも達し、弾数は実に十万発に及んだ。


 その酸素弾は、反物質爆弾の対消滅エネルギーによって煮えたぎる惑星のゲル状表面に激突すると、中の酸素が爆発的に拡散する。

 その酸素はゲル状核の主要成分である水素と化合して瞬時に水素酸素化合反応を起こして爆発した。


 そうしてその化合物である水が宇宙空間に向けて拡散していくのである。


 宇宙空間の極低温によってすぐに氷となった水は、工作艇がその下に入り込んで惑星重力を遮断し、深宇宙に拡散させていった。

 その様子はまるで惑星から宇宙に向かって逆さまに降る雪のようだった。


 この攻撃で脅威物体の質量の約一%、地球百個分もの質量を削ぐことに成功した。


 さらに超大型反物質爆弾による攻撃が繰り返される。

 そのたびに待避していた工作艇がまた集結して、脅威物体の残骸を深宇宙に投棄していく。


 そして…… 

 その近傍重層次元空間すら揺るがす超爆発は、やがてある観測機器の注意を引くことになるのである。




 ソフィア司令官は三週間もの間、不眠不休で脅威物体への攻撃を繰り返した。

 マイクとスペツナズ出身のあの巨漢兵士は、交代で休息を取りながら反物質兵器の発射スイッチを押し続けた。


 やがて、直径二十キロメートルもの戦艦に搭載されていたエネルギーも資源も減って来た。


 司令官は不要になった戦艦の資源倉庫すら解体して、工作艇や兵器の製造につぎ込んだ。


 もはや超巨大迎撃戦艦「人類の希望」は球体ではなくなって来ている。

 半月のような形になり、三日月のような形になって来ているのだ。


 さらに資源収集艇艦隊も増強されたが、それでも戦艦の質量と体積は減少を続けた。


(まだ脅威物体の質量は六十%も残っている。

 戦艦が無くなって中型超高速宇宙船だけになったら、収集した資源でしか攻撃が出来なくなってしまう)


 ソフィア司令官は唇を噛んだ。それでも攻撃を続けるしか無いのだ。


(少しでも、少しでも脅威物体の質量を減らさねば。

 そうすれば質量が減る度に地球の軌道が狂う度合いがそれだけ小さくなっていく。

 そうすれば地球の表面温度がその分だけ変動しなくなる……)



 現時点の概算では、十四年後の脅威物体最接近以降の地球表面の最低気温予想は、マイナス二百度からマイナス八十度ほどまでに緩和されているはずである。


 ヒューマノイドが即死するレベルの気温から、装備さえ整っていればしばらくなら外を歩けるほどの気温になっていた。



 念のために地球では後続の巨大補給艦が建造され始めていることになっている。

 その補給艦にはまた水資源や金属資源が詰め込まれ、半年以内にこの場所までやってくることだろう。

 それまでは脅威物体の物質や工作艇を使った作戦が行われるのである。


 だが、ミニAIの操縦する補給艦は無事ここまでたどり着けるだろうか。

 例え無事辿り着いたとしても、予定されていた物資の量では脅威物体の質量はあと十五%ほどしか削減できないだろう。



 ソフィア司令官は決断を迫られた。

 このままこの場に留まって補給物資の到着を待って通常攻撃を続けるか、それとも太陽系に戻って、皆と最終作戦の実施を検討するか……



 その最終作戦とは、脅威物体の太陽系最接近の折に、最もそれに近い位置にあるはずの木星そのものを排除する作戦であった。


 脅威物体によって木星がその軌道が大きく狂わされ、それが地球の軌道すらも変えてしまうのであれば、その木星そのものを排除しておこうというものである。


 現時点では、木星と太陽の間に重力増幅装置を多数配置して木星を太陽に接近させ、そのスイングバイ効果で木星を太陽系から離脱させる作戦が検討されている。

 重力遮断板は理論上その有効範囲に限界があったが、この重力増幅装置の有効範囲に制限は無かった。



 だが……

 この最終作戦は出来れば避けたかった。


 そもそも地球という惑星に生命が誕生出来たのも、木星や土星という巨大外惑星が存在していたおかげである。


 これら大重力の外惑星が深宇宙からの飛来物体を引きつけ、内惑星の盾となっていてくれたおかげで、地球のような内惑星に隕石や彗星が衝突することが大幅に減少していたのだ。


 その木星が無くなれば、今後地球に大小の飛来物が降り注ぐことが永久に飛躍的に増えてしまうだろう。



 しかも木星排除作戦は、実に危険な作戦である。

 ほんの僅かでも木星軌道の制御に失敗すれば、木星は地球の軌道に壊滅的な影響を与えてしまうかもしれない。

 もちろん将来の太陽系の諸惑星の軌道には確実に影響を与えてしまうだろう。


 最悪の場合には木星は太陽と衝突して、太陽の核融合反応自体に大きな影響を与えてしまうかもしれないのだ。

 そんなことが起きれば、地球の気候が影響を受けてしまうどころか、瞬時に地球人類は滅亡してしまうかもしれないのである。


 銀河技術をもってしても、太陽系内巨大惑星移動作戦は大きな危険を伴う作戦であった。


 ましてディラックくんやソフィアちゃんは、そのような作戦を行うためのノウハウなどはまったく持っていない。


 そのようなリスクを冒すよりは、シェルターで八十年耐え忍ぶ方がよほどに安全かもしれないのである。



 ディラックくんもソフィアちゃんも、この最終作戦の実施は思いとどまるよう皆に進言するつもりであった。

 それよりは、脅威物体の近日点通過の日まで、何度でも繰り返して通常攻撃を繰り返す方がまだ安全であると考えられた。


 ソフィア司令官は、補給艦を継続してこの場に派遣するようメッセージを託した小型高速艇を五機製作し、地球に向けて発進させた……






(つづく)


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