*** 35 人類の財産 ***
光輝たちに、バチカンのロマーニオ枢機卿から、ご相談があるので来訪をお許し願えないかという連絡が来た。
枢機卿はバチカンの国務長官に出世している。
もちろん光輝たちに否は無い。
幹部たちが揃ってにこにこと枢機卿を出迎えた。
マリアーノくんもミハイルくんも呼ばれている。
もちろん三尊研究所にはバチカン直通のあの輪っかがある。
まあ、便利になったもんである。
そして、ロマーニオ枢機卿の後からはなんと法王様までやってきたのである。
マリアーノくんもミハイルくんも硬直した。
法王様はにこやかに皆をハグしてくださった後に仰った。
「聞きしに勝る便利さですねえ。
これからはちょくちょくお邪魔してもよろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ。みな喜びます。
料亭瑞祥の特別室もいつでも空けておきます」
法王様はまた嬉しそうに微笑まれた。
会議室に席を移した一同の前で、ロマーニオ枢機卿が真剣な顔で切り出す。
「本日は皆さまにお願いがあって参りました」
研究所の幹部一同も皆真剣な表情である。
「最近の皆さまのご活躍のご様子。まことに頭の下がる思いでございます。
特に三尊様」
光輝は驚いて少し椅子から飛び上がった。
「あれほどまでの私財をつぎ込まれて、人類救済のために奔走されていらっしゃるとは……
まさにあなた様を聖人に認定させて頂いた我々の面目も躍如されたというもの。
人類に代わりまして深く御礼申し上げます」
そう言うとロマーニオ枢機卿は頭を下げた。
なんと法王様まで頭を下げてくださった。
「と、ととと、とんでもございません。
たっ、たまたまディラックくんのおかげで少しおカネが出来たものですから……」
マリアーノくんもミハイルくんもおののいている。
光輝たちに向き直ったロマーニオ枢機卿がまた真剣な顔で言う。
「そのような尊いお仕事をなさっておられる皆様のお邪魔をして、わたくしどものお願いを申しあげるのは誠に心苦しいのですが……」
龍一所長がにこやかに言う。
「どうぞどうぞ、なんでも仰ってくださいませ。
わたくしたちの仲ではございませんか」
「誠にご親切にどうもありがとうございます。
お願いと申しますのは私どもの持ついくつかの品についてでございます。
私どもの宝物庫には数多くの聖遺物がございます。
またシスティーナ礼拝堂の天井には、人類の財産ともいうべきあのミケランジェロの天井画がございます。
来るべき人類の危機におきましても、どうかこれだけはあなたさま方の超技術で保存してやっていただけませんでしょうか。
たとえ人類が滅んだとしても、これらだけはどうしても残しておきたいのでございます」
ロマーニオ枢機卿は、自分たちや聖職者たちのことについては全く触れなかった。
さすがである。
光輝がまた慌てて言った。
「す、すみません。忙しさにかまけてご連絡が遅くなってしまっていました。
あ、あの、十六年後の脅威物体最接近の折から少なくとも八十年間は、バチカンを遮蔽フィールドで覆わせていただこうと思っておりました」
「バチカンを…… そ、それはもしやっ!」
「はい、確かバチカン市国って〇・五平方キロぐらいの大きさでしたよね。
それぐらいなら遮蔽フィールドで覆って氷河期からも高温からも守れるってディラックくんが言うもんですから。
それともいっそのことバチカン全体を覆うシェルターを作っちゃった方がいいですか?
どちらも強度はおんなじだそうですから。
ついでにその周りも少し遮蔽フィールドで覆って、シェルターにいる人たちが自由にバチカンに行けるようにしたいんですけど、いいですか?」
ロマーニオ枢機卿は椅子の背にもたれてため息をついた。
法王様もため息をつかれた。
「な、なんという偉大なる力……
きっとイエス様もお喜びになられることでありましょう」
また光輝がどぎまぎしながら言う。
「い、いえ、他の国の方々にもご提案させて頂こうと思っていたところですから。
直径一キロほどまででしたら、各国につきひとつずつぐらいの歴史的モニュメントとか文化遺産を保護するために、遮蔽フィールドかシェルターをお贈りさせて頂こうと考えておりましたので、どうかお気になさらずに」
ロマーニオ枢機卿と法王様はまた大きくため息をついた。
そうして法王様はゆっくりと立ち上がられ、「まっことあなた様は聖人の名にふさわしい人類の福音であらせられる」と仰りながら、光輝の前に跪いてその指輪にキスをされたのである。
マリアーノくんとミハイルくんは気絶しかけた。
言われてみればそうだったとみな気づくのであるが、聖人認定されたということは、それは法王様よりも格が上になったということだったのである。
その後一行は法王様にお願いして瑞巌寺学園を視察して頂いた。
法王様と枢機卿には瑞巌寺学園自慢のダイニングで夕食を食べていただいたが、法王様は瑞祥椀を二杯もおかわりされた。
小さな子供たちが、なんだかやさしそうなおじいさんたちがいるぞと思ったらしく、法王様たちの周りに集まって来ている。
「おじいさんはどこからきたの?」
「ヨーロッパのバチカンというところから来たのだよ」
法王様がにこにこしながら答える。
ディラックくんの翻訳機は本当に素晴らしい技術である。
「そんな遠くから来たんだ」
「いや、輪っかをくぐったらすぐだったよ」
「ふーん」
食事を終えた一行は、大リビングルームに移動した。
法王さまたちは子供たちに取り囲まれ、また小さな男の子が言った。
「ねえねえ。トランプしようよ」
「おお、トランプか。懐かしいのう」
そう仰った法王様は、見事な手つきでトランプをシャッフルされた。
さらに片手に持ったトランプが見事に飛んでもう一方の手に収まる。
目を丸くして見ている子供たちの前で、法王さまはトランプを扇形に開いた。
その中の一枚がぴょこんと上に上がる。
「さあ、この上に上がったカードを取ってごらん」
にこにこしながら法王さまが言う。
男の子がその飛びだしたカードを取ろうとすると、そのカードがさっと下に引っ込んで、また違ったカードがぴょこんと飛び出した。
まるでトランプが生き物になって子供たちと遊んでくれているようだ。
子供たちから歓声が上がる。
子供たちに囲まれて楽しそうにトランプ手品を続ける法王さまを、光輝はあっけにとられて見ていた。
ロマーニオ枢機卿が微笑みながら言う。
「法王さまは、昔の神父時代に子供たちを教会に集めるために、一生懸命手品を練習されていたそうなのですよ。
まだその腕前はご健在のようだ」
そこへネイマールくんがやってきた。
腰が完治したネイマールくんはそろそろチームに戻ろうとしていたのだが、聖KOUKIさまにひと言お礼が言いたくて光輝を待っていたのである。
ネイマールくんは、リビングに入って来ると、にこにこしながら子供たちに囲まれてトランプ手品をしている人物を不思議そうに見た。
どう見ても高位の聖職者の服を着ていたからである。
しばらくするとネイマールくんの顔が驚愕に歪んでその場にへなへなとくず折れた。
そのままひとことも口をきけずに硬直している。
「さあ、わたしたちはそろそろ帰らなければ」
法王さまがそう仰った。
「また来て手品を見せてくれる?」
子供たちが残念そうに言う。
「もちろんだとも。今度はもっとすごいのを見せてあげよう」
子供たちが歓声を上げた。
法王さまは光輝に向き直られた
「今日は本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
「そ、そんな。たまたまわたしたちが出来ることだっただけですよ」
法王さまはにっこりと微笑み、またもや光輝の前に跪いて光輝の指輪にキスをされたのである。
ネイマールくんも気絶しかけた……
(つづく)




