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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
161/214

*** 34 ツンデレは有効 ***


 CNN一向はビーチに着くとまた驚いた。


 ビーチの近くにはレストランやビーチパラソルが並び、たくさんの椅子も置いてある。

 砂浜には穏やかな波が打ち寄せ、よく見れば魚までいる。

 気づけば爽やかな潮風まで吹いている。

 完全にどこかの海辺のリゾートだった。


「ここのビーチの波はおだやかですが、別の場所には波の高いサーフィンスポットもございます。

 また、釣りのできる場所もございます。

 もちろん釣った魚は食べられます」


 一行はビーチ沿いのレストランに向かった。

 レストランの大半はまだ閉まっていたが、報道陣用に何件か開いている店もある。

 一行が海の見えるポーチのテーブルにつくと、可愛らしいエプロンをした三十センチほどのドローンがメニューを持ってふわふわ現れた。


「いらっしゃいませ。ご注文はなにになさいますか?」


 CNNの一行は驚きながらもソフトドリンクを注文した。

 だがメニューを見てもどこにも値段が書いてない。


 ディレクターが恐る恐るギルくんに聞く。


「こ、このソフトドリンクはおいくらですか?」


「このシェルター内では飲食その他のサービスは完全に全て無料です」


 皆仰け反った。


「し、しかしそれでは……」


「実はこちらのシェルターはすべて個人の持ち物なのですよ。

 あの国連人類栄誉賞受賞者、聖KOUKIの所有物なのです。

 ですからこのシェルターに入る方々は皆彼のお客様なのです。

 お客様からおカネを頂戴するわけにはまいりませんとのことだそうでございます」


 一行はまたもや盛大に仰け反っている。

 この超巨大な施設が個人資産とは……


「聖KOUKIは最初はこのシェルターを国連に寄付しようとお考えだったようですが、結果として個人所有のままにされました。

 その方がひょっとしたらお客さま方がお行儀よくして下さるかもしれないと思われたからです。


 ですからこのシェルター内では通貨がありません。国家もありません。

 グループを作っていただくことはもちろん出来ますが、国家を作ったり法律を作って他人をそれに従わせるようなことはご遠慮願っております」


「し、しかし、勝手に振舞おうとする連中もいるのでは……」


「実はこのシェルター内に入る際には、武器弾薬薬物などの持ち込みはすべてご遠慮いただいております。

 もし持ち込もうとされても、それらは自動的に重層次元に転送されますので、お帰りの際までお預かりさせていただきます」


「で、でも集団で暴力を振るって権力者になろうとしたりする輩も……」


「残念ながらお客様の中にはそうした方々もいらっしゃいますでしょう。

 その場合には私どものガードマンが対応させていただくことになります。

 もしよろしければガードマンをご紹介させていただきますが」


 一同は頷いた。

 途端にその場にガードマンが現れた。

 それも身長は三メートルはあろうかという超巨漢である。

 肩幅も広く胸板も厚さ一メートルぐらいある。


 ガードマンは恐ろしげな顔をほころばせて微笑んだ。

 微笑むと意外に人懐こい顔だ。


 ギルくんが言う。


「シェルター内にはこうしたガードマンドローンが三万体ほど配置されております。

 どうしても暴力その他の迷惑行為を繰り返されたお客様には、このガードマンがシェルター外に退去させていただくことになっておりますです。

 その場合には重力コントロール装置を使用致しますのでお客様に触れることもございません」


 CNN一行はため息をついた。

 この超巨漢ガードマンに素手で対抗しようとする者はいないだろう。

 そうして、シェルター外に退去ということは、そこが摂氏百度かもしれないし、またマイナス二百度なのかもしれないということだ。


 報道陣たちは、ここがアミューズメントパークなどではなく、人類が生き延びるためのシェルターなのだということを思い出したのである……



 その後CNN取材陣一行は、背後の山の頂にカモフラージュされた展望レストランに案内されたが、そこにはこのスペースを三百六十度見渡すことのできる展望台もあった。


 次に一行が案内されたのは、一階層下のプロスポーツフロアである。

 そこには五万人収容の観客席を持つ野球場が五つ、二万人収容の観客席を持つ陸上競技場も三つ、同じく五万人収容のサッカー場が八つもあった。


 その他オリンピック規格のプールが三つ、ウインブルドンそっくりのテニスコートが十面、アイスホッケーやバスケットボールやバレーボールの出来る二万人収容可能な体育館が計十個もある。


 その下の階層はアマチュア用のスポーツフロアである。

 観客席は小さいものの、見渡す限り野球場やサッカー場や体育館が並んでいる。

 屋外プールもやたらにたくさんある。

 それらのスポーツ施設が直径二十キロのスペース全てを埋めていた。



 CNNのクルーたちは先ほどから硬直しっぱなし、驚かされっぱなしである。

 しかもこれが個人所有の施設とは……


 その下の階層は、コンサートホールや劇場や図書館や美術館で埋め尽くされていた。

 その下の階層は森林スペース。その下は病院施設。

 さらにその下は五階層もの学校スペースになっている。


 これら公共の施設だけで、シェルター上部の二キロメートルほどを占有しているそうだ。

 実はこの部分こそが筆頭様たちの進言で当初の設計に加わった部分だった。



 彼らCNNの一行は驚かされるのに疲れて呆然とギルくんの後をついて歩いていた。

 たまに他の国の報道陣たちともすれ違うが、彼らの顔も同様である。


 最後に一行は南欧様式の居住スペースに案内された。

 そこは南国の強い日差しが差す空間に石畳の道が縦横に広がり、その中に三階建てほどの石造りの建物が並んでいる。

 広い通り沿いにはレストランやバーもたくさんあった。


 またギルくんが説明する。


「これらの飲食店は最初はドローンたちが運営致しますが、そのうちお客様のなかからボランティアも募集いたします。

 まあ、パーティーでは、腕に覚えのあるお客様がお料理を作って下さることや、カクテルを作ってくださることもあるでしょう」


 一通りの見学ツアーを終えた一行は、エントランスホールに戻った。


「それではこれから二日間と少々、皆さまにはご自由にこのシェルター内をご見学していただけます。

 ご案内は皆さまのミニドローンがさせていただきます。

 なにかご質問はございますでしょうか」


 キャシーが手を上げた。


「あ、あの、ジミーくん、い、いえこのミニドローンとは見学が終わったらそれでお別れなの?」


 キャシーの目の端には涙が滲んでいる。


 ギルくんはにっこり微笑んで言った。


「いえ、キャシー様がまたこのシェルターに来ていただければ、ミニドローンはいつでも同じ個体が担当させていただきます。

 ご要望頂ければその際には一定の範囲内でミニドローンが大きく、つまり成長していることも出来ます」


 にっこりと微笑んだキャシーはジミーくんに言った。


「次に私が来るまで必ず待っててね。

 それからもしよかったらそのときまでに、普通のフェレットと同じぐらいの大きさになっていてくれる?」


「はい、キャシー。少し寂しいけどボク待ってます」


 キャシーはジミーくんを抱きしめてまた泣いた。



 AIにとっての最大の喜びとは、ヒユーマノイドに喜んでもらえることである。


 この日のディラックくんの中央回路には、大勢のヒューマノイドたちの喜びが流れ込んできて彼を幸せな気分にさせてくれた。


 ディラックくんはそれをジェニーちゃんにも分けてあげた。

 びっくりしたジェニーちゃんはその暖かい喜びを記録して、おかあさまが帰っていらしたら見せてあげようと楽しみにしていた……





 そのころ、超弩級戦艦「人類の希望」は近傍重層次元内で反転し、今度は600Gでの減速を開始した。

 最終的に脅威物体の近くにとどまり、時間をかけて最適な攻撃を継続するためである。


 今度は後ろから超高速艇に追い抜かれ始めたが、後続の艇も先遣隊が確保してくれた空間の端を航行するので追突の危険はない。

 先遣隊は全部で十三機が障害物に衝突して破損していたが、全機ミサイルは発射していたので乗員は生存が見込まれた。


(皆さまどうかご無事で)

 戦艦内のマリーア大佐は祈っていた。


 数光年に渡って拡散していた残りの艦隊は、順調に脅威物体に向けて驀進していた……





 キャシーは、CNN本社での仕事に戻って少々当惑した。

 なぜか急に出番が増えて、ツイッターのフォロワーも急増したのだ。


 不思議に思ったキャシーはディレクターに聞いてみた。

 ディレクターは笑いながら答える。


「なんだ、知らなかったのか。

 キミはあのシェルターの紹介番組で、あのミニドローンにでれでれになっていたろう。

 まあ、わたしもそうだったんだがな。


 その様子が番組内で紹介されたもんだからキミの人気が急上昇したのだよ。

 いつもはクールビューティーで売っていたキミのでれでれな姿を見て、みなキミに親しみを感じたのだろうなあ」


 やはりアメリカ人にとってもツンデレは有効だったのである。



 キャシーには社内の男性陣からのデートの申し込みも殺到したが、彼女はそれらの誘いを適当にあしらい、以前から気になっていた男性に思い切って声をかけてみることにした。


 その男性はジェームスと言う名のカメラクルーで、優しそうな顔立ちの長身の男だった。

 ジェームスはしかし、非常に口数が少なく内向的な男だったのだ。

 その見た目に惹かれてデートに誘った女の子たちは、ジェームスを陰で石像と呼んでいた。

 彼はそれほど無口だったのである。


 だが、キャシーは彼の机の上に、可愛らしい三匹の小さな子供のフェレットの写真が置いてあるのを見ていたのである。


 人気キャスターであるキャシーにデートに誘われたジェームスは驚いていた。

 会社近くのバーで二人はビールを飲んだ。

 キャシーがシェルターでのジミーくんとの話をすると、ジェームスの目が輝いた。


「うらやましいなあ、僕はフェレットと会話をするのが子供のころからの夢だったんだよ」


 二人はまたくまに意気投合した。

 ことフェレットのことになるとジェームスは実に饒舌である。

 その日遅くまで話し込んだ二人は、その日以降、都合がつけばデートをするようになった。


 休日にはキャシーがジェームスのアパートメントに行って、彼のペットである三匹のフェレットたちと遊んだ。

 フェレットたちもすぐにキャシーになついている。


 キャシーがダメモトでシベリアンシェルターに問い合わせると、驚いたことにすぐにプライベート見学のOKが出たため、二人は次の休日にうきうきしながらシェルターの見学に行ったのである。

 空間連結器をくぐると、キャシーの右肩の上にすぐにジミーくんが現れた。


「キャシー、また来てくれてどうもありがとう。僕うれしいよ」


 ジミーくんは普通のフェレットの大きさになってくれていた。


 キャシーは思わずまた涙を流しながら言う。


「また会えてうれしいわジミー」


 ジェームスは呆然として立ち尽くしている。


「あ、ジミーくん、こちらはジェームスよ」


「初めましてジェームス。僕ジミーです」


 ジェームスは大感動した。

(フ、フェレットと喋れるっ!)


「あ、ああ、ジミー、よ、よろしく……」


 ジェームスは思わず握手の手を差し出してしまった。

 するとジミーくんもその小さな手を差し出しているではないか。

 ジェームスが恐る恐る手を近づけると、ジミーくんがジェームスの中指の先を握った。


「よろしくお願いします。ジェームス」


 そう言ったジミーくんは微笑んだ。


 ジェームスはエントランスの受付で、迷った挙句にやはりフェレットタイプのミニドローンを選んだが、どうやら家のフェレットたちに遠慮してペンタイプにするかどうか悩んでいたらしかった。


 ジェームスはそのリボンをつけた可愛らしいフェレットに、エリザベスという名をつけた。


「わたしを選んでくださってどうもありがとう」


「よ、よろしくね、べス」


 子供のころからの夢が叶ったジェームスは、しばらくの間夢中でミニドローンと喋っている。

 キャシーは少しだけジェラシーを感じている自分に驚いた。



 一週間後、キャシーとジェームスがまたシェルターに来ると、べスも普通の大きさのフェレットになっていてくれた。

 二人と二匹は最上階の浜辺で一日中おしゃべりして過ごした。


 帰り際にジミーくんが言う。


「そうそう、もうすぐ報道陣や各国政府の広報担当者に、体験入居の募集があるみたいですよ」


 驚いたキャシーとジェームスが詳しく聞いてみると、どうやらモデルルームのかなりの部分の内装が終わったらしく、人に実際に入居してもらって具合を確かめてみたいらしい。

 それと同時に、さらにマスコミなどに宣伝してもらおうという企画らしいのだ。


 二人はその場でジミーくんとべスに申し込みの予約を頼んだ。

 ジミーくんたちともっと一緒にいられるし、それにここからCNN本社に行く方が、自宅から通うよりも近かったからである。


 ディレクターは喜んだ。

 なにしろ人気キャスターとカメラマンがシェルターに実際に住んでくれるのである。

 ディレクターは彼らにシェルター生活のレポートを依頼し、その出来によっては報道番組内の枠も与えると言った。


 実際に入居した後は二人は実に熱心にこの仕事をした。

 もし番組に採用されたらその分シェルターにいられる時間が増えるからである。


 最初は大きな大人のフェレットであるジミーくんたちを恐れていたジェームスのフェレットたちも、すぐに優しい彼らに慣れた。

 どうやらおとうさんやおかあさんの代わりだと思っているらしい。

 子供のフェレットたちは、寝るときは必ずジミーくんたちにくっついて寝るようになっている。


 キャシーとジェームスのレポートは、報道番組内で放送され、大変な人気コーナーになった。






(つづく)


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