*** 33 シェルター内部、報道陣に公開 ***
いくつかの高次の重層次元は、銀河の一般ヒューマノイドたちの通行が禁止され、銀河連盟専用の次元になっている。
それらの高次次元にはヒューマノイドたちが持ち込んだ浮遊物もほとんどない。
たまに銀河連盟の超々高速艇が移動しているだけである。
そのうちのある高次次元では、澄み渡った空間に無数の観測機器が配置されていた。
ほとんどの一般ヒューマノイドやAIたちの知らない極秘機器である。
その空間は、もはや四次元に近いために時空が混ざり合って混沌としているが、銀河最高の技術水準を誇る星々が作り上げたそれらの機器は、その混沌の影響を受けることも無く、静かに無数の時空間の観測を続けている。
ほんの一万年ほど前から配置されはじめた観測機器で、それらは徐々に数を増やして今は銀河系のかなりの部分に配置されていた……
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シェルターのモデルルームの用意が整うと、シェルターの内部が報道陣に公開された。
彼らは世界中の国々から集まって、自国の人々にその中身を紹介することになるのである。
報道陣はまず、世界中からシェルターの近くに作られたビルに集合し、そこから人型のドローンに案内されてシェルターの中に入る予定である。
国や地域別に用意されたドローンは全部で二百体もいた。
アメリカのCNNから派遣されて来たキャスター、キャシー・ドーソンは目の前のドローンを見て思わず少し顔を赤らめてしまった。
(こんなクールな男の子って見たこと無いわ…… 十八歳位かしら)
そのドローンはCNNのクルーたちに向かって微笑みながら丁寧に挨拶した。
「本日皆様のご案内をさせていただくギルバートと申します。
ギルとお呼びください」
(ハイスクール時代にこんな男の子がいたら、勉強なんか手につかなかったでしょうねえ)
またそう思ってしまったキャシーは慌てて首を振ってプロのキャスターに戻った。
ディレクターが言う。
「それじゃあギル。まずはシェルターの中をざっと案内してもらおうか。
見学は三日間も許されてるから、我々が番組を組み立てるのは今日の見学が終わってからにするよ」
「はい、かしこまりました。それではシェルター見学に出発いたしましょう」
ギルくんは八人のCNNクルーを引き連れて空間連結器に向かった。
カメラクルーはハンディカメラを回している。
キャシーが辺りを見渡すと、あちこちで世界各国の報道陣たちが、やはりドローンに連れられて空間連結器に向かっているところだ。
イギリスのBBCのクルーは二十人近くもいる。
彼らが輪をくぐると、そこには広大な空間が広がっていた。
直径は二キロほどもあろうかという円形のフロアからは、高さ三百メートル近い天井に向かってドーム型の壁がそそり立っている。
その壁には巨大な窓が空いていて、外のシベリアの大森林地帯が見えていた。
フロアの反対側は霞んでよく見えない程広い。
立ちすくんでいるキャシーたちにギルくんが言った。
実にフレンドリーな口調である。
「こちらの空間がシェルターのエントランスです。
もちろんあの窓の風景はバーチャルなのですがどうかお許しくださいませ。
このエントランスの周囲の空間連結器は世界各国の主要都市と結ばれております」
キャシーたちが壁の周囲を見渡すと、そこには見渡す限り空間連結器の輪が並んでいた。いったいいくつあるのだろう。
彼らが輪を出てフロアの中心に向かって百メートルほど歩くと、そこには無数のカウンターが並んでいる。
そのカウンターにはこれもクールな女の子たちがやはり無数に立っていて、キャシーたちに「ようこそシベリアンシェルターへ」と挨拶した。
これも実にフレンドリーな様子である。
(こんな女の子たちがハイスクールにいたら、私なんかまったく男の子たちに相手にしてもらえなかったでしょうねぇ……)
またキャシーはそう思ってため息をついてしまった。
もちろんキャシーもCNNのキャスターをしているぐらいだから、かなりの美人だったが……
受付のクールな女の子が言う。
「それでは皆さまこちらのミニドローンの中からお好きなものをひとつお選びになってくださいませ。
これらはこのシェルターの中で皆さまの案内役兼パートナーになります」
キャシーが見ると、カウンターには無数の小動物や妖精のような姿をした十センチほどの人形が並んでいる。
みんなキャシーたちを見上げて微笑んでいる。
中にはバッチやペンなどの無機質なものもあった。
(なんて可愛らしいドローンかしら……)
キャシーは迷った挙句に小さなフェレットタイプのミニドローンを選んだ。
子供のころに家で飼っていたフェレットにそっくりだったからだ。
「ボクを選んでくれてありがとう」
そのフェレットが可愛らしい声で言った。
キャシーが思わず身震いするほど可愛らしい声だった。
またクールな受付嬢が言う。
「もしよろしければこちらのクリームを少々耳の辺りに塗っていただけませんでしょうか。
こちらのクリームを塗ると、ドローンたちの声を頭の中で聞くことが出来ます。
また周囲の人間の方々がお話になっていらっしゃる言語がすべて皆様の母国語に翻訳されます」
キャシーが小さなボトルのクリームを耳元に塗ると、頭の中でまたあのフェレットの声が聞こえた。
「聞こえますか?」
「ええ、よく聞こえるわ。ところであなたのお名前はなんというの?」
「ボクに名前をつけていただけませんか」
「じ、じゃあ、ジミーくんでどお」
これも昔飼っていたキャシーにとてもよく懐いていたフェレットの名前だった。
「どうもありがとう。ぼくジミーです」
キャシーは思わずこぼれそうになった涙をそっとぬぐった。
あのころの楽しかった思い出や悲しかった思い出がどっとよみがえって来たのである。
その子供のころの思い出の中では、キャシーはよくジミーくんと会話ごっこをしていた。
キャシーがいつもの自分の声で話しかけると、キャシーが想像上のジミーくんの声で返事をする一人遊びである。
(わたしの夢がようやく叶ったわ)
キャシーは感激のあまり涙をこぼした。
「どうされましたか。だいじょうぶですか」
「あ、ああ、だいじょうぶよ。あなたって本当に可愛らしいわ」
「どうもありがとう。ドーソンさんもお綺麗ですね」
(このドローンはお世辞まで言うのか)
そう思って微笑みながらキャシーは言う。
「キャシーって呼んで」
「はい、キャシー」
そのあまりにも可愛らしい声にキャシーはまた身震いした。
見れば周りのクルーたちも、見たことも無い程嬉しそうな顔をしながらドローンたちと話をしている。
少し離れたカウンターでは、厳つい顔をしたBBCのチーフプロデューサーが、小さな黒い犬のドローンを手の上に乗せて泣いていた。
さすがはヒューマノイドと五十万年のつきあいのあるAIのノウハウである。
わずか数分で完全に彼らの心を捉えてしまったようである。
ジミーくんが言う。
「ボクはキャシーの周りにいることも出来ますし、姿を消していることもできます。
どこにいればいいですか?」
「で、出来ればわたしの右肩に乗っていてくれない?」
「はい」
ジミーくんはキャシーの肩にちょこんととまった。
昔のジミーくんの指定席でもある。
ジミーくんの重さはほとんど感じられなかった。
思わずキャシーはジミーくんに頬ずりをしたが、ジミーくんの毛皮の感触も素晴らしかった。
お返しにジミーくんはそのふわふわのシッポでキャシーの頬を撫でてくれた。
一行はギルくんに先導されて、まずシェルター内移動用空間連結器に向かう。
「ご覧の通り、空間連結器の周囲には行き先の表示がございません。
地球の皆さまはまだ統一言語をお持ちでなく、またその言語の種類も非常に多いため、文字で表示することはやめてミニドローンがご案内させていただくことにいたしました。
またエレベーターは空間の浪費ですのでございません。
シェルター内の移動は、垂直方向も水平方向もすべて空間連結器で行います。
ミニドローンに行き先を告げれば彼らが最寄りの空間連結器まで案内してくれます」
CNNの一行は、ギルくんに案内されて歩きながらも、ミニドローンと会話を続けている。
さすがにディレクターやカメラクルーは周囲を懸命に観察していたが、それでも時折ミニドローンに楽しそうになにか話しかけていた。
(やっぱりヒューマドイドはこうした小動物やキャラクターが好きだなぁ。
銀河中どこに行っても変わらないや)
ギルくんはそう思ったがなにも言わなかった……
一行はまずシェルターの頂上付近の公共フロアに案内された。
空間連結器の輪を出た全員がそこで大硬直する。
その場所はなだらかな斜面の中腹にあり、その斜面を下った先には見渡す限り続く白い砂浜と大海原が広がっていたのだ。
上空はあくまでも抜けるような青い空である。真上には太陽まで見える。
「こっ、ここは……」
ディレクターが驚きの声を上げた。
「もちろんまだシェルターの内部でございます。
今皆さまのいらっしゃる場所は、シェルターの基部から十一キロメートルほど上に上がったところになります」
「と、ということは、この海や空は……」
「はい、残念ながら海は海岸から一キロほどのところで終わりです。
残りはバーチャルです。
もちろん空もバーチャルですが、あの太陽だけは人工太陽ですので日焼けもします」
クルーたちはまた仰け反った。
ギルくんはにこにこしながら説明を続ける。
「この公共スペースは、シェルターの最上層部にありまして、直径二十キロ、高さ一キロほどの空間に海と山を再現いたしております。
もちろん時間になれば夕焼けや朝焼け、夜中になれば星空も広がります。
それでは皆様をビーチにご案内いたしましょう。
空間連結器でも行けますが、もちろん歩いて行くこともできます。
どちらになさいますか?」
ディレクターの提案で海までは歩いて行くことになった。
カメラクルーは必死で周囲を撮影している。
またギルくんが言った。
「すみません、申し遅れました。
ミニドローンは皆さまの会話や周囲の状況を全て記録しておりまして、後で言えばその内容を皆さまのPCに転送致します。
ですから今はごゆっくり見学できますよ」
だが皆あまりの光景に我を忘れたかのように辺りを記録していた。
まあ、カメラクルーにとってもこれほどの光景は初めてなのだろう。
ディレクターが質問する。
「車道やクルマが見当たらない様ですが……」
「このシェルター内にはクルマはございません。
移動はすべて徒歩か空間連結器で行っていただきます」
「で、でも我々はいいとして、歩けない方も多いのではないでしょうか」
「皆さまもお疲れになられたらミニドローンにそう仰ってください。
ミニドローンが運んでくれます」
皆驚いた。こんな小さなドローンが運んでくれるとは。
キャシーはジミーくんに言ってみた。
「試しに私を運んでみてくれる?」
「はい、キャシー」
ジミーくんがそう言った途端にキャシーの体が軽くなった。
体重が三分の一ぐらいになった感じだ。
「今は重力を七十%カットしていますけど、お望みでしたら百%カットもできますよ」
「た、試しにお願い」
キャシーの体が浮いた。
キャシーは思わずバランスを取ろうとして辺りにつかまる物がないか探す。
「だいじょうぶですよ。ボクが絶対に転ばせたりしませんから」
ジミーくんはキャシーを見上げてまた微笑んだ。
「でも、健康のためにいつもはなるべく歩いた方がいいですよ」
そう言ったジミーくんはウインクまでしたのである。
(つづく)




