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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 15 天命 ***


 それから間もなくレックスさんから連絡が入った。

 瑞祥グループのある会社が光輝に相談があるのだと言う。

 その会社の重要取引先である県内の大企業が、霊障に困っているので退魔衆を紹介してくれないかと言うのだ。


 聞くところによると、その企業の社員の何人もが、玄関ホールの片隅に何かいる、と言って気味悪がっていたそうだが、最近それが特にエスカレートしてきているらしい。


 例えば、「玄関ホールの片隅にいるおじいさんが、腰を曲げて怖い顔をしている」とか、

「外回りから帰った営業マンの肩が後ろから叩かれたが、振り返っても誰もいない」とか、

「お客さんが玄関ホールに入ると、急に気分が悪くなってうずくまった」とか、そういう霊障のような現象が多々見られるのだと言う。

 怖くて会社に入れなくなった女性社員もいるようだ。


 困り果てたその会社の経営陣が、自慢げに光輝のことを語る瑞祥グループの話を聞き、相談して来たのである。



 光輝がその会社の玄関ホールに行ってみると、そこには確かにあのもやもやがいたが、実に綺麗な青いもやもやだった。

 光輝は少し離れてそのもやもやを見ていたが、どう見ても悪霊のようには見えなかった。

 確かにときおり身をくねらせて苦しそうな仕草するのだが、だいたいにおいてあの白いもやもやの様にふわふわと動いている。


 最初の仕事をしくじってはいけないと、観察を切り上げた光輝は厳空に相談してみることにした。



「なるほど、三尊殿の目にはどうも悪霊とは思えないと仰るのですな」 


 厳空は、修行のとき以外は光輝のことを三尊殿と呼ぶ。


「ええ。それで、私の未熟さのせいで申し訳ないんですけど、厳空さんにも見ていただいて確認していただけないものかと…… 

 なにしろ初仕事なもんで、しくじりたくないんです。すみません」 


「三尊殿が謝ることはない。

 それこそが三尊殿の使命ではないかと前にも申し上げたはずです。

 畏まりました。もちろん拙僧も参りましょう……」 



 次の日の夜。

 退魔衆の正式な法依を身につけた厳空が、光輝とともにその会社を訪れた。

 玄関ホールにはその会社の社長と役員たちが何人かいる。

 もう社員はそれほど残っていないようだ。

 厳空は社長たちに挨拶をしたが、さすがに霊障に困っていた社長だけあって、退魔衆のこともよく知っていた。

 その頭領である厳空をひょいひょい連れて来た光輝をちょっと見なおしたような目で見ている。



 厳空は霊に正対して正座した。

 しばらくそのまま動かずに霊を見ていたが、また宙に浮くかのようにつつ、と霊に近寄って行き、なにやら霊と話し始めたではないか。


(さすがは厳空さん。霊とお話まで出来るんだ)


 光輝が感心して見ていると、厳空は霊に向かってお辞儀した。

 見れば青いもやもやも厳空にていねいにお辞儀している。



 光輝たちのところに戻って来た厳空は言う。


「あの霊は、この会社の創業者である元会長様の霊でございますな」 


 社長は驚いていたが、役員たちは半信半疑である。


「自分亡き後も、大切な会社と従業員たちが心配でご成仏出来なかったそうでございます。

 それで玄関ホールに立って会社と社員たちを見守られていたそうなんですが、なにしろ腰が痛いので、ときおり顔をしかめておられたそうです」 


 社長はますます驚いた顔になったが、まだ役員たちは半信半疑だった。


「それから、営業マンが汗だくになって重い鞄を下げて帰って来ると、その肩を叩いて労ってやったり、会社に害を為しそうな輩が入って来ると、そやつに取り憑いて苦しませてやったりしていたそうでございます」 


 社長はますます驚いた顔だ。古参らしき役員も驚いている。


「ああ、それから息子さんにご伝言があるそうです」


「はい。私です」


「正確に伝えてくれと仰いましたので、そのままお伝えします」 


 突然厳空の声が変わった。まるでお爺さんの声のようだ。


「あれほどたまには玄関ホールに立って社員を労えと言っておいたのに、お前は社長室にふんぞり返ったままでなんたることじゃ! 

 それにあんな会社ゴロをほいほい会社に入れおって、隙が多い! 

 それからの…… お前は最近酒量が増え過ぎておらんか。

 わしのように酒で命を縮めてはどもならんぞ。

 もっと、会社の為、社員の為に己を労われ……」


(ああ、厳空さんって、こんなことも出来るんだ。やっぱりすごいな)

 光輝は感心した。



 社長は蒼くなって震え始めた。そのまま床に膝をつく。


「あ、あの仰りようは、ま、間違いなく会長様の口癖っ…… 

 そ、そしてあれは、ま、まさしく会長様のお声っ……」


 古参らしき役員が呟いて同じく膝をついた。

 社長と古参役員はそのまま玄関ホールの片隅に向かって手を合わせる。

 他の役員たちもそれに倣った。


「ああ…… お父さん。すみません。

 私が不甲斐ないばっかりに、会社と従業員を心配してご成仏できなかったとは……

 この上は、お父さんの教えに従って、しっかり会社と従業員を守って行きますので、どうかまた見守ってやってください」


 見れば社長ははらはらと落涙していた。

 古参役員は号泣している。生前よほど恩義があったのだろう。


 しばらくそうして泣いていた社長に、厳空が声をかける。


「ご成仏されるまでのしばらくの間、あの片隅に小さな祠を建てて差し上げたらいかがでしょうか。それに椅子も。

 そうして社長様もときおりその隣にお立ちになって、社員の方々を労って差し上げれば、元会長様の霊も安らかにご成仏されると存じ上げます」 


「はい…… 仰せの通りに……」


 社長はまだ泣いていた。


 社長が後ろを振り返ると、別の役員がぶ厚い封筒を社長に渡した。


「これは誠に些少ではございますが、御礼でございます」

 

 厳空はそれを遮って言った。


「いえいえ。そのようなことをしいていただく謂れはございません。

 本日は拙僧も元会長様の温かい御意志にふれ、また功徳を積めたようでございます」 


「し、しかし……」


 厳空は本当に謝礼を受け取らなかった。

 そうして帰り際に居並ぶ社長、役員たちに言ったのである。


「もしまたなにか御座いましたならば、この三尊殿に御連絡下さい。

 この三尊殿は拙僧にとって義兄弟のようなもの。

 三尊殿の要請あらばまた拙僧は飛んで参ります」

 

 深々と頭を下げた社長たちを後に、厳空と光輝はその会社を辞去した。

 古参役員はまだ泣いていた。



「厳空さん。どうもありがとうございました。そしてすごいですね」 


「いやそれほどでもない。だが……」


「なんですか?」 


「どうも三尊殿と一緒にいると、わしの霊力も高まっているような気がする……」 


 厳空はそう言うと立ち止り、光輝の後上方を見てまた手を合わせた。




 聞くところによると、その会社では社員たちも落ちついたようだ。

 女性社員たちは、「なんだかやさしそうなおじいさんに暖かく見守られているような気がして安心する」と言い、営業マンも、「疲れきって会社に帰ると、すぐにまた元気が出て来るような気がする」と言い出したそうだ。


 元会長の友人であったその会社の取引先企業の会長たちも、たまにその会社を訪れ、小さな祠の前で、「あんたは偉いのう。わしにもできるかのう」などと言って涙を流しているそうである。

 その後その会社がさらに繁栄したのは言うまでも無い。


 もちろん玄関ホールには小さな祠の他に、椅子とときおり社長かあの古参役員の姿が見える。

 帰って来た営業マンには必ず近寄って声をかけている。

 

 光輝がその会社の前を通りかかると、元会長だという青いもやもやが出て来て、手のようなものを出して光輝に振ってくれた……




 光輝は、その会社から、そして光輝を紹介した瑞祥グループの会社からも絶大なる信頼を勝ち取った。

 そりゃあまあ、重要取引先の社長と専務が揃って涙を流しながらお礼を言いに来てくれたのだから、瑞祥グループも驚いたのだろう。


 評判が評判を呼んで、光輝のところには、その後、瑞祥グループ各社からひっきりなしに依頼が舞い込むようになった。

 同時に瑞祥グループ各社は、のんびりと進めていた光輝との税務顧問契約を急ピッチで進め、すぐに八十社ほどが契約を結んだ。

 中にはまだ光輝が挨拶に行っていない会社もあったので、光輝は豪一郎の協力のもと、慌てて全社を回った。




 ある日、光輝が例の「瑞祥・瑞祥・三尊邸」建設地の前を通りかかると、確かに森の奥の方には大きな三階建ての建設中の建物が見えるのだが、市道に隣接した門の出来る辺りにも、建設中の小さな建物と、三階建てくらいの建物がある。

 不思議に思った光輝は後で龍一部長に聞いてみた。


「ああ、あれね。一方の小さい方は警備員の詰め所で、もう一方の大きい方は、瑞祥異常現象研究所だよ」と事もなげに言われてしまった。


 どうやら龍一部長は本当に異常現象研究所を作ってしまったようだ。

 卒業したら部長から所長になるつもりらしい。



 ただ、光輝はとうとう最後まで気づかなかったのだが、その研究所はすべて光輝のために作られたものだったのである。


 瑞祥龍一は内心心底驚愕していたのだ。

 この三尊光輝という男の異能力とその発達に。

 しかもその能力は、発達を遂げる度に周囲の人々に続々と多大なる恩恵を施しているのである。 


 龍一は予感が確信に変わりつつあった。

「この三尊光輝という男は天命を持っている」と……


 さらに瑞祥龍一は、光輝の能力が更に途轍もないものに育って行く予感も感じていた。

 どこまで育つのか見当もつかなかったが、それをサポートすることこそが、やはり天が自分に与えた命ではないかという予感がしていたのである。



 龍一は、光輝を一族の顧問とすることで金銭的な心配を取り除いた。

 そして光輝には奈緒ちゃんという最愛の婚約者も出来た。

 ついでに研究所を作り、同じ敷地内に邸まで作ってやったのだ。

 もはや後顧の憂いは何も無い。



 瑞祥龍一は、光輝に更に存分に能力を開花させていくために、あらゆる手筈を整えたのである……







(つづく)

 

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