*** 31 これも偶然では無いな…… ***
平田大尉の出撃から一カ月後、地球では流星雨が観察されるようになった。
もちろん予想されていた通りのごく普通の流星群である。
幹部会の席でソフィアちゃんが言った。
「観測の結果、流星群のほとんどが地球大気圏との摩擦で燃え尽きますが、二個ほど地球表面に到達します。
これらは事前に私が排除させていただきます」
光輝がおずおずと口を挟んだ。
「あのおー」
全員が光輝を真剣な顔で見る。
光輝はびくびくしながらも言ってみた。
「逆に隕石を遮蔽フィールドで保護して地表まで到達させることって出来ますか?」
「はい、それは簡単ですけど……」
「で、でしたら人のいないところに三つぐらいワザと隕石を落としてみたらどうでしょうか……」
「なんでわざわざそんなことをするんだ」
豪一郎がコワイ顔で聞く。
「あ、あのお。
そうすれば個人用シェルターがもっと売れるんじゃないかと思って……」
龍一所長が破顔して言った。
「いいねいいねそれいいねー。
どしたの三尊くん最近すっごく冴えてるよー。
じゃあ事前にみんなに警告してあげて、誰もいないところに三つ落とそうよー。
あ、各国首脳にはなんでだか教えてあげようかー」
その計画を聞いたアメリカ大統領とロシア大統領は爆笑した。
日本の首相はあっけにとられ、ロマーニオ枢機卿はまた微笑んだ。
その他の首脳たちは、三尊研究所の恐ろしい程の力にまたもや畏怖した。
その隕石は、三尊研究所が予告した時刻ぴったりに、大西洋とシベリアとアフリカ中央部に落下したのである。
その位置には前日から密かに小さな遮蔽フィールドが張られ、徐々に大きくしてそこにいた動物たちをどかしていた。
アフリカの大草原にいたシマウマは、自分たちのおしりをぐいぐいと押す透明ななにものかに驚きながらも素直にどいて行った。
大西洋に落ちた隕石は、大勢の報道陣が遠くから見守る中、高さ五百メートルもの水柱を上げて海中に消えた。
その場所の海水は即座に気化して水蒸気爆発も起こした。
アフリカとシベリアに落下した隕石は、それぞれ直径三百メートルほどのクレーターを作っている。
全世界の人々が驚愕した。
彼らは、宇宙空間から飛来した隕石が地表に到達して大変な被害をもたらすという映像を、初めて目にすることになったのである。
それは実にショッキングな映像であった。
なにしろそれらの隕石は直径がそれぞれ数メートル程でしかなかったのである。
にもかかわらずあれほどの大被害がもたらされるとは……
世界中の人々が思い知らされたのだ。
今地球に向かっている脅威物体は、あの隕石とは比較にならない大脅威なのである。
なにしろその質量だけで地球の一万倍もあるのだ。
そうして、人類史上最悪と言えるその大脅威に対して、攻撃システムと防衛システムの両方を準備している三尊研究所の行動を、祈る思いで支持することにもなったのである。
三尊研究所にはまた個人用シェルターの注文が殺到した。
既に購入していた連中からは、あのような隕石が落ちてもシェルターは大丈夫なのかという問い合わせも殺到した。
龍一所長は、「あの一千倍の隕石が落ちたとしても、シェルターはかすり傷ひとつつきません」と答えるよう指示している。
また、世界中のあちこちで、購入した個人用シェルターに入って同時にコールドスリープに入る連中が続出した。
アフリカのある国では、独裁大統領が奥さんたちにコールドスリープ入りを突きあげられたが、クーデターを心配して渋っていた。
すると大統領の弟が、大統領の奥さんたちと一緒にシェルターに入って中から鍵を閉めてしまったのである。
激怒した大統領が三尊研究所にドアを開けるように要求してきたが、龍一所長はこれを断った。
契約によって、暗号キーを持つ者でしかそのような要請は出来ないと撥ねつけたのである。
独裁大統領は暗号キーを奥さんたちに預けていたためにどうしようも無かった。
大統領は頭にきて軍に命じてそのシェルターに猛烈な攻撃を加えたが、何をどう攻撃してもシェルターには傷ひとつつかなかった。
仕方無く大統領はもうひとつ個人用シェルターを注文して、親衛隊の兵士たちにこれを警護させたのだが、親衛隊兵士たちは大統領の机から暗号キーを盗み出し、そのシェルターに入って中から鍵をかけた。
独裁大統領は呆然とした。
親衛隊兵士たちは、シェルターへ軍が猛烈な攻撃をしても傷ひとつつけられなかったのを見ていたのだ。
そうしてもうひとつ個人用シェルターを注文して、今度は自分で暗号キーを持ったまま、若い奥さんたちとたくさんのダイヤモンドと共にシェルターに入り、コールドスリープに入ったのである。
その国ではすぐに立て続けに五件ものクーデターが起こって内戦状態に入りかけたが、すでに配置を終えていたバチカンの聖戦霊団が即座にすべての武力衝突を鎮静化させた。
またあの奇怪な硬直した人々のカタマリが大量に出来たのである。
すぐに国連の平和維持軍が空間連結器で投入され、膨大な量の援助物資を配った。
半年後には民主的な選挙が行われる予定である
この出来事は、個人用シェルター購入者を動揺させた。
三尊研究所に、自分たちしか中から鍵をかけられないようにしろと要求したが、三尊研究所にそのような機能は設置不能であると断られた。
中には親衛隊の兵士を百人も連れて来て三尊研究所を脅そうとした者もいたが、彼らはみな研究所の外で三時間もラジオ体操をするハメになったのである。
独裁者たちはさらに懊悩した。
自分たちがシェルターに入って鍵をかければクーデターが起きるかもしれない。
だがギリギリまで入らないでいると、誰かに先に入られてしまって自分は入れなくなってしまうかもしれない。
さらに暗号キーを自分で肌身離さず持っていたりしたら、暗殺されて暗号キーを奪われてしまうかもしれない。
誰にも気づかれないような秘密の場所にもうひとつシェルターを買ってみたが、それでも誰かに見られていたかもしれないのだ。
彼らは何をしても安心出来ずにもだえ苦しんだ。
そうしてようやく気づくのである。
この苦しみから逃れる方法は、自分がシェルターに入って中から鍵をかけ、コールドスリープに入ることだけなのだと。
こうして大勢の独裁者たちが大量の宝石や金塊と共にシェルターの中に消えた。
アフリカのほとんどの独裁国家では独裁者が消え、残された大統領の親族たちは慌てて残りの資源をかき集めて個人用シェルターを買い、彼らもその中に消えた。
個人用シェルターの価格は既におひとり様百億円分の資源にまで値下げされていたので、彼らにもなんとか買えたのである。
こうして世界中から独裁国家が無くなっていった。
武力クーデターがバチカンの聖戦霊団によって沈静化された後には、国連の援助を受けた穏健な勢力によって民主的な選挙が行われる予定である。
地球滅亡の危機を前にして、ようやく理想の国づくりが出来るようになるとは何とも皮肉な話である。
中国でもぽつぽつと個人用シェルターに入り込んで鍵をかけるものが出始めた。
それは、既に隠匿した物資でシェルターを購入していた党の中堅幹部から始まった。
彼らはそうした隠匿が露見して逮捕されそうになったり、他の些細な失敗で更迭されそうになると、隠して設置してあったシェルターの中に家族や愛人と共に消えたのである。
個人用シェルターは、三尊研究所に場所と時間さえ指定すれば重層次元を通って配達されて組み立てられたため、小さな倉庫ほどの建物を建てておけば隠しておけたのだ。
こうして徐々に中堅幹部から消え始めた。
その責任を取らされそうになった上級幹部もシェルターに消えた。
激怒した上級幹部が警察に中堅幹部たちの自宅の捜索を命じると、シェルターを買っていた中堅幹部たちは、やはり家族や愛人たちと共に全員シェルターの中に消えた。
また、中堅幹部全員に党の本部支部への出頭を命じると、これもシェルターを買っていた中堅幹部たちは全員シェルターの中に消えた。
残されたのはシェルターを持っていない者ばかりだったが、その数は驚くほど少なかった。
仕方なく下級幹部たちを昇格させて中堅幹部にしたが、昇格した彼らはその権力を使ってますます熱心に物資の隠匿を始めたのである。
そうしてそれを三尊研究所に次々に渡してシェルターを購入し、その中に消えていった。
国家資源備蓄倉庫はすぐに空になり、その倉庫ですら立て直しと称して解体され、中の鉄骨や鉄筋が隠匿された。
最近の三尊研究所は、親切にも時間と場所さえ連絡すれば、そこに空間連結器が現れてドローンたちが資源を運んでくれるサービスも始めている。
そうした連絡は電話やメールでも出来たが、これを盗聴しようとした国のハッカー部隊員たちは、ディラックくんに逆探知されて、そのPCの画面に「や~い、へたくそハッカーめ~」という表示を溢れさせられ、彼らのPCはそのまま使用不能になる。
たまにおとり捜査も行われたが、事前に配置されたナノマシンに察知されて不発に終わる。
仮におとり捜査が成功しそうになっても、護衛の上級霊たちがその場で捜査官たちにラジオ体操を始めさせるのでやはり失敗に終わる。
中国の国家警察の幹部が密かに来日し、そうした行為をすぐに停止するように厳重に申し入れてきたが、龍一所長は、「それでは今までご購入下さった方々のご氏名とご役職を公表させていただきましょうか」と提案した。
中国の警察幹部たちは、帰国後すぐに銃殺刑に処せられる自分たちの姿を思い浮かべて慌てて帰って行った。
こうした隠匿物資による中国の要人のシェルター購入は、次第に軍の幹部たちにも広がって行ったのである。
武器弾薬庫の警備兵を抱きこんだ将軍たちは、深夜にドローンを呼んで膨大な量の兵器や弾薬を売り飛ばした。
代わりに自宅近くに大きなテントを張ってそこにシェルターを作ってもらっている。
三尊研究所は、親切にもそうした隠蔽用のテントまでサービスでつけてくれるのだ。
軍に党からの一斉検査が入ると、そのたびに大勢の将軍たちがシェルターに消えた。
中には一人用の小型のシェルターを執務室に置いていた者もいたが、彼らもその中に消えた。
こうして時価数十兆円に及ぶ膨大な量の資源がディラックくんの資源倉庫に運び込まれ、そのたびに中国の要人たちが消えていったのである。
とうとう中国国内で、シェルターを買えなかった若手将校たちによる抗議行動が起こり始めた。
鎮圧を命じられた別の軍部隊の将軍たちは、やはり家族と共にシェルターに消えた。
軍事衝突を伴う抗議行動はバチカンの聖戦霊団に鎮圧されたが、平和的なデモはそのまま容認され、抗議行動はまたたくまに全国に広がった。
そうして各地の若手将校たちは合流して党本部に改革を迫ったのである。
この責任を取らされそうになった上級幹部も続々とシェルターに消え、もはやこれまでと悟った上級幹部や最高幹部たちもシェルターに入り始めた。
そうして、ついに北京入りした若手将校たちのグループは、武器を持たずに共産党本部を包囲したのである。
党本部の親衛隊は、彼らに銃口を向けた途端にラジオ体操を始めることとなる。
最高幹部たちは、彼ら若造の言うことを聞くぐらいならと、すぐに空間連結器を通ってシェルターに向かった。
命令好きな老人たちは、命令されることが嫌いだったからである。
青年将校たちは全世界に向けて声明を発し、すべての中国人民の人類救済プログラムへの参加を要求したが、それはどう見ても新たな支配層の誕生を宣言しているようにしか聞こえなかった。
国連と三尊研究所が無視していると、彼らは場合によっては武力行使に訴えると言い出し、同時にゴビ砂漠で地下核実験を準備中であるとの声明を発表した。
やはり三尊研究所と国連が無視していると、彼らは核兵器のスイッチを入れたのだが、もちろん核兵器は「ぷっすん」と小さな音をたてただけである。
慌てた彼らはすぐに大量の核兵器を集めてまた地下核実験を行ったが、すべての核兵器がまた「ぷっすん」と音を立てただけで沈黙した。
核分裂物質まで党幹部たちに隠匿されていたのかと怒り狂った彼らは、通常弾頭を搭載した弾道ミサイルの発射実験をすると通告して来た。
するとすぐにどこからともなくあの音楽が聞こえ始め、新支配層は全員がラジオ体操を始めたのである。
かろうじて弾道ミサイルを発射することは出来たが、それは空間連結器を通って宇宙空間にいたソフィアちゃんたちに、発射後上空わずか三百メートルで撃墜されてしまったのだ。
ソフィアちゃんは微笑みながらジェニーちゃんに、「ほら、練習よ、やってごらんなさい」とやさしく言い、ジェニーちゃんは「はい、おかあさま」と言って、おかあさまに貸していただいたレールガンで見事に弾道ミサイルを撃ち落としたのである。
ジェニーちゃんは嬉しそうにおかあさまを見上げて微笑んだ。
ソフィアちゃんも実に嬉しそうに微笑んだ。
さすがは防衛用AIの血を半分引くジェニーちゃんである。
生まれて六カ月の幼児に弾道ミサイルを撃墜されたと知ったら、新支配層の連中も泣いて悔しがったに違いない。
その間も新支配層たちのラジオ体操は続いていた。
それは三時間ごとに一時間の休息を挟んで延々一週間も続いたのである。
新支配層の半数が精神病院に入院した。
残りの半数も、その後あの音楽を聞いただけで神経症の発作を起こすことになる。
国連は密かに軍の穏健派若手将校たちにコンタクトを取り、二つの条件が満たされたならば、国際社会は喜んで新生中国を受け入れると伝えた。
それは、完全に平等で民主的な選挙の実施、住民投票による地域の独立の承認という条件だったが、穏健派の若手将校たちは、ラジオ体操を続ける強硬派将校を横目で見ながらこれを了承した。
彼らの執務室や宿舎にはラジオ体操の音楽が流されていたため、強硬派将校たちは誰も入って来られなかったようだ。
こうして一年後、中華人民共和国は六つの議会制民主国家に生まれ変わったのである。
シェルターに消えた党幹部たちも、百年後にさぞかし驚くことであろう。
ロシア大統領はまた微笑んでいた。
(これも偶然では無いな……)
(つづく)




