*** 30 太陽系防衛軍脅威物体迎撃部隊出撃 ***
あるときまた光輝が瑞巌寺学園で食事をしていると、調理場で筆頭様と二席さんと三席さんと巌さんまでが野菜の皮を剥いているのを見つけて仰天した。
慌ててどうしたんですかと聞いてみると、「皆が一生懸命働いているのを見て、こうしてはいられんと思ったから」と言われた。
四人とも意外に器用な手つきで野菜の皮を剥いている。
光輝は同じ老人でもあまりにも違うのに驚きながら、これを龍一所長に報告すると、龍一所長はしばらく腕を組んで考えていたが、そのうちに彼らのところに出向いて行った。
「本日はお願いがあって参りました」
「なんじゃの、そのお願いとやらは」
「はい。我々は今少々忙しいものですから、シェルターの設計になかなか手が回りません。
このままでは無機質な部屋が並ぶだけの物が出来上がってしまいます。
そこで四方にお願いなのですが、世界各地を回ってその地の生活を直に体験してきてはいただけませんでしょうか。
そしてその体験を元にしてシェルターの設計にご参加いただけませんでしょうか」
四人は顔を見合わせた。
筆頭様が皆を代表して言う。
「それは重要で世界の人のためにもなる仕事だとは思うがの。
なんせ世界中を巡る旅じゃろう。
わしらは毎日米のメシを喰って味噌汁を飲まんことにはなぁ」
他の三人も頷いている。
「何の問題もありません。
そろそろ世界中に空間連結器のネットワークが張り巡らされましたので、皆さん朝晩はご自宅で食事が出来ますよ。なんならお昼御飯も」
筆頭様達はびっくりしたようだ。
四人で顔を見合わせて頷いた後言う。
「そういうことならお引き受けさせて頂くとするかの。
ただ、朝は家で食事をして、夜は瑞巌寺学園で子供たちと食事をさせてもらいたいのだがの」
「もちろんですよ。行動はすべて皆さまにお任せ致します」
彼ら瑞祥一族の重鎮たちには、すでに上級霊たちが守護霊として配置されている。
龍一所長はソフィアちゃんに頼んで、彼らにクラス1の遮蔽フィールドを展開できるプチAIもつけてもらった。
重鎮たちは最初は四人で、そのうち慣れて来ると別個に、さらにそのうち奥さんたちと一緒に世界中を回ってそこの生活を見学して体験するツアーを始めた。
そのうちに一族の他の重鎮たちも誘って、その数は瞬く間に増えたようだ。
彼らの調査は驚くほど緻密で、全世界のさまざまな地域を別の人間が最低三回は調査して、それぞれの報告を比較している。
意見が合わないときは数人で一緒にまた調査に行った。
そうして調査を続けること半年。
幹部たちを前に彼らの報告会が開かれることになったが、その報告会は冒頭から詳細な報告と意見が相次いだ。
「ドイツ人というのは勤勉でマジメというイメージがあったが、ちょっと違っておったな。
彼らはサッカーとビールのために生きているようなもんじゃ。
この二つを取りあげたら鬱病になるぞい」
「イギリス人というのはやたらにペットを大事にするの。
誰もが必ずと言っていいほどなにかしらのペットを飼っておる。
ペット禁止にしたらシェルターに入る人間が半分以下になるぞい。
資源のムダかもしれんが、犬猫用の餌と散歩スペースも必要かもしらんのう」
「ロシア人は予想通り呑むのう。それもあの強いウオッカをぐいぐいと。
あの酒が無かったらやはり鬱病になるか暴動を起こすかも知らん」
「酔って暴れるようなひとはいないんですか?」
「あの寒さでは、酔った勢いで暴れるようなやつは、とうに戸外に出て凍死してしまっておるのじゃろ。
意外なことに呑んでも大人しいヤツが多かったわい。
それにシェルターの中が暖かければそれほど呑まんようになるかもしれんの」
「アフリカ人は狭いところが嫌いじゃのう。
家はみな狭いのじゃが、家を一歩出れば大平原じゃからのう。
広い公園をつくってやらねば閉所恐怖症を起こす奴が続出するかもしらん」
「アメリカ人はスポーツが好きじゃのう。
アメリカのどこにいてもスポーツの放送ばかりじゃ。
あれは野球だのアメリカンフットボールだのホッケーだののプロリーグを作ってやらねばみんな欲求不満でノイローゼになるか暴れはじめるの」
「東南アジアの連中は総じて狭いスペースに大勢いても平気じゃが、海が無いと辛そうじゃの。
まあ、海は無理としても、できれば砂浜付きの大きなプールでも用意してやらねばの」
「北欧の連中は森が無いとおかしくなるかもしれんな。
まあわしらもそうかもしれんが。
少しでいいから森林スペースを作ってやりたいもんじゃ」
「部屋の内装は各国ともまちまちじゃのう。
国別にアンケートでもとって、彼ら自身に設計させてみた方がいいかもしれん。
そうそう、わしらには畳も少し欲しいのう」
「壁はなるべくプラスチックでは無い方がいいかもしれん。
せめて壁紙が欲しいの。
日本人用に内装用の木の板を少し用意してやろうかの」
いずれも龍一所長たち幹部が思いもよらなかった視点である。
龍一所長は彼らに頼んで詳細なレポートを作ってもらい、それをディラックくんに提出してもらった。
彼らは月に一度レポートを提出し、ディラックくんはなるほどと頷きながら設計を開始した。
光輝は、自らの所有するコーヒー農園やカカオ農園を小麦農園やトウモロコシ農園に変えるつもりだったが、やめることにした。
そうして幹部会で皆の了承も求めたのである。
「あの。筆頭様達のお話を聞いて思ったんですけど、嗜好品の無い生活って味気無くって寂しいと思うんです。
毎日の生活が単調で退屈なら、せめてコーヒーやチョコレートなんかがたくさんあるとみんな喜んでくれるんじゃあないでしょうか」
また龍一所長が嬉しそうに言った。
「いいねいいねそれいいねー。ほんと最近三尊くん冴えてるねー」
コーヒー豆やカカオ豆はその後も増産されて備蓄された。
もちろんお茶や紅茶もである。
ビールの原料になる麦や各種ホップの畑も買い取って、その生産品が備蓄された。
もちろん世界各国のアルコール飲料の原料になる農産物も大量に備蓄されている。
光輝は瑞祥グランドホテルのパティシエに頼んでゴディバに出向いてもらった。
三尊研究所が出資するので大規模チョコレート工場を作って欲しいと依頼したのである。
驚いたゴディバは親会社に相談した。
皆知らなかったのだが、なんと今のゴディバの親会社は、あのトルコ最大の食品企業ウルケルグループだったのである。
ウルケルの幹部たちは驚愕した。
あの国連人類栄誉賞受賞者、トルコ国民の恩人、聖KOUKIがゴディバに出資したいと言って来たのだ。
詳しく話を聞いたウルケルの幹部たちは今度は感動した。
あの人類防衛用シェルターの中で、八十年もの間人類同胞を慰めるためにゴディバのチョコレートが欲しいとは……
瑞巌寺学園でのトルコ人避難者たちへのたいへんな好待遇を良く知る幹部たちは、光輝の提案をすぐに受け入れ、光輝はゴディバの株式の四十九%を所有する大株主になった。
またウルケルの幹部たちは、チョコレートの増産に必要なのは工場だけではなく、カカオ豆の増産なのだとも教えてくれた。
光輝が彼らがどこからカカオ豆を仕入れているのかと聞くと、かなりの部分があのアメリカの穀物メジャー、カーギル社からであるという。
カーギルのCEOは、現アメリカ政権の有力支持者であり、あの首席補佐官の友人でもある。
光輝は補佐官に頼んでカーギル社から相場の二割増しで広大なカカオ農場を買わせてもらった。
またパティシエに頼んでカカオ農場の従業員たちに希望を聞いてもらったところ、給料には満足しているものの、従業員宿舎や食堂などが老朽化して困っているという。
ただちに従業員全員を収容可能な豪華な宿舎が建設され始めた。
大談話室や図書室や大浴場やサウナまでついている。
それらはまたあのドローンたちが銀河技術を使って僅か二週間で完成させてしまった。
ついでに厳上は従業員の給料を二割上げたのだが、その農場のカカオ豆収穫量はすぐに五割も増えたそうだ。
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太陽系防衛軍兵士たちには、出撃を前に三日間の休暇が許された。
彼らはまず原隊に挨拶に出向き、それから家族のもとへと帰って行った。
彼らを迎えた原隊の元同僚たちは驚いた。
たったの一年弱で、あの猛者たちの顔つきがまるで変わっていたからである。
元部下たちは、あの鬼の教官がなんという柔和な顔になったのかと驚いた。
元上司たちは、この柔和な顔こそが、真の兵士のみがすることのできる、最重要任務出撃前の顔なのだと知って驚嘆した。
彼らはすぐに家族のもとへと急いだが、彼らの親兄弟や配偶者も彼らの顔を見て驚いた。
あのスペツナズの巨漢兵士は、家でも怖い顔をしながらいつもウオッカを呑んでいたのだが、この休暇中はほとんど呑まなかった。
呑んだのは親兄弟たちと乾杯したときだけである。
いつもは怖いおとうさんには近寄りもしなかった小さい子供たちが、自然におとうさんに近寄っていく。
巨漢兵士は子供たちと実に嬉しそうに遊び、座禅も教えてやった。
妻はその様子を涙を流しながら見守っていた……
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太陽系防衛軍脅威物体迎撃部隊の出撃が始まった。
彼らは全ての地球人が見守る中、一日に一人のペースで新造超高速宇宙艇に搭乗して出撃していったのである。
見送る地球人の多くは涙を流し、特に彼らの地元では大規模な壮行行事が行われ、全ての住民が仕事を休んで穏やかな笑顔で宇宙艇に乗り込む英雄たちを見送った。
迎撃部隊の先鋒である超高速宇宙艇部隊は、まず脅威物体からやや逸れた方角に進む。
そして六光年ほど進んだところで方向を変進し、ほぼ真横から脅威物体を攻撃することになっていた。
より効果的に脅威物体の進行方向に影響を与えるためである。
宇宙艇部隊の発進する基地からは、遠景にあのデススターが日に日に大きさを増して建造されている様子が見えている。
当初は直径十キロメートルほどの艦体が予定されていたが、脅威物体の実態が明らかになるとともに設計が変更され、前設計の倍、直径二十キロの超弩級戦艦になった。
そのおかげで、反物質生成用の水資源を四兆トンも持って行くことが出来るようになったのである。
仮に海水を使用したとしたら、世界の海面が二メートルほど下がってしまうほどの量である。
だが幸いにも既に月の倉庫には南極の氷が四百兆トンも移送されていた。
四兆トンと言っても、この備蓄量の1%ほどで済んだのである。
陸自レインジャー部隊出身の平田敦大尉は、先遣隊の名誉ある一番手に選ばれた光栄に身震いしていた。
一号艇は、火星軌道出発後にまもなく3.0002次元に入り、そこで三百Gもの加速を開始する。
もちろんクラス25の遮蔽フィールドが展開してあるので平田大尉には加速度は感じられない。
遮蔽フィールドは、平田大尉の進言により直径百キロにも渡って展開されていた。
もちろん後続機のために、なるべく多くの微小物体を排除していくためである。
(コールドスリープに入る前に座禅でも組むかな)
そう思った平田は船内服に着替え、座禅を組み始めた。
平田はこの座禅が特に気に入っていた。
一時間組んだだけで実にリフレッシュ出来るのである。
静かに座禅を組み続ける平田を、船内のプチAIが管理する生命維持システムが観察している。
平田本人は気づいていなかったが、心拍数は一分間に三十回まで下がっている。
それを見ても、この一年間平田を観察し続けて来たデータを持つプチAIは、黙って平田大尉の観察を続けていた……
(つづく)




