*** 29 シェルター耐性公開実験 ***
瑞巌寺学園のダイニングで高校生たちの話を聞いてから、光輝は少し変わったようだ。
ある日の幹部会の席で、豪一郎が苦々しそうに言った。
「まったく…… 今日も個人用のシェルター付きコールドスリープ装置を売ってくれっていう輩が三人も来たぞ。
どうやらみんな独裁国家の大統領やらその親族とやらみたいだが」
光輝は言ってみた。
「あのー、それ売ってあげたらいかがでしょうか……」
「なんだと」
「そ、それでですね。代金はおカネなんかじゃあなくって、資源で払ってくれって言うんです。
それならもっと資源を溜められるかも……」
龍一所長が実に嬉しそうに言った。
「いいねいいねそれいいねー。三尊くん、最近冴えてるねぇー。
豪一郎くん。
とんでも無い量の資源と引き換えだったら売ってあげるって言いなよ。
あ、そうだ。アメリカにお願いして、秘密でそういう取引に応じるらしいっていうウワサも流してもらおうね♪」
みんなで相談の結果、個人用シェルター付きコールドスリープ装置の価格は、当初おひとりさま一千億円分の資源ということにしたのだが、驚いたことに飛ぶように売れた。
中には、数トンにも及ぶ金の延べ棒やら箱一杯のダイヤモンドの原石やらを提示した者もいたが、これらはすべて断った。
金は材料資源としての価値は低く、ダイヤモンドはただの炭素の塊だったからである。
アメリカの大富豪や欧州の元貴族たちは、主に鉄で支払って来た。
アフリカの独裁国家の元首やその一族たちは、自国で産出する希少資源で払って来た。
これらの資源は、もちろんほとんどがブラックマネーによってもたらされたものだったが、厳上はこれを毎週日本政府とアメリカ政府に報告している。
アメリカ政府は苦笑していたし、日本政府ももちろん何も言わなかった。
アラブ諸国からも大量の注文が来たが、コールドスリープ装置の設定のために使用する予定の人の年齢や性別、サイズなどを聞いたところ、それらはすべて十二歳以下の子供とその母親用らしかった。
さすがはアラブの男たちである。
自分だけ逃げようとは思ってもいないようだ。
そうした国々からの注文については、すでにそれらの国々から膨大な量の原油を寄付してもらっていたために、密かに無料としたため、彼らからの資源の寄付がさらに増えた。
中国からも主に共産党幹部たちから膨大な数の注文が来た。
どうやら国家資源備蓄庫の物資を隠匿しているらしく、倉庫がカラになりつつあるらしい。
光輝の資源供出作戦は見事に当たった。
火星の衛星軌道上では、超高速宇宙艇の建造と同時に、脅威物体迎撃用戦艦の建造が進みつつあった。
その戦艦は膨大な量の資源を運んで行くために直径二十キロメートルもの球形をしている。
推進機部分だけ少しへこんでいたため、それはあのデススターに不気味なほど似ていた。
豪一郎がディラックくんに聞いた。
「これだけの大きさの船を核融合エンジンで動かしていたら、十分な加速度が得られないのではないか?」
「はい。近傍重層次元に入った後も、地球の近くでは核融合エンジンで移動しますが、地球から十分に離れたら別の推進機で加速します」
「それはどんな推進機なんだ?」
「皆さまの言う『強い力』を利用した推進機でございます」
豪一郎が仰け反った。
龍一所長が真剣な顔で言う。
「それって、我々銀河連盟未加盟の星には公開が禁止されている技術なんじゃない」
「はい。ですからしばらく前から通常空間を通じて連盟に使用許可申請を出しています……」
龍一所長がまた深く腰を折って頭を下げた……
その年の世界の気象は異常気象だった。
史上最高とまでは言わないまでも、夏は非常に暑く、冬も非常に寒かったのである。
もちろんただの偶然だったが、世界中の人々が脅威物体の影響だと思って怯えた。
世界の独裁者たちは、三尊研究所にコールドスリープ装置付き個人シェルターの納入を督促して来た。
龍一所長は彼らにゆっくりとそれらを納入してやると同時に、彼らに説明してやっている。
「このシェルターは、いかなる攻撃にも地震にも洪水にも耐えられます。
もしよろしければいくらでも実験してみてください。
しかし、ご覧の通りこのシェルターは小さいので食料の備蓄はほとんど出来ません。排泄物などを外に出すことも出来ません。
もちろん入口が空いているとまったく強度はありません。
ですからシェルター使用の際には中にお入りになると同時に、入り口を閉じてコールドスリープに入って頂く必要があります。
また、コールドスリープは、安全のために最低でも八十年は続けて頂く必要があります。
途中起きることもできますが、あまりお勧めできません。
ああ、コールドスリープに入るのは簡単です。
こちらのベッドに寝てこのスイッチを押していただくだけです」
「誰かが外からシェルターを開けることは出来ないのか?」
「それが出来るのは我々だけです。
もしも途中で開けてコールドスリープを中断する必要が出来た場合には、こちらの暗号キーをお渡ししておきますので、ご信頼されている方にお預けください。
その方が暗号キーを我々にご提示くださった場合のみ開けて差し上げます」
「洪水や土砂崩れでシェルターが埋まってしまったらどうするんだ?」
龍一所長は微笑んだ。
「その場合には超強力に防衛されている私どもの研究所と、シェルターの内部を空間連結器でお繋ぎさせていただきますです」
龍一所長は親切にも彼らにデモンストレーションまでしてやった。
中央アフリカの無人地帯に、密かに十人用の白い半球形の個人用シェルターが用意されている。
その周囲は膨大な数の全世界の大金持ちたちや、独裁者たちのエージェントが取り囲んでカメラを構えていた。
「さて、今我々の仲間が中に入ったのでシェルターを閉じました。
お好きなだけ攻撃してくださいませ」
まずは小銃弾や軽機関銃が攻撃を開始した。
攻撃を中断してエージェントたちがシェルターを調べたが、傷一つついていない。
次はその国の軍隊の戦車部隊が砲撃を開始した。
二十両もの戦車が延々一時間も砲撃を続けたが、やはりシェルターには傷一つついていなかった。
エージェントたちからため息が漏れる。
最後に、中国政府の援助で用意された高性能炸薬の箱がシェルターの周りに積み上げられた。
シェルターが見えなくなるほどの膨大な量である。
エージェントたちが待避壕に避難した後、それらの高性能炸薬が起爆された。
爆風や爆炎や土埃が収まった後にエージェントたちが見てみると、シェルターの周囲には巨大なクレーターが出来ている。
だがシェルターの下にはシェルターと同じ白い物質の柱があって、シェルターはその柱に支えられて立っているのだ。
その柱は地中深くなるにつれて太くなっていた。
「ご覧のように設置と同時にシェルターは地中に根を伸ばし、中の人々を衝撃から守ります」
「あの根は地中どの位まで伸びているんですか」
「地中一キロメートルほどです」
エージェントたちがざわめく。
彼らは苦労してクレーターを降り、ドローンたちが用意した階段を昇ってシェルターの入り口の前に集まった。
シェルターの入り口が空くと、中では厳上がトランプでタワーを作っていて、タワーの高さはもう結構なものになっている。
微笑んだ厳上が、ふっと息を吹いてタワーを崩した。
龍一所長が微笑みながら言う。
「ご覧の通りシェルター内での振動もありません。
それからこれもご覧の通り、シェルターは設置と同時に地中深く根を下ろしますので、いったん設置されるともう移動させることはできません。
いろいろとご不便をおかけして恐縮ですが、どうかシェルターの強力な防御力に免じてお許しくださいませ」
最後にアフリカの独裁者のエージェントから一つクレームがついた。
シェルターの色を白では無く、高貴な紫色にしろという。
どうやらこれらの地では色には重要な意味合いがあり、紫は高貴な方々を意味し、赤はそれに準じる高貴さ。黒は侮蔑、黄色は軽蔑を意味するのだそうだ。
どうやら白はマヌケを意味するらしい。
微かにため息をついた龍一所長は言う。
「このシェルターの色が白いのは重要な構造の一部なのです。
色をつけるとその強度が大幅に失われますがそれでもよろしいのですか」
彼らは勝手に自分で色を塗ったが、数時間後にはその塗料は全て剥がれて風に乗って飛んで行った。
次に彼らはシェルターを覆う豪勢な外観の建物を建て、紫色に塗った。
それらは不気味なほど霊廟にそっくりだったのである……
その翌週には全世界に向けて大規模シェルターの耐性公開実験が行われた。
アメリカが用意してくれたアリゾナの砂漠地帯に、底面の直径百メートル、高さ二十メートルのデモンストレーション用シェルターが建設されていたのである。
建設が開始されたときから世界中から来た報道陣がこれを取り囲んでいたが、シェルターはわずか三日で完成していた。
完成したシェルターの中には志願した報道陣が入ることも許可されている。
多くのテレビカメラが見守る中で実験が始まった。
まずはやはり小銃や機関銃での攻撃が行われる。
攻撃中断後に報道陣がチェックしたが、まったくもって傷ひとつ無い。
次に五十両もの戦車がいっせいに砲撃を開始した。
殷々たる砲声があたりに響き渡る。
三十分ほどでまた攻撃を止めてシェルターをチェックしたが、今度も傷ひとつ無い。
次はまた高性能炸薬を入れた箱がシェルターの周りに大量に積み重ねられて行く。
報道陣を待避壕に入れたあと、炸薬が点火された。
その大爆発の余韻が収まらない中、合計三十発ものトマホーク4巡航ミサイルがシェルターに降り注ぐ。
多くは直撃だったが、一部は故意にシェルターが地面と接地している付近にも降り注いでいる。
総攻撃が終わった。
砲煙が収まり始めると、またあの白いシェルターが見え始める。
遠目から見てもまったく傷ひとつついていない。
近くに寄って見てもやはり傷ひとつ無い。
恐る恐るシェルターに近づいた報道陣がシェルターを触ってもひんやりとしたままである。
まあ、元々のシェルターの強度に加えて、ソフィアちゃんがクラス30もの遮蔽フィールドを展開していたのだ。
たとえ核兵器の直撃を受けても傷ひとつつかなかっただろう。
シェルターの入り口が開くと、報道陣やカメラが内部に殺到した。
すると志願して中に入っていたキャスターが、周りを取り囲む報道陣たちに不思議そうな顔で言ったのである。
「どうしたんですか。なんでまだ攻撃実験を始めていないんですか」と……
全世界の人々は安心してまた農業生産や鉱業生産などの日常に戻った。
瑞祥研究所にはさらに多くの個人用シェルターの注文が舞い込んだ。
南極の氷が月面に運び出され始めた。
数千体のドローンがそれぞれレーザー光線で氷を十メートル立方ほどに切り取ると、その氷がふわふわと浮く。
それを数万体のドローンがやはりふわふわと浮かびながら続々と空間連結器に運んでいった。
それらの氷は月の南極と北極に広大な穴を掘って収容されている。
(つづく)




