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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
154/214

*** 27 膨大な量の竹と壁土だけ…… ***


 二週間後、アメリカ、ロシア、イギリス、カナダ、ドイツ、フランス、イタリア、日本、そしてバチカンの首脳が国連に集まり、二十四時間後に全世界に向けて重大声明を発すると予告した。


 そして翌日、全世界の人々が見守る中、その声明は粛々と発表されたのである。


「現在地球から約八光年の位置を、巨大放浪惑星が太陽系の進行方向に向けて光速の五十%の速度で進行している。

 この脅威物体と地球が直接衝突するリスクは極めて小さいが、十六年後には地球の軌道が乱されて、それ以降暑熱期と氷河期が交互にやって来る可能性が高い。


 現在火星の衛星軌道上で、銀河技術を駆使してこの脅威物体迎撃のためのシステムを建造中であり、二百三十八機の超高速宇宙艇が、完成次第随時脅威物体迎撃のため出撃する。


 また、直径二十キロにも及ぶ迎撃戦艦は半年後に完成する予定であり、これも完成次第出撃の予定である。


 脅威物体迎撃のため、我々は全ての核兵器を供出する用意がある。

 他の核兵器保有国もどうかこれに同調して欲しい。


 また、万が一に備えて、三尊研究所が一年後以降、これも銀河技術を駆使した巨大シェルターを建設する予定である。

 最大収容人数は九十億人で地球の全人口を収容可能である。


 五年目以降に順次収容が開始され、銀河連盟の救援が来るであろう百年後まで地球人類を守る。

 準備が出来次第、資源節約のためにも全ての人々は順次コールドスリープに入れるようになる予定である。


 また、氷河期の合間には、非常に暑い夏が訪れて南極の氷が溶け出して洪水が起きるリスクがあるため、我々はこれから南極の氷を全て月の地下に移送する予定である。

 未来の人類救済のためどうかご了承願いたい。



 現在宇宙空間などには十分な食料が備蓄されている。

 しかし、シェルター内での食料備蓄を増やしてさらに十分な余裕を持たせるために、主要国は今後食料の大増産体制に入る。


 余裕のある皆さまは各国政府の用意する農業生産ボランティア窓口までお申し込み頂きたい。



 以上で我々の共同声明は終了するが、最後に地球上の全人類の皆さまに於いては、どうか落ち着いて普段通りの行動をお願いしたい。


 我々の準備は万全である」




 意外なことに暴動やパニックはあまり起きなかった。

 もし起きかけても、世界中にバチカンと日本の霊たちが配置されており、彼らが暴動の芽をすばやく摘み取った。

 彼らはそういうことにかけてはもはやベテランである。


 世界の株式市場は直後に暴落したが、その後すぐに食糧生産関連株や資源株が急騰したために全体ではすぐに持ち直している。

 株式市場の連中は、シェルター関連などという新語を作り出して囃し、光輝たちを呆れさせた。



 また世界中の海抜二百メートル以上の土地価格が大変な急騰を始めた。

 海抜がそれ以下の土地は急落している。


 光輝は不思議に思って豪一郎に聞いてみた。


「なんでみんな標高が低い土地を売って高い土地を買うんですか?」


「南極の氷が融けて海面が上がっても助かりたいんだろう」


「でも気温が二百度になったりマイナス二百度になっちゃったら助からないんじゃあ……」


「そこらへんはまだ気づいて無いんじゃあないか」


「はぁ。そういうもんなんですか」




 日本では直ちにスーパーマーケットやドラッグストアに長蛇の列が出来た。

 列に並んでいるのはほとんどが老人たちである。

 どうやらトイレットペーパーを買うための列らしい。


 不思議に思った光輝がまた豪一郎に聞いてみた。


「以前の大震災や昔のオイルショックのときもトイレットペーパーだったそうですけど、なんでトイレットペーパーなんですか?」


「軽くて嵩張って安いからだな」


「…… ? ……」


「連中は、あの声明を聞いて興奮したんだ。

 それで、「こうしちゃあいられんっ!」ってわくわくして、なんでもいいから対応策を取りたかったんだろう。


 だから物資の買い占めを始めるんだが、トイレットペーパーなら嵩張るんでなんか頑張った気になれるんだろうな。

 それに安いし軽いから持ち帰るのもラクだし保存も効くし」


「でも……」


「よく見てみろ。

 列に並んでる老人連中は他人に先んじて準備をしてる満足感と興奮で、みんな鼻の穴が開いてるから……  

 ちょうどいい楽しいヒマ潰しなんだろう」


(人って思ってたほどアタマ良くないのかも……)

 光輝はそう思ったが何も言わなかった。



 スーパーマーケットやドラッグストアの長蛇の列は一向に短くならなかった。

 一度トイレットペーパーを買った老人がまたすぐ戻って来て列に並ぶためだ。


 在庫が無くなりそうになったスーパーの店長が、これ以上並んで頂いても今日はもう在庫がありませんと声を嗄らして叫んでも、ほとんどの老人が帰ろうとはしなかった。


 みんな自分の前に並んでいる老人が諦めて帰るのを期待していたし、若造ごときにこんな楽しみをジャマされてなるものかという自分の心理には気づかなかったからである。


 実際に在庫が無くなった一部のスーパーでは暴動や略奪が起きたところもあった。

 老人たちは、紙おむつやティッシュペーパーを略奪し、ついでに牛肉やおさしみなどの高級食材を略奪し、最後にラーメンを略奪して急いで帰って行った。


 スーパーの店内には転んで骨折した老人たちがごろごろ転がってうめいていたが、みな手にはお肉やラーメンを握りしめていて離さなかった。



 さすがに見かねた警察がその地域の家々を戸別訪問して言った。


「ご存じのように先日ここからほど近いスーパーマーケットで略奪行為がありました。

 現在防犯カメラから犯人を割り出す作業が続けられていますが、なにか情報をお持ちでしょうか」


 警察官はそう言うと、それら家々の玄関や廊下にうず高く積み上げられているトイレットペーパーを見回し、住民の顔を見つめると、老人たちは要求されてもいないのに顔面蒼白になって昔のレシートを取り出し、これらは昔買った物ですと言い張った。


 警察官が帰ると、彼らは急いで紙おむつやラーメンを押し入れや天井裏に隠し、また証拠隠滅を図るため、毎日毎日そのラーメンを食べて暮らした。

 密かに捨てればいいものを、そんなことは思いもよらなかったようだ。


 玄関のチャイムを鳴らす者がいると、彼らは急いで奥の部屋に隠れた。

 深夜になると、ラーメンの袋が詰まったゴミ袋を隣の町内会のゴミ捨て場まで捨てに行く老人たちの姿が大勢見られたが、こそこそと明かりも持たずに歩いていたため、大勢が転んで骨折している。



 ラーメンが無くなると、彼らはわざわざ離れた隣のスーパーに行ってトイレットペーパーの列に並んだ。

 ほとんど全員がサングラスやマスクで顔を覆って、防犯カメラに写ってもいいような姿をしている。


 多くの店舗は被害金額が少なかったこともあって被害届は出さなかったが、念のためスーパーの入り口には警察官が配置されていた。

 老人たちは絶対に警察官と顔を合わせないように下や横を向いてこそこそ列に並び、警察官たちは内心苦笑しながら立っていたようだ。



 落し物をした老人に、警察官が、「あっ、そこのアナタっ!」っと大きな声を出して知らせようとすると、警察官から目を逸らしていた老人たち全員が硬直した。


 そうして、その場にいたほとんどの老人がクモの子を散らすように走って逃げ出すか、その場で胸を押さえて苦しみ出したのである。


 すぐに救急車が大量にやって来て、倒れた老人たちを病院に搬送した。

 搬送される老人たちは皆、薄れつつある意識の中、苦しげな声で「わ、わしだけじゃないっ! み、みんなが勝手に持って帰っているから、無料サービスだと思ってわしももらったんだっ!」と喚いていた。


 周囲の道路には、走って逃げる途中の大量の老人たちがほぼ全員転んで骨折して呻いていたが、これも救急車で病院に搬送された。


 警察官たちは、上司からけっして老人たちに話しかけてはいけないと訓示されている。



 そうした店舗の前には、「農業生産ボランティア募集」のデスクが置かれたが、「どこにも書いていないが時給はいくらなのか」と聞いてくる老人たちばかりだった。

 どうやらボランティアという概念が理解出来ないらしい。


 そうして、「タダで働くなんて、そんなバカなことをするヤツがおるわけないだろうっ! わしらをバカにするにもほどがあるっ!」とぷりぷり怒って帰っていったのである。


 デスクにいたこれもボランティアの若者たちは、どうしてボランティアの募集が彼らをバカにしているのかがまったくわからずに首をかしげている。



 光輝はそういった様子を面白おかしく報道している番組を見てまた豪一郎に聞いてみた。


「なんで日本の老人たちってこういうひとが多いんですか?」


「いや。老人だからああなんじゃないな。

 そう言う連中が単に年を取って老人になっただけだ」



 でもやっぱり光輝には不思議だった……

 瑞巌寺学園の高校生たちは、続々と無償の農業ボランティアに応募しているのである。

 そのうちにほとんど全員が応募した。


 中学生たちも大勢応募してきたが、龍一所長が彼らを説得した。


「これからは大人たちが頑張って、人類みんなのために働くんだ。

 キミたちもすぐに大人になるから、そうしたら頑張って働いて欲しい。

 だから今は大人になるためや大人になってからのために必要な勉強を、一生懸命頑張って欲しいんだ」


 中学生や、一部小学生たちは、皆真剣な顔で頷いて授業に戻って行った。

 龍一所長は彼らのために物理や化学や理科の授業を増やした。

 小学生や中学生たちの授業態度はもの凄く真剣になったらしい。


 ときおり農学の授業や実習も行ったが、こちらはもっと真剣に取り組んだそうである。


 高校生たちには、ボランティア期間をカウントし、ある程度の日数に達した者は卒業を遅らせてあげることにしたが、瑞巌寺学園の高校生たちは全員がこれに該当するようになった。



 光輝は思った。

(もしディラックくんに年齢別に倫理水準を調べてもらったとしたら。

 そうしたら二十歳未満の子供たちの倫理水準は銀河最高レベルなんじゃあないだろうか。

 でもって六十歳以上の老人たちは銀河最低レベルなんじゃあないだろうか。


 だからあと三十年もしたら、地球人の平均倫理水準って、自動的に九・〇に迫るんじゃあないだろうか……)




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 中国はにこにこしながら国内にシェルター建設を誘致してきたが、龍一所長がもう既に建設地は決まっていますと断ると、真っ赤な顔をして怒って帰っていった。


 また、予想通り中国とインドは核兵器供出に応じなかった。

 中国は、代わりに「中華人民共和国は、その人民の生命財産は自分たちで守る」という声明を発表したのである。


 ディラックくんは米英ロ独仏の核兵器供出のペースに合わせて、中国とインドの核兵器の中の放射性物質を密かに没収していった。

 パキスタンやイスラエルやイランの核兵器はすぐにただの金属のカタマリになっている。


 主要国政府は、火星軌道上の銀河技術工場の工作機械を使い、その核分裂物質も使って新たな核兵器も作り始めている。

 自分たちの供出した核兵器も核分裂物質を抜きとって、より強力な核兵器に作り替えたのである。


 ディラックくんの電力パックのおかげで不要になった原子力発電所の核分裂物質もこれに加わった。

 すぐに地球表面上の核兵器は全て無くなり、火星軌道上には総破壊力一テラトンに及ぶ膨大な量の核兵器が集結している。




 中国やインドの首脳部は、自分たちが一躍世界の核超大国になったのを喜んでいたが、さすがに核実験までは行おうとしなかった。

 もしやっていたら、それらの核爆弾は起爆と同時に「ぷっすん」と小さな音を立てるだけで大恥をかいていたことだったろう。


 また、中国は独自にシェルターの建設に着手した。

 しかし、半ば強制的に集められた「中華人民英雄労働軍超硬殻人民シェルター建設部隊」の前に置かれていた建設資材は、膨大な量の竹と壁土だけだった。


 どうやら最初に用意された鉄骨やセメントなどの資材は、すべて共産党幹部たちに着服されてしまったらしい。


 そうして中国政府はそれらの資材は決して映さずに、膨大な数の作業員たちが広大な土地で働く様子を全世界に向けて配信したのだが、誰が見てもそれは貧民窟の平屋建ての建物でしかなかったのである。


 中国語では手抜き工事で建てられた建物のことを「おから建築」と呼ぶが、そのシェルターとやらは、「おからシェルター」と呼ばれるようになった……






(つづく)


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