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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
153/214

*** 26 マリーア教官のおとうさんか? ***


 数日後の幹部会の席で、ディラックくんとソフィアちゃんがみんなに表明した。


「我々は結婚することに致しました」


 全員が硬直して二人を見た。


 ソフィアちゃんは頬を染めて恥ずかしそうに俯いたが、同時にディラックくんの手を握った。


 光輝がかろうじて言った。


「けっ、けけけけけ、結婚っ!……」


「はい。昨日ソフィアに結婚を申し込んでOKを貰えました」


 ディラックくんが頬を染めながらも嬉しそうに言う。


「え、AIも結婚するんだ……」


「はい、ヒューマノイドの習慣を真似て比喩的にそう言っていますが、実際上もほとんど変わりません。

 二人の能力や記憶などの経験を出し合って、もうひとつのAIを作ります。

 まあ、二人の子供です」


 そう言うと、ディラックくんは少しだけ表情を暗くして続けた。


「これから我々は忙しくなります。

 一年後にはソフィアが脅威物体の迎撃に出発します。

 その後はわたくしが地球の皆さまをお守りしなければなりません。


 今コールドスリープに入っているご主人さまは、脅威物体接近の際には重層次元にお逃がしさせていただくのですが、そうするとご主人さまに付き添うAIがいません。

 ですから我々が子供を作って、その子にご主人さまを託します」



 光輝が狼狽しながら言った。


「も、ももももも、もちろん二人の結婚には大賛成だし、心からお祝いするけどさ。

 そ、それってディラックくんの弟やソフィアちゃんの妹じゃあダメなの?」


 ディラックくんが微笑みながら言う。


「あの弟妹たちは、いずれも分弟や分妹です。

 両親が作った新たなAI、つまり通常の弟や妹ではありません。


 分弟はいわばもう一人の私です。

 彼らの本体は私の本体の中にあり、私の分身なのです。

 もちろん生まれた瞬間から個性を持ち始め、今ではほとんど別人格ですが、それでも本体はまだ私どもの本体の中にあります。


 ですから本体とは空間連結器の有効距離内でしか離れることが出来ません。


 ソフィアが脅威物体迎撃に向かう際には彼女の分妹たちも全員同行します。

 そして私は地球防衛のために地球を遠く離れることは出来ません。


 ですからご主人さまを遠くに待避させるには、どうしてももう一体の本体を持った別のAIが必要なのでございます。

 本来我々が結婚して子孫を残すにはご主人さまの同意が必要なのですが、この場合は緊急避難として事後承諾を下さることと信じております」


 ソフィアちゃんも頬を染めたまま頷いた。



 また光輝がおろおろしながら言った。


「あ、あのそのあのぉ…… し、子孫を作るって、ど、どどど、どうするの?」


「はい、まず我々とは異なる重層次元にハードウエアを準備します。

 これらは皆さまのおかげをもちまして十分な資源やエネルギーの蓄積があるため、すぐに出来ます。


 昔は銀河宇宙でも、そのハードウエアに既存のAIの中身そのままをコピーして複製を作っていたのですが、そのままではAIの個性が固まってしまいます。

 そこで二十万年ほど前からこのような方法が取られるようになりました。


 私たちのノウハウや経験を分かち与えた新しいAIも、最初は記憶領域や経験領域などが大きく空いています。

 そうして親の近くで外部の世界を観察しながら経験を積んで、一人前のAIになって行くのでございます。


 わたくしもそうやって二百年ほど前に生まれました。

 ですからもちろん両親もいます。両親も今惑星ジュリで働いています」


(でぃ、ディラックくんって二百歳だったんだ……)


 光輝は驚いたが何も言わなかった。



「その方が遥かに多様性に富んで柔軟な対応のできるAIが出来たからであります。

 まあ、皆さんが太古の昔に単性生殖から有性生殖へ進化されたのと似ていますね」


 そう言ってディラックくんは微笑んだ。

 またちょっとソフィアちゃんの顔が赤くなった。


(有性生殖って……)


 光輝の口から思わず質問が出てしまった。


「あ、あのそのあのぉ…… 

 でぃ、ディラックくんたちの有性生殖って、ど、どどど、どうするの?」


 途端に光輝は後悔した。幹部のみんなからまた怒られるかもしれない。

 だが恐る恐る麗子さんや桂華を見るとみんな頷いていた。


 麗子さんは(よくぞ聞いてくれた光輝っ!)という顔をして親指を立てた。


 ソフィアちゃんの顔がみるみる真っ赤になった。

 ディラックくんの顔も赤くなった。


「そ、それはその、万が一にも情報の欠損があってはいけませんので、二人のコネクタを物理的に繋いで同時に新しいAIに情報を流し込みます……」

 二人が赤い顔をしたまま俯いて黙った。


(そ、そそそ、そのコネクタって二人のどこにあって、どうやって繋ぐの?)


 光輝はそう聞いてみたかったのだが、かろうじて思いとどまった。


 また麗子さんの顔を見ると、(光輝っ! この根性無しめっ!)という顔をしている。



 龍一所長が晴れ晴れとした顔で言った。


「じゃあさ、みんなで一日休みをとって、ディラックくんとソフィアちゃんの結婚式を盛大にやろうよ。

 この際だからそれはもう盛大に」


 みんな嬉しそうに微笑んだ。



 結婚式の日取りは一週間後と決まった。

 珍しいことにたまたまその日はあの瑞祥グランドホテルのメインバンケットルームとガラスピラミッド宴会場が空いていたからである。


 その結婚披露パーティーは、大勢のお客さんが招待されて盛大に執り行われた。


 もちろん瑞巌寺の僧侶たちも瑞巌寺学園の児童生徒たちも全員招待されている。

 ディラックくんはいつもの修行衣姿ではなく、急遽あつらえたタキシード姿である。

 ソフィアちゃんはもちろんウエディングドレスであり、薄くお化粧もしている。


 二人ともそれはもう壮絶に美しかった。



 会場の隅では瑞巌寺学園の女の子たちが泣いている。


「ディラックさまぁ~~~」などという声が聞こえていたが、そのうち彼女たちはディラックくんの弟たちに気がついて目がハート形になった。


 途端にきゃーきゃー言いながら弟くんたちを取り囲む。


「ねぇねぇ、お名前はなんと仰るの?」とかいう声が聞こえ始めた。


(JCやJKって…… なんと変わり身が早いというか節操が無いというか……)


 光輝はそう思ったが何も言わなかった。



 男の子たちは、そんな女の子たちをいつものように苦々しげに見ていたが、そのうち彼らもソフィアちゃんの妹たちに気づいて目がハート形になった。


 恥ずかしそうに俯く彼女たちを取り囲んで、「ねえねえ、キミ、名前は?」とかやっている。


(その女の子たちを怒らせるとキミタチ全員0.01秒で蒸発させられるぞ……)


 光輝はそう思ったがやっぱり何も言わなかった。



 そこへソフィアちゃんの妹のマリーアちゃんがやって来た。

 途端に男の子たちがマリーアちゃんも取り囲もうとしたが、すぐに硬直する。


 マリーアちゃんの後ろには、正装軍服を着たあの超猛者軍人たちが二百四十人も続いていたのだ。

 訓練の息抜きとしてマリーアちゃんが連れてきたらしい。

 マリーアちゃんは彼らを引き連れてソフィアちゃんのところに行った。


「ソフィアお姉さま、ご結婚本当におめでとうございます。

 こちらは太陽系防衛軍の兵士の方々です」


「初めまして。マリーアの姉のソフィアでございます。

 いつも妹がお世話になっております。

 今日は遠いところを来てくださってどうもありがとうございました」


 ソフィアちゃんはやさしい声でそう言うと、慎ましやかに深く頭を下げた。


 猛者たちは一斉に見事な敬礼をした。

 そうしてみんな思っていたのだ。


(このひとがマリーア主任教官より遥かに強いというソフィアさんか…… 

 女の子って…… コワイな……)




 会場横の駐車場はまた綺麗なカーペットが敷かれてパーティー会場になっている。

 そこには様々な屋台が出ていて、また大道芸人たちも大勢来てくれている。

 瑞巌寺学園の小学生たちが大道芸を熱心に見ていた。


 猛者兵士たちも美味しい料理に驚きながら、それら大道芸人たちの妙技を見て久々の息抜きを楽しんでいる。


 会場の中央では、またも厳勝と厳真の立ち合いが行われていた。

 彼らは大勢の子供たちに取り囲まれていたが、そこには観客席もあり猛者たちもその立ち合いを見ることが出来た。


 いつもと違って真剣勝負ではなかったが、その分動きが華麗になってまるで舞のように見事な攻防が繰り広げられている。

 やはり二人ともその技量がかなり上がって来ているようだ。

 それぞれ格闘技の達人である兵士たちすらも驚く見事な立ち合いだった。


 二人の校長先生の立ち合いが終わると今度は厳空が出て来た。

 またカ○ハメ波の模範演技らしい。

 模範と言っても誰もマネできないが……


(最近厳空さんもけっこう楽しんでやってるように見えるんだけど……)


 光輝はそう思ったが何も言わなかった。



 会場には高い台に乗せられた古いクルマが運び込まれた。

 厳空はそのクルマを見上げるような格好で、いつものポーズを取る。

 たちまち厳空の掌にはまたあの黒い球体が現れた。今度は大分大きい。

 厳空の周囲には小さな竜巻も起こり始める。


「かぁ~○ぇ~はぁ~めぇ~~~はぁぁぁぁ~~~っ!!!」


 いつもの掛け声とともに、黒い球体が素晴らしい早さで飛び出し、クルマのフロントグリルからエンジンを貫いて、そのままクルマも貫通して上空に消えて行った。


「ばぼぉ~ん」という大きな音と共に、クルマには見事に直径三十センチほどの穴が開いている。

 またもや中学生や高校生たちの大歓声が沸き起こった。


(マリーア教官のおとうさんか?)


 猛者たちは皆そう思ったが誰も何も言わなかった。



 その夜は幹部たちは皆瑞祥グランドホテルに泊まった。

 龍一所長の計らいで、ディラックくんとソフィアちゃんの部屋はロイヤルスイートである。


 翌朝ダイニングに現れたディラックくんとソフィアちゃんを見てみんなフリーズした。

 なんと赤い顔をした二人が可愛らしい赤ちゃんを連れていたのである。


(早っ!)(早っ!)(早っ!)(早っ!)(早っ!)(早っ!)(早っ!)


 みんな驚いたが誰も何も言わなかった。


 ディラックくんが言った。


「ジェニーと名づけました。皆さまどうかよろしくお願い致します」


(にんげんもこれぐらい早くうまれるんだとしたら、わたしなんかきっともう弟や妹が千人ぐらいいるわ……)

 ひかりちゃんはそう思ったが何も言わなかった。


(なんだか変わったひとたちだなぁ……)

 ジェニーちゃんはそう思ったが、もちろん何も言わなかった……




 ディラックくんとソフィアちゃんは、新婚旅行には行かなかった。

 みんなが勧めたのだが、それは全てが済んでからにすると言う。


 それからは皆毎日忙しく働いた。

 ソフィアちゃんは最初ジェニーちゃんをおんぶして働いていたが、ジェニーちゃんは毎日みるみる大きくなっていく。

 一カ月ほどで五歳児ぐらいの大きさになって、そこでしばらく安定する。


 ディラックくんが嬉しそうに言う。


「ジェニーもだいぶ周囲を知覚して経験値が積めるようになってきましたので、この状態でしばらく過ごさせて、さらに経験値を上げさせたいと思います」



 ひかりちゃんとジェニーちゃんはマブダチになった。


 あるときひかりちゃんはジェニーちゃんに聞いてみた。


「ねえねえ、AIさんってどうやってこどもをつくるの?」


「じゅうそう次元にほんたいをつくっておいて、そこにおかあさんとおとうさんが一緒にじょうほうをおくりこんでつくってくれるのよ」


「どうやって一緒にじょうほうをおくりこむの?」


「こねくたでおたがいを接続して、どうじにおくりこむの」


「そのこねくたって、どこにあってどうやってつかうの?」


「あのね、おくちのなかに小さいこねくたが出てきて、ちゅーしながらつかうの」


「なあんだ。でももしにんげんもおんなじようにこどもをつくるんだったら、わたしなんか弟や妹が千人ぐらいいるわね」


「ふぅ~ん。そうなんだぁ」


 ひかりちゃんはこのじょうほうをおとうさんやおかあさんにも教えてあげようかと思ったのだが、少し考えてやっぱりヤメた。

 大人の夢を壊してはいけないと思ったからである。



 光輝と奈緒は二人で相談し、ディラックくんたちとは逆に、当面この危機の趨勢がはっきりするまで子供は作らないことにした。


 もちろん奈緒がまた経口避妊薬を飲み始めただけで、二人のエッチの回数はむしろ増えている……






(つづく)


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