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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
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*** 23 最悪の超脅威物体 ***


 一週間後の極秘会議の席で、リチャードソン、アメリカ合衆国大統領は心配そうに言った。


「我が国は核兵器供出の用意がある。

 また、その事情を話せばイギリス、ドイツ、フランスなども供出してくれると思われる。

 だが、ロシアと中国とインドは供出を拒むかもしれない」


 首席補佐官が引き取って言う。


「その場合には世界の核バランスが崩れてしまうため、イギリス、ドイツ、フランスも供出に二の足を踏むかもしれません。

 ディラックさんの超技術で何かいい解決方法はありませんか?」


 龍一所長が、予めディラックくんと相談しておいた対処方法を説明すると、合衆国大統領は、「それはすごいな」と言ってにっこりと微笑んだ。





 その後、中間地点で通常空間に復帰していた超高速艇からの初期観測のデータが続々と地球に送信されて来た。

 その視差観測の結果が得られると、ディラックくんは蒼白な顔でその結果を幹部会に伝えた。


「最悪の事態になりました。

 このままでは脅威物体の近日点通過から三年以内に地球の軌道が離心率0.3となり、三十年後には、離心率が0.6に達してしまいます。

 そのため太陽に近づくときの最高気温は二百度以上、遠ざかったときの気温がマイナス二百度以下となる確率が80%になりました」


 光輝が仰け反った。


「そ、そんなに……」


「はい。脅威物体の軌道そのものは土星軌道の少し外側を通過する程度です。

 地球には直接の影響はほとんどありません。


 しかしその際に、不運にも木星が最も脅威物体の近くにいます。

 木星の軌道は大きく影響を受け、離心率は0.7にもなるでしょう。

 その軌道は地球軌道の内側から天王星軌道の外側にまで広がります。


 三年後には、木星は地球と最接近してその軌道離心率を大幅に拡大し、三十年後には0.6にまでしてしまうはずです」


「も、木星の影響ってそんなに大きいんですか?」


「木星重力は太陽にすら影響を与えています。

 太陽系の重心は太陽の中心ではなく、太陽表面から僅かに外側にあるほどです。

 ですから木星は、その半径が地球半径の百倍以上もある太陽を、その半径の分だけ振りまわしていることになります」


「そ、そんなに大きな木星の軌道が、この脅威物体によって影響を受けてしまうんですか……」


「現時点での観測によれば、この脅威物体の半径は地球の三十三倍、その質量は一万倍に達している模様です。

 木星と比較しても、その質量は木星の三十倍を超えている可能性が高いのです」


「…………」


「ヒューマノイドが発生するための惑星の条件の一つとして、その太陽系に離心率の大きな軌道を持つ巨大惑星が無いことが挙げられます。


 もしそのような惑星が存在したら、他の惑星の軌道も狂い、場合によっては地球のような小さな星がその太陽系から弾き飛ばされてしまうからです。


 今回のケースでも地球の軌道は徐々に影響を受け、三十年後にはその軌道離心率は0.6近くにまで達してしまうのです」


「じ、じゃあ、人類は……」


「このままでは、脅威物体の太陽系通過から三年以内にその人口は三分の一になり、十五年後には十分の一になって、三十年後には滅んでいるものと推定されます」


「…………」


 しばらくの沈黙の後、また光輝が聞いた。


「今その脅威物体は地球から約八光年の位置にあって、光速の五十%で近づいて来てるんですよね」


「はい」


「じゃあ最接近まで十六年ですか。

 それだけの時間があったらけっこうな攻撃ができるんじゃあないんですか?」


「十六年と言っても、脅威物体迎撃に向かう宇宙船がその物体に近づくまでに、光速の九九%で接近しても五年かかります。

 今回のケースでは危険を冒して近傍重層次元を使用するべきでしょうが、それでも一年かかります。


 もちろんその時間は脅威物体が近づくにつれて短くなりますが、その際には別の脅威が大きくなります」


「べ、別の脅威って……」


「たとえその脅威物体を破壊出来て粉々にしたとしても、その物体全体の質量が無くなるわけではありません。

 したがって、かなりの量の質量物体が太陽系にやってくることに変わりはありません。


 さらに拡散した大量のガスやチリがやはり十六年後に太陽系に襲来します。

 そのときにはそれらは何年もの間太陽系全体を覆い、太陽光線を遮りますし、また地球上には大変な量の小型隕石も降り注ぐでしょう。


 ですから脅威物体との距離が遠いうちに、なるべく効果的に少しでも脅威物体を破壊し、その質量を拡散させなければならないのです。


「…………」


「しかもどうやらこの超脅威物体は岩石惑星ではなく、巨大ガス惑星である模様です。

 しかも自転もほとんどしていないのであります。

 従いまして、自転を速めて分裂させることが出来ません。

 一点に攻撃を集中させて、その反作用で進路を変えさせることも困難です。


 なにしろ分厚い表層大気をすべて剥がした後に、中心の金属核部分に直接攻撃を加えなければ進路に影響を与えることが出来ないのですから。

 本当に最悪の超脅威物体なのですよ……」


「……………………」


「ですから、早めに総攻撃を加えなければなりません。

 超高速艇も五十機では到底足りません。

 生産能力をさらに増強して、そのかなりの部分を超高速艇や大型迎撃用宇宙船の建造に向けなければならないのです。

 そして、それらは今後一年以内に全て出発する必要があります」


 ディラックくんは決然とした顔で言った。




 直ちに日米首脳が呼ばれ、ディラックくんが説明を繰り返した。

 日米首脳は蒼白な顔で、緊急極秘G7をここ三尊研究所で開催することに同意した。

 その会合には龍一所長の要請で、ロシアとオーストラリアとバチカンも含まれることになった。


 アメリカ大統領からの極秘ホットラインで連絡を受けた各国首脳は、そのただならぬ口調に驚き、三日後に三尊研究所に集合することに同意した。


 随行を許されたのは各国の軍事専門家一名のみである。

 ディラックくんの翻訳機があるので通訳は不要だ。


 また全員母国語で話し、母国語で聞けたので、詳細な議論が可能だった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その日の夜、ディラックくんから脅威物体について分かっている限りの詳細な説明を聞いた後、瑞祥龍一は瑞巌寺を訪れた。


 夜遅い本堂で、龍一は厳攪大僧正と向き合って座る。

 厳攪の後ろには厳空と厳真が控えているのみである。


 瑞祥龍一が真剣な表情で頭を下げた。


「夜分にもかかわらず、突然のご来訪をお許し頂きまして誠にありがとうございます」


 瑞祥龍一の異様に真剣な顔を見て、厳攪は頷く。


「して…… どのような御用件かの」


「はい。誠に恐縮ながら、本日は光輝宗とその始祖、厳隆大上人様の縁起についてお教えを乞いたく参上させていただきました」



 厳攪がやや意外そうな口ぶりで言う。


「当宗派と始祖厳隆大上人様の縁起とな……」


「はい」


 龍一はやはり真剣な表情で厳攪を見つめている。


「そうさの。惣領殿もご存じであろうが、厳隆大上人様が宗派を起こされたのは平安時代も終わりごろ、間もなく鎌倉時代が始まろうとしておった頃じゃ。

 当時は光宗という名じゃったが……」


「厳隆大上人様はどのようにして宗派を起こされたのでございましょうか」


 厳攪は、ますます真剣になっている瑞祥龍一の気配をさらに訝しみつつも、丁寧に答える。


「ふむ。当派に残された縁起によればじゃ。

 厳隆大上人様は、当時京の禅寺で修行中の僧侶であらせられた。

 当時の記録ではかなりご優秀な僧侶であらせられて、その将来も嘱望されておられたそうじゃ。


 じゃがある日、お釈迦さまがその枕頭に立たれたそうでの。

 お釈迦様は厳隆様に諄々と新しい宗派を興すように説かれたそうなのじゃ」


 龍一が頷く。


「そのお釈迦様の御指示は一風変わっておられての。

 まずはその新宗派は、俗世での布教活動を廃し、優れた素質を持つ若い僧侶たちを集めた修行の場とするようにとのことじゃった。

 特に体術と座禅を主としての。


 また、長く八百八十八年に渡って存続を続けられるよう、あらゆる配慮を為せというものじゃったそうじゃ。

 まあ、八百八十八年と言ってもそれは長きに渡ってという意味だったのじゃろうが……


 そして、そのために一切の武装を禁じ、特定の世俗権力との深すぎる癒着も禁じられたのじゃ。


 普通そういった宗派は困窮するものであろうがの。

 何故か当派には代々有力な後援者が現れたのじゃ。


 その後援者は土豪であったり豪商であったりいろいろだったそうじゃが、まあ今の当寺が瑞祥一族の大きな後援を受けているようなものだったそうじゃ。


 縁起によればそれら有力な後援者たちの枕元にもお釈迦様が立たれたそうじゃの。

 まあ、宗派を正当化する宣伝のようなものかもしれんが、それでもそうしたお釈迦様のお言葉に従ったおかげで、それら後援者たちも大いに栄えたそうじゃが……」


 龍一はまた真剣に頷いた。

 瑞巌寺を後援せよとは、瑞祥一族に代々続く家訓のうちでも筆頭に記されていることである。



 厳攪は続けた。


「あの本能寺の変の折に、徳川家康は僅かな共を連れて堺の地を遊山していたのじゃがの。

 兄とも慕う信長の悲報に接し、また周囲の戦乱の激しさや落ち武者狩りの様を見て己の身を諦め、そのまま信長の後を追おうとしたそうじゃ。


 じゃがその家康を説得したのは、枕頭に立った御仏のお姿と、御仏に連れられた白い僧衣の者たちだったそうなのじゃ。

 そして、家康一行を伊賀越えで無事三河まで案内したのは、その僧衣の者たちだったというのじゃの。


 途中何度も危険な目に遭ったそうじゃが、その度に白い僧衣の者たちが怪異を起こし、落ち武者狩りの農民たちや武家の集団を硬直させて、家康一行を救うたそうじゃ。


 それが当寺の縁起によれば光輝宗の高僧たちだったそうじゃが……

 まあ、これも宣伝かもしらんがの。


 じゃが、江戸の時代になっても当派は幕府から手厚い扱いを受け、あの寺社奉行所すら一度も立ち入らなかったそうじゃ。

 おかげで江戸後期の廃仏毀釈の際にも、当派には一切の被害は無かったということになっておる」


 龍一はますます真剣な顔つきで頷いた。



「また、これはどうやら事実らしいのじゃが…… 

 あの勝海舟と西郷隆盛の江戸城無血開城の談判の前に、両者の枕頭に白い僧衣の霊が立ち、両者に無血開城を説いたそうなのじゃ。


 しかも談判の当日にその僧衣の者が現れて両者を驚かせたそうじゃ。

 供周りの者どもは、やはり硬直させられて動けなかったそうじゃがの。


 おかげで江戸百五十万の民は救われたのじゃよ。


 その白い僧衣の霊は、立ち去る間際に西郷から御名を問われると、無血開城の誓約書を指差されたのじゃが、そこには「見届人 光輝宗厳秋」という文字が浮かび上がったそうじゃ。


 そのおかげで当派は明治の時代になっても無事じゃった。


 先だって公開されたアメリカの資料によれば、第二次世界大戦中にこの瑞祥の地の上空に差し掛かったアメリカの爆撃機は、漆黒の巨大な雲を見て引き返していたそうじゃの。


 そうした御蔭をもって当派はお釈迦様の御指示通り、開祖から八百八十八年近く過ぎた今となっても無事存続出来ているということなのじゃ」


 龍一は蒼白な顔で頷いた。



「おおそうそう、宗祖厳隆大上人様におかれては、もうひとつお釈迦さまからの御指図を頂戴しておられたそうでの。


 それは、厳隆様のご血統を絶やすなとの御指図だったそうじゃ。

 必ずしも僧侶や、まして当派筆頭大僧正になる必要は無いとのことじゃったが……


 そうして厳隆様のご子孫には、代々素晴らしい女子おなごが添われたそうでの。

 おかげでご子孫は代々子宝に恵まれてのう。

 その奥方様は、時には女菩薩様として、地域の信仰の対象にまでなられていたそうじゃの」


 蒼白になった龍一の額に玉の汗が浮いた。


「惣領殿や。大丈夫かの……」


「大僧正様…… 今お話の中にあった、家康を救った怪異や勝海舟と西郷隆盛の供たちを硬直させた力とは…… 

 最近日本やイタリアで見られた霊たちの力に酷似しています……」


「…… むう ……」


「それから…… あの厳隆大上人様ご自身が、我が子孫と仰られた三尊光輝くんのことなのですが……

 大地震の襲来や、あの北の国の弾道ミサイル発射地点を三尊くんに教えた彼の守護霊のお方様は、白い僧衣の御姿であらせられました」


「…… ま、まさに ……」


 それに…… 和尚様は彼の奥様の奈緒さんが、地元ではなんと呼ばれて大事にされているか御存じでいらっしゃいますでしょうか?」


「…… いや ……」


 厳空が仰け反った。

 きっといつも詩織ちゃんから奈緒ちゃんの話は聞かされていたのだろう。


「奈緒さんは、地元ではその日常が本になるほど大事にされて親しまれているのです。

 そうしてその商店街での彼女のあだ名は……

『菩薩の奈緒ちゃん』というものなのですよ……」


 厳攪が仰け反った。

 その後方では厳空はもちろん厳真も仰け反っている。



「さらにそれから…… 今北極星の方向から太陽系に向かって接近しつつある脅威物体ですが、光速の五十%近く、秒速十五万キロ近い速度で接近しつつあります。

 ですが通常であればそれほどまでの相対速度になる現象はまず考えられません。


 その理由は、大昔北極星に近づきつつあった脅威物体が北極星とニアミスし、その際に超巨星である北極星の重力に引きずられてその方向を変え、同時に驚異的な速度を得たものと推定されています。


 それはスイングバイ効果と呼ばれ、現在では地球や木星の重力を利用して観測機などが燃料を使わずとも高速を得られる方法として利用されています。


 あの…… お釈迦さまが厳隆様の枕頭にお立ちになり、厳隆様が光宗を御開祖為されたのは、よ、よもや西暦では1185年のことでは……」


「……まさしく西暦では1185年の秋のことじゃが……」


「…… や、やはり! ……」


「ま、まさか!」


「はい…… 現在や過去の地球と北極星の位置、そして地球と脅威物体の距離からして…… 

 光宗の開祖は、まさしく脅威物体が北極星とのスイングバイを終えて、太陽系の進行方向を向いたその時であるようでございます……」



 厳攪と厳空、厳真らは、蒼白になったままいつまでも硬直していた……






(つづく)


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