*** 14 バケモノか!***
榊原はビール瓶やとっくりを持ってあいさつ回りを始めたが、光輝は免除された。
榊原の後ろには換えのビール瓶やとっくりを持った若い衆が二人もついている。
龍一部長は三席さんの前に座った。
豪一郎さん以下麗子さんや光輝や奈緒も座る。
「善次郎さん。善次郎さんに折り入ってお願いがございまして」
「やあうれしや。若がこのわしになんぞおねだりをしてくださるそうじゃ」
周りにも聞こえるように三席さんが自慢げに言う。
「あのですね、こちらの豪一郎君と三尊氏に、大学の近くにステキな新居を探してやっては頂けませんでしょうか」
瑞祥不動産会長でもある善次郎さんは息子を呼んだ。
「おーい、吉雄やあ、次期御当主のお召しじゃあ、こちらにおいで」
瑞祥不動産社長の瑞祥吉雄が飛んでくる。
「若がこちらの豪一郎君と三尊氏に、瑞祥大学の近くに広壮な新居を探して欲しいそうなんじゃが物件はあるかの」
「あるにはありますが、少々手狭かと」
その会話を横で聞いていた筆頭様が口を出した。
「いっそのことお屋敷を建ててしまったらどうじゃ?」
「おおおお、それはよいお考え。
吉雄や、あの辺りに当社が管理している広い土地はあったかのう」
「はい。それならばたくさんございます。
そうですねえ、あの小学校の隣接地などはいかがでしょうか。
本家の所有物件です」
「おお、それがよい。あそこはよい土地じゃ」
筆頭様が嬉しそうに言った。
「それではあの森の中にお二人のご新居を作り始めなさい」
三席さんも嬉しそうだ。
「はい、筆頭様、会長。二軒のお屋敷にしますか。それとも……」
「ああ、三階建てのマンションにしてやっていただけますか。
三階は豪一郎くんの邸で、二階が三尊邸で、一階は私が買います。
あ、それから屋上にはみんなでバーベキューの出来る設備もよろしく」
(なんだか僕の預かり知らぬところでどんどこ話が進んでくぞぉ)
光輝はそう思ったが、横の奈緒ちゃんが嬉しそうに目をキラキラさせていたのでなにも言わなかった。
「おお、吉雄や。次期御当主もお買い上げくださるそうじゃ。
これは瑞祥不動産の総力を挙げて、最高のお屋敷を作らんといかん」
「はい、畏まりました。会長」
「あ、豪一郎君はともかく、三尊君はまだそんなにおカネもありません。
だから三尊君の分は安くしてやっては頂けませんでしょうか」
「聞いたかえ吉雄。三尊様のお屋敷はうんと安くしてあげなさい。
その分はすべて若の分に上乗せなさい。
お前もよく心得ているとおり、最高のものを作るにはカネを惜しんではいかん。
若のお屋敷はいくら高くしてもかまわんそうじゃ。
当社が損をしてはいかんぞ」
顔が笑っている。つまり儲けてもいけないということだ。
「はい会長。心得ました」
(なんだか恐ろしいことになって来たぞお)と光輝は思った。
また龍一部長が口を挟む。
「それでですね、豪一郎君も三尊くんもそういうことは疎いので、設計とか内装とか、そういう具体的なお話は、すべてこちらのお嬢さんと麗子さんの二人と相談して決めてあげていただけますか。
あ、いい家具屋さんも紹介してあげてください。
それから新居が完成するまでの間、賃貸でかまいませんから大学の近くにいい物件があったら、それもこのお嬢さんたちに紹介してあげてください」
瑞祥不動産社長は、奈緒を見てそのあまりの美しさに驚いたようだったが、それも当然だろうと納得したような顔になり、にっこり笑って「はい若」と応えた。
部長はじめ一行は部長の部屋に戻った。
豪一郎さんはニガ虫をバケツ一杯かみつぶしたような顔をしている。
怖くて話しかけられない。
アロさんと奈緒ちゃんは楽しそうにはしゃいでいた。
「あー、楽しかったねみんな」
部長がそう言って笑った。
「そういえばさあ、三尊君」
「はい。部長」
「キミは実際には税務顧問の仕事とかはしなくて済むだろうから、あんまり急いで税務の勉強とかしなくても大丈夫だと思うよ」
「で、でも仕事はしないと……」
「あのね、厳攪和尚様に言わせると、実は霊のお告げがあったり、祟りとか霊障に悩んでる企業って、いっぱいあるらしいんだ。僕には見えないけどね。
だからキミのところには、瑞祥一族企業やその取引先からそういう相談がたくさん来るようになるはずなんだ。
だからさ。ありがたそうにそういう企業をチラ見しておいて、すぐ厳空さんに連絡して処理してもらえばいいんだよ。
それだけでもう、充分過ぎる仕事をしたことになるよお。
税務のことなんか、全部榊原さんに任せておけばいいのさ」
「はあ、そういうもんですか」
「そういうこと。
税務の仕事が出来るひとなんて山ほどいるけど、そういう仕事が出来るひとって、キミぐらいしかいないんだよ。
その方がよっぽど世のため人のためになるんだしさ。
第一そっちの方がラクチンだよ」
部長はにっこり笑った。
部長の言うことだから、きっとこれも正しいのだろう。
「そうそう。その中で面白そうな物件があったら、僕にも紹介してね」
部長は霊障を不動産かなにかのように言った。
奈緒が恐る恐る聞いた。
「そ、そういえば部長さんはお嫁さん候補としてどういう女性がいいんですか?
た、例えば家柄とか……」
「そーだねー。
芯が強くって、誰にも流されなくって、でも実は優しい文章が書けるぐらい優しくって、面倒見がよくって、瑞祥本家の嫁になっても瑞祥女衆軍団の統率力が発揮できそうな娘で、最後にちょっぴりだけ僕のことが好きになってくれる子がいいなあ。
ああ、家柄なんかどうでもいいよ。そんなもんゴミみたいなもんだ。
あ、あとそれから、ちょっと本家は瑞祥の血が濃くなりすぎてるから、出来れば瑞祥姓じゃあない人がいいかな」
その場にいた全員が、「それは桂華そのものだ」と思ったが誰もなにも言わなかった……
帰りの車に向かう途中で麗子は奈緒に小声で話しかけた。
「あのさ、奈緒ちゃん」
「はい。なんですか麗子さん」
「あの例のお店、明日一緒に行ってくれないかな……」
「はいっ! ご一緒させてくださいっ」
(どうやら麗子さん、龍一部長のお嫁さん候補から外れられそうなんで、自分の気持ちに素直になってきたのかな……)
奈緒はそう思ったが何も言わなかった。
そう。さすがは奈緒である。
麗子が自分で自分の気持ちに気づくのとほぼ同時に、奈緒も麗子の気持ちに気づいたのだ。
物心ついて以来、ずっと本家の嫁候補として扱われて来た麗子は、今初めて自由に恋が出来る身となり、自分でも驚いたことにその目には常に幼馴染の豪一郎の姿しか見えなくなっていたのであった。
同じことは小恐竜♀たちにも言えた。
彼女たちもバックアップとしての役割から解放され、それぞれが小恐竜♂たちの姿しか見えなくなっていくのである。
麗子も、そのバックアップたちも、それがすべて桂華のおかげだと感謝し、心の中で桂華に忠誠を誓った。
将来瑞祥一族女衆軍団の総帥たらんとしている桂華も、知らないうちにその親衛隊を着々と増やしつつあったのである。
翌日のランジェリーショップ。
常連の奈緒が連れて来た身長百七十センチ近いやはり超美人でスタイルのいい麗子を見て、フィッターさんが驚いている。
「こ、この方もモデルさんですか?」
「い、いや二人とも違いますけど……
今日は私に、この娘みたいにフィットしているブラを探していただけませんでしょうか」
何度かの試着の後、麗子はたくさんのブラを買った。頬が上気している。
そのブラは、麗子のすでに豊かだった胸をさらにさらに豊かに美しく見せている。
何枚かは、麗子のそれをほとんど下半分しか覆っていない煽情的なものだった。
麗子の胸を当社比三割増しに見せている。
「わぁー、麗子さんの胸、かっこいい~♪」
奈緒も嬉しそうだ。
「そ、そうかな…… はは」
麗子はそう言うと、思わず豪一郎の顔を思い出してしまって顔を赤らめた。
「ああ、そうそう、麗子さん。私、このショーツも買ったんです」
麗子がそのショーツに目をやると、あられもない極小Tバックのそれが目に飛び込んで来た。
驚愕する麗子。
それは生地の部分がほとんど無くてヒモばかりに見える。
なんだかショーツには見えず、フシギなヒモの混合物のようだ。
ヒモをほどいた状態のそれはなんだか小さな三角凧のようにも見えた。
麗子は思わず奈緒のその辺りを見てしまう。
「最初は試しにひとつだけ買ってみたんですけど、光輝さんがとっても喜んで下さったんで、嬉しくって全色買っちゃいました」
(光輝くんが喜んだって…… そりゃあ光輝くんも喜ぶよなぁ……
愛しの奈緒ちゃんがこんなの穿いて見せてくれるんだもんなぁ。
そ、それに全色って、ショッキングピンクや黒まで買ったのか……)
また、まじまじと奈緒の下半身を見てしまう麗子。
「わかった。私も買うっ!」
「わぁい。おそろいですね麗子さんっ!」
無邪気にそう言われた麗子は、さすがに黒は恥ずかしかったのか、白と、薄いピンクと、おなじく薄いブルーのその小さな小さなTバックショーツを買った。
(それにしてもものすんごいおそろいだよなぁ……)
奈緒と二人でそれを身につけて並んだ姿を想像し、麗子はまた顔を赤らめた。
その日の深夜。
麗子は家族が入ってこないよう、特に万が一にもまだ高校生の弟が入って来ないよう、念入りに自室のドアに鍵をかけた。
そして、姿見の前で買ってきた下着を身につけていろいろとポーズを取ってみる。
自分でも似合わないと思う可愛らしいしぐさから、煽情的なポーズまでいろいろ試している。
ポーズに合わせて表情もいろいろ研究しているようだ。
それは麗子が自分で思っていたよりも遥かに遥かになまめかしく、麗子をまるで別人のように蠱惑的に見せていた。
麗子はそのあられもない下着姿のまま鏡を見て仁王立ちになり、気合の入った顔で「よしっ!」とガッツポーズを決めた。
数日後、光輝が榊原事務所に行くと、いくつかの契約書類にサインを求められ、給料や新規顧客獲得ボーナスの振込先を聞かれた。
光輝が答えていると、三尊幸雄がややニガい顔をしている。
「若者には分不相応なカネかもしれんなあ」
榊原は、「いい仕事にはそれに応じた報酬を、というのはお前の口癖だったろう」と言った。
後日光輝が銀行口座を調べてみると、榊原事務所から驚くほどの金額が振り込まれていた。
光輝はそのおカネの大半をはたいてエンゲージリングを買い、すぐに奈緒ちゃんに渡して正式にプロポーズした。
奈緒は涙が涸れ果てるまで泣いていた……
それからしばらくの後。
奈緒が決めて来た、「瑞祥不動産の社長さんが勧めてくれた新居が出来るまでの当座の手狭な物件」に連れていかれて光輝は仰天した。
二LDKだが、面積は百二十平米を超えているそうだ。
もうセンスのいい家具が運び込まれ始めている。
光輝と奈緒は、また商店街の長老の店を訪れ、事情を話して引越しするお詫びを言った。
長老は、奈緒のエンゲージリングを眩しそうに眺め、嬉しそうに祝福してくれた。
後日商店街を訪れた奈緒の元には、さらにとんでもない数と量の結婚祝いが集まることになる。
また、奈緒の話ではレックスさんの移る部屋はもっと広いそうだ。
そこにはアロさんが選んだ家具調度品が次々と運び込まれているそうだが、アロさんはこっそり自分の荷物も少し運び込んでいるらしい。
アロさんはどきどき感が楽しいそうで、レックスさんにはナイショだそうだった。
引っ越したレックスさんが新しい部屋に帰ると、そこにはいつもアロさんがいて夕食を作ってくれている。
レックスさんが着替えを探して箪笥の引き出しを開けると、そこにはアロさんの下着が詰まっていて、慌てて引き出しを閉めたりしてもいるらしい。
アロさんはまだ一応夜は自宅に帰っていたが、徐々に帰りが遅くなっているようだった。
どうやらアロさんの「必殺押し掛け女房計画」は順調に進んでいる模様である。
ある日の夕食後、レックスさんがつい、明日は遅くなるので夕食は要らないと言うと、アロさんは突然わんわん泣き出したそうだ。
驚いたレックスさんが慌ててなだめながら理由を聞くと、アロさんは泣きじゃくりながらも切れ切れに、「だって、だって私…… まるでレックスの奥さんになれたみたいだったんだもん」と答えてレックスさんに抱きついてまた泣いたそうだ。
計画もいいが、それよりも作為の無い純情の方が威力絶大なこともある。
その日のアロさんの帰宅時間は特に遅かったらしい。
そんなことがあってしばらくの後、レックスさんはアロさんの実家に挨拶に行ったそうだが、その日のレックスさんのあまりの迫力に、アロさん一家は絶句してしばらくレックスさんに近寄れなかったという。
レックスさんは緊張すればするほど迫力が増すので、その日はMAX迫力だったのである。
光輝も怖いからそんなときのレックスさんには会いたくないと思っている。
アロさんの母親は、「あの娘にしてこの男有り」と言ってひとり納得していたそうだ。
それから一カ月ほど経ったある日。
真新しい部屋にこれも真新しいセンスのいい家具が収まった瑞祥豪一郎のマンション。
大型のベッドの上には、仰向けになって半分だけシーツで覆われた、引き締まった裸のレックスさんの巨躯がある。
そのとなりにはうつ伏せになってレックスさんに寄りそう、艶めかしいショーツ姿のアロさんがいた。
もちろんあのTバックショーツなので、一見するとウエストにヒモを巻いただけの裸である。
アロさんは、最初にそのショーツをレックスさんに見せたときに、「なんだ! そのはしたない下着はっ!」と言われたが、「え~、奈緒ちゃんにおそろいで着ましょう、ってさそわれちゃってぇ…… それで仕方無くぅ……」
と奈緒をダシにしてかわした。
絶句したレックスさんが、アロさんの視線から目を逸らそうとして見るともなしにナナメ上方を見上げると、慌てたアロさんが、レックスさんの視線の先を両手でパタパタしながら、「ダメぇっ! 想像しちゃダメぇっ!」と言った。
それ以来、レックスさんはアロさんの下着に文句は言わなくなったそうだ。
そのアロさんは、今はうつぶせのまま腕で上体を持ち上げて、傍らのレックスさんを見つめたまま微笑んでいる。
半分だけ露わになった乳房が美しい。
「ねぇん、レックスぅ」
「なんだ」
「も う い ち ど 愛 し て ほ し い の 」
こんなアロさんの甘えた声は、レックスさん以外の誰も絶対に聞いたことが無いだろう。
「もう今日は二回もしたろう」
「だってぇ。
奈緒ちゃん、光輝くんと一緒に住み始めてから、たったの一カ月で百二十五回もしてもらったんですってぇ」
驚愕して跳ね起き、アロさんを凝視するレックスさん。
「バケモノかあいつは!」
「ねぇ~ん」
「俺をそんなバケモノと一緒にするなっ!」
「ちぇ~っ」
そう言いながらもレックスさんはその逞しい手をアロさんの裸の腰にまわす。
「わぁ~い」と言いながらレックスさんに抱きつくアロさんは、実に幸せそうな顔をしていた……
ある日、光輝と奈緒は、レックスさんやアロさんといっしょに、瑞祥不動産社長の瑞祥吉雄にマンション建設予定地に連れて行ってもらった。
そこは、小学校の隣に広がる鬱蒼とした巨木の生い茂る森だったが、下草も刈られて手入れは行きとどいている。
まるで庭園の中の森のようだ。
レックスさんやアロさんは当然知っていたのだが、光輝と奈緒が心底驚いたことに、その土地は隣の小学校より広かったのである。
瑞祥社長が教えてくれた。
「ここはもともと小学校も含めて瑞祥本家の土地でございましたが、小学校を建てるときに本家が一部を市に提供されたのです。
その後も、小学校の隣に妙な建物を建てるわけにはいかないと仰って、この森はそのまま残してあったのですよ。
夏には小学生たちの虫取り大会とかも行われています」
「そんなところに私たちの家を建てたら小学生たちが可哀想なんじゃ……」
「ああ、大丈夫でございますよ。
小学校の反対側にもこれとおなじぐらいの森がございますから」
瑞祥社長はこともなげに言った。
一行は森の中へと入って行く。
「この辺りの木々を少し取り除いてスペースを作り、皆さまと若のマンションを作りたいと考えております」
「あの」
「なんでございましょうか」
「なるべく木は切らずに残しておいてあげていただけませんか」
「はい、ではなるべくそういたしましょう。お嬢様はお優しい。
お望みなら他の場所に植え直すこともできますが」
「えっ。そんなことまでお願い出来るんですか?」
「えぇえぇ。
若からお嬢様方のお望みはすべて承るように御指示いただいておりますから。
もしお嬢様方を悲しませたりしたら、私が一族総会に呼んでもらえなくなります」
瑞祥社長はやさしく、そして楽しそうに言う。
「ですがお嬢様。そうやって木を少し取り除いてあげると森に日が入るようになって、森全体も活性化するんですよ。
だから切られた木も、仲間や子孫が元気になるので喜ぶと思います」
「そうなんですか」
奈緒も嬉しそうだった。
光輝は傍らのレックスさんに言う。
「こんなによくして頂いて、怖いみたいですね」
「それだけ後でコキ使われるということだな」
レックスさんがそう言った口ぶりは、どうも光輝を見直して、一人前の男として少し対等に扱ってくれ始めたような感じがした。
(なんでだろ? なにかあったのかな?)光輝は不思議に思った。
レックスさんが、光輝のことをを内心ではバケモノだと思っていることを光輝は知らない……
(つづく)




