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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
149/214

*** 22 人類史上最高の福音降臨***


 最初の超高速艇の発進から五カ月後、地球から0.25光年の位置からの初期観測のデータが地球に届き始めた。


 そうして…… 

 その観測結果を受け取ったディラックくんは恐怖に震えた。


「こっ、これはっ……」


 その観測データは想像を絶する大脅威物体の姿を示していた。

 直ちにその進行方向の計算が行われたが、なにしろディラックくんは商人用AIである。

 ソフィアちゃんの機器でもその計算は容易ではない。


 銀河連盟加盟星は、その全ての星が恒星系防衛システムを配備している。

 脅威物体の観測はそれらのシステムが担当していたため、二人にはそのような遠距離を観測して脅威物体の軌道計算を行う機器もノウハウも無かった。


 それでも二人が力を合わせて推定した結果、その大脅威物体が太陽系の海王星軌道の内側を通過する確率は30.5%プラスマイナス1.5%と推定された。


「なーんだぁー。それじゃあ大丈夫そうだねー」


 光輝がお気楽な声で言う。


 ディラックくんとソフィアちゃんは光輝を見てため息をついた。


「今目的地に向かっている残りの高速艇の観測結果を得てみなければ分かりませんが、この脅威物体の重力のせいで木星や土星などの大きな惑星の軌道離心率が0.1以上の影響を受ける確率は、47.5%プラスマイナス1.3%と推定されます。


 また、これにより地球軌道が変動して、地球表面の気温がプラスマイナス五十度以上変動する確率は12.3%プラスマイナス1.7%、気温変化がプラスマイナス十度以上になる確率は28.3%プラスマイナス2%です」


「で、でも気温変化が十度ぐらいだったら……」


 怖い顔をした豪一郎が言う。


「地球の平均気温が十度上がったら、永久凍土帯と南極の氷がほとんど溶け出して、海面が今から二百メートル上昇し、その場合には地球の人口は良くても半分以下になるだろう。


 また平均気温が十度下がればそれは氷河期だ。

 赤道の周囲以外はすべて氷に閉ざされて、農業生産は壊滅的打撃を蒙る。

 そのうちに地表を覆った氷が太陽光線を反射してさらに気温が低下し、三十年後には地球全域が氷に覆われるだろう。

 場合によっては絶滅するかもしれん」


 ディラックくんとソフィアちゃんが真剣な顔で頷いている。


「…… ぜ、絶滅 ……」


 豪一郎が続ける。


「しかもその高温と寒冷が交互にやってくるのだ。

 地球の軌道離心率が大きくなれば、短くて非常に暑い夏と長くて非常に寒い冬が交互にやってくる。


 離心率がさらに大きくなればそれは彗星と同じだ。

 その夏はさらに高温になってすべてを焼き尽くし、その後はマイナス二百度以下の冬が三百年続くかもしらん。

 場合によっては地球は太陽系から弾き飛ばされて放浪惑星となり、絶対零度の死の星となるだろう」


 またしてもディラックくんとソフィアちゃんが真剣な顔で頷いた。


「…………」




 その日から光輝の様子が変わった。

 なにしろ子供たちや奈緒ちゃんが死んでしまうかもしれないのだ。

 もう奈緒ちゃんとエッチできなくなってしまうかもしれないのだ。


 光輝は豪一郎の営業部に行ってなにか手伝えることはないかとうろうろしていたが、そのうちに豪一郎にジャマだと言って追い出された。


 今度は厳上の資材買付部に行ってお手伝いしようとしたが、これも厳上に丁重に断られた。


 厳上は、「そのうちに必ず三尊様にしか出来ないお仕事が出来るでしょう。そのときは、ぜひ全力でご活躍をお願い致します」と言ってくれた。


 厳上は内心、(こうした我々の活動の全てが三尊様のおかげであることにお気づきになっていらっしゃらないとは…… いかにも三尊様らしいことであらせられるな……)

 と思って微笑んでいた。




 龍一所長は、首相官邸とホワイトハウスとバチカンに連絡を取り、表敬訪問をさせていただきたいと依頼した。

 そうして人払いを頼んだ後に、三尊研究所に於いて米大統領と日本国首相とロマーニオ枢機卿を交えて極秘会談を行わせて頂きたいと申し入れたのである。

 龍一所長の周囲は遮蔽フィールドで覆われ、いかなる盗聴も不能にしている。


 首相とアメリカ大統領と枢機卿は、直ちに日程を調整して翌日には三尊研究所に来てくれた。

 まあ、空間連結器を使えばすぐに来られるのである。



 三尊研究所側は龍一所長はじめ、光輝、豪一郎、厳上、それからディラックくんとソフィアちゃん。

 日本側は首相と官房長官。

 バチカンは枢機卿とその補佐役。

 そしてアメリカ側は大統領とその最高顧問と首席補佐官だけだった。

 シークレットサービスさえもいない。


 一行はソフィアちゃんが展開したクラス3の遮蔽フィールドの中で会談を始めた。

 まずはディラックくんが観測結果と彼らの推定を報告する。

 報告が進むにつれ日米首脳の表情はどんどん険しくなっていった……

 ロマーニオ枢機卿はずっと厳粛な顔である。



 アメリカ合衆国大統領が沈痛な表情で問うた。


「それで、現段階で地球が将来死の星になってしまう確率はどれぐらいだと推定されていますか……」


 ディラックくんがこれも沈痛な表情で答える。


「惑星同士の重力による軌道変動の計算は、誤差変動要因が多く非常に困難なのですが、今のところの推計値では、約十八年後の脅威物体の最接近から三年以内に地球人口の90%以上が失われる確率は10%プラスマイナス3%、三十年以内でしたら30%プラスマイナス9%です。


 日本国首相が口を開いた。


「お釈迦様の警告が正しかったということですか……」


 龍一所長が短く言う。


「はい…… 残念ながら」



 また大統領が口を開く。


「それで、我々はこれからどうすればよろしいのですかな」


「まずはこれから三カ月で、今目的地に向かっている六機の超高速宇宙艇からの初期観測の結果が送信されて来ます。

 そうすればかなりの精度で脅威物体の実態が明らかになるでしょう。


 その脅威物体の種類によって対応策は異なりますので、それから現在建造中の五十機の超高速宇宙艇に装備を積みこんで、脅威物体に向けて出撃することになります」


 官房長官が聞く。


「脅威物体の種類によって、と申しますと……」


「脅威物体が岩石惑星でしたら、惑星表面に傷をつけるための核兵器、及び自転を速めるための重力兵器などを搭載します。

 場合によれば反物質製造装置も搭載することになるかもしれません……」


 ソフィアちゃんが心配そうな顔でディラックくんを見つめる。

 龍一所長はソフィアちゃんの顔色に気づいて沈痛な表情になった。


「ですが、もしその脅威物体が巨大ガス惑星だった場合は、迎撃がさらに困難になります。

 ガスに傷をつけることは出来ないからであります。

 その場合には、超高速宇宙艇は五十機では到底足りません。


 わたくしの生産設備を大幅に拡大して宇宙艇の大増産体制に入るとともに、さらに反物質製造装置を搭載した超大型宇宙船が、膨大な量の水とともに迎撃に向かうことになります」



 龍一所長が引き取って言う。


「迎撃準備のために、皆さまには核兵器のご準備をお願いしなければなりません。

 三カ月後の最終精密観測データ取得後には脅威物体への対応策がはっきりするものと思われます。

 ですからそれまでは無用の混乱を避けるために内密な行動が必要になるでしょう。

 その間に核兵器供出プランの策定だけでもお願い致します。

 これは脅威物体への攻撃のための準備です」


 アメリカ合衆国大統領とその最高顧問が頷く。



「また、一方で我々は独自に防衛のためのプランも進めます。

 さらに資源と物資を集めて、ディラックくんたちの母惑星からの救援が来るであろう百年後まで、人類が生き延びられるようなシェルターの建設準備を進めます」


 首相が聞いた。


「仮に人類が生き延びられたとして、ディラック氏たちの母惑星ジュリは人類を助けてくれるでしょうか?」


 龍一所長が少しだけ微笑んで言う。


「惑星ジュリは商人惑星であり、対価さえ支払い可能ならば、法によって許された範囲内でいかなるサービスも提供してくださるそうであります。

 ですから我々はその対価も備蓄しなければなりません」


 大統領首席補佐官が静かに言った。


「最近の皆さまの熱心な資源や食糧の備蓄活動はそのためのものだったのですね」


「はい。その通りです。

 国際的な機関にお願いするよりも、我々が独自に進めた方が規模も大きく、またスピードも速いと考えたからです」


 光輝はようやく龍一所長の意図を理解して納得した。

(それにしても、さすがは龍一所長だなあ)と感心していた。



 龍一所長が続ける。


「そうして、もしも万が一の場合には、こちらの三尊氏がその備蓄した資源や食糧など、すべての私財を人類のために無償でご提供くださるそうであります」


 日米首脳と枢機卿が真剣な顔で光輝を凝視した。


「は、はいっ! も、ももも、もちろんでありますっ!」


 アメリカ合衆国大統領がやや表情を緩めて言う。


「もしもその脅威物体の進路が太陽系から遠く、それら資源や食糧の備蓄がムダになったらどうされるおつもりだったのですか?」


 また光輝の代わりに龍一所長が答える。


「その場合にも、こちらの三尊氏はまったくもって気にしなかったでありましょう。

 彼はその人類史上最大とも言える莫大な財産になんの執着も持っていません。

 それに資源はいつか使えるときが来るでしょうし、宇宙空間ならば食料も腐りません」


 日米首脳と枢機卿は光輝を見つめて微笑んだ。

 光輝はまたどぎまぎした。




 首脳たちは納得したのだ。


 全世界一億人の命を救ったときにも、その気になればこの三尊氏は人類史上最大の資産家になれていただろう。


 それをしなかった氏が、今度は銀河技術で莫大な利益の追求をしたと思ったら、その動機が人類救済のためであったとは……


 首脳たちは改めて三尊氏に感謝した。

 龍一所長の言う通り、一国や国際機関に任せていたら、あれほどの量の資源や食糧の一割も備蓄することは出来なかったであろう。

 いつも議会対策に苦労している行政府の長たちにはそれがよくわかったのである。


 あのような奇跡の備蓄が可能だったのは、地球上でこの三尊氏ただひとりだけだったのだ。


 その唯一の人物がこれほどまでに無私無欲な男であったとは……




 さらに首脳たちは思った。

 この三尊氏こそは本当に人類の福音なのかもしれないと。


 人類史上最大の危機が迫る今だからこそ、人類史上最高の福音が降臨されたのかもしれないのだ。


 そうしてさらに思い至ったのだ。

 あの全世界一億人のガン患者を救った超絶大快挙ですら、この危機のための前哨戦だったのである。


 あの大快挙を通じて全世界のひとびとへの絶大なる影響力を手にし、いざ大危機が目前に迫ろうとしたときに超莫大な資産を手にし、それらすべてを駆使してこの大危機から人類を救おうとされているのだと。


 そうして我々の使命とは、この偉大なる福音の指し示す方向に、全人類を率いて全力でついて行くことだけなのだと……


 首脳たちはついにそう悟ったのだ。




 その後も週に一度の極秘会合の予定が決められ、首脳たちは帰って行った。


 首脳たちが帰ると、龍一所長が真剣な顔でディラックくんに聞く。


「反物質生産設備って、銀河連盟未加入の星には提供が禁止されている技術なんだね」


「はい……」


 ディラックくんが短く答える。

 ソフィアちゃんは泣きそうな顔をしている。


 ディラックくんが所長の目を見つめながら言った。


「もしも脅威物体の状況がこの地球に深刻な影響を及ぼすものだったとしたら、その場合にはただちに通常空間と各種重層次元を通じて、銀河連盟に対して地球の名で反物質製造工場の製造申請を送ります。

 また救援要請も送ります。ですが……」


「通常空間経由だとそれが連盟に届くころにはもう手遅れになっているし、重層次元経由だとそれが届くかどうかもわからないんだね」


「はい…… ですから申請を送り続けながら工場は作り始めます」


 龍一所長は椅子から降りて、ディラックくんの前で頭が床につくまで下げて平伏をしながら言った。


「…… ありがとう ……」


 豪一郎も厳上もすぐにそれに倣って深く平伏して言った。


「…… ありがとう ……」


 光輝だけはわけがわからなかったが、急いで皆に倣った……





 日本政府とアメリカ政府は陰に陽に強力に三尊研究所を支援し始めた。


 まずは三尊研究所の資源備蓄の非課税化である。

 これは国連からの要請を受けたという形で、株式会社三尊研究所が公益法人三尊資源食糧備蓄協会を設立し、その団体名での資源備蓄を公益法人への寄付とみなすというものである。


 その公益法人が備蓄した資源食糧を売却した場合のみ課税され、その他公益に供した場合には非課税のままである。

 このため、三尊研究所の支払う法人税が大幅に減ることとなり、おかげでその分もさらに資源・食糧の備蓄が出来るようになった。


 もちろん事情を知らない勢力からは、金持ち優遇だの福祉予算が足りなくなるだの自分勝手な批判も出たが、首相は断固として三尊研究所を支援した。

 事は単なる政治問題では無い。

 人類の存続がかかっているのである。


 経産省の官僚たちに対しては、その公益法人を利権の対象にしたり、天下り先にしようと試みただけで地の果てまで飛ばすと宣言したらしい。



 また、三尊研究所からの両国の産業構造転換資金への寄付は廃止され、アメリカ政府は欧州委員会や他の主要国も説得してくれた。

 そうすれば、その代わりに三尊研究所は、それらの国々の農産物や鉱物資源を寄付額以上に買い取ってくれるとほのめかした。


 また、必要であれば国営鉱山にはドローンを投入して生産量も倍増してくれるという。


 実際にドローンが投入されると、彼らの探査技術が新しい鉱脈も発見し、資源産出量が三倍になった鉱山も現れた。


 こうして三尊研究所はさらに金属資源や農産物の備蓄を増やしていくことが出来たのである……






(つづく)


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