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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
148/214

*** 21 なんという高みまで昇れるものなのだろうか…… ***


 そのカリキュラムは最初必修と選択に分かれていた。


 必修は、自動調理機械や自動医療装置の使い方、緊急時のハードシェルへの避難訓練などだったが、監視衛星でもミニAIの音声のアシストがあるというので楽だった。

 例え使い方を忘れても、ミニAIが懇切丁寧にアシストしてくれるそうである。


 マッカーシー軍曹が驚いたことに、選択口座には今までほとんど経験したことの無い口座が並んでいた。

 それは、チェス、将棋、囲碁などのボードゲームや、ヨガなどの瞑想系、それから各種バーチャルリアリティゲームの紹介、小説や詩の書き方講座まであった。


 すべての講座の受講を希望する兵士が多かったため、それらは次第に全員参加口座になっている。


 また、最初から必修だった講座が二つあった。

 それらの一つは座禅だったが、もうひとつはなんとレース編みの口座だったのである。


「実は古来より大洋を航海する船乗りたちの無聊を慰めるために、レース編みは人気の娯楽でありました。

 荒くれ海の男がレースを編んでいる姿は、一般の方から見れば微笑ましいかもしれませんが、彼らの間では常識でした。

 港には必ず彼らの作ったレースの作品を買い取る店があった程です。

 名人が作った作品はかなりの高額で取引されたそうであります」


 日本の陸上自衛隊レインジャー部隊出身の平田敦は、その話を海自の友人から聞いて知っていた。

 まさか自分が試してみるとは思わなかったが、やってみるとけっこう楽しい。


 最初は網目を間違えないように集中してやっていたが、そのうちに慣れてくると指だけが作業して頭の中がからっぽになったように感じる。

 気がつくと二時間ぐらい経過していることがよくあった。


(なるほどこれは座禅のような効果があるのだな)

 平田はそう思ってその作業をさらに楽しんだ。


 同僚のスペツナズ出身の巨漢兵士がこれにハマっている姿は少し笑えたが、決して顔に出して笑ったりはしなかった……



 カナダ陸軍出身のマイク・マッカーシー軍曹は詩の講座を受講して驚いた。

 なんと講師は今世界中で高名な詩人のサンドラ・チャットその人だったのである。

 数年前からチャットはノーベル文学賞の候補にも上がっている。


 軍曹はチャット講師の詩の作り方のコツを夢中で聞いた。

 どの話も素晴らしいものだった。


(これはきっと俺が知らないだけで、他の講座の講師もものすごい人物なのに違いないぞ)


 もちろんその通りである。



 また、彼らはあの瑞巌寺から派遣されて来たという講師の指導のもとで座禅を組んだ。

 足が組めないものもいたが、講師は微笑んで言う。


「姿勢はさほど大事なものではありません。

 肝心なのは心を空にして何も考えずにただ座っていることなのです」


 必要な者には小さな座椅子も配られている。

 

 その講師は兵士たちの前でバイタルチェック機器をつけながら、座禅の手本を示した。

 座禅を始めて時間が経つとともに、講師の心拍数、呼吸回数、血圧などがどんどん下がっていく。

 兵士たちはその数値を驚愕の表情で見つめている。


 一流兵士たちともなれば皆救命法の心得があり、それで同僚の命を救った経験のある者もいたが、その彼らが心臓マッサージや人工呼吸を始めてしまいそうになるほどその数値は低下した。


 最終的に心拍数が一分間に二十回ほどになると、兵士たちの顔色まで蒼くなっている。


 講師が座禅を組み始めて三十分ほど経つと、兵士たちの頭の中でマリーア教官の静かな声が聞こえた。


「さあ、皆さんも同じように座って心を空にしてみてください」



 それから三十分後、マリーア教官の声で兵士たちは我に返った。

 講師も足を解いて平然と歩き始めている。

 そうしてまた微笑みながら言ったのである。


「いかがでございましたか。空になれましたか」


 欧米出身の兵士たちにはよくわからなかったようだが、インドと日本出身の兵士たちは少し頷いた。

 講師はにっこりと微笑んで続ける。


「最初は無理やり空になろうとしてもなれるものではありません。

 そうした努力をすればするほど、心は空から遠ざかります。


 最初は自分の体が徐々に周りの空間に拡散し、広がって行くイメージを思い浮かべられるとよいと思います。

 そのうち自分の体がどんどんと広がり、この地球と同じぐらいに拡散し、それから太陽系ほどに拡散し、そうして全宇宙に拡散することをイメージしてみてください。


 そうして自分が宇宙と同化して一体になれたと思えたとき、皆さまの心は空になれているはずであります」



 兵士たちはそれからも真剣に座禅を組んだ。

 ほとんどの者が夜自室でも組んだ。


 その概念や方法論が自分たちの任務にぴったりだと思ったからである。


 さすがはジュリのAIだと皆思った……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ディラックくんの太陽系防衛用システムが一部完成し始めた。


 まずは観測機器を大量に積んだ超高速艇四機の建造が軌道上の大工場で急がれたのである。

 地球上からは膨大な物資が続々と空間連結器で送られている。


 その四機が完成したところで観測のために発進することになった。

 その進路は地球とポラリスを結ぶ線上に対し、それぞれ反対方向に垂直に設定され、まずは兵士たちを乗せずにミニAIだけを搭載した超高速艇が発進した。


 艇と言ってもその全長は二百メートルもある。

 ディラックくんによればその程度の船は艇と呼ばれるらしい。


 宇宙艇は二つの方向にそれぞれ二機ずつ送られる。

 近傍とはいえ重層次元内を超高速で飛ぶので事故の可能性が高く、万が一に備えたバックアップ態勢をとっていた。

 また、その前方には盾の役割を果たす無人艇も六基先行している。


 超高速艇は、核融合エンジンの十キロメートルに及ぶ長大な火を発しながら、三百Gの加速度で出発した。

 木星軌道を通過したところで、危険を承知で近傍重層次元に入り、そこからも三百Gの加速度で前進を続ける。


 それらは地球から0.25光年の位置で通常空間に戻ってポラリスの方角の観測を開始し、その結果を地球に送信し始める予定である。 


 それから方向を反転し、今度は通常空間内で三百Gの減速をしながら最終目的地を目指す。

 その間も観測は続け、結果は次々に地球に送信される。



 本来は一光年の視差観測が望ましかったが、万が一のことを考えて0.5光年の差し渡しから観測を始めることになった。


 0・25光年先の観測開始ポイントまでの航行には、近傍重層次元を通っても約二カ月を要する。

 船内時間では約四十日である。


 もちろん0.25光年の距離を電波が戻って来るのにも三カ月かかるため、初期観測の結果が得られるのは五カ月後になるだろう。


 その後も一カ月に四機のペースで建造された超高速艇が合計十二機、やはり地球とポラリスを結ぶ線上に対して直角に、それぞれ四十五度の角度をもって発進した。


 次いで二機が空の北極、すなわち脅威物体の方向に向けて発進する。

 残りの高速艇五十機はやはり建造が続いたものの、これは地球軌道上に温存されている。


 一方で全長五百メートル級の、反物質製造工場を搭載可能な大規模攻撃用兵器モジュールも作られ始めた。

 ディラックくんの生産能力の五十%がこれら宇宙船の建造に費やされている。





 太陽系防衛軍兵士たちの意識が宇宙全体に拡散し、宇宙と一体になれ始めたかと思っていたころ、講師が言った。


「次は自分がどんどん小さくなっていく様を想像してください。

 小さくなって小さくなって、原子よりも素粒子よりも小さくなって……

 そうして本当に小さくなって取るに足らない存在になって……


 そうして消滅する寸前に、またもや宇宙全体と同一化している自分を感じ取ることが出来るのでございます。


 これは極微ごくみから極大ごくだいへ、と言って禅の極意の一つとされています」



 さすがはプロの中のプロの兵士たちである。

 その集中力は常人のものではない。

 三か月も経つと、彼らの座禅中の顔つきがどんどんと穏やかなものに変わっていった。

 その場の空気すら変わっていくようにすら見える。


 そんな彼らの顔つきを見た厳真が微笑みながら言う。


「それでは明日、皆さまを私どもの座禅の師範である達人のところへご案内させていただきます」


 兵士たちはびっくりした。

 この達人講師の上にまだ上がいるというのである。




 翌日彼らは空間連結器を通って瑞巌寺にやってきた。

 瑞巌寺は早朝である。


 兵士たちはまず、講師と同じような服装をした人々が一千人も並んで座っているのに驚いている。

 そこへ光輝がにこにこしながら近づいて来た。


 兵士のうちの何人かが、「せ、聖KOUKIさま!」といって絶句する。

 彼らは跪いたが、残りの者はわけがわからずとりあえず敬礼をした。

 光輝は相変わらずにこにこしながら「ようこそいらっしゃいました」と言ってお辞儀をしている。



 兵士たちはまじまじと達人を見た。


 若い…… どう見ても若い。

 達人と言うからには高齢者を想像していたのだが、この達人はどう見ても二十歳ぐらいに見える。

 兵士たちにはこの若者が達人だとはどうしても信じられなかった。


 厳真が言う。


「それではまず皆さまは、僧侶たちの座禅の様子をご見学くださいませ」


 兵士たちは少し離れた位置に座って僧侶たちを見ていた。

 よく見れば達人のすぐ脇には幼い少女も同じ服装で座っている。


 皆の座禅が始まった。

 兵士たちが感心する見事な姿勢で僧侶たちがいっせいに座禅に入る。


 すると、達人が光り始めたではないか。

 兵士たちが硬直した。


 さらに周囲の森からは、続々と野生動物たちが現れて、達人と幼い少女の周りに集まって来ているではないか。


 さらに座っていても高さ三メートルはあろうかという巨人が出現した。

 その巨人も座禅を組んでいる。


 その光景は完全にアナザーワールドのものであった。

 兵士たちは驚愕のあまり口もきけずに硬直していた……




 座禅が終わるとまた厳真が言う。


「それでは皆さま場所を移動して、お食事を頂いた後に次は達人の座禅を間近で見ていただきます」


 瑞巌寺学園のダイニングで食事をした兵士たちはまたもや驚いた。

 アリゾナの基地の食事も旨かったが、ここの食事はさらにもっと旨い。


 周りでは大勢の子供たちも食事をしている。

 子供たちは体の大きな外人さんには慣れているので、平然と兵士たちの間で食事をしていた。



 食事を終えた兵士たちは、大リビングルームに案内される。

 そこにはまたあの達人がにこにこしながら座っていた。

 瑞祥院長が各種のバイタルチェック機器のコードを光輝の体につなぎ、何人かの僧侶たちが達人の腰にロープを結んだ。


 厳真が言った。


「それでは皆さま。間近で達人の座禅をご覧ください」


 また達人が光り始めた。

 バイタルの数字がどんどん低下して行く。

 心拍数が二十を割り込むと、兵士たちの多くは自分の胸に手を当てて苦しそうな顔をした。


 心拍数はさらに下がって行く。

 それにともなって兵士たちの顔色もどんどん蒼ざめて行く。


 とうとう心拍数が十を割り込んだ。

 硬直していた兵士たちが苦しそうに身じろぎをし始めた。


 ついに心拍数が三まで低下し、そこで安定した。

 呼吸数は一分間に二回だ。



 地球最強の兵士たちが震え始めた。

 目の前の若者が、まぎれも無く座禅の達人だということがはっきりとわかった。


 五分ほど経つと、兵士の一人が恐る恐る手を上げて発言する。


「そ、そろそろ座禅をやめないと、こ、このお方が危険なのでは……」


 多くの兵士たちが真剣に頷いている。


 厳真は微笑んで言う。


「このお方様は、週に三回、八時間ほどの座禅をお組みになっていらっしゃるので大丈夫でございますよ。

 また、今までの最長記録は三日間でございますが、そのときも何事もございませんでした。

 ご本人はいつか一カ月ぐらい座禅を組んでみたいと思われていらっしゃるようでございます」 


 全員が仰け反った。

 また何人かの兵士たちが跪いて泣いている。

 たぶんクリスチャンだろう。



 再び厳真が言う。


「さて、それではさらに次の段階の座禅をお見せいたしましょう」


 兵士たちはまだ次の段階があるのかとまた仰け反る。


 何人かの僧侶たちが達人の腰に巻いたロープをほどいて伸ばし始めた。

 先ほどはほとんど長さにゆとりは無かったが、今度は二メートルほどの余裕がある。


 そうして……

 なんと達人が光りながらゆらゆらと空中に浮き始めたではないか。

 すぐにロープ一杯の高さまで浮かんでそこで安定した。



 兵士たちは硬直して脂汗を流しながらもついに思い至ったのである。


 人間の可能性とはなんと大きなものなのだろうかと。


 そうしてなんという高みまで昇れるものなのだろうかと……






(つづく)


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