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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
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*** 19 選抜試験 ***


 瑞巌寺ではまたも僧侶たちが困惑していた。


 お釈迦様の御尊顔がさらに厳しいものになられてきたからである。

 不吉の前兆かもしれないと囁かれた。


 光輝からその話を聞いたディラックくんは、念のためそのお釈迦様のお姿を見に行った。

 そうしてディラックくんは呆然と立ち尽くしたまま言ったのである。


「ポ、ポラリス……」と……



 ポラリス。別名北極星、またはこぐま座アルファ星。


 地球から約四百二十五光年離れたところにある三重連星系で、現在は最も地球の天の北極近くに位置するため、北極星と呼ばれている。

 だが、完全に北極の位置にあるわけではなく、視度一・五度ほどの際差運動をしている。


 ディラックくんによると、お釈迦様の腕は地球の自転に合わせて微妙に動いていらっしゃり、その指先は常にポラリスを差されていらっしゃるという。



 ディラックくんは直ちにすべての観測機器をポラリスの方向に向けた。

 月の裏側の静止軌道に移設されていたすばる望遠鏡も、世界各国の大型望遠鏡も、全てが国連の要請を受けてポラリスの観測を開始した。


 地球の観測機器はなにも発見できなかったが、ディラックくんの観測機器が、僅かになにものかの存在を捉えた。


 それは地球から十光年ほどのところにあったが、アルベド(反射能)が異様に低いらしく、光学観測は困難だった。

 自転もしていないらしくほとんど電波も発していないため、その物体の質量、速度、進行方向など詳細は不明である。


 ディラックくんの観測網が完成すれば、差しわたし一光年の観測機器が配置されることになる。

 そうすれば視差観測が出来て詳細がわかるだろう。

 龍一所長の要請で、ディラックくんは太陽系防衛システムの建造を急いだ。




 龍一所長はまた、幹部会の席でやはり少し真剣な顔で光輝に言った。


「余裕資金でいろんな資源を買って溜めておいてって頼んでたよね」


 龍一所長のそんな真剣な顔は久しぶりに見た光輝が答える。


「は、はい。けっこう溜まってきてるようです。

 どうやらディラックくんの技術のおかげでどれもこれも値下がりしてるみたいですから」


「じゃあさ、それもっといっぱい買っておいてよ。

 なんだったら鉱山ごと買っちゃったらどうかな。

 あ、ついでに農産物や農場も。それから土や肥料も」


「は、はい」


 その場にいた厳上も真剣な顔で頷いた。



 その後、瑞祥物産に依頼して専属の部隊を作ってもらい、三尊研究所は余裕資金のかなりの部分をつぎ込んで、各種資源やその鉱山や農産物や農場を買い集め始めたのである。


 世界の商品取引所では、ディラックくんの超技術が普及するにつれて各種資源の需要がこれほど減ってきているのに、なぜこの程度の値下がりで済んでいるのかが不思議がられ始めていた。


 なにしろ鉄製品などは厚さが原子百個分でよくなっていたのである。

 それでも強度は数千倍だ。

 鉱山や精錬などの生産者たちは深く考えず、買い手がいるうちに売ってしまえと思って生産を急いでいた。


 厳上は瑞祥物産の専属部隊を通じて彼ら資源生産者に連絡を取り、生産される金属資源などを複数年契約で直接買いつけた。

 また鉱山を売ってくれた場合には大量のドローンを投入して生産を急いだ。


 園芸土や肥料の生産者たちも、どうやら旺盛な買い手がいることを喜んで生産を急いでいる。



 厳上は粛々と世界の穀物メジャーの株も買い集めた。

 最初彼らは警戒したが、三尊研究所の目的がTOBではなく、単に農産物が欲しいからだとわかると安堵して大量に売ってくれた。


 なにしろ現在の価格で全部買い取ってくれるのだ。

 しかも依頼すれば何年先までの契約でも結べるのである。

 彼らは値崩れを心配する必要が無くなり、大増産体制を取って売ってくれた。


 加えて代金の担保としては、自らの会社の株式を提供されたのである。

 非公開の穀物メジャーには、複数年契約の担保として現金や米国国債が提供されている。


 また、厳上は食肉や牧場も買い集めた。

 それらを幹部会で報告するたびに、龍一所長は、「いいねぇ、その調子その調子。もっと儲けてもっと買っておいてね」と言う。


 豪一郎は真剣な顔で頷いて、さらに営業部隊を強化してディラックくんの超技術を売りまくった。

 光輝も実に嬉しそうにしていたので、厳上も安心してさらに買いまくった。


 これらの膨大な量の農産物はディラックくんが近傍重層次元の倉庫にしまい込み、保存の効かないものはフリーズドライにして宇宙空間や月の倉庫に備蓄されている。


 まあ、なにしろ宇宙空間なら空気が無くて乾燥していて温度もマイナス二百度以下である。

 食品の長期保存には最適だろう。


 これら倉庫衛星は常に地球の陰にあるような軌道上に置かれ、月面では月の北極や南極の地下に穴を掘って倉庫を作った。


 ディラックくんにはこうした倉庫の生産も大量に依頼されたが、船の生産設備を大幅に増やしてこれに応えてくれている。


 なにしろ資源はいくらでもあったのである……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 世界中の農産物価格はやや値下がりしていた。

 ディラックくんの超技術のおかげで、淡水化された海水がモンゴル高原に送られて荒野が農場に変わりつつあったし、オーストラリアの広大な砂漠地帯にも淡水化された海水や南極の氷山の氷が運ばれて融かされ、やはり農場が出来始めていたからである。


 だが両国は、せっかく大農場を作っても、その生産物が大幅に値下がりしては意味が無いと、農場の拡大を躊躇していたのだ。


 厳上は龍一所長と光輝の指示のもと、両国に対して、生産された農産物のうち余剰分は全て三尊研究所が買い取るという契約を申し入れた。

 また、出来れば農場の一部を売って欲しいとも持ちかけた。


 両国とも大いにこれを喜び、農地開発は急速に進み始めたのである。



 その農場の一部では、そこで採れた農産物を飼料として牧場も作られ始め、その食肉も三尊研究所が買い上げた。

 さらに儲かって喜んだ両国政府は、三尊研究所の希望に応じて国営鉱山も売ってくれた。


 オーストラリアは世界最大の鉄鉱石産出国であり、またモンゴルも世界有数の希少資源産出国である。

 三尊研究所はこれら鉱山にも大量のドローンを投入して生産量を倍増させた。


 これを見たアルゼンチンやアフリカ諸国なども三尊研究所に農地開発を打診してきた。

 各国とも水が無いせいで、広大な土地がただ放置されていたのである。



 豪一郎が頑張っていてくれたおかげで、三尊研究所の資金に不足は無かった。

 厳上は、出来上がった農地から上がる収穫を現在の価格で全て買い取るという契約を結んで、各国の農地開発と農産物生産を強力に援助出来たのである。


 当然のことながらこれも世界経済の好況に繋がった。



 ディラックくんの超技術のおかげで世界経済は空前の大好景気に沸いている。

 そのために世界各国の税収も大幅に伸びていた。


 三尊研究所のこうした世界に貢献する活動を見て、アメリカ主導で各国の多くが産業構造転換基金への寄付を大幅に減らしてくれた。

 既に産業構造はかなりの度合いで転換していたからである。


 海運や一部工業などではかなりの失業者が出たが、十分な失業手当を払っているうちに、大好景気に沸く他の産業がその失業者を全て吸収してしまっていた。


 なにしろいまや世界の失業率の平均は三%を割ってしまっているのだ。

 もはや世界完全雇用といっていいだろう。

 求人は世界中にいくらでもあった。


 しかもあの空間連結器が普及したおかげで、世界中どこに働きに行っていても、帰ろうと思えば夕飯には自宅に帰れるようになっているのである。

 世界に失業率格差など生じるわけは無かった。


 しかも翻訳機のおかげで言葉の壁も無いのだ。

 実際にはこれが最も失業率低下に寄与していた。

 三尊研究所は、こうした翻訳機だけはタダ同然の価格で供給していたのである。

 これも龍一所長の慧眼によるものだった。



 こうしてさらに資金に余裕の出来た三尊研究所は、その余裕をまたもや資源生産と農産物生産につぎ込んだ。

 こうして世界経済と資源・農産物生産は好循環の輪を作り、その輪はさらにどんどん大きくなっていったのである。


 一部のひとびとは、あれだけの鉱物資源と農業生産物を備蓄して、三尊研究所は何をするつもりなのだろうかと不思議に思ったが、単に有効需要の創出のためだろうという意見が大勢を占めていた。


 実際には社長の光輝ですら全然わかっていなかったのである。

 単に大尊敬していて全面的に信頼している龍一所長がそう言ったからだし、豪一郎さんまで真剣にその通りに働いていたからだ。


 おカネに全く執着心の無い光輝は、たとえそれら資源や農産物の備蓄がすべてムダになろうとも、まったくもって気にしなかっただろう。




 あるとき幹部会の席で、光輝がなにげに厳上に聞いてみた。


「ねえねえ、今資源や食糧ってどれぐらい溜まったのぉ」


「はい。放射性物質を除いて、金属などの資源は世界需要の十年分です。

 食料は世界需要の五年分です」


「そ、そんなに……」


「加えて世界の鉱山のほぼ十%と、農地の十二%を取得しています」


「そっ、そそそ、そんなにぃっ!」


 光輝が仰け反った。


 厳上はそんな光輝を見て微笑みながら付け加える。


「ですから一年につき金属資源は世界需要の八年分、食料は三年分ほどを備蓄出来る体制になっています」


 龍一所長が静かに言う。


「まだまだぜーんぜん足りないね。目標はそれぞれ百年分だからね。

 だからみんな頑張ってね」


 豪一郎と厳上の目が真剣になった。

 ディラックくんの目も真剣だ。


 光輝だけがわけがわからずきょとんとして言った。


「は、はぁ、が、がんばります……」


 まあ、実際には光輝はなんにもしていなかったのだが……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 アリゾナ州太陽系防衛軍訓練基地。

 基地内の講堂には防衛軍候補生の精鋭兵士たちが集められている。

 マリーア主任訓練教官が壇上に立った。


「それでは皆さま。これからの訓練内容をお伝えさせていただきます。

 予め申しあげておきますが、この訓練は皆さまにとって非常に困難なものと予想されます。


 申し訳ないのですが、我々は皆さまの離脱率を三十%と推定しております。

 その推定の上に少々多めの人数の方にお集まり頂いているのです。

 また、これは皆さまの本国にも特に丁寧にご説明させていただいております。


 ですからもし皆さまが離脱されたとしても、恥や不名誉とお考えになる必要はございません。

 むしろその後の人生のためにもあまりご無理なさらず、これ以上は無理だと思われた場合には早めに離脱をお申し出くださいませ」


 さすがの猛者たちも緊張した。

 彼らの職歴、戦歴は十分に調査されているはずである。

 にもかかわらず推定離脱率三十%もの訓練とは……



「また、皆さまには毎日各種分野の専門医療用AI医師の診断を受けていただきます。

 この診断で問題有りと判定された場合にも離脱をお勧めさせていただきます。


 特に精神科医AIの判断は絶対です。

 AIが少しでも皆様の精神に異常の兆候を発見した場合には、すぐに離脱が勧告されます」


 猛者たちはさらに緊張した。

 この我々が精神に異常をきたすほどの訓練とは……



「ご存じのように、この銀河系第三渦状枝線上のヒューマノイドの遺伝子にはほとんど差異がみられません。

 太古の昔銀河中心部で発生したヒューマノイドのもとになるアミノ酸が、その後銀河系周辺部に伝播していったからだと考えられております。


 ですがその種族ごとに若干の差異もございます。もちろん個体差もございます。

 従いまして、本日から皆さまには担当精神科医AIと一緒にお過ごしいただき、皆さまの平常時の精神状態の記録を取らせて頂きたいと思います。


 また、これは選抜試験も兼ねております。

 これから皆さまにはお一人ずつ精神科医AIと一緒に空間連結器を通って頂いて、各種検査用空間に移動していただきます。


 検査用空間は全部で四種類用意してございますので、AIの指示に従ってその都度移動をお願い致します。


 これは選抜試験でもありますが、平常時の精神状態のチェックが主な目的ですので、リラックスしてお過ごしください。


 検査期間は四つの空間ごとにそれぞれ一日、合計四日間になります」


 兵士たちは少しだけざわめいた。



「最後にひとつだけお願いがございます。

 我々AIのアバターは銀河法典の定めるところにより、皆さま人類の性衝動のお相手をさせていただくことは固く禁じられております。


 もちろん皆さまのご子孫繁栄のためでございます。

 もしも性行動を強要されそうになると、アバターは自壊いたしますのでどうかご遠慮くださいませ。


 また、必要とあれば皆さまの性欲抑制剤もございますので、その節はアバターにお申し付けください。

 それから訓練空間には各種の酒類も用意してございますが、あまり度を過ぎないようお願い申しあげます。


 いろいろと制約が多くて申し訳ございません」



 猛者たちは少し苦笑した。四日間の禁欲生活ということか。

 それぐらいなら訓練キャンプで慣れている。

 また、ほとんどの軍隊では任務中の性行動は固く禁じられていた。

 それに断酒ではなく節酒程度ならどうということはない。


 アラブ圏から来た兵士たちはさらに苦笑していた……






(つづく)


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