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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
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*** 18 絶大なる信頼と尊敬 ***


「それでは合図と同時に一斉攻撃をする準備を始めてください」

 

 猛者たちの頭の中でマリーアちゃんの声が聞こえた。

 彼らは内心の驚きを押し殺し、命令に従って穴の底の二人に向かって火器を構える。


「それでは…… 攻撃開始っ!」


 猛者たちの火器が一斉に火を噴いた。

 さすがは各国から選抜されて来た精鋭たちである。

 命令に従わないものはひとりもいない。


 凄まじい火力が穴の底に襲いかかった。

 穴の底は恐ろしい三百六十度攻撃の煙でよく見えないが、間違いなくずたずたになっているはずである。


 一分ほどの総攻撃の後、米軍軍曹の声が猛者たちの頭の中で聞えた。


「攻撃を中止して待避壕にお入りください。

 これより戦車が砲撃を開始します」


 兵士たちが待避壕に入ろうとしているときに、戦車が動き出して穴の中に入って行くのが見えた。

 戦車は穴に入ってすぐのところに止まり、砲撃を開始する。

 恐ろしい砲撃音がまた一分ほど続くと、戦車が後退して穴から離れていく。


 また頭の中で米軍の軍曹の声がする。


「待避壕の中で、地面に伏せて対衝撃姿勢をお取りください。

 まもなく空対地ミサイルが着弾致します」


 兵士たちは直ちに指示に従って待避壕の中で地面に伏せ、腹を地面から浮かせて口を開けて耳を塞いだ。


 一分後に三発のミサイルが穴の底に着弾した。

 どうやらトマホーク3巡航ミサイルらしい。


 計百五十キロの高性能炸薬の大爆発が大地を揺るがし、穴の底からは壮大な火柱と土煙が上がっている。


 しばらく経つとまたあの軍曹の声が聞こえた。


「それでは皆さま穴の淵にお戻りになり、穴の底をご覧ください」


 彼らは立ち上り、穴の淵に並んだ。

 彼ら猛者たちにとってさえも穴の底を見るのは勇気が必要だった。

 普通ならそこに生命が存在出来ているはずは無い。



 だが……

 いたのだ。

 穴の底にはまだマリーア教官とあの米軍少佐がさっきと同じ姿勢で佇んでいるのだ。


 兵士たちは初めて衝撃を露わにした顔になった。

 胸の前で十字を切っている者もいる。


 そうして焼けただれた穴の表面から一メートルほどの空中をふわふわと浮かんだ教官と少佐は、彼ら兵士たちのところに戻って来たのである。



 少佐が言った。


「ふう。さすがに少々のどが渇きました。

 水分を補給させていただいてもよろしいでしょうか」


「はい、もちろん」


 マリーアちゃんはにっこりと微笑んでいる。

 彼ら全員はまたタープのところに戻り、喉を潤した。


 のどが渇いていたのは少佐だけではなかったようである……



 マリーアちゃんが微笑みながら言う。


「それでは皆さまはそのままおくつろぎになりながらご覧ください。

 続いて攻撃の実演をお見せさせていただきます。

 あまり上手ではないので笑わないでくださいね」


 そう言ったマリーアちゃんは、タープの下から出て十メートルほど離れたところに立ち止まる。


「それでは少佐さん。攻撃をよろしくお願い致します」


 少佐がレシーバーを手に取って「戦車部隊、前進開始」と命令を発する。


 しばらくすると、米軍の旧式戦車が八両、キャタピラの音を軋ませながら彼らに向かって近づいて来た。


 

「あの戦車はラジオコントロールで動く無人戦車です。

 旧式ですが前面には厚さ二十ミリの鋼鉄板を十枚貼り付けて装甲を強化しています」


 またマリーアちゃんの可愛らしい声が頭の中で聞えた。


「戦車内無人を確認しました。これより攻撃を開始します」



 ある兵士は戦車を見ていた。またある兵士はマリーア教官を見ていた。


 戦車が彼らから八百メートルほどのところまで来たところで、マリーア教官が片手を上げて人差し指を立てる。

 兵士たちは一瞬自分たちの周りが静まり返ったような気がした。


 マリーアちゃんの指の上方三メートルほどのところが一瞬ピカッと小さく光る。

 周りの空気が一瞬歪んだように見えた。

 兵士たちの目には見えなかったが、実は光は八回光っていた。


 その光と同時に彼らに向かって近づいていた戦車が消え、しばらくすると彼らに向かってやや熱い風が吹いてきた。


「さあ、しばらく冷めるのを待ちましょう。

 その間に皆さまのご質問にお答えします」



 兵士の一人が手を上げて出身と名を名乗る。


「どうぞ、なんでもお聞きください」


「今どうやって戦車を攻撃されたのですか」


「はい。私の近傍重層次元にあるレールガンから、硬い物質で覆われた直径三センチほどの鉄の球を打ち出しました」


「炸薬は入っていたのですか」


「いえ、単なる鉄の球です。

 ですが速度が光速の三十%ほどあるため、十分な運動エネルギーがあります。

 その運動エネルギーが戦車に移動した際に、熱エネルギーに変わって戦車を破壊しました。

 わたくしたちは運動エネルギー弾と呼んでいます。

 そのまんまですね」


 マリーアちゃんは恥ずかしそうに笑ったが、兵士たちは仰け反った。


 別の兵士が手を上げて聞く。


「その運動エネルギー弾は一度にどれぐらい発射出来るのでしょうか。

 私には一発発射されたようにしか見えませんでした」


「先ほどは八発発射いたしましたが、私はレールガンを百基しか持っていませんので、最高でも一秒間に三万発しか発射出来ません」


 猛者たちからため息が漏れた。

 これは相当に珍しいことだった。


「最大何発発射できるのでしょうか」


「同じ空間に十分な資源さえ用意しておけば、その場で弾を作りながら撃てますので特に制限はありません」


 今度のため息はもっと大きかった。



 また別の兵士が手を上げて聞く。


「照準と命中精度はいかがでしょうか」


「地球上でマッハ二十以下、距離一千キロ以内、標的の大きさ一メートル以上でしたらほぼ百%です。

 また、標的が航空機のように軽い物体であれば、そして地球上のように空気のあるところであれば、その五十メートル以内を弾が通過しただけで標的は衝撃波で粉砕されます。


 実は対象物の速度がいくら速くなっても、その対象物は早い分だけ回避運動が出来なくなりますので、命中精度は変わらなくなります。

 宇宙空間でしたら衝撃波が使えないので、命中精度は99.7%になってしまいます。

 また、照準は同時に百か所、一秒間では最大一万個の移動物体につけることが出来ます」


 猛者たちは、自国の全軍がマリーアちゃんの指で一秒の間に全滅させられる姿を思い浮かべた。

 米軍兵士は自国軍なら十秒はもつと思ったがあまり慰めにはならなかった。



 また別の兵士が手を上げて聞く。


「先ほどの穴の底ではどうされていらっしゃったのですか。

 バリアーでも張っていらっしゃったのですか」


「わたくしたちは遮蔽フィールドと呼んでいますが、クラス3の遮蔽フィールドを張っていました。

 いつもはクラス1なのですが、今日は少佐さんがいらっしゃったので緊張してつい強度をクラス3に上げてしまっていました。

 ちょっと資源のムダ使いだったかもしれません」


 マリーアちゃんは恥ずかしそうに微笑んだ。米軍少佐も微笑んだ。



 また別の兵士が手を上げて聞く。


「少佐殿にお聞きします。

 遮蔽フィールドの内部はどのような様子でありましたか」


「まったく静かだった。音も無く、振動も無かった」


「あ、そう言えばご説明が足りなくてすみません。

 先ほど運動エネルギー弾を発射したときにも、皆さまの周りをクラス1の遮蔽フィールドで覆って衝撃波からお守りしていました。

 対象物までの地面もです。

 衝撃波でえぐれて歩けなくなってしまいますので」


 マリーア主任教官はまたにっこり微笑んでいる。


 また別の兵士が手を上げて聞く。


「教官殿は今クラス3の遮蔽フィールドと仰いましたが、最高強度はどのぐらいですか」


「わたくしはまだ未熟ですのでクラス25が最高です。

 核爆発の中心に三秒いるのが限界です。


 いま三尊研究所にいるソフィアお姉さまでしたらクラス40まで使えます。

 これは十時間まででしたら、太陽の内部でも耐えられる強度です。

 もちろん高温からも守られます」


 また猛者たちから大きなため息が聞こえた。


「教官殿にお聞きします。

 太陽系防衛はそれほどの遮蔽フィールドがあれば十分なのではないでしょうか」


「脅威物体が一億トン以下、ないしは光速の十%以下の速度でしたら十分です。

 その場合にはソフィアお姉さまがその脅威を処理してくださいます。


 ですがそれ以上の大きさや速度になりますと、いかにクラス四十の遮蔽フィールドであっても難しくなります。

 また、太陽系全体を遮蔽フィールドで覆うことも出来ません。

 せいぜい地球を覆えるぐらいです」


 それでもその規模と強度に皆驚いている。



 マリーア教官は続けた。


「しかも木星や土星のような大きな惑星の軌道が狂うのは止められません。

 遮蔽フィールドでは重力は遮断出来ないからです。

 そうしてこれら惑星の軌道が狂うと地球も無事ではいられません。


 地球の軌道も狂って、表面温度が百度を超えてしまうかもしれませんし、大氷河期が来てしまうかもしれません。

 いずれにせよ皆さまが滅んでしまわれる可能性が高くなってしまいます。


 ですからこうして太陽系防衛軍が組織され、皆さまを訓練させて頂くことになったのです。

 皆さまには、クラス40の遮蔽フィールドでも防衛出来ない脅威のために集まっていただいたのでございます……」


 しばらくの間沈黙が広がった。

 猛者たちは皆、自分たちの任務がいかに困難なものかを思い知らされていた……




 マリーア教官がその可愛らしい顔をほころばせて言った。


「それではそろそろ少し冷めた頃でしょうから、皆さま先ほどの戦車のところに参りましょう」


 それはもはや戦車ではなかった。

 単に八か所の溶融した鉄でできた水たまりだったのである……




 兵士たちは上官の命令に従う。それも必ず従う。

 それはベテランの兵士になればなるほど強固な行動原理である。

 もはや条件反射と言っていい。


 だが、それはあくまでそうした方が軍隊としての任務を達成しやすくなるためだからなのである。

 彼らは上官を尊敬しているから命令に従っているのではない。

 あくまで任務を達成するための手段だから従うのだ。


 彼らが尊敬するのは自分と同等、もしくはそれ以上の戦闘力を持った兵士のみである。

 その戦闘力が大きければ大きいほど信頼して尊敬するのだ。



 よって、マリーア主任訓練教官は、彼ら全員から絶大なる信頼と尊敬を集めた。


 マリーア中隊長とその六人の妹たちである小隊長は、彼女たちだけで地球全軍を相手に戦える兵士だったからである……






(つづく)


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