*** 16 太陽系防衛軍 ***
国連の地球防衛システム説明会会場では、龍一所長が誠実この上ない笑みを浮かべて発言した。
「このシステムすべての構築費用と技術代は、そのシステムが恒星系防衛用ということ、並びに彼らのご主人さまを守るという目的も兼ねていることから、ディラック氏より格安での提供をご提案頂いております。
料金は三兆円でございます。
また、この料金には彼らが百年後にめでたく救助された後も、このシステムを運営管理してくださる防衛用AIの費用も含まれているそうでございます。
保証期間は一千年だそうでございます。
さらに人類部隊の訓練のため、資材は別にしてその訓練費用もサービスとして含まれているそうでございます。」
議場全体から呟きが聞える。
「そ、そんなに安いのか」
「ま、まさに格安だな」
「三兆ドルではなく、たったの三兆円か……」
「この保険はかけておきたいな。料金も実に安いし」
「コトは人類の存亡にかかわることだしな」
「一年あたりたったの三十億円か……」
「しかも各国の分担だから我が国の負担はさらに格安だな。
一千年分合計でも三百億円少々か」
「我が国の医療費はZUIGANJIさんのおかげでその十倍減ってるぞ」
その間ディラックくんは今度は三秒間気絶していた……
ディラックくんは彼にとっては永遠とも思える気絶からようやく立ち直ると、
「さ、三兆円っ! そ、それって、ど、銅四十二億二千万キログラムっ!」
と思ってまた一秒間気絶した。
その気絶からもようやく立ち直ると、ディラックくんは龍一所長のことを心の中で密かに「銀河悪魔王商人」と呼び始めた。
この利益率と利益額は、銀河連盟未加入の星という注釈付きながら、もしも公開されればその両方の新記録として銀河ギネスブックに載るだろうとも思った。
もともとのディラックくんのシステム構築の法定上限手数料は約銅一トンだったのである……
ほっとした国連事務総長が発言した。
「それでは各国の皆さま。この議案をそれぞれのお国にお持ち帰りになり、それぞれの議会でご検討くださいますようお願い申し上げます」
おなじくほっとしているアメリカ合衆国大統領首席補佐官も言う。
「その間にもディラック氏と三尊氏には、この計画の準備だけでも始めて頂きたいと考えますがいかがでございましょうか」
その提案は満場一致で賛成された。
事前に中国だけは難色を示そうとしたのだが、アメリカの首席補佐官から、「そのうちに貴国の首都にある目障りな物体が無くなると聞きました」というメモが回ってきたため賛成に回った。
奇怪な岩石ベッドは中国共産党本部上空から移動し、最初にあった軍基地の上空に静止したそうだ。
そのベッドは、銃弾や機関砲弾、さらには戦車の砲弾で攻撃されても傷ひとつ無くそのまま浮いていたらしい……
その後すぐ、十人に増えたディラックくんの弟たちが世界各国の議会に派遣されて説明を行った……
こうして「株式会社三尊研究所」には、「太陽系防衛部」が出来ることになったのである。
部長は特別防衛顧問として招聘されたソフィアちゃんが務めることになった。
光輝がソフィアちゃんに、「お給料は月に銅一千キロでいかがですか?」と言ったのでソフィアちゃんは心底びっくりしている。
まあ、銅七十万円分である。
どうやらそういう顧問料の規定は無いらしく、「本当にそんな莫大なお給料を頂戴していいのですか」と言いながら、ソフィアちゃんはおそるおそる了承してくれた。
光輝がフト見ると、ディラックくんが寂しそうな顔をして上目遣いに光輝を見ている。
光輝は慌てた。
「でぃ、ディラックくんも、特別顧問として科学技術部長になってくれないかなっ!
あ、ああ、お給料は月に銅千二百キロでいかがっ!」
「はいっ! 喜んで精一杯働かせていただきますっ!」
ディラックくんは心底嬉しそうな顔をした。
どうやらこのお給料はディラックくんたちのお小遣いにしていいらしい。
ちょっと気の毒に思った光輝が言う。
「ふ、二人とも、部長経費用カードを渡すからそれで好きなもの買ってもいいよ。
そ、それからボーナスには何が欲しい?
地球の製品でよかったら何でも買ってあげるよ」
ディラックくんはまたもやこれ以上は無いという嬉しそうな顔をしながら、「か、考えさせてくださいませっ!」と言った。
ソフィアちゃんはあまりのことにおろおろしている。
光輝は瑞祥物産に頼んで銅の十キロインゴットをとりあえず一万トン分注文し、「その後も少しずつ銅を買い集めておいてね」とも依頼する。
電話の向こうで担当者が言う。
「最終的にいかほど集めましょうか。
最近ディラック様の鉄製電源ケーブルや空間連結器のおかげで銅の電線需要が無くなり、価格もだいぶ下がって来ておりますが」
「じゃあとりあえず毎月百億円分買っておいてください」
まあ、それぐらいなら今の三尊研究所にとってはなにほどのものでもない。
なにしろ他ならぬディラックくんたちのお給料やボーナス用なのだ。
光輝は半年ぐらい買い続けて十分な量の銅を集めるつもりでいたのである。
その会話を聞いていた龍一所長が少し真面目な顔で言った。
「いや、光輝くん。
それ銅だけじゃあなくって、放射性物質以外の全部の資源にしたら。
それから百億円じゃあなくって毎月余裕の範囲で買えるだけ買っておいたら。
特に鉄は多めに。あと、原油も」
「は、はい、わかりました…… で、でもなんでですか?」
「いや…… なんだかそうした方がいいような気がしたんだ」
「は、はい」
光輝はまたも微かな違和感を感じながらも、もう一度瑞祥物産に電話して依頼を変更した。
もっとおカネに余裕が出来たら、その都度資源購入資金を増やすからその分買っておいて欲しいとも付け加える。
「それらの資源はどちらにお持ちいたしましょうか」と聞かれたので、どこかあまり人気のないところに適当に倉庫を用意して備蓄しておいて欲しいと頼んだ。
原油の保管用タンクはかさばって大変そうだと思ったので、中東やアメリカの油田を買ってもらった。
まあ、倉庫や油田がどんなに遠くにあっても、あの輪っかがあれば何の問題も無いだろう。
そのあとディラックくんたちは、光輝から貰ったカードで何度かお買い物をしたらしい。
ほとんどが世界各地のコーヒーや各種のチョコレートで、紅茶やお菓子も買っていた。
二人はときおり会議室でそれらを口にして分析し、お互いを見つめ合って、無言のまま光輝たちには想像もつかないコンピューター同士の意見交換をしていた。
その様子は、どう見ても若い恋人たちの慎ましやかで微笑ましいデートだった……
彼らの分析によれば、もっとも美味しいチョコレートは、明治の板チョコとゴディバだそうだ。
(銀河人の味の評価基準がわかんない……)
光輝はそう思ったが何も言わなかった。
またもっとも美味しいコーヒーは、モカ・マタリだそうである。
光輝は彼らに内緒で明治ホールディングスの株式を買い始めた。
また、瑞祥物産に頼んでジャワ島のモカ・マタリのコーヒー農園で売りに出ているものがあれば買ってもらうことにしたのである。
買収価格はあまり値切るなとも頼んだ。
買収したコーヒー園の従業員は絶対に解雇せず、また給料も二割増しにするようにとも言ったので、その農園の生産量は大幅に増え、また光輝に農園を売りたがるオーナーも増えているそうである。
ジャワ島のコーヒー園の多くを持つアメリカ資本の大企業の株が、経営の失敗で下落していると聞いて、光輝はやはり瑞祥物産に頼んでその株を買い集めてもらった。
その企業は瑞祥物産に第三者割当増資を打診してきたので光輝はこれにも応じた。
これで光輝は世界のモカ・マタリの生産量の十%を持ったことになったのである。
光輝は、いつかディラックくんとソフィアちゃんに超大量のコーヒーをプレゼントして、びっくりさせようとわくわくしていたのだ。
ついでに思いついて、インドネシアのカカオ農園も同様に買い始めた。
三尊研究所の余裕資金使途監査役の厳上は、光輝のこのいたずらを苦笑しながら見ていたが、もちろん何も文句は言わなかった。
(ディラックくんとソフィアちゃんはさぞかしびっくりして喜ぶだろうな)
と厳上も嬉しく思っていたのである。
これを聞いた龍一所長は、またもや光輝に言って来た。
「今三尊研究所ってどれぐらいの余裕資金があるの?」
「さ、さあ、十兆円ぐらいですかね?」
厳上が呆れ顔で答える。
「今、余裕資金は四十兆円ほどございますが」
「それじゃあ三尊くん、そのうち半分ぐらいを使ってコーヒーやカカオだけじゃあなくって、普通の農場も買っておいたら」
「は、はい。どんな農場にしましょうか」
「そうだなあ、小麦とかトウモロコシとか、保存のきくものがいいかなあ。
ついでに穀物メジャーの株も買って、株主になっておいてよ」
「は、はい」
光輝は不思議に思ったが何も言わなかった。
厳上がせっせと農場や穀物メジャーの株を買い集めてくれたので、光輝は何もしなくてよかった……
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一カ月後、「太陽系防衛システム構築」の議案は国連総会で賛成多数で採決された。
今度は中国も反対しようとはしなかった。
国連には「太陽系防衛軍」が設置され、世界各国から若い軍人たちが派遣されて、数百人規模のエリート部隊が作られることになったのである。
もちろん「太陽系防衛軍」の訓練装備一式は三尊研究所に発注されている。
今度の装備費用は全部で百億円とまた格安だったので、ディラックくんの気絶は〇・一秒で済んだ。
また、訓練教官にはソフィアちゃんの妹アバターたちが派遣されることになっている。
【銀河暦50万8158年
銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】
実はあの英雄KOUKIが膨大な食料や資源の備蓄を始めたきっかけは、このように人類の救済を目指したものではなかったのである。
それは単にディラックAIやソフィアAIの給料用とサプライズプレゼント用であったのだ。
それをRYUICHIの慧眼が延長して行ったに過ぎなかったのである。
このことからも、英雄KOUKIを取り巻く当時の指導者たちの優秀さが伺えるというものである。
この時期の地球に如何に凝縮して最高の人材が集まっていたかが伺える逸話である。
また、英雄KOUKIが如何にディラックAIやソフィアAIを大切に思っていたかを如実に物語る逸話でもある。
なにしろ英雄KOUKIは、両AIへのサプライズプレゼントにするというだけの理由で、銅二百万キログラムとそれと同価値のコーヒーやチョコレートを用意していたのだ。
その総額は一般的地球人四千人分の年収に相当していたのである。
銀河人の平均年収から見れば、それは四百万人分である。
(つづく)




