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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 13 切腹 ***


 皆が平伏から面を上げると、筆頭様と呼ばれた老人が嬉しそうに言った。


「二席さんや」


「はいはい」


 筆頭様の隣に座っていた好々爺も、同じように嬉しそうに笑いながら応える。


「いかがかの」 


「やれ嬉しや。次期御当主様が我らにお願いを賜られた。死んでも背くまい」 


「三席さんや」 


「素晴らしきお願いを冥土の土産に頂戴出来たのう……」


 こちらは泣いている。


「巌や」


「ははっ」

 二列目中央に座っていた老境に差し掛かかった男が畏まって応える。

 ものすごい貫禄の大男だ。


「まさか小さいころ肥溜めにはまって泣いていたお前を、川で洗ってやったわしの恩を忘れたわけではあるまいの」


「げっ。ひ、筆頭様っ。こ、このようなお席で、そ、そのようなことを……」


「あのときはわしにも匂いがついてしまって往生したものじゃ」 


 あちこちからくすくす笑い声が聞こえる。


 筆頭様は真剣な声になって続けた。


「お前はわしら亡きあと、筆頭となる身じゃっ!

 そのお前は今の次期御当主の御要望をどう心得るっ!」 


「ははあっ! この瑞祥巌、身命を賭しまして次期御当主のお指図を全ういたしまするっ!」


「よしよし。お前は次から四席として、もうひとつ前の列に座りなさい。

 それでよろしいかの二席さん、三席さんや」 


「はいはい」 


「やれうれしやこれで休んでも怒られぬやも」 


 また「おおっ!」という声が聞こえる。

 どうやら巌のその年齢にしては抜擢らしい。


 筆頭様はまた穏やかな声になって続けた。


「巌や」


「はっ」 


「おまえはわしら以上に自分よりも年下の子供たちの面倒見がよかったのう。

 おかげで今でもさすがの人望じゃ。そのお前の元子分たちは如何かの」 


 巌と呼ばれた男は周りのやはり重厚な男たちを見渡す。

「同じく身命を賭しまして!」 

「必ずや次期御当主さまのお指図を全う致します!」 

 と言った声が次々に聞こえた。



 光輝は、そうか、瑞祥一族のこの結束力って、子供のころから上の者は下の者の面倒をみるっていうことで培われたのか…… と思った。


 後で聞いた話だが、近所の小学校や中学校には全学年、全クラスに大勢の瑞祥君や瑞祥さんがいるらしい。

 そして彼らが全員自分より下の者の面倒をよく見るのでいじめなどは皆無なのだそうだ。

 そしてその恩恵は一族外にも及び、それらの小中学校では全体でもいじめなど無いらしい。


 もし手のつけられない子がいても、そのときはひとつ上ではなく、二つか三つ上のお兄さんやお姉さんがすぐにやってきて諭してくれるそうだし、もしそれでもどうにもならないと、遂には豪一郎や厳空のような恐ろしいのが出張ってくるそうだ。

 たいていは豪一郎ことレックスさんが、腕を組んでナナメ上を見上げているだけでコトは収まるそうだが…… 


 そうやって、レックスさんも二、三年に一度は呼び出されているらしい。


(でもお指図って言ってもさー、部長やレックスさんを社外取締役にして新入社員二人分の報酬払うだけじゃん……) 

 そう光輝はまた心の中でツッコむ。

 光輝は相変わらず自分の報酬のことには気がついていない。



 また筆頭様が言った。


「ばあさんや」 


「はいはい」 


 女衆の最前列中央に座る老婆がニコニコしながら応える。


「女衆の方々は如何かのう」 


「はいはい。あとで喜久子さんとご一緒に、皆さまにお願いして回りますよ」 


「よろしくの」 



 これもあとで光輝が部長から聞いた話だが、昔龍一部長がものごころついたころ、瑞祥一族へ嫁に来た娘たちへの姑や小姑の扱いがあまりにも酷いので、母親の喜久子に入り嫁たちの待遇改善を泣きながら直訴したことがあるそうだ。

 なにしろ食事のときでも家族とは別にされ、土間の筵の上で下男や女中たちと一緒に粗末な料理を与えられていたという。


 だがまだ若かった喜久子の訴えでは、そうした長年の因習を変えることなど不可能であった。 

 そこで幼少の部長は抗議のハンガーストライキを行い、誰が何と言っても一切の食物を口にしなかったそうである。 


 そして部長が低血糖症状で気絶し、入院するに至って、部長の祖父である現御隠居様、当時の喜太郎当主が激怒し、臨時一族総会が開催されて瑞祥一族入り嫁会が組織されることとなったのである。


 喜久子を助けてその入り嫁会の幹事を務めたのが、現筆頭様の妻である美津江であった。

 この入り嫁会は、瑞祥一族の姑や小姑などを一切排除し、月に一度入り嫁たちのみが瑞祥本家に集まって、御馳走を食べながら喜久子や美津江に姑のグチを言う会だったそうだ。


 この会に嫁を出席させないと、翌年の一族総会にその分家の当主が招かれない、という当主の厳命を知った姑や小姑たちは、恐れを為して嫁の待遇改善に務めるようになったそうである。


 その後、分家の現在の当主や跡取りを生んだ嫁たちは、今や広間後方の女衆席の大半を占めている。

 おかげで、次期当主を始め、その母の喜久子や筆頭様の妻である美津江に対する女衆軍団の忠誠心は、いまも超絶大であるそうだ。


 だからまあ、美津江が「あとで喜久子さんとお願いして回る」と言った瞬間に女衆の総意は全てが決まった。

 ということは男衆も全員逆らえないということだ。



 筆頭様は言った。


「それでは御当主様よりお言葉を賜ります」 


 大広間の全員が居住まいを正した。

 瑞祥本家の入り婿、現当主で龍一部長の父親である瑞祥善太郎が、そのままの姿勢で頭も下げずに言う。


「みなのもの、本日はようこそ瑞祥一族総会においでくださった」 


 まあ、そういうエラそうなもの言いは、善太郎の性格ではなく儀式の一環なのだろう。

 そこで言葉を切った善太郎は、静々と立ちあがって歩み、なんと高段を降りて息子の横に正座したのである。


「おおおおおーっ!」「ご、御当主様が!」 


 などというどよめきが起きる。


 善太郎は口調を変えてやさしく言う。


「本日は息子龍一が、皆さまに過分なお願いさせていただきました。

 この瑞祥善太郎も、どうか龍一の願いをお聞き届け願いたく、皆さまにお願い申し上げ奉ります」


 そう言った善太郎は、深々と平身低頭したのである。


 一瞬大広間は、「うおおおおおおおおおー!」というどよめきがこだまするが、すぐに止んで全員が平身低頭をする。

 その長い長い静寂が終わって皆が面を上げると、なんと前当主瑞祥喜太郎までが立ち上がって高段を降りてくるではないか。


「ぐうおおおおおおおおおおおおおーっ」「ご、御隠居様あぁっ!」  


 などと言う声がどよもす。


 そして喜太郎も現当主善太郎の隣に座り、

「我が孫、龍一のお願いを聞いたのは十五年ぶりじゃ。

 みなのもの、どうかわしからもよろしくのう」 

 と言って平伏したのである。


 今度の一同の平伏は、一番長く、低く、そして静かだった。


(今おならしたら切腹だな……) 

 光輝は平伏しながらそう思った……



 その後、面を上げた喜太郎御隠居様は、厳攪に向かって言う。


「げんちゃんおめでとう。そしてありがとうな」 


「ああ、ありがとう。喜太ちゃんも実に立派な後継ぎが育って安泰じゃのう」 

 

 喜太郎ご隠居様は、今度は筆頭様に向かって言った。


「喜一っちゃんもありがとな」 


「なんのなんの。これでもう瑞祥一族も安泰じゃから、わしら三人も本当に引退してゆっくり温泉にでもつかりに行こうな」 


 喜太郎ご隠居様も、「おおおお、それはいいのう」などと実に嬉しそうに言っている。


(そうか、この大重鎮三人も幼なじみだったのか……)

 光輝は瑞祥一族の凄さが分かったような気がした。

 そして遠い将来、御隠居様席に座った年老いた龍一部長と、筆頭様席に座ったおなじく年老いたレックスさんと、横に座った厳空大僧正の姿を想像してしまう。


(ただなぁ。一族で一番デカくて強そうなのが、一族で最も年寄りたちっていうのもなぁ~)

 などと思っている。



 一族総会がお開きになると、一同はまた庭に出た。

 大広間では大勢の若い衆が宴席の準備を始めている。


「光輝くん、奈緒ちゃん。一緒においでよ」 


 部長に誘われて、みんなは部長の部屋に行った。

 もちろんレックスさんもアロさんもついてくる。

 三十畳はあろうかと見える部屋だった。


「あー疲れた、みんな楽にして」


「喋り過ぎだ」豪一郎が短く言う。


「どうせ、取締役会なんぞには出んつもりだろうに」


「えっ。補佐役って、そういうのに代理で出るためにいるんじゃない。

 豪一郎くん、よろしくね」

 などと言っている。


 奈緒が部長に言った。


「それにしてもすっごい一族総会でしたよねー」 


「ああ、あれ、じいさんたちの趣味みたいなもんでさ。

 年に一度時代劇ごっこやって楽しんでるんだよ。

 普段はふつーに民主的だからね」


 併せて部長は言う。


「でも僕のおかげで豪一郎くんも光輝くんも、もうおカネには苦労しなくて済むようになったでしょ。

 どうやってお礼してもらおうかな」 


 光輝は、ようやく自分も五十社を超える県内一流企業から顧問料を貰えるかもしれない、ということに気がついた。


「だから光輝くんも、一人前になってからなんて思わずに、もう奈緒ちゃんにプロポーズしちゃったらどうだい」


 奈緒ちゃんは真っ赤になって俯くと、ちらっと光輝を見た。


「はい。そうさせていただきます。部長、どうもありがとうございました……」


 奈緒ちゃんはわんわん泣きだした。

 アロさんがやさしく奈緒の背中に手をあてて、「よかったわねー よかったわねー」とか言いながらあやしている。

 アロさんも貰い泣きしているようだ。


 部長が嬉しそうに言った。


「あ、そうだ。いいこと思いついた! 

 光輝くんと奈緒ちゃん。僕へのお礼としてさ。

 きみたちの最初の子供の名付け親にさせてくれる、っていうのはどおかな?」


「はいっ。よろしくお願いいたしますっ」 


 光輝が奈緒の方を見やると、奈緒も泣きながら頷いている。


「うーん。楽しみだなあ。今から考えておくね」 


 豪一郎が咆えた。


「それより本家の嫁取りはどうした!」 


「ああ、それは豪一郎くんの方が先でしょうに」 


「当主が先だ!」 


「あー、まだわかってないのか、豪一郎くん。

 今日の一族総会見てたでしょ。

 公式行事では、先に臣下の者が座ってて、後からエラいひとが入って来て座るんだよ。

 だから嫁取りみたいな公式行事でも、補佐役の豪一郎くんが先なんだよ」


「うっ」 


「だからさー、本家の嫁がいつまで経っても決まらなかったら、それは豪一郎くんが身を固めてないせいなんだからね」


「ぐぐっ……」 


「身を固めた後の補佐役の最重要な仕事が、本家の嫁候補を探すことなんだよ。

 これは次期本家当主からの正式な依頼だからさ、頼んだよ豪一郎くん」 


「ああ……」 


 さすがの豪一郎も観念したようだ。

 光輝が麗子さんをチラ見すると、なんだかおろおろして焦っているようだった。


「あ、そうだ豪一郎くん。

 もうおカネ持ちになったんだからバイトしなくってもいいし、大学の近くに新しい部屋を探したら。

 光輝君ももっと大きな部屋に引っ越したら」 


「今の部屋でかまわんっ!」


「だめだよお、部屋も狭いし遠すぎるし、それに第一、次期当主補佐役があんなところに住んでたら、瑞祥本家の恥になりそうだな……」 


「ぐぐぐっ」 


「あ、そうだ。

 豪一郎くんに任せてたら、いつまで経っても引っ越し決まんないだろうからさ。

 麗子さん、申しわけないけど代わりに部屋を探しといてあげてくれないかな。

 ついでに家具もセンスのいいの買っておいてあげてよ。

 あ、おカネの心配はいらないよ。

 豪一郎くん、今はもうすっごいおカネ持ちだから」 


 アロさんは最初びっくりしていたようだったが、豪一郎がなにも言わないのを見て、恥ずかしそうに「はい」と言った。

 ちょっとアロさんらしくない。


「そうそう、光輝君ももっと広い部屋に移ってね。

 部屋探しと家具選びは奈緒ちゃんに任せたよ」


「はいっ!」奈緒の方は元気に言った。


「じゃあ、早速宴会場にいって、瑞祥不動産会長の善次郎さんを紹介しようか」 



 そのときちょうど、榊原源治が来て、「三尊君。そろそろ宴席が始まるから、私といっしょにご挨拶に回ろう」と言った。


 一同が、すっかり宴会の場に変えられた先ほどの大広間に入って行くと、そこかしこで、酒とともに皆の楽しそうな会話がはずんでいる。


「今日の一族総会は実に素晴らしかったですなあ」「私は感動しましたよ」


「御隠居様のあのような申され方を耳にしたのは初めてです」


「私も初めてですな」 


「それにしても次期御当主はご立派になられたもんですなあ」


「私はなんだか胸が熱くなりました」


「これは是非社外取締役になっていただかねば」「もちろんですな」 


「そうそう、なんでもあの三尊氏は、まだ大学三年生なのに、初めて受けた税理士試験で全科目トップ合格されたそうですな」


「なんとっ!」


「その筋では天才青年として争奪戦になっておるようです」 


「ううむ…… さすがは次期御当主であらせられるのう」



 宴会場に変わった大広間に足を踏み入れた光輝は驚愕した。

 幾重もの老若男女とお膳に囲まれた宴会場の中央には、巨大な刺身の舟盛りがデンと置いてある。

 長さは三メートルはあろうか。

 舟盛りというよりもはや舟である。そのまま漁に出られそうだ。


 その中央には二メートルを超える巨大マグロがデデンと横たわっている。

 後で聞いたが近海ものの本マグロで、一本でクルマが買えるほどの値段らしい。

 なんでも刺身好きの御隠居様が毎年皆にふるまっているということだそうである。

 その周囲では十人近い板前さんたちが必死になってマグロを切り分け、何十人もの仲居さんが静々と料理を運んでいる。


 そのとき、大広間に入って来た龍一部長一行に気づいた筆頭様から声がかかった。


「おお、若様。どうなされたかの」 

「おお、次期御当主だ」「若だ」などという声も聞こえる。


 どうやら本家一族は家臣団の宴席には加わらない風習のようだ。

 周囲の声が静まった。みんな聞いている。


「ええ、三尊氏が、当然の儀礼として榊原さんとご一緒に皆さんのところにお邪魔して、順番に御挨拶をしていきたいそうなんですけど…… 

 まあ、当然のことですけどね。


 ですが、私はまだ三尊氏に用事がありまして、ここはひとつ筆頭様のご威光で私のわがままを皆さんに御納得いただけないものかと……」 


 いたずらっぽい顔で聞いていた筆頭様が大きな声で言う。

「おーい、皆の衆。また若のわがままじゃあ。

 当然の儀礼として、これから皆の衆のところを酒を注ぎながらあいさつ回りしようとされておる三尊殿を、若の遊びにつきあわせるために連れ去ろうとされておる。

 しようのないわがまま若様じゃ。仕方が無いのう。


 ということでだ皆の衆。

 これから榊原殿は皆のところを回ってくださるとは思うが、三尊殿は若に連れ去られてしまうのじゃ。 

 どうか若やわしに免じて許してやってはくれんか。

 その代わり、三尊殿は後日皆の会社を回ってくださるだろうよ」 



「わはははははははは」


「若のわがままじゃあどうしようもありませんなぁ」 


「三尊さんとお話してみたかったのに、やっぱり若に取られてしまいましたかぁ」 

 などという実に貫禄に溢れた声があちこちから聞こえた。


 光輝はその場で平伏して深く頭を下げた……







(つづく)


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