*** 12 日本最大の売り上げを誇る会社 ***
それからの数日間は何事もなく過ぎた。
各国のひとびとは各種の装置を持ち帰り、その試験に追われていたのである。
それからは怒涛の注文が舞い込んだ。
アメリカは、まず手始めにと言って空間連結器と電力パックと重力遮断ベッドをそれぞれ一千セットずつ注文してきた。
ベッド組み立て用のドローンも百体欲しいと言う。
それから美容クリームは三種類とも一万セットずつ注文してきた。
EUからはその倍の注文が舞い込んだ。
まずは空間連結器の生産が優先され、完成した輪の一方が、各国が指定した場所に空輸された。
重層次元を通して直接輪を輸送することも出来たのだが、まあそれはこの次でいいだろう。
ディラックくんの船の装置はフル回転でそれらの商品を作り始めている。
世界各国に配置された輪からは、主に科学者たちがひっきりなしに三尊研究所に質問にやって来るようになった。
政府の特別許可により、研究所内ならば入国管理は免除されている。
株式会社三尊研究所には、科学技術部が発足してこれら科学者たちの質問に対応することになっており、厳上副社長の下には既に倫理部が作られている。
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ある日の夜遅く、三尊研究所の会議室で幹部が集まって会議が行われていた。
会議と言っても彼らの場合、お菓子やケーキを食べながらダベるだけである。
でもまあ、その中で面白いアイデアが浮かんでくることもある。
カッコよく言えばブレーンストーミングか。
その日のお茶受けは所長の大好物の伊勢屋の小まんじゅうだった。
ディラックくんも美味しそうに頂いて、また船の資源を増やしている。
所長がディラックくんに聞いた。
「そういえばあの船の製造装置を増やすことは出来ないの?」
所長の問いかけにディラックくんは困惑しながら答える。
「よもやこれほどの注文を頂けるとは……
ええ、資源さえあれば製造装置も作れます。
それはそれほど難しい技術でもありませんし」
「じゃあサイズの拡大も出来るんだね」
「は、はい」
「じゃあとりあえず長さ五メートルぐらいの商品も作れるようにしといてよ。
ああ、そのための資源は全部僕たちが負担するからね」
「は、はい」
そこへ輪の中からひょっこりあの首席補佐官と、アメリカ合衆国大統領最高顧問になったシャーマンが現れた。
「やあ諸君。グッドモーニング」
シャーマンは微笑みながらそう言うと、辺りを見渡して、「そうか、こちらは夜だったな。じゃあグッドイーブニング」と言った。
そうして硬直していた全員と握手を交わすと、テーブルの上の小まんじゅうをひとつ口に入れて、「これ旨いな。また買いに来るか。それでは会議があるのでこれで失礼するよ」と言って補佐官と一緒にまた輪の中に消えた。
首席補佐官は輪の中に消える前にみんなを見てウインクしていた……
所長の発案で、空間連結器だけは直径二メートルまでの大きさに限定することになった。
「なんで二メートルまでなんですかぁ」
光輝が聞くと、所長は愉快そうに答える。
「そうすれば既存のガソリン自動車は装置をくぐれないじゃない。
だからみんな小型の電気自動車に乗りかえるから、排気ガスが減るよぉ」
所長はクルマの排気ガスの匂いがキライだからだと言ったのだが、またも光輝は微かな違和感を感じたのだ……
これにより買い替え需要が喚起されて自動車産業は大いに喜んだ。
なにしろ電気自動車にはみんなあの白い箱が搭載されているのだ。
出力は百キロワットのために値段も安かったが、なにしろ百キロワットの出力のモーターを積めるのである。
そのパワーは並みのガソリン車よりも大きい上に、もちろん充電の必要も無い。
電気自動車の注文は全世界で三年先まで埋まり、結果としてディラックくんも大儲けをすることになったのである。
しかも大活況を呈した自動車関連産業は、失業者の大半を吸収してくれた。
さすがは龍一所長であった。
注文はさらに勢いを増して舞い込んだ。
NASAと欧州宇宙開発機構からは宇宙船の試作機の注文も来た。
国立海洋研究所からは深海探査艇の注文も来た。
三尊研究所の会議室に設置された空間連結器の片割れは、二十四時間世界中から大量の注文書を持った人々を吐き出している。
光輝は瑞祥グループに頼んで人員を出向させてもらい、営業部を発足させた。
営業部長は副社長を兼ねる豪一郎である。
豪一郎は二十四時間稼働の受付と受注担当者を置いた。
そうして一カ月後、ディラックくんはなんと負債を完済してしまったのである。
救援が来るまでの百年の間には、頑張って負債を返し終わりたいと思っていたディラックくんは大驚愕した。
そうして龍一所長や光輝たち幹部の前で、平伏して震えながらお礼を言ったのである。
「み、皆さまのおかげで、あ、あれほどの莫大な借越勘定が無くなってしまいました……
ううううっ…… な、なんとお礼を申し上げたらいいのやら……」
ディラックくんの目からは貴重な水資源である涙さえ流れていた。
まったく芸の細かいコンピューターである。
女性陣は貰い泣きしている。
奈緒は光輝をまた惚れ直したという目で見てくれたし、麗子さんですら、「光輝っ! よくやったっ!」と言ってくれた。
所長はそんなディラックくんを見て微笑みながら言う。
「それじゃあこれからも頑張って儲けてさぁー。
ご主人さまをオカネモチにしてあげて、優等の成績で卒業できるようにしてあげなよー」
ディラックくんは修行衣の袖で涙をぬぐうと、「は、はいっ!」と言った。
袖は密かに涙を吸収して船の貯蔵庫に戻していた。
ディラックくんの主回路は、「この悪魔王商人に魂を売ったAIめっ!」と喚いている良心回路を押さえつけて黙らせた……
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航空会社や航空機製造会社、それから海運会社、鋼管製造会社などの株価は最初暴落したが、即座に各国政府が産業転換のための支援措置を講じると発表したためにすぐに下げ止まった。
また原油価格も暴落したが、これら奇跡の新製品の主要原料の一つが原油だと発表されるとすぐに反発した。
それ以外にも鉄鋼産業や運輸産業など急落した銘柄はあったものの、今後の世界景気の超拡大の予感から、株式市場全体は空前の大活況を呈している。
世界中から相次いでディラックくんに講演や商品デモンストレーションの依頼が舞い込んだために、ディラックくんは先行投資として自分のアバターを増やすことにした。
その原料は貯蔵庫に置いてある鉄や原油や土以外は、またもやすべてコンビニで調達されたのである。
ある日、幹部たちの前でそのアバターたち五人が紹介された。
全員ディラックくんよりは二~三歳年下に見えるやはり超絶的美少年である。
修行着姿のそのアバターたちは、光輝たち幹部に丁寧に平伏して挨拶したあと、「それではお兄さま、行ってまいります」とディラックくんに言って輪をくぐった。
そうして世界各国に散らばって、講演や商品のデモンストレーションを行うのである。
女性陣はその壮絶な美少年たちの集団を見て頬を赤らめてぽーっとしていた。
ディラックくんの弟たちの活躍もあって、世界各国からの銀河製品の注文はさらに増えた。
五倍に増やしたディラックくんの船の生産設備もフル稼働状態だ。
試作機の性能試験に大驚愕したNASAは、搭載量五十トンの軌道往復用宇宙船を五機も注文してきた。
月往復用宇宙船の試作機も三機注文してきた。
あの輪っかでは転送できないような大きなものを運ぶためらしい。
JAXAからは天文台衛星の製作と、すばる望遠鏡用の運搬機、およびドローンによる運搬作業の依頼が来た。
ロシアは、設計も込みで軌道往復用宇宙船の試作機を発注して来ると同時に、火星往復用の宇宙船も発注してきた。
ディラックくんは微笑みながら、空間連結器を持っていけば、帰りの飛行は必要が無いのでは、と答えている。
ついでに航行中の宇宙船には毎日地球から通勤出来るので、食料などの備蓄も不要であると伝えてロシア側を大いに仰け反らせていた。
その他にも、あの医療用無重力ベッドは最初の一カ月で全世界からの注文が百万台を超えた。
医療用は価格を低く設定したため一台五十万円である。
それ以外にも世界中の肥満した金持ちたちから十万台の注文が入った。
こちらの民生用は一台百万円である。
あのクリームは当初価格設定が百万円と高額だったにもかかわらず、販売から一カ月で全世界で百万個も売れた。
なにしろ塗った後はその場で変化が確認出来るのである。
故にニセモノは付け入る隙がなかった。
連日、「お買い求めの際は、必ず公式ショップでお買い求めいただいて、その場で塗ってご確認ください」というCMが流れている。
頭髪用は最初は代金を受け取らず、一カ月後に代金をクレジットカードの口座から引き落とす形にした。
中には購入後三週間経った時点で、わざわざ生えて来た髪の毛をツルツルに剃り、「効果が無かった」として代金の返却を求めて来た者もいた。
もちろんボトルのクリームはほとんど他の容器に詰め替えている。
三尊研究所は申し訳ございませんでしたと言って、代金の返金に応じた。
だが……
他の容器に移し替えたクリームは、ミニAIからの指令により即座にその効果を失った。
それどころか、その購入者のアタマに残ったナノマシンたちが、その髪の毛を生えなくしてしまったのである。
もちろん再度クリームを購入しても髪の毛は生えなかった……
この噂が広まると、詐欺行為はすぐ無くなっている。
悪質と思われた相手には、ナノマシンたちが頭頂部に六時間ごとに太さ五ミリもの太い太い毛を三本だけ生やしたり、ハート形に髪の毛を生えさせたりしているそうである……
マトモな購入者たちにとっては、これらの美容クリームの効果は一カ月も続いた。
クリームのボトルには一年分と書いてあったが、実際には二年近く使えたのである。
徐々に値下げをしていったのだが、そのたびにもっと売れた。
その年の「株式会社三尊研究所」の売り上げは、トヨタ自動車や東京電力などを上回り、日本最大の売り上げを誇る会社になった。
また、翌年にはあのフォーブスがその表紙に三尊光輝氏の名を掲げ、圧倒的世界最大の金持ちとして発表することになる。
光輝は約束通りその利益の半分を国連を通じて世界各国の「産業構造転換基金」に寄付し、またその一部をユニセフや国連食糧計画に寄付したが、その寄付総額はすぐに十兆円を超えていた。
翌年には光輝に二度目のノーベル平和賞授与が噂されている。
それでも「株式会社三尊研究所」の現金資産は十兆円を超え、その筆頭株主である光輝の持ち株の評価は百兆円に迫った。
光輝はその後役員報酬の中から毎年一千億円を瑞巌寺学園に寄付することになる。
因みに役員報酬は一千億一万円にしてある。
奈緒の役員報酬は一千万円だったが、奈緒もそれをすべて瑞巌寺学園に寄付して、あの駅前ビルのランジェリーショップに瑞巌寺学園支店の開設を依頼した。
大学生や社会人になったお姉さん用には、あのほとんどヒモ状の部分で構成されているハイパーエッチショーツも用意され、中学生や高校生の男の子たちの顔がさらに赤くなっている。
「だから瑞巌寺学園にかかる費用なんかどうにでもなるって言ったでしょー」
龍一所長は光輝にそう言った。
「は、はい所長…… そ、それにしてもさすがですね……」
光輝は心からそう思っている。
またある日、光輝はディラックくんに頼まれて瑞巌寺学園を案内していた。
重ねて言うがディラックくんは誰がどう見ても人間である。
それも超絶的美少年である。
たちまち瑞巌寺学園の女の子たちの目が大きなハート形になった。
高校生ぐらいのお姉さんたちは、それでも遠くからディラックくんを眺めて頬を赤らめているだけだったが、同年代かやや年下と思われる女子中学生たちは、「ディラックさま~♡」とか言いながら周りを取り囲んでいる。
さらにそれに小学生の女の子たちまで加わった。
ディラックくんが学園の近くを歩いていると、その後ろには大勢の女の子たちがきゃーきゃー言いながらついてくる。
その姿はまるでリスの群れを引き連れて歩くひかりちゃんのようである。
(今ディラックくんがまたあの手と足と首を「ぱかっ」てやるパフォーマンスやったら何人ぐらいの女の子が気絶するかな)
光輝はそう思ったが何も言わなかった……
当然のことながらバレンタインデーにはディラックくんに超大量のチョコレートが届けられた。
学園内の調理部の手作りチョコレート講座には、空前の数の女子生徒が集まっていたらしい。
その日の夕方の会議室で、チョコレートの山を前にしたディラックくんが困惑の表情で座っている。
「まあ、試しにひとつぐらい食べてみたらぁ~」
所長に言われたディラックくんがチョコをひとつ口にして分析すると、また驚愕の表情になる。
「こ、こここ、これはぁっ!」
「どぉ~、美味しい~?」
「こっ、これもコーヒーと並んで、この惑星様の銀河全域への主要輸出品となることは間違いございませんっ!
な、なんという芳醇な美味しさ……
ほ、本当にこの惑星様は豊かなのですねぇ」
「へぇ~、そうだったんだぁ……」
さっきまでとはうって変わった丁寧な様子で、ディラックくんはそれらのチョコレートを大事そうに船の倉庫に転送した……
【銀河暦50万8156年
銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】
あの稀代の英雄AI、ディラックAIが極めて短期間で何故あれほどまでに倫理度を上昇させて行ったのかは、研究者の間でも大いなる謎とされて来た。
彼が惑星ジュリにいた時代の記録を調べても、実際にはごくありきたりのAIだったのである。
これはまったき事実である。
ただ……
我々はともすればAIをヒューマノイドに奉仕する機械として捉えがちであった。
実際に彼らはそのような存在になるために開発されて来たものではある。
だが筆者は、この時期のディラック氏の記録と共に、感情回路の記憶をも詳細に調べさせてもらう機会があった。
そしてこの時期のディラックAIの感情回路の記憶の中では、徐々にヒューマノイドへの愛情が満ち溢れて行っていたのである。
それはこの時期にディラックAIが英雄KOUKIたちから文字通り同格の存在として、全くヒューマノイドと変わらない扱いを受けていたことと無関係ではあるまい。
特にKOUKIやRYUICHIやGOUICHIROUの配偶者たちからは、庇護するべき大切な年少者という扱いを受けていた。
また、瑞巌寺学園の子供たちからも、完全にヒューマノイドと同じ扱いを受けていたのである。
英雄KOUKIたちは、食事などの際に常に同じ食物をディラックAIと分かち合っていたほどである。
こうした扱いこそが、後にディラックAIにとって、地球のヒューマノイドの友人たちを、命に代えても守らねばならないもの、という存在に変えて行ったものと推察されるのである。
(つづく)




