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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
138/214

*** 11 悪魔王商人 ***


 龍一所長は続ける。


「それからもうひとつ、さきほどこれらの装置は物流に革命的な変革をもたらすと申し上げましたが、結果としてある地域には大規模なインフレを、またある地域には深刻なデフレをもたらすことになると考えられます。


 例えば酪農国ブルガリアでは、ドラム缶一杯のヨーグルトを百ドルで買うことができます。

 今まではそういった生鮮食品は、移動日数や移動コストの点で全世界に流通させることが出来ませんでした。


 ですがこの空間連結器があればもはやそのような障害は無くなります。

 結果として全世界のヨーグルト価格は急落して日本の酪農農家は大打撃を蒙るでしょうし、ブルガリア国内のヨーグルト価格は現地価格で高騰すると思われます。

 そのために、ブルガリアの子供たちが毎日ヨーグルトを食べられなくなってしまいます。


 関税を大幅に引き上げて対処する方法もあるでしょうが、それでは時代に逆行します。

 また、その方法では個人輸入が激増するでしょう。

 個人が持てるだけのヨーグルトを持って移動するのは誰にも妨げられません。


 ですから皆さまにおかれましては、そういった痛みも緩和して頂けるようお願い申し上げたいのであります」


 政治家や科学者たちはまた声も無く聞き入っている。



 龍一所長は続けた。


「ですがまた、この装置は農業にも大変革を与えるでしょう。

 なにしろ今まで水が無かったせいで農業に適さなかった土地でも、水を送り込んで大規模農地に出来るのであります。

 オーストラリアの砂漠やモンゴル高原はすぐに大農地になるでしょう。


 日本の酪農農家も、モンゴルの土地を借りて今までの百倍の規模で酪農が出来るようになります。

 またサハラ砂漠を緑化して大規模農地に出来たとしたら、それはアフリカにとって素晴らしい福音になるでしょう。


 水が足りなくなったら南極の氷をサハラ砂漠に運んで溶かして使えばいいのです。

 それで海面が上昇するようなことがあれば、今度は南極の奥地に海水を運んで凍らせればいいのです。


 二酸化炭素すらドライアイスにして月の地下や宇宙空間に貯蔵出来ます。

 万が一にも将来地球の気候が寒冷化したら、そのドライアイスを気化させて、また暖かく出来るでしょう。


 そうした南極や月の施設で働く職員たちは、皆さんここ日本や世界中から通勤出来るのであります」


 そうした壮大なビジョンがそこにいた全員の胸に沁み込んで行った。

 全員の顔が輝き始める。



 首相が発言した。


「そうした地域的なインフレやデフレの弊害を緩和することもまた政治の役目ですな」


 大統領首席補佐官も力強く頷いている。


「そうして、そうした一時的な弊害を恐れてこの技術を封印することは、以後の地球の歴史が決して許してはくれないでしょうな」


「はい。そこでもう一つのお願いがあります」


「なんでございましょうか」


「最初、我々はこれら技術の特許を取ることは考えていませんでした。

 もともとディラック氏に供与された技術ですし、製造法も原理すらも分かっていないからです」


 特許の話になったので、日本の特許庁長官も欧州委員会の特許担当理事も身を乗り出した。


「ですが、そうすると、現行制度の元ではこれら製品を製造することも出来ない連中が、世界中で特許を出願することになるでしょう。


 特許の出願は承認と違って防ぐことが出来ません。

 そうすると少なくとも三年の間はその技術が使用出来なくなってしまいます。

 その出願者が何もしていないのに使用者に対して莫大な特許使用料を要求するからです」


 さっきからその可能性に気づいていた特許庁長官は重々しく頷いた。

 それを見た首相や首席補佐官も頷いた。


「そこでお願いであります。

 これら商品の特許を取らせて頂けませんでしょうか。


 もちろん我々は莫大な特許使用料など取るつもりはありません。

 もともとディラック氏と三尊氏との契約により、皆さまはとはこの三尊研究所を通じての取引をさせていただかねばなりません。

 特許使用料は既に価格に組み込まれております。


 そして、先ほど空間連結器の代金は十億円と申しあげましたが、そうした取引で得られる利益のうち半分は、産業構造転換やインフレ・デフレ対策のために各国に寄付させて頂くつもりでおります。

 またその他の利益の一部も、例えば国連の食糧計画などに寄付させて頂こうと考えております」


 三尊研究所の幹部たちも頷いた。


 首席補佐官はにっこりと微笑んでいる。

 なにしろこの瑞巌寺は全世界一億人の命を救った際にも、その命の代金は一切請求しなかったのだ。

 もしもその気になっていれば、アメリカ合衆国に匹敵する大金持ちになれていたことだろうに。


 これ以上の倫理的実績を持つ者は世界中に誰もいない。

 首席補佐官は心からこの申し出を信じた。


 首相が特許庁長官の顔を見ると、特許庁長官は厳粛な顔で「お任せください」と言った。


 ロマーニオ枢機卿も欧州委員会の特許担当理事を見た。

 理事も「お任せくださいませ」と言って枢機卿の指輪にキスをした。



 さらに龍一所長が要請した。


「それからこうした製品の販売は、独占禁止法に触れる可能性が高くなりますが、その点のご配慮も頂けませんでしょうか。


 そもそもこれら商品はディラック氏以外には誰にも作れない独占状態なのであります。

 その独占を禁止されてしまっては、これらの製品を普及させることが出来なくなってしまうのであります」


 首相が言う。


「つまらん建前を振りかざすと、これら装置のもたらす福音が得られなくなってしまうということなのですな」


「はい、仰るとおりであります」


「そんなことになったら、建前にしがみついたせいで世界のさらなる幸福を阻害したとして、我々は歴史上最大の大バカ者として人類史に名前が残ってしまいますな……」


 大統領首席補佐官もそう言うと、首相の方を向いて実に嬉しそうに言う。


「お互い忙しくなりそうですね」


「はい。仰る通りですね」


 首相も微笑みながら答えた……



 実はそのとき光輝はほんの微かな違和感を感じていたのだ。

(龍一所長って、こんなにビジネスに熱心だったっけか?)


 ディラックくんの利益率は法令で上限が決められている。

 だから光輝たちがディラックくんの技術をいくら高く売ってもディラックくんの利益は変わらないのだ。

 むしろ価格を抑えてたくさん売った方がディラックくんは儲かるのである。


 にもかかわらず、この価格設定はどうも三尊研究所の利益を最大にするように設定されているような気がする。

 光輝は不思議に思った。


 また、光輝が何度頼んでも、龍一所長は三尊研究所の役員にはなってくれなかったし、報酬も受け取らなかった。


(まあ、所長にはなにか考えがあるんだろう)

 光輝はそう思って気にしないことにした。



 そう…… 光輝は気づかなかったのだ。

 龍一所長の態度は、お釈迦さまの手が北の空を示されるようになってから、明らかに変わっていたのである……




 最後に光輝がその場にいた全員に、これは皆さまへのお土産ですが、と言いながらあの電力パックとクリームのボトルを配って歩いた。

 みなそれに手も触れずに恐る恐る見ている。


 ディラックくんがまたにこにこしながらプレゼンを始める。


「そちらの白い箱は重力遮断板を応用した電力パックでございます。

 箱に付いております電極に電線をつないで頂ければ、重力のあるところでしたら無限の電力を得ることが出来ます。

 組み込まれたプチAIにより、繋いだ電化製品の適格電圧や消費電力に合わせて自動的に最適な電力を供給いたします」


「さ、最大出力はいかほどですか」


 MITの教授が恐る恐る聞く。


「それ一つで一万キロワットでございます」


 また全員が仰け反った。


「この装置があれば原子力発電も不要になると思われます」


「さ、最大出力は上げられますか! そ、それからこれは一個おいくらですか!」


「出力は最大で百万キロワットのものまでご用意出来ます。

 お値段は当初一万キロワット当たり百万円にしようかと考えております」


 またディラックくんは目眩がしたが、誰も気づかなかった。

 その場のほとんどの来客も目眩がしていたからである。


「それ以上の電力をご所望でしたらお申し付けくださいませ。

 ディラックくんの船が空間連結器を通じて皆さまのお好きなところに電力を供給してくれるそうであります。

 こちらの最大出力は百億キロワットだそうでございます」


 何人かがテーブルに倒れ伏した。

 おでこがテーブルに当たる音が「ごとん」「ごとん」と響いた……



 龍一所長はにこやかにプレゼンを続ける。


「また、そのクリームは、それぞれ顔用、腹部用、頭部用のものであります。

 顔用のものは三十秒ほどでお顔のしわを全て取り去ります。

 腹部用も三十秒ほどでお腹が引き締まります。

 頭部用のものはもっと時間がかかりますが、毛髪を再生することが出来ます。


 ディラックくんの故郷惑星では皆が使用しているありふれたものだそうですが、今から実演をお見せいたしましょう。

 もちろんジュリーの遺伝子は地球人のそれとほとんどまったく変わらず、害はありません」



 後ろに控えていた瑞祥化粧品の中年のセールスマンとセールスレディが出てきた。

 中年のセールスマンの目尻のシワはたるみ、お腹も出ている。

 頭髪は五分刈りだった。


 セールスレディは一同ににっこり微笑みながら会釈をすると、まず顔用クリームを中年男性の片目の端に塗る。

 男性の片目のシワがみるみる無くなって、まるで少年のような目つきになった。

 もう片一方の目は中年男性のままなのでかなりブキミな顔だ。


 次に男性は「失礼いたします」と言ってシャツの裾をまくり上げ、またセールスレディが別のボトルのクリームをその突き出したお腹に塗った。


 今度もみるみるお腹が引っ込んで行って、少年とまではいかないものの青年のようなお腹になった。


 また驚愕して固まっている一同の前に、セールスレディが一枚の写真を置いて回る。

 そこにはその中年男性の見事な禿頭の顔が写っていた。


「一週間前に撮影したものでございます」


 そう言ったセールスレディがにっこりと微笑んだ。

 中年男性はさらに嬉しそうな顔で微笑んだ。



 龍一所長が引き取って続ける。


「地球人類にとっては、ひょっとしたらこの商品の福音が最大かもしれませんね」


「こ、これは一個おいくらにされるご予定ですかっ!」


 厚生労働大臣が叫んだ。大臣は禿頭だ。


「ええ、これはぜいたく品ですので、当初は一個百万円にしようかと考えております」


「ふ~む」


 厚生労働大臣は考え込んでいる。

 それでも自分なら買っただろうと思って納得している。

 奥さんにも顔用クリームを買ってあげたら泣いて喜ぶだろうとも思った。

 大臣の奥さんは政治家の一人娘で大臣は入り婿である。


 ディラックくんはまた一秒間気絶し、そうして心の中で密かに龍一所長のことを悪魔王商人と呼び始めた。

 光輝はこの価格設定にも微かな違和感を感じたが、すぐに忘れた。



 実はそのクリームが発売されて一年から二年後、世界中でときならぬベビーブームが巻き起こることになる。


 世界中の夫婦がお互いが劇的に若返ったのを見てハッスルしてしまったのである。


 龍一所長のところでも長女が生まれたし、麗子さんも三人目の子を産んだ。


 奈緒ちゃんだけがクリームなど使わなくとも、相変わらず光輝の子をぽんぽん生んでいる……






(つづく)


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