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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
137/214

*** 10 生まれて初めての気絶 ***


 ようやく首相が口を開く。


「いや素晴らしい品々の数々をご紹介くださいまして、誠にありがとうございます」


 その言葉を聞いて一同は口々に賛意を表明した。


「ところで私の理解するところによりますと、ディラックさんは我々と直接取引をしていただけるのではなく、すべてこちらの三尊氏を通しての取引ということになるのですな」


「はい、ご面倒をおかけして恐縮ですが、そのようにお願い致します。

 なにしろ私どもの方から専任代理人契約をお願い致しまして、既に締結させていただいたものですから」


「それから今コールドスリープ中のディラックさんのご主人さまにはお会いさせていただけないのですかな」


「技術的には可能でございますが、起こされたご主人さまが救助が来たものとお喜びになるのがお気の毒で…… 

 それにもし各国の方々からご招待を頂戴することになりましても、ご主人さまはまだこちらの惑星の基準で十三歳と三カ月でございます」


 一同からざわめきが起こった。


「年齢のせいで、ご主人さまはまだ他の惑星政府の方々と交流できる権限を与えられておりません。

 ですからそうした行事にも参加できないのでございます。

 どうかご容赦くださいませ。


 また、この銀河系の第三渦状枝上のヒューマノイドは、すべて同じアミノ酸から進化していったものとされており、ほとんど違いがございません。

 わたくしがこちらの惑星で観察させて頂きましたところによりましても、ご主人さまの言動は、こちらの十三歳の方々とほぼ違いが無いのでございます。

 

 したがって皆さまのご利益になるようなことも何もないのではないかと推察されます」


「十三歳かあ」「ウチの孫といっしょだ」


 などという声が聞こえた。


「事故のお悔やみでもひとこと申し上げたかったのですが……」


「ご厚情、誠に、誠にありがとうございます。

 ですがご主人さまは既にこちらの三尊様から誠に暖かいお言葉を賜りました。


 そうして『まるでお父さまのようなやさしい言葉をかけてくださってありがとうございます』と仰って、涙を流されながら暖かいお気持ちのうちにコールドスリープに入られました。


 地球の方々のご厚情は既に充分に伝わっております。

 また、このまま無事に百年後に救助された際には、故郷惑星ジュリの皆さまより多大なる感謝の意が示されることは確実でございます。

 なにしろ担保も要求されずにあれほどまでの援助を貸し越してくださったのですから……


 たぶん、惑星中のネットニュースでも大評判になる美談でございます。

 必ずや惑星ジュリの高官がこの地を訪問させて頂いて、皆さまに御礼の言葉を申し上げるものと思われます」



 首相は気を良くした。

 百年後の政府がきっと今の日本政府に感謝してくれるだろう。

 ひょっとしたら、今後の友好次第では、ファーストコンタクトを大成功させた功績で自分たちの名が歴史に残るかもしれないのだ。


 首相はこのディラックくんを全面的に助けて行こうと密かに決心した。

 実は大統領首席補佐官も同じことを考えていた……


(最初の援助がウチのジャクジー七杯分のタダの湧水だったことは言わないでおこう……)

 光輝もそう考えていた……



 しばらくの沈黙の後、大統領首席補佐官が発言する。


「もしよろしければ、我々の連絡担当技官をこちらに常駐させていただきたいのですが」


「もちろん何人でもご滞在を歓迎させていただきますが……

 実は本日もう少々ジュリの技術のご紹介がございます」


 そう言った所長はディラックくんを見た。


 ディラックくんが頷くと、部屋の隅からまたあの二つの輪っかがふわふわと浮かんで来て二メートルほどの間隔を取って並ぶ。


「こちらは空間連結器でございます。このように……」


 そう言いながらディラックくんは片方の輪に手を入れる。

 同時にもう一方の輪から手が出た。

 またも一同は大硬直する。


「二つの空間を繋いで物質を移動させることが出来ます。

 もちろん人体も移動させることが出来ます」


 厳上が席を立ってその輪の中に入った。

 すぐにもう一つの輪から出てくる。


「こ、こここ、この装置の有効距離はどのぐらいなのでありましょうかっ!」


 NASAの局長が慄きながら聞く。


 ディラックくんはにっこりと微笑んだ。


「残念ながらこの太陽系の範囲内に限られておりますが、その範囲内なら距離は自由であります」


「と、ということは……」


「はい、これを使用すれば軌道上まででも月面上まででも、人員資材の運搬はかなり容易になります。

 月面基地のエネルギーは地球からの電力で賄えますし、火星基地の方々がランチを地球でお取りになって、また火星にお帰りになることも可能でございます」


 NASAの局長は完全に硬直した。

 そして首席補佐官の顔を見た。


「これ買って下さいっ!」という顔だった。


 首席補佐官が言う。


「三尊さん。これをおいくらで我々に売ってくださいますか?」


「じ、実は今それを検討中なのですが……」


 龍一所長が引き取って言う。


「当初は一セット十億円ほどの価格を考えておりますが、その後は徐々に価格を引き下げて行くつもりでおります」


 NASAの局長が大硬直した。

 それを見た光輝も高すぎたかと思って大硬直した。


 だが局長の口からは、「十億ドルではなく、十億円…… や、安い……」という声が漏れたので光輝の緊張が緩んだ。


 考えてみれば軌道上にロケットを打ち上げるだけで百億円かかっているのである。

 それもせいぜい三トンほどの物資を運ぶだけでだ。

 それがこの装置をセットするだけで無限に物資を運べるのだ。

 十億ドルでも安いと言われたろう。



 実はこのときディラックくんも大硬直していたのである。


 その衝撃は超高性能超巨大コンピューターであるディラックくんの機能にすら一秒間の停滞を与えた。

 ハイパーコンピューターにとっては永遠にも等しい時間の停滞である。

 まあ彼にとっては生まれて初めての気絶と言っていい。


 ようやく衝撃から立ち直りつつあるディラックくんは思った。


(十億円っ!…… そ、それって、銅百四十二万キログラムっ!

 こ、こここここ、この倫理水準九・〇以上のお方たちが、あ、あああああ、悪魔も裸足で逃げ出すほどの利益率で商売を為さろうとしているとはっ!!!!)


 どうやらディラックくんの故郷惑星ジュリにも古には悪魔伝説があったらしい。

 さすがは同じアミノ酸から出発したヒューマノイドである。



 また龍一所長が言った。


「JAXAの皆さま、今のハワイ島にあるすばる望遠鏡を宇宙望遠鏡に改造して、月の裏側の静止軌道に持って行くというアイデアはいかがでしょうか」


 JAXAの理事長も同じことを考えていたらしい。大きく頷くと言う。


「その重力遮断装置があれば可能ですな。

 しかも望遠鏡衛星で働く職員は、その空間連結器があればランチがこの地球上で取れるのですか……」


 JAXAの理事長は首相を見た。


「これ買って下さいっ!」という顔だった……



 また龍一所長が微笑みながら言う。


「ということでですね。

 皆さま本日はこの輪の片一方をお持ち帰り願えませんでしょうか。


 もう一方はこの会議室に置いておきますので、何かご用ご質問の際には直接こちらにおいで下さることも出来ますです。

 もちろんランチはこちらでご用意させていただきますが」



 また首席補佐官が発言する。


「もしもこの装置が地球上で普及すると、テロリストや禁止薬物の移動が容易になってしまいますなあ」


 ようやく立ち直ったディラックくんが、必死でまたにこやかな顔に戻って説明した。


「これは銀河連盟を構成するすべての惑星の標準技術となっておりまして、そうしたテロや犯罪行為に対する備えは万全であります。


 予め登録していただいた禁止物質や爆発物や生物兵器や銃器は、この装置を通れなくすることも出来ますし、また通過の際に自動的に別次元に没収することも出来ます。


 またそれらの物資を移動させようとした者にナノマシンを張り付けて完全なる尾行をすることもできます」


 首席補佐官は驚いた。


「と、ということは、この装置が普及すればするほど、航空機や自動車での移動が廃れてこの装置に依存するようになればなるほど、逆にテロリストや禁止薬物の取り締まりが容易になるということなのですな……」


「はい。そうなります」


 首席補佐官は実に嬉しそうに笑った。


「ああ、これで十分に納得させていただきましたよ。

 輪はホワイトハウスに置くかな」


 NASAの局長とMITの教授が首席補佐官を冷たい目で見た。

 それを見た龍一所長が、「よろしければテスト用にもうワンセット進呈させて頂きますのでお持ち借りくださいませ」と言うと、局長と教授が嬉しそうに微笑んだ。



 経済産業大臣が感慨深そうに呟いた。


「これらの装置が普及したら、産業構造に根本的な変化が生じますな……」


 龍一所長が真剣な表情で頷きながら言う。


「はい。間違いなく大変革になるでしょう。

 航空会社や海運会社は壊滅的な打撃を蒙るでしょうし、物流設備会社もそうです。

 また、この空間連結器があれば、パイプラインや送電線の必要が無くなりますので、鋼管や電線などの製造会社もまた深刻な打撃を受けることになると思われます」


 政治家たちは腕を組んで考え込んでいる。


 厚生労働大臣が言う。


「それでも地球全体にとっての福音も計り知れないものになりますな。

 差っ引きでは福音の方が遥かに大きそうだ」


「その通りであると考えております。

 しかしその福音には一部の方々の痛みが伴います。


 本日お越し願った理由は、そうした痛みを受ける産業に対する援助をお願いできないかと思ったからでもあります。

 各国におかれましては、そうした自国の産業の業種転換や人材の再配置などへの援助をお願いできませんでしょうか。


 急に失業すれば誰でも不安になって悲しみます。

 そういったことの無いように、既存の産業が緩やかに新しい産業に転換して行けるよう、ご配慮をしてやって頂けませんでしょうか」



 首席補佐官が聞く。


「新しい産業についてはどのようなものを想定されていらっしゃいますか?」


「まずはなんと言っても宇宙産業です。

 大規模な月面基地や火星基地の建設が可能です。

 また、将来は小惑星帯の資源探査も重要な産業になるでしょう」


 NASAの局長や欧州宇宙開発機構の理事が重々しく頷いている。


「また観光産業は飛躍的な発展をすることと思われます。

 なにしろ地球上どこへでも瞬時に移動できるのです。

 空間連結器を適切に配置すれば、世界一周すら一分で出来るでしょう。

 日本からエジプトのピラミッドを見に行って、お昼には自宅に帰ることも出来ます。

 そのうちに、月や火星、木星や土星すらも観光の対象になることと思われます。

 これはかなりの人々が行きたがるのではないでしょうか。


 また、航空会社はともかく、鉄道会社はそれほどの痛みを感じないかもしれません。

 なぜなら我が国の大都市近郊の住宅はすべて鉄道の駅を中心にしているからであります。

 よって、すべての駅にこの空間連結器を配置して、運賃を得ることが出来ます。


 また住宅開発も大変な活況を得られるのではないでしょうか。

 なにしろ勤務地である大都市の近くに住宅を作る必要がありません。

 どこに住宅を作っても通勤の時間は十分以内で済むでしょう。


 水や電力などはこの空間連結器を使用すればどこにでも供給できます。

 平らな土地さえあれば、日本中、世界中のどこの土地でも住宅が作れるのです。


 例えば日本と時差の無いオーストラリアの砂漠地帯に大規模住宅を作って、日本に通勤することも出来ます。

 電力や上下水道もすべて日本のものを使用出来ます」


 居並ぶ政治家や科学者たちは、その夢のようなビジョンを思って沈黙した。

 確かに痛みも大きいだろうが、全世界の福音も計り知れない。


 そうして一部の痛みを緩和しながら全体の幸福を引き上げることこそ政治の王道でもあるのだ。




(つづく)


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