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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
136/214

*** 9 プレゼンの日 ***


 首脳たちを集めてのプレゼンの日。


 日本側の出席者は、まず首相と官房長官、それから経済産業大臣と厚生労働大臣である。

 それから出席を依頼していた特許庁長官と国立材料研究所の所長、JAXAの理事長もいた。


 アメリカ側は、またあの大統領首席補佐官が来てくれた。

 随員としてNASAの局長やMITの材料工学の教授もいる。


 バチカンからはロマーニオ枢機卿と、バチカンから依頼された欧州宇宙機構の技術担当理事。それからやはりEUの特許担当者。



 一行はまず料亭瑞祥で昼食を取りながら歓談した。

 初めての人はやはり瑞祥椀に驚いている。

 

 その後一行は、瑞巌寺治療施設を見学して大勢の各国の超一流選手たちの姿に驚いた。

 ネイマールくんが選手たちを代表して一同に挨拶してくれると、欧州宇宙開発機構の理事は慌てて一行に断りを入れ、ネイマールくんに頼んでサインしてもらっていた。


 それから、皆は病棟を改造した三尊研究所に移動し、ここでもまず光輝が歓迎の座禅パフォーマンスを披露する。

 ぷかぷか浮いた光輝を見て、大勢のひとたちが口もきけないほど驚いていた。



 そうしてとうとうプレゼンが始まったのである……

 司会は英語の堪能な龍一所長である。


「え~、ということでですね。

 こちらにいるAIコンピューターのアバターであるディラックくんとそのご主人さまが乗った宇宙船が、ご不幸にもこの付近で遭難されて三尊光輝氏に助力を求められました。


 もちろん三尊氏は最大限の助力を行い、その結果、ディラックくんとそのご主人さまとの大いなる友好関係を得ましたのでご安心ください」

 所長は日本語でも説明を繰り返した。


 龍一所長をよく知る首相や首席補佐官や枢機卿は、驚きながらも頷いていたが、そのほかの随員たちは皆疑わしそうな顔をしている。


 龍一所長は皆にディラックくんを紹介すると、後の説明はディラックくんに任せて席に座った。


 ディラックくんは深々と腰を折って一同に挨拶すると、皆に銀河の商取引法を説明した。

 つまり、いかに遭難中といえどもタダで資源を貰えないこと。

 よって救援物資によって多大なる負債を負ってしまい、このままではご主人さまと自分の名誉が損なわれてしまうこと。


 そのために三尊様と専任代理人契約を結ばせてもらい、技術を売ることで負債を返済していることなどを伝えた。


 どうやら超指向性スピーカーを使用して、英語と日本語とドイツ語とラテン語でいっぺんに聴衆に話しかけているようだ。

 まったくもって素晴らしい性能である。

 地球人同士の会話の自動通訳も出来るそうである。


 聴衆は皆驚きながらもディラックくんの説明に聞き入っていたが、その中でも初めて瑞巌寺に来たひとびとはやはり懐疑的である。

 MITの教授が手を上げて発言した。


「その…… われわれにはどうしてもその方が、アンドロイドのアバターだとは思えませんのですよ。

 失礼ながら人間にしか見えません。

 もしよろしければ私と握手して頂けませんでしょうか」


 何人かの技術者たちも頷いている。


「もちろんでございます」


 ディラックくんと握手をしたMITの教授はディラックくんをしげしげと観察している。

 ディラックくんは彼に手だけではなく手首や腕も触らせてあげた。


 ディラックくんはくすぐったそうなしぐさまでした。

 まったく芸の細かいコンピューターだ。


「いやまったくもって人間そのものですな。

 たぶん瞳孔反射もおありになるのでしょう」


「はい、ございます」


 一同は沈黙した。


 ディラックくんは微笑みながら言う。


「それではまことに失礼ながら、私が本当に申し上げたとおりの者であるということの一端をお見せさせていただきたく思います」


 そう言った途端にディラックくんの右腕が「ぱかっ」と音をたてて外れた。

 そのままふわふわと宙を浮いてMITの教授の前に動いていく。


 次に左腕がやはり「ぱかっ」という音を立てて外れ、大統領首席補佐官の前にふわふわ移動した。


 次に両足が「ぱかっ」「ぱかっ」と外れて、それぞれ国立材料研究所の所長と欧州宇宙開発機構の理事のところに移動して行った。


 最後にひときわ大きな「ぱかっ」という音を立てて首が胴体から外れ、胴体が椅子の上に残ったまま、首がふわふわとその辺りを飛び始めた。


 まるで妖怪である。


 光輝や豪一郎でさえ驚いた。

 首脳たち一行の驚きは想像も出来ない。


 そのうちに光輝は気がついた。


(あ、腕や足の断面がキレイだ。

 前に瑞巌寺で見せてもらった時みたいに切れてる線とかが無い。

 さてはディラックくん、これやるために自分を改造してたな……)



 ディラックくんの首はふわふわ動き回りながら説明を続ける。


「皆さまどうぞ私の手足をご観察くださいませ」


 ほとんど全員はテーブルの上の手足を恐々と覗き込むだけだったが、MITの教授だけは勇気を奮い起してディラックくんの手を持ち上げた。


 もちそんその手はまだ暖かく、血管も透けて見えたし産毛もあった。

 しかし断面は金属とプラスチックらしきものの複雑な構造である。


 教授がディラックくんの腕を触って皮膚の感触をたしかめようとすると、腕がくすぐったそうに動き、驚いた教授はディラックくんの腕をテーブルの上に放り出した。


「し、失礼……」


 ディラックくんの首が、「いえいえ、ついくすぐったくなってしまって…… 驚かせてしまってすみません」と言った。


 光輝は奈緒ちゃんや麗子さんや桂華がこの場にいなくてよかったなと思う。

 もしいたりしたら大事なお客様たちを睨みつけて「ディラックちゃんになにをするっ!」とか言って叱りつけていたかもしれない。



 ディラックくんの手足はまたふわふわと元の胴体に戻った。

 光輝は手足が左右を間違えないかとはらはらしたが、だいじょうぶだった。


 最後に首が元通りになると、ディラックくんはその場でくるりと回転してピルエットを踊り、そうして一行に自分が無事元通りの姿になったことを示してからまた説明を続ける。


「それでは専任代理人の三尊様に代わりまして、私どもが三尊様にお買い上げいただいた品物のご説明をさせていただきたいと思います」


 ようやく衝撃から立ち直りつつある一行がやっとの思いで頷く。


「まずは医療補助機器であります重力遮断ベッドでございます」


 ディラックくんがそう言うと、会議室の隅に置かれたあの輪っかからノートパソコン大の半透明な箱と、一メートル四方の薄い板が二枚出てきた。


「それでは皆様の前でドローンがこれを組み立てさせていただきます」


 ディラックくんの声と共に、また輪っかからあの七人の小人たちが出てきた。

 一同に礼をすると、ふわふわと浮かびながらベッドを組み立て始める。

 例の歌も聞こえる。


 まもなくベッドの組み立てが終わると、やはり会議室の隅に置いてあった、これは地球のマットレスをベッドに乗せる。

 そこにはまた華奢なあのベッドが完成していた。


 小人たちは完全にフリーズしている一行にまた礼をすると、輪っかの中に帰って行った。



 ディラックくんがプレゼンを続けた。


「このベッドは重症患者さんたちの苦痛を少しでも取り除いて差し上げるために、地球の重力を遮断または緩和します。

 制御機構によって患者さんがベッドから落ちることはございません。

 また、無重力状態では空気の循環が損なわれますので空気循環機能も備えております」


 光輝たちを相手に練習を積んだ成果かディラックくんの口調は滑らかだ。

 価格の交渉も今は必要が無いので笑顔も継続中である。


 ディラックくんはまたボールの実演をした。

 今度もベッドの上ではボールがふわふわと浮いている。



 NASAの局長がためらいがちに口を開いた。


「そ、その重力遮断板を使えば宇宙船も作れますか……」


「はい、地球の重力を打ち消しますから、少ないエネルギーで簡単に宇宙空間まで重量物を運搬することができます。

 もちろん重力遮断効果はこの板の近傍に限られておりますのでご安心を。

 ですがまず、このベッドの効果をお試しになってみられたらいかがでしょうか」


 NASAの局長は恐る恐るベッドに近づいて、手をベッドの上に置いたりしている。

 そのうちに勇気を奮い起してベッドに横になった。

 局長は驚愕の表情のままベッドの上に浮かんでいる。

 寝がえりをうってもその体がベッドの上から外れることは無い。

 他の人々も大驚愕の表情でその様子を見つめていた。



 龍一所長が口を挟んだ。


「実は先日わたくしもそのベッドで寝てみたのですが実に快適でした。

 あまりにも快適だったせいか翌朝には地球の重力がこたえました。

 やはり健康なひとは無重力ではなくせいぜい〇・五Gぐらいで使用するのがよさそうです」


 宇宙から戻った宇宙飛行士が、そのままでは地球上で立つことも出来なくなることを知っているNASAの局長と欧州宇宙開発機構の理事は頷く。


 その理事が質問をする。


「そ、そのベッドは実に華奢に見えるのですが、質量はどのぐらいですか?

 また耐荷重はいかほどですか?」


「はい。地球産のマットレスを除いてこのベッドの重量は約八十グラムです。

 耐荷重は五千トンほどです」


 また全員が驚愕した。


「ざ、材質はなんですか」


「我々が有機鉄ポリマーと呼んでいる物質です。

 ベッドの基礎構造体になっている有機鉄ポリマーの板の厚さは鉄原子百個ほどです。

 万が一のことを考えて通常の十倍の厚さにしていますし、一部はさらに厚くして強度を持たせておりますのでやや重くなっております」


 また全員が仰け反った。


「さらにこちらの電源ケーブルでございますが……」


 ディラックくんがそう言うとまた輪っかからひと巻きの細い電線が出てきた。


「これは同じ材料で作られた電力損失ゼロのケーブルであります」


「じ、常温超電導っ!」


 国立材料研究所の所長が仰け反った。


「はい。その通りでございます」


「そ、その細い電線の最大電流量はどのぐらいですか……」


「およそ百万キロワットでございます」


 材料研究所の所長の肩が撫で肩になった。


「それからこちらはその材料を使用した荷物用の箱なのですが……」


 ディラックくんがそう言うと、輪っかからあの化粧品を入れていた透明な箱がふわふわと出てきた。

 その後からは重りも出てきてテーブルの上に乗った箱の上に乗る。


「この箱は重量が一ミリグラムほどでございますので、息がかかっただけでも飛んで行ってしまうために、こうして重りを載せております。

 軽量ではございますが材質は固く、この箱のままで五百トンの重量に耐えます。

 材質は純粋鉄に若干の有機分子を配合したものでございます」


 またみんなが仰け反っている。

 このままでは頭が後ろのテーブルに乗りそうだ。


「皆さまもしよろしければ、これらのベッドやケーブルや箱は、ぜひお国にお持ち帰りになっていただけませんでしょうか。

 もちろんいかなる検査をして頂いても結構でございますが、重力遮断板の分解検査だけはご容赦ねがいます。

 もし分解しようとすると、法令で指定されている機能によりその装置は自動的に自壊してしまいます」


 みんなこくこく頷いた。



「それからもっと固くて耐久力のある材料をお求めでしたら、こちらはいかがでしょうか」


 ディラックくんがそう言うと、また輪っかから今度は白っぽい半透明の箱が出てきた。

 続いてもう少し白さの濃い箱も出てくる。


「この箱は立方晶窒化炭素で出来ております」


「り、立方晶窒化炭素っ!」


 大きな声でMITの教授が叫んで立ち上がった。


「はい。板の厚さは五ミリですが、この箱は百万トンの重量に耐えるでしょう。

 またこちらは板の厚さが二十ミリになっておりますので、おそらく皆さまの太陽の中心部の圧力にも耐えうるものと思われます」


 教授の手はさっきから震えっぱなしだ。


「そ、その材料は板しか出来ないのですか」


 欧州宇宙開発機構の理事が聞く。


「いいえ、図面さえ頂戴出来ればどのような形でも出来ます。

 製品ひとつの大きさは二メートル立法の制限がございますが、大きな構造物でも先ほどのドローンが組み立ててくれます。もちろん溶接も出来ます」


「と、ということは……」


「はい、宇宙船も深海探査船も作れます」


 またディラックくんはにっこりと微笑んだ。

 どうやら大きな商談になりそうなのでその笑顔は輝いている。


「もちろんこの箱もお持ち帰りになっていただいてけっこうであります。

 いかなる検査もご質問もぜひどうぞ。


 ただし、誠に申し訳ないのですが、これら商品の原理や製法につきましては銀河連盟未加盟の星の方にお教えするのは禁じられておりますのでご容赦くださいませ。

 製品の発注につきましては、こちらの三尊様の三尊研究所にお伝えくださいますでしょうか」


 一同はしばらく無言だった。

 皆これらの製品を何に使うか考えている様子だった……






(つづく)


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