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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
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*** 3 ディラックくん ***


「おはようございます」


 ディラックの声がしたので光輝たちは振り返った。


 ディラックはその場に昨日と同じようにふわふわ浮いていたが、その後ろには直径二メートルほどの輪っかのようなものも浮いている。


「昨夜こちらのお堂の方に言われまして、私どもの船の中ではなく、ご主人さまにはこちらの空間でお会いしていただくことにいたしました」


「ディラックさんはお堂様とお話が出来るのですね」


「はい。お堂様は3.1次元から3.5次元までの時空にお住まいなのですね。

 この星にも重層次元をご利用の方がいらっしゃったとは」


「そ、そうだったんですか」


「実は不時着地を探してこの惑星を周回しておりましたのですが、こちらの上空に差し掛かった際に、お堂様より重層次元経由でご連絡を頂戴いたしまして。

 それでこの地に誘導して頂きましたが、その際にもお堂様のお力で実に静かに安全に着陸させて頂きました。

 お堂様には本当にお世話になりました……」


「…………」


(そういえばこの間、「この山に来るひとの安全をお願い致します」ってお堂様にお願いしてたっけ…… ひとの中には宇宙人も含まれていたんだな……)

 


「それにそちらのお方も重層次元には入られないものの、重層次元においでの方とはコンタクトが取れる御様子ですね。

 珍しい御利用方法です」


「そ、そそそ、そうだったんですか」


「それではご主人さまを御紹介させていただきますが……

 申し訳ございません、ご主人さまは事故のショックで少々取り乱されていらっしゃいます」


「お気の毒に……」


 なんだかディラックが光輝を観察したような気がした。

 また倫理度を測っているのだろうか。


 ディラックが後ろの輪に近づくと、その中からどう見てもジャージのようなものを来た中学生ぐらいの少年が出てきた。


 どう見ても普通の少年だ。ただ、やや顔色が青く見える。

 少年は泣いている。


「ぐすっ。あ~ん、ディラックぅ。やっぱり重層次元航法装置は直らないのぉ」


 少年の口からはなにやら不可解な発音が聞こえるが、ディラックの方からは日本語が聞こえる。

 どうやらディラックの同時通訳のようだ。


「申し訳ございません。破損が激し過ぎて直すことが出来ません」


「ええ~ん、ええ~ん。怖いよぉー寂しいよぉー誰か助けてよぉー」


 少年の泣き声が大きくなった。

 光輝と厳上はあっけにとられて少年を見つめる。

 地球人類と宇宙人とのファーストコンタクトが少年の泣き声とは……



「ご安心くださいご主人さま。

 こちらの方々のおかげでエネルギープラントはいっぱいになりました。

 今通常空間を通じて救助を要請中ですので、救助が来るまでぐっすりとおやすみください」


「な、なんだか知らない大人の人たちがいて怖い……」


 ディラックは実に優しい声で言う。


「だいじょうぶですよご主人さま。

 こちらの方の倫理等級は八・九もあるのです」


「ええっ! そ、それって校長先生より高いじゃないかっ! 

 商人大臣とおんなじぐらい高い方じゃあないかっ!」


「はい。その後ろにいらっしゃる方もほとんどおなじ倫理等級をお持ちです」


 少年は光輝たちに向かってぺこりと頭を下げた。


「そんな偉い方々に失礼なことを言ってごめんなさい。どうかお許しください」


 慌てて光輝たちも頭を下げて言う。


「お気になさらずに。それよりも遭難されてお気の毒です。

 必要なことがありましたらなんでも仰って下さい。

 わたくしたちが出来ることでしたら、どんなことでもお役に立たせて頂きたいと思っています」


 またディラックがそれを少年に通訳した。


 少年は驚いた顔でディラックを見る。


「そ、そんなえらいひとが、この僕にそんなに優しいことを言ってくださったの!」


「はい。ご主人さま」


「あ、ありがとうございます。

 まるでおとうさまのように優しいことを言ってもらえて、ボクなんだか少し安心して来ました……」


 だが故郷の父親を思い出したのか、また少年の目からは涙がぽろぽろと落ちた。


 光輝は少年が可哀想で胸が締めつけられた。

 光輝の目からも大粒の涙が落ちる。

 将来ひかりちゃんがおんなじような目に遭ったら…… 

 そう思うとたまらなかったのだ。


 そんな光輝の様子を見ていたディラックがまた言った。


「申し訳ございませんご主人さま。

 どうやらこのお方の倫理等級は八・九ではなく、九・〇を超えていらっしゃるようでございます」


「す、すごい方だったんだね。この星の指導者の方?」


「いいえ、一般の方のようであります。

 この星の方々は技術水準に比べて倫理水準が高いようなのですが、その中でもこのお方は群を抜いて高いのです」


「せ、せめて遭難した場所がそんないいひとのいるところでよかったね」


「はい。仰るとおりです」


 少年は目に見えて安心したようだった。


「でもこの星って少し重力が強いね。ボクなんだか疲れてきちゃった。

 コールドスリープ、大丈夫かなあ」


「それもご安心くださいご主人さま。

 この方々がH2Oを一万リットルも貸し越してくだいましたので、重力制御機構も十分に機能させることが出来ます」


「ええええっ! え、H2Oをそんなに貸して下さったのおぉっ!」


「はい。それ以外にもご主人さまの救助までの安全措置のために必要な資源も貸し越して下さるそうであります」


「そ、そんなに借り越しになったまま学校に戻ったら落第させられちゃうよぉ」


「ご主人さまがお休み中に、私が精いっぱい技術取引で借り越しを無くせるよう努力させていただきますです」


「うん。よろしくね」


「そのためにこの方々との専任代理人契約の締結をご承認願えませんでしょうか」


「うん。承認します」


「ありがとうございますご主人さま。

 それではご主人さまのお休み中、わたくしにご主人さまの代理人としての商取引全権を頂戴出来ますでしょうか」


「うん。商人法にのっとりそなたに全権を与える。

 法を順守し、お互いに利益のある取引を」


 少年は宣言した。


「ありがとうございますご主人さま。

 ディラックは全力を尽くすことを誓います。

 それでは船にお戻りになってぐっすりとお休みくださいませ……」


「うん。

 地球の方々。本当にどうもありがとうございました。

 ぼく、なんだかとっても安心してきました。

 これからもどうぞよろしくお願いいたします」


 少年はそう言ってペコリと頭を下げた。


「私たちも、出来るだけお力になりたいと思っておりますので、ごゆっくりおやすみください」


 光輝もやさしくそう言って丁寧に頭を下げる。


 少年はまた嬉しそうに微笑んで輪の中に入って消えた……




「あの…… ディラックさん」


 しばらくあっけにとられていた光輝が我に返って言う。


「はい」


「ディラックさんのご主人さまって…… 地球人にそっくりですね」


「はい。銀河系のこの第三渦状枝線状の文明人は、ほぼ同じ遺伝子を持つヒューマノイドで構成されています」


「ということは……」


「ええ。銀河中心部で発生した人類型ヒユーマノイド生命の元になるアミノ酸が、次第に銀河周辺へと伝播していったものと考えられています」


「へ、へぇ~」


「ご主人さまの故郷の星はこの惑星から銀河中心部方向へ二千光年ほど行ったところにあります。

 この惑星とよく似た星ですが、重力はこの星の八十%程度です」


「な、なんていう星なんですか?」


「○○○○というのですが、発音困難なようでしたらジュリとお呼びください。

 そこに暮らすご主人さまの同胞はジュリーです」


「ジュリー…… き、きっと文明も発達しているんでしょうねえ」


「申し訳ございません。

 ご主人さまの故郷の星の文明の程度を、銀河連盟未加入の星の方にお教えすることは禁じられております」


「い、いやそれならいいです。

 ところでディラックさんのご主人さまはおいくつなんですか」


「この星の公転周期にして主観年齢は十三歳と三カ月になられます」


「じゅ、十三歳っ!」


「はい。ジュリの重力が低いためこの星の方々よりも身長が高くなります。

 ああ、そういえば些細な違いですが、この星の方々は皮膚の色が青くないのですね。

 ジュリーの方々はご主人さまのようにやや青みを帯びた肌をしています。

 それ以外の違いはほとんどないようです」



 光輝と厳上は顔を見合わせた。

 光輝は遭難した子が可哀想になって、また胸が締めつけられるような思いがした。


「無事に救援隊が来るまで安心して寝ていられるように、出来るだけのことをしてあげましょうね」


 光輝が言うと厳上も真剣な顔で「はい」と答えた。



「事故以来、ご主人さまのあのように安心されたお顔は久しぶりに見ました。

 このディラック、お二方に心より御礼申し上げます」


 ディラックはその棒のような体を光輝たちに向けて傾けた。

 きっとお辞儀をしたのだろう。



「それで、あなたさま方にご連絡を差し上げるときにはどうしたらよろしいのでしょうか」


 光輝はまた厳上と顔を見合わせる。


「そうですねえ。この山を下りてしばらく行ったところに瑞巌寺というお寺があるのですが、そこに来てくださればいつでも我々に連絡がつきます」


「はい」


「でもそのお姿だとみんなが驚くかなあ」


「それではその瑞巌寺に参りますときには、ヒューマノイドの姿で参ってもよろしいですか?」


「そ、そんなことができるんですか……」


「はい。わたくしの今のこの姿も一時的なものです。

 わたくしの本体は船の装置を通じて3.0102次元のAI専用次元にあります」


「きっと大きなコンピューターなんでしょうねえ」


「物理的な大きさはあまり大きくありませんが、あなた方のコンピューターの概念で言えば、そうですねえ、十の六十乗バイトほどの容量があります」


「そ、そうなんですか」


 光輝にはそのすごさはよくわからなかったが、どうやらものすごいものだということはよくわかった。


「あ、そういえば失礼しました。私の名前は三尊光輝と言います。

 こちらの方は厳上さんです」


「ありがとうございます。三尊光輝さまと厳上さまですね」


「そんな、様なんかつけなくっても」


「いえいえ、三尊さまはご主人さまと専任代理人契約をご締結くださいましたので、ご主人さまと同格のお方様になられました。

 そのご友人の方も同格であらせられます」


「は、はあ」


「三尊さま。ひとつお願いがございます」


「な、なんですか。なんでも言ってください」


「この星のネットワークに接続する許可をいただけますか。

 どうも電磁波上のニュースだけでは情報が足りません。

 この星のことをもっと勉強して失礼の無いようにしたいのです」


「も、もちろんですよ」


 厳上がスマホを差し出した。瑞巌寺が支給している公務用の最新型スマホだ。


「このスマホを使ってネットに御接続ください。

 もし不足がございましたら後でPCをご用意させていただきます」


「こ、これはこれは。素晴らしい機器ですね」


「そうなんですか」


「はい、故郷ジュリの博物館には我々AIの祖先となったコンピューターの原型として、これとよく似たものが展示されています。

 いわば私の遠い遠い御先祖様であります」


 また光輝と厳上は顔を見合わせた。

 なんだか百万年後の人類に見られている百万年前のサルになったような気分だ。



「ところで、ディラックさんのことは私の友人たちにご紹介させていただいてもよろしいのですか」


「はい。出来れば公開はお許し願いたいのですが、ご友人の方々でしたらどうぞ」


 最後にディラックは、「それでは明日の朝九時に瑞巌寺にお邪魔させていただいてもよろしいでしょうか」と聞き、光輝たちは了解して下山を始めた……






【銀河暦50万8154年  

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】


 こうして惑星地球人類と銀河宇宙とのファーストコンタクトが実現したのである。


 それにしてもいったいなんという幸福なファーストコンタクトだったことだろうか。

 それはコンタクトの当事者たちにとってだけでなく、将来の地球人類や銀河宇宙にとってすら大いなる幸福をもたらすものだったのである。


 もちろん遭難したジュリの子にも、それを助けたKOUKIにも、当時そのような自覚は全く無かったのであるが……



 ただし、これだけははっきりと言える。

 ジュリの子はその当時不安と寂寥の絶頂にあったのだ。

 その置かれた状況を考えれば当然のことではある。


 しかし……

 彼は偶然にも英雄KOUKIと出会い、たった数分彼と会話をしただけで、驚くべき安堵感を得、大いなる安心感とともにコールドスリープに入って行くことが出来たのである。


 あの大偉業以前に英雄KOUKIに接したことのある唯一の銀河人として、この証言は実に貴重であり、また実に示唆に富んだものではなかろうか……






(つづく)


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