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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
13/214

*** 12 伏してお願い申し上げ奉ります ***


 前当主の瑞祥喜太郎が座ると、大広間の一同は全員黙って平伏した。

 しわぶきひとつ聞こえない。

 時代劇のシーンみたいだ。

 光輝も慌てて真似をする。


 最前列の三人の老人のうち、中央に座る老人が言葉を発した。


「御隠居様、御当主様、並びに次期御当主様におかれましては誠に御健勝の御様子。

 我ら瑞祥一族一同、恐悦至極にございます」 


(ここは江戸時代か……)と光輝は思った。


「また、本日は次期御当主が、二十七歳となられ、当主補佐におつきになられるめでたき日。

 我ら一族一同、心よりお喜び申し上げ奉りまする」 


 ふたたび全員が平伏した。みんな五十センチぐらいしか高さが無い。



「さて、それでは若、いや新御当主補佐様よりお言葉を賜りまする」


 龍一部長は少し頭を下げた後、高段に座ったまま話し始めた。

 普段よりは多少マシだが、あまり気合の入っていないふつーの声である。


「皆さま本日はようこそお集まりくださいました。

 ただいま筆頭様より御紹介いただきましたとおり、私めは若輩ながら当主補佐に任ぜられました。


 ですが、あまりの若輩ゆえに、ここに私をさらに補佐してくれる補佐役と秘書役を置きたいと考え、御当主様の御了解を頂戴して、ここにいる瑞祥豪一郎くんに瑞祥次期当主補佐役を、瑞祥麗子さんに瑞祥次期当主秘書役をお願い致しました。


 皆さまも御存じの両君は、私の最も信頼する友人であります。

 豪一郎君は現在大学の博士課程に在学中でありますが、博士号取得後は本格的に次期当主補佐役として、皆さまのために粉骨砕身の働きをしてくれると約束してくれました。


「おお! 博士号か!」

「瑞祥病院長の誠一さん以来、瑞祥一族二人目の博士だな」 

 などという呟き声があちこちから聞こえる。


 瑞祥一族は家訓により政治とは距離を置いているので、「末は博士か大臣か」という博士の方に必然的に重きが置かれている。


 龍一部長、いや瑞祥本家次期当主は続ける。


「皆さま、わたくしともども、瑞祥豪一郎君と瑞祥麗子さんをよろしくお引き立てくださいませ」


 部長はまた僅かばかり頭を下げた。

(龍一のわがままにも困ったものだ)と少し苦々しげな顔をした豪一郎が平伏する。

 アロさんは別人のような清楚な様子で優雅に頭を下げた。

 広間の一同も頭を下げたがこれも僅かばかりのものだ。



 さきほど筆頭様と言われた老人が次の議題へと進んだ。


「さて、皆の衆。皆もよく御存じの、瑞祥一族の顧問税理士であるところの瑞祥真二郎君が、誠に残念ながら御体を悪くされてご療養生活に入られることと相成り、引退を申し出られた。

 真二郎君が皆に挨拶したいそうじゃ」 


 三列目辺りにいた実直そうな壮年の男が発言し始めた。


「瑞祥真二郎でございます。

 長らくの間、瑞祥本家、ならびに皆さまの会社の税務をお任せ頂いてまいりましたが、実はこのたび大腸に癌が見つかってしまいました。

 瑞祥病院院長の誠一さんによれば、治癒の見込みが無いわけでもないものの、これまでのような仕事を続ければ、あと二年はもたないということであります」


 二列目に座っていた瑞祥病院院長の瑞祥誠一らしき白皙の壮年が重々しく頷く。


 真二郎の後列辺りからは、「ううっ、真二郎さん……」「真二郎兄ぃ……」といった悲壮な声がたくさん聞こえる。

 瑞祥真二郎の人望の程がよくわかる。


「そこで本家にお役御免を願い出たのでございますが、なんと申しましても大事なお役目を途中で投げ出すことには変わりありません。

 皆さまも御存じの通り、息子新三郎は、まだ三十歳にも満たぬ若輩者。

 重要なお役目を託すわけにもまいりません。

 また、長年働いてくれた大切な従業員たちの行く末を考えると、文字通り断腸の思いでございました」


 そこまで重々しく発言していた瑞祥真二郎は、背筋を伸ばすと明るい口調になった。


「ところが次期御当主様より、私の本家税務顧問の仕事をすべて三尊光輝殿に引き継ぎ、その実務は三尊殿の後ろ盾であられる榊原源治殿の榊原税務・会計事務所に託されては如何かという誠にありがたい御提案を頂戴致しました。


 また、次期御当主は息子新三郎のさらなる教育を榊原殿に託し、また従業員も全て榊原事務所に移籍するよう御提案くださり、さらに次期御当主直々の御仲介を経て、榊原殿の御快諾を頂戴した上で、新たに「榊原・瑞祥 税務・会計事務所」として再出発していただけること相成りました。


 その上、誠にお慈悲深きことに、榊原殿は息子新三郎を副社長にしてくださり、その後継者としての徹底的な教育もお約束してくださいました。


(そう言えば榊原事務所も後継者難で悩んでたって言ってたっけ。

 それにしてもいつの間にそんなこと決まっちゃってたんだろうなあ……)

 途中自分の名前が出て来てちょっと驚いていた光輝はそう思った。


「瑞祥御本家のための実務は、その「榊原・瑞祥 税務・会計事務所」で取り行うよう御本家よりの御指図は頂戴いたしましたが、皆さまの会社におかれましても、どうか引き続きの御愛顧をお願い申し上げ奉ります」 

 そう言うと瑞祥真二郎は深々と頭を下げた。


(きっと本家がそう言ったんだから、誰も文句言ったりはしないんだろうなぁ…… 

 それにしても時代がかってるよなぁ……)また光輝はそう思う。



 また筆頭様、と呼ばれたあの老人が発言した。

(きっと、ちょっと前までは、筆頭家老様って呼ばれてたんだろうなあ) 


「それでは榊原源治殿、皆にひとことお願い致しまする」 

 光輝の隣の榊原が深々と頭を下げる。光輝たちも頭を下げた。


「ただいま御紹介に預かりました榊原源治でございます。

 先ほど瑞祥真二郎様の仰られたとおり、新たに発足させる「榊原・瑞祥 税務・会計事務所」に瑞祥新三郎殿を副社長としてお迎えし、また旧瑞祥税務・会計事務所の従業員の皆さまも、我が大切な身内としてお迎えさせて頂きとう存じ上げます。


 また、瑞祥本家の正規税務顧問ご就任予定の三尊光輝殿をお助けし、瑞祥本家のために尽くさせていただくこともここにお誓い申し上げます。

 皆さまにおかれましても、どうか旧瑞祥税務・会計事務所と変わらぬお引き立てを頂戴いたしたく、御願い申し上げ奉ります」


 榊原はそう言ってまた深々と頭を下げた。


(なんだか僕の知らないところで、どんどん話が進んじゃってってるよなあ)と光輝は思った。


 また筆頭様と言われた老人が引き取って議事を続ける。


「それでは瑞巌寺ご住職厳攪権大僧正様より三尊殿を御紹介頂きましょうかの」


「なんで和尚さまがご紹介くださるんだ?」

 などという呟きがあちこちから上がる。



「皆の衆、お久しぶりじゃの。三尊殿、こちらに来てはいただけんか」 

 光輝が立ちあがって厳攪の方に歩いていく。

 厳川と厳空が、まるで座ったまま宙に浮いたかのように見事に横によって、光輝の為に場所を空けてくれた。


「おおっ、若いな」「まだ学生ぐらいだな」などという呟きがまたあちこちから上がった。


 光輝は赤面しつつ厳攪の横後方に正座し、深く平伏した。

(なんか僕、晒しものだよなあ)


「おほん。こちらにおわす三尊光輝殿は、瑞祥本家税務顧問となられる以前より、わしの臨時の弟子にもなってくださり、今厳海改め厳空僧正の弟弟子となって修行中でもある」


「おおおっ!」


「な、なんとっ!」 


「厳攪権大僧正様の直弟子だとっ!」 


 今度は本当に驚いた声があちこちから上がった。


「というのもじゃ。

 わしも大いに驚いたことに、この三尊殿の後上方には、三柱もの尊いお姿のお方々が浮かび、常に三尊殿を見守っておられるのじゃよ。

 今もほれ、そちらにな」

 

 厳攪は光輝の上を見上げた。


「おおおおおおおおっ!」


 大広間を埋めるどよめきとともに、そこにいた全員が光輝の上方を見つめる。 

 光輝は思わず首をすくめた。


「ああ、いやいや。

 修行を修めておられん皆の衆では、そのお姿を拝見させていただくことはできん。

 そのお姿を拝見出来るのは、総本山の大僧正とわしだけじゃろう。

 それに加えて、ついにこの厳空までもが長年の修行の功徳により、その尊いお姿を目にさせていただくことが出来るようになった」 


 大広間の一同はまた厳攪の方を見たが、後ろの方の老婆たちは、「ありがたやありがたや」などと言いながら光輝を拝んでいる。

 また光輝は身を縮めた。



「厳海改め厳空は、その神仏視体得の功により、大先達厳空の名跡を賜るとともに位も僧正とされ、総本山退魔衆頭領の座につくこととなったのじゃ」 


「おおおおおおおおおおおおーっ!」 


 また広間を埋め尽くすどよめきが起きる。

 さすがは瑞祥一族、それがどれほどの大栄達かがよくわかっているのだろう。


(それ決めたの厳攪さんなのになあ……)と光輝は心の中でツッコんだ。



「三尊殿の御名字も、けっして偶然のものではあるまい。

 間違いなく当寺の大先達がはるかな過去に奉らせていただいたものに相違あるまい」 


 大広間は静まり返った。しわぶきひとつ聞こえない。


 厳攪は大きな声で続ける。


「さすがは瑞祥本家次期御当主である!

 そうした三尊殿の御素性をひとめで見抜かれ、親しき御学友でもあられた三尊殿を、瑞祥本家税務顧問に三顧の礼をもって迎えられたのじゃ!」


 また大広間の全員の目が光輝に注がれる。

 その目はなぜかとても熱いものだったので、光輝は気おされて目を伏せないよう、必死で前を見ていた。

 榊原の視線までもが熱い。熱過ぎる。

 ニコニコ笑っているのは奈緒ちゃんだけだ。


「尊い三柱もの御方々は、今は三尊殿をお守りになっていらっしゃるのみである。

 しかし、今後一族の顧問として御就任頂ければ、その尊い方々の御恩恵は三尊殿のみならず、将来は瑞祥一族全体にお渡り頂く可能性もあるのじゃ」 


 もはや大広間の重鎮たちが光輝に注ぐ視線は、光輝を焼きつくすようだ。

 光輝は怖くて泣きそうだった。


「あーおほん。わしからの三尊殿のご紹介は以上じゃ」 


 厳攪はそう言うと、瑞祥本家次期当主に目をやった。


 また筆頭様と呼ばれる老人が言う。


「それでは御当主補佐兼次期御当主様より、再度お言葉を賜る」



「皆さまは瑞祥一族とはいえ、皆さまの会社は皆さまのものであります」 


(いっぱい株持ってるくせに……)光輝はまたそう心の中でツッコんだ。


「ですから瑞祥本家が皆さまの税務顧問をどうこう言うわけにはまいりません。

 ですがどうか瑞祥本家同様皆さまの会社も、三尊氏の守護神の御威光が瑞祥一族全体に及び下さるように、三尊光輝氏と税務顧問の御契約を賜りますようお願い申し上げます」 


 またみんなの目が光輝に注がれたので、光輝は怖くなって視線を逸らすために平伏した。


「えー、それから皆さまも御存じの通り、先の地震で瑞巌寺本堂がひどく傷んでしまいました」 


(ほんとはそれほどでもないのに)とまた心の中で光輝はツッコむ。


「ですから皆さまには、また瑞巌寺への御寄進をお願いしたいと思います」 


 まあ、またいつものことか。というカンジで大広間の雰囲気が緩む。


「過分な御寄進をしてくださった方々の会社には、もれなく私と瑞祥豪一郎次期本家当主補佐役が、格安で皆さまの会社、子会社の社外取締役として微力ながらお力に……」 


 龍一部長は、まるで自分と豪一郎を景品かナニかのように言った。


 だが、またもや、「おおおおおおおおおおーっ!」っというどよめきで大広間が埋め尽くされる。

 察するに、次期当主が社外取締役になってくれるというのは格別の名誉なのだろう。

 一同の目がまた熱くなった。周りと目配せして頷いてたりもする。


 龍一部長はやや気合の抜けた口調で続ける。


「そうですね…… 社外取締役の年間報酬は、皆さまの会社の新入社員の初年度年収と同額とさせていただきたく、お願い申し上げます」 


 大広間の一同の目がふと和んだ。それは冗談のような安値なのだ。


「さすがは次期御当主様じゃ!」 

 などという声もそこかしこで聞える。


(それでもここにいるひとたち全員の会社と子会社からだったら、莫大な金額になるよなあ……)

 と思った光輝は大広間の男たちの人数を数えようとして途中でやめた。

 自分の税務顧問料もそうなるかもしれないことにはまだ気づいていない。


「その報酬のうち、私が頂戴する分につきましては瑞祥奨学金の拡充などに充て、皆さまの御子孫やご親戚のご進学や博士号取得の一助とさせていただくことをここにお約束させていただきます」

 

「おおおおっ!」「さ、さすが」「なんというありがたいお話じゃ」などという真剣な声があちこちから上がった。


「皮切りとして、瑞祥豪一郎次期本家当主補佐役も、そのおかげでつつがなく瑞祥一族二人目の博士号を取得できるようになるでしょう。

 そして博士号取得後は、全力をもって補佐役のお役目を果たし、皆さまにも尽くさせて頂けることと確信しております。

 豪一郎君も、生活が安定した後は、皆さまから頂く役員報酬のうち余裕分を奨学会に寄付して下さるものとも思います。


 そうして皆さま。

 今から十年後、いや五十年後、百年後には、瑞祥一族から数百人の博士号取得者を輩出しようではありませんか!

 そうして将来の日本を支える人材を多数輩出する集団として、瑞祥一族の地位をますます盤石なものにして行こうではありませんか!」 


 大広間は静まり返った。

 男たちは自分の子や孫、ひ孫、親戚が、自分たちの拠出した奨学金で博士号を取得し、世の中のために尽くす日を想像している。

 みんなの目が緩み始めた。老人の中には涙を流している者もいる。



 と、そこで瑞祥龍一はつと立ちあがった。

 皆の「おお!」という声の中を静々と歩き、なんと段を降りて筆頭様と呼ばれる老人の前方に端然と座り、見違えるような迫力のある大音声で言ったのである。


「この瑞祥龍一。皆さまに以上のこと、伏してお願い申し上げ奉ります!」 


 そうして深々と頭を下げ、平伏したのである。


 大広間の下段全員が、音をたてて平伏した。

 今までは五十センチぐらいはあったが今は三十センチぐらいかもしれない。

 瑞祥龍一次期当主と一同の平伏は長いこと続いた……







(つづく)


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