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【初代地球王】  作者: 池上雅
第五章 【英雄篇】
128/214

*** 1 白い棒 ***


 光輝は、特上のコーヒー豆を持って、ひとりでまたあのお堂様のいる山に登ることにした。


 いちおう厳空にもその旨告げたところ、せめて上級退魔衆をひとりだけでも連れて行けと言う。

 そうすればお堂様とお話も出来るだろうとも言った。


 それならばと光輝は厳上にお願いしてみた。

 厳上にとってはこれは公務であるし、命の恩人の願いでもある。

 もちろん二つ返事で了承してくれた。



 ハイキング前夜。

 その付近では小さな短い地震が観測された。

 もちろん光輝は、奈緒ちゃんと楽しくエッチした後熟睡していたので気づかなかった……




 翌朝は素晴らしい天気である。

 あまり早く山頂に着いてしまっても、あの写真のような夕暮れどきのコーヒーを味わうには間が空いてしまう。

 光輝と厳上は昼前に出発した。


 途中の清水でコーヒー用の水を補給すると、光輝と厳上はなだらかな山道を快調に登って行く。

 今回もまた頂上付近で素晴らしい眺望が開けた。

 瑞巌寺も治療施設も遠くには光輝の邸も見ることができる。


 ひかりちゃんには昨日その山を指して、明日の夜はあそこの山のてっぺんにお父さんがいるからね、と言ってあるので手を振ってくれることだろう。



 山頂に着くと、光輝たちはまずお堂様にお菓子をお供えした後、その場でコーヒー豆を挽いて、香り立つ素晴らしいコーヒーを淹れた。


 もちろん砂糖とミルクも入れてお堂様にお供えする。

 厳上はしばらくお堂様の前で座禅を組んでお堂様と話をしていた。


「三尊様」


「はい」


「お堂様はすこぶるにお喜びであります」


「それはよかった」


「もしよろしければその豆も少々お供えいただけないものかと仰せです」


「こんな豆のままでいいんですかねえ。

 まあ、もちろんお供えさせていただきますが、明日の朝もまたコーヒーを淹れてお供えさせていただきますとお伝えください」


「はい…… あと……」


「どうかされましたか」


「お堂様は三尊様になにか御相談があらせられるようなのでございます」


「な、なんでしょうか」


「お堂様が仰られるには、どうもお困りの方がいらっしゃるご様子。

 三尊様にそのお方を助けてやってくださらないかと仰っておられるのです」


「お、お困りの方が…… もちろんお助けさせていただきましょう。

 もし私に出来ることでありましたら……」


 厳上はまたお堂様に向かってしばらく座禅を組んだ後、光輝を振り返った。


「そのお困りのお方は、すぐにここにおみえになるそうでございます」



 間もなくなにかがやってくる気配がした。


 厳上は少し緊張したが、上空には精鋭守護霊部隊も見える。

 また、万が一の際はお堂様もご加勢くださることだろう。


 それは静かに光輝と厳上の前に姿を現した。

 一メートルほどの長さで太さ五センチほどの白い棒だった。

 棒の片方の端には直径十センチほどの球体がついている。


 その棒がふわふわと光輝たちの前に浮かびながらやってきたのだ。

 そうして中学生か高校生ぐらいに聞こえる男の子のような声で言ったのである。


「どうか助けてください……」


 光輝は硬直していたがすぐに我に返った。


「な、なにをどう助けて差し上げたらよろしいのですか」


「助けていただけるのですか」


「も、もちろん」


「それでは水資源を、H2Oを売っていただけませんでしょうか……」


「別にお代なんか要りませんよ」


「そういうわけには……」


「今あなたは助けてくださいと仰いましたよね」


「はい……」


「それは救助要請です。

 救助を要請した人に水を差し上げて代価を要求することはできません。

 それは人の道に反します」


「ああ、やっぱりこの星は技術文明は遅れていても、ひとの倫理はかなり進化していたのですね……」


(…… この星? ……)


「ま、まあとりあえずこの水をどうぞ」


 光輝は先ほど汲んで来た清水の入ったボトルを差し出した。


「ありがとうございます」


 棒がそう言うと、水のボトルは光輝の手を離れてふわふわと棒に近づき、見る間に水は棒の中に吸い込まれていった。


「あの……」


「どうされましたか」


「まことにすみませんがもっと水資源を頂戴出来ませんでしょうか」


「あなたは動けますか」


「はい」


「それではこの道を三十分ほど、ああ、我々の足で三十分ほど下ったところに水場がありますよ。

 今の水もそこで汲んで来たものです。そこでいくらでも飲めますよ」


「できないのです」


「え?」


「それは○○法第○条の規定に違反します。

 もしもよろしければそこの水資源を売っていただけませんでしょうか」


 ○○の部分は発音がよく聞き取れなかった。


「そこの水はタダですよ」


「それは許されていないのです。

 この星の住人であるあなた様の了解を得て、代価を支払わなければ水資源を頂くことはできないのです」


「困っている方に水なんか売れませんよぉ。

 了解ならいくらでも差し上げますけど」


「それでは、水資源の代価は借り越しにさせていただけますか?」


「本当に代価なんか要りませんけど」


「では後で御礼させていただくということで」


「ま、まあそれならいいですが……」


「ご了承くださって誠にありがとうございます」


「じゃあ僕らも水が足りなくなったんで一緒に水場まで行きましょう」


「どうもすみません」



 光輝は道々その棒に聞いてみた。


「誰か水を必要とされている方が他にもいらっしゃるんですか?」


「はい。ご主人さまがいらっしゃいます」


「そ、その方はだいじょうぶなんですか……」


「はい、今は眠っていらっしゃいます。

 ですが早急に水資源が必要になってしまいました」


「そ、それは急がないと……」


 一行は急いで水場に向かった。


「さあ、いくらでも水をどうぞ」


「ありがとうございます。この御恩は借り越しにさせていただきます」


「別に貸してるんじゃあないんだけど……」



 棒は清水の湧き出ている泉にその先端をあてた。

 その泉は清水が結構な勢いで湧き出ていたのだが、みるみる全部棒に吸い取られていく。


「ず、ずいぶん水が入るんですね……」


「すみません、○○ほど必要としています」


 また○○の部分は聞きとれなかった。


「そ、それってどれぐらい……」


「失礼いたしました。この星の単位でとりあえず五百リットルほどです」


「そ、そんなにその棒の中に入るんですかっ!」


「あ、ああ、申しわけございません。

 あなた方はまだ重層次元のご利用はされていないようですね。

 わたくしの体から別の次元を通じて船の貯蔵庫に直接送り込んでいます」


「そ、そうなんですか。ではもっと入るんじゃないですか」


「いいのですか?」


「いくらでもどうぞ」


 棒は少し考えた後で言った。


「それではこの星の単位で千五百リットルほど貸して頂いてもかまいませんか」


(風呂桶七杯分ぐらいか……)

 光輝は思った。光輝の邸のジャグジーなら一杯分だ。


「いっそのこと一万リットルぐらいいかがですか?」


「本当によろしいのですか?」


「もちろん」


「それではお言葉に甘えて…… たいへんな財産だな。返済がたいへんだ……」


 そう呟くと棒は水汲みを一時中断した。


「もう少々時間がかかりそうですので、どうぞ先に水をお汲みになってお戻りくださいませ」


「は、はい」



 水を汲んで山頂に戻りながら光輝は不思議そうに言う。


「宇宙人かな?」


「そうかもしれませんが…… とりあえず害意は無さそうですね。

 まあ、いざとなったら上空に護衛霊部隊もいますし、お堂様もご加勢くださることでしょう」


 光輝も厳上も毎日さんざん奇跡を目にしているので、この程度ではあまり驚かない。



 光輝たちはお堂様の下方の平らな部分にテントを張り、夕食に料亭瑞祥の用意してくれたお弁当を食べた。

 もちろんそれはもう冷めていたが、冷めていても実に美味しいお弁当である。


「さすがは料亭瑞祥だね。冷めても美味しいおかずばかりだね」


「はい……」


 厳上は口数の少ない男だったが、光輝との付き合いはもう長い。

 光輝がまったく口をきかなくとも、長いこと一緒にいて気づまりにならない数少ない友人のひとりである。


 厳上にとっても光輝は単に命の恩人であるだけでなく、実は気安い兄貴分といったところか。


 お弁当を食べ終わると、夕闇が迫る中で二人で湯を沸かした。

 淹れたての素晴らしいコーヒーを手に夕暮れのテントの前に座る。

 完全にあのパンフレットにあった写真の情景だ。

 目の前にひろがる街の光景の分だけあの写真よりも素晴らしい。


 そのとき光輝の邸の明かりがついたのが見えた。

 それを見た光輝はなにか無性に感動したのだ。


(ああ、僕はあそこに帰れるんだ……

 帰ると家族がいるんだ。

 奈緒ちゃんがいて、子供たちもいるんだ。

 なんとありがたいことなんだろう……)


 そう思った光輝の目から我知らず涙が落ちる。


 厳上はその涙に気づいたが、すぐにそれが悲しみの涙ではなく、感謝や喜びの涙だということがわかった。


(このお方様は、人類史上空前にして絶後と言われるほどの功績をお持ちになりながら、いつもなんとご謙虚であらせられることだろうか……)


 厳上は改めてそう思い、さらに光輝を尊敬する気持ちを新たにした。




 あの白い棒が戻ってきた。


「どうもありがとうございました」


「いえいえ、水は十分に補給出来ましたか」


「はい、これで当面のエネルギーは確保できました」


「え、エネルギーっ!」


「はい、ああ、この星では原子番号一番は水素と言うのですね。

 水素は素晴らしいエネルギー源になります」


「ええっ!」


「これで船のエネルギープラントも安心して稼働出来るようになりました」


「そ、それって……」


「はい。この星でも使われ始めた核融合プラントです。

 宇宙空間ではまた別のエネルギーを使ったりもしますが、惑星上ではやはり核融合が一番経済的です」


「そ、そんなものがこの近くにあるんですか……」


「あ、ああ、ご安心ください。

 核融合プラントは3.1024次元のエネルギープラント専用次元にありますから、たとえ暴走したとしてもこの星にまったく影響はありません」


「そ、そうなんですか……」


「それにしても助かりました。

 実は不幸な事故で船が破損してこの惑星に不時着したのですが、その事故で水資源や金属資源がほとんど失われてしまっていたのです」


「そ、それは大変でしたね」


「ええ、大変です。

 さらに高次次元航行用の航法装置が破損したために、ご主人さまは故郷に帰れなくなってしまいました。」


「それはお気の毒に……」


「航法装置が無いと、遠距離の通信も出来ません。

 今通常空間を使って救難信号を発信していますが、最寄りの非常用通常空間信号中継施設まで百光年ありますから、早くとも救助が来るのは百年後になります」


「そ、それじゃあ……」


「はい。ご主人さまのために船は今コールドスリープの準備中であります。

 そのためのエネルギーも必要だったのですが、あなた様方のおかげで充分に確保出来ました。

 再度御礼申し上げます」


「じ、じゃあ百年眠らないと故郷に帰れないんですか!」


「はい」


「ということは…… ご家族はそのときはもう……」


 光輝は自分がそうなった時のことを思い、涙声になった。


 白い棒は、そうした光輝をしばらく見つめるように沈黙した後言う。


「いえ。たぶんご主人さまのご家族は、予定された期限になってもご主人さまがお帰りにならなかったとき、同じくコールドスリープに入られてご主人さまの御帰りをお待ちになられることと思います」


「そ、それはよかった。いや本当によかった」


 光輝は心からそう思った……






(つづく)


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