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【初代地球王】  作者: 池上雅
第四章 【成熟篇】
120/214

*** 13 充分に納得した ***


 そのとき静かに光輝の座禅の光が消えた。

 佐貫選手の治療が終わったようだ。


「うっ、ううううううううっ」


「ど、どうした佐貫っ!」


 原田監督が思わず立ち上がって佐貫選手に駆け寄っていく。


 佐貫選手はぽろぽろ涙をこぼしながら言った。


「かっ、監督っ! ひ、肘がっ! 肘が動きますっ!」


「ほ、本当かっ!」


「だ、誰かボールをっ! ボールをくださいっ!」


「待ってろ佐貫っ!」


 板東選手はそう言うと更衣室に向けて駆け出して行った。

 そうしてすぐに大きなバッグを持ってくると、その中からボールを取り出して恐る恐る佐貫選手に渡す。


「あ、あうううううう…… ぼ、ボールが…… ボールが握れるっ!」


 佐貫選手はボールを握り締めてひとしきり大きな声で泣いていた。



 瑞祥院長が静かに言う。


「佐貫選手は確か独身でいらっしゃいましたよね」


「は、はい」


 涙で口もきけない佐貫選手に代わって原田監督が答えた。


「それではもしよろしければ、このまま瑞巌寺学園の施設にお泊りになって、しばらく治療を続けてみられたらいかがですか? 

 幸いにも今は治療施設も空いていますので、ガン患者の皆さんと一緒に三尊さんの御光を浴びてみられたらいかがでしょうか。

 夜にはまたこうして三尊さんに肘を触っていただいて…… 

 よろしいですか三尊さん?」


「もちろんですよ」


 光輝も笑顔で答える。


「よ、よろしいのですか!」


 びっくりした顔で原田監督が言った。


「ええ、もちろん。

 遠くから来て下さった皆さまへ、少しでも恩返しが出来るのを嬉しく思います」


 そう言うと光輝は深く平伏した。


 その後、面を上げて皆に微笑む光輝を見て、原田監督や選手一同は思い至ったのだ。


 この無邪気な少年のように見える男には、坂東のようにその眼前にひれ伏すひとびとがそれこそ世界中に何億人といるのだ。

 加えてその実績を考えれば、どれだけ傲岸不遜な振舞いをしたとしても許されることであったろう。


 だが、実際にはいったいなんという慈愛に満ちた篤実な男だったことだろうか。

 この男は単にガンを直してしまうだけの男ではなかったのだ。

 僧侶たちが言う、生き仏様という尊称にこれほど相応しい男には、逢ったこともなければこれからの生涯でも二度と出会うことも無いだろう。


 人はどうすればこれほどまでの高みに到達することが出来るのであろうか……

 

 原田監督と選手一同は、この男の顔を見つめながら自らの魂が震えるのを感じた。




 しばらくの沈黙の後、監督が静かに言う。


「先ほど瑞祥所長さんは、三尊さんに恩義を感じていて、三尊さんの頼みごとなら何でもきいてあげて、それを喜ぶ方々が大勢いらっしゃると仰っておられましたよね」


「ええ」


「これで板東だけではなく、私とここにいる我がラビッツの選手たちも皆その仲間に入れていただけたことと思います……」


 ラビッツの選手たちが皆一斉に頭を下げた……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 佐貫選手はそれから一カ月も瑞巌寺学園に滞在した。

 子供たちと同じ建物の中の特別室に泊まり、子供たちと一緒に食事を取った。

 子供たちも大喜びだった。


 途中から婚約者も合流して佐貫選手の身の回りの世話をした。

 子供たちに冷やかされて頬を赤くしながらも佐貫選手は幸せそうだった。

 二人は自分たちの部屋に引きこもったりしないで、子供たちとともに大リビングで遊んだり一緒にテレビを見てくれた。


 子供たちだけでなく、清二板長も大喜びである。


 また、毎日電話をくれる原田監督には、

「はい。今日は痛みが引いたのでジョギングが出来るようになりました」とか、

「今日は軽い素振りが出来ました」とか、

「今日はとうとうキャッチボールが出来るようになりました。

 瑞巌寺の僧侶さんがキャッチボールの相手になってくださいました」とか報告している。


 そして、その回復は、選手のケガには慣れている原田監督から見ても驚異的な、いや奇跡的な速度だったのである。



 ある日、原田監督がラビッツ球団社長、チーフトレーナー、それから他球団の社長や監督を大勢引き連れてまた瑞巌寺学園にやってきた。


 龍一所長と光輝の前で全員が深々と頭を下げて言う。


「我々プロ野球の選手たちにはケガがつきものであります。

 そうしたケガのせいで、素晴らしい才能を持ちながら消えていく気の毒な選手をこれまで何人も見てきました。


 どうか、どうかお願い致します。

 そうした選手たちの選手生命を救ってやっていただけませんでしょうか……」


 全員が深く頭を下げたままだ。


 龍一所長は居合わせた瑞巌寺学園の幹部たちを見回した。

 全員が笑顔で頷いている。

 光輝も実に嬉しそうな笑顔である。

 プロ野球ファンの清二板長はもっと嬉しそうだった。


 龍一所長は微笑みながら言った。


「皆さまどうかお顔をお上げください。

 どうぞ皆さまのお知り合いのケガをされた選手の皆さまを、何人でもこの瑞巌寺学園に送り込んでくださいませ。


 まあ、ホテルの部屋のようなわけにも参りませんが、部屋もたくさん空いておりますので大歓迎させていただきます」


 ラビッツ球団社長はさらに頭を低くして丁重にお礼を述べ、そうして薄い封筒を差し出した。


「こ、これはまことに御無礼ながら御礼でございます」


 どうやら小切手が入っているようだ。


「いえいえ、そのようなものはけっこうでございます。

 いや本当にかまわないんですよ。

 なにしろ瑞巌寺治療施設は、ガン患者さんのお命をお救いしてさえ謝礼を頂かない施設なのですから」


 ラビッツ球団社長はさらに畏れ入った。



 その翌日から続々と選手生命を脅かすほどのケガをした選手たちがやってきた。

 一軍のスター選手もドラフトで指名されたばかりの二軍選手もやってきた。


 そうして皆光輝の奇跡の光に驚愕した後は、毎日子供たちとおなじテーブルについて、今度はその豪華な料理に驚愕したのである。

 もちろん子供たちも大喜びである。


 各球団から派遣されてきていたトレーナーたちは、光輝の奇跡の治療を目の当たりにして顔面蒼白になった。

 そうしてさらに選手たちの回復を早めようと、懸命に選手たちの世話をしたのである。


 選手の数が増えるとお互いが練習相手になれ、奇跡の回復を喜んだ選手たちは他球団の選手たちと皆和気あいあいと一緒に練習を始めた。

 もちろん周りはいつも大勢の子どもたちが取り囲んで見学している。


 清二板長もあの若い弟子に板場を任せていつも楽しそうに練習場にいた。

「こんな嬉しい楽しい職場は初めてだぁ」と言っていた。

 板長のこさえる瑞祥椀はますます美味しくなってきたような気がする。



 数カ月後、佐貫選手がチームのキャンプに合流するために瑞巌寺学園を離れることになった。

 佐貫選手は号泣している。

 子供たちも皆泣いていた。

 そうして佐貫選手はシーズン後の再訪を皆に約束してチームのキャンプに向かったのである。


 その年のプロ野球開幕戦ではセンターを守る佐貫選手の姿があった。

 大リビングルームのすべてのテレビがその姿を映し出している。

 そうしてすべての子供たちと大人たちがその姿を見ていたのだ。

 開幕投手はもちろんあの雨竜投手である。


 九回の表、1アウトランナー1、2塁のとき、バッターが佐貫選手の前に痛烈なセンター前ヒットを打った。

 長打に備えて深い守備位置にいた佐貫選手の前に打球が転がる。

 その球を捕球した佐貫選手が矢のような、いやレーザービームのような送球をキャッチャーめがけて放った。


 そのボールはストライクゾーンに構える捕手のミットに突き刺さり、見事にセカンドランナーを本塁でアウトにし、子供たちからは今まで聞いたことも無いような大きな歓声が上がった。


 ラビッツはそのまま一点差で逃げ切り、開幕戦をものにした。



 決勝ホームランを打った板東選手とともにお立ち台に上がった佐貫選手の目からは大粒の涙が落ちている。


 アナウンサーが、「昨シーズンの日本シリーズ最終戦であれほどのケガをされたのに、よくここまで回復されましたね」と言うと、佐貫選手は、「み、みんな…… みんな瑞巌寺さんのおかげでありますっ!」と言って号泣した。

 板東選手も大きく頷きながら泣いている。




 以降、瑞巌寺学園はプロ野球選手たちにとっての聖地となった。

 心なしかみな大胆なプレーが増えているようだ。

 ケガをしても瑞巌寺さんが控えてくださっていると思って安心しているのかもしれない。


 その後、日本プロ野球機構から瑞巌寺学園に全試合の日程表が届けられるようになった。

 試合を選んで連絡すると、バックネット裏の特等席のチケットがいくらでも子供たちに送られてくるのである。


 首都圏で開催されるプロ野球の試合では、バックネット裏に大勢の子どもたちの姿が見られるようになった。

 試合前には監督やコーチたちも観客席に来て挨拶してくれるので、周りの観客たちも驚いている。


 彼らの姿を瑞巌寺学園のテレビで見たお留守番の子供たちからも歓声が上がった……




 佐貫選手が涙ながらに瑞巌寺学園を離れる際に、龍一所長の前で頭を下げてあるお願いをしていた。


「私の友人でサッカーの選手がいるのですが、最近古傷の膝のケガが悪化して、昨シーズンの後半は試合に出られませんでした。

 このような厚かましいお願いをして誠にお恥ずかしいのですが、どうか彼も皆さまのお力で救ってやっていただけませんでしょうか」


 そう言うとその場に深く平伏したのである。


 どうも僧侶たちの姿を見て、そういう動作をするようになったらしい。

 龍一所長はもちろんその場で笑顔で了承した。


 そのサッカー選手、仙台選手は間もなく瑞巌寺学園にやってきた。

 友人の佐貫選手に誘われ、藁にも縋る思いではるばる遠方からやって来たのである。


 所長はサッカーに詳しくなかったため知らなかったのだが、仙台選手と言えば、ついこの間まで日本代表のキャプテンを務めていた大選手である。

 膝のケガが悪化したために代表も外されていたのだ。


 板東が野球少年にとっての神だとすれば、この仙台はサッカー少年にとっての神である。

 驚愕する子供たちの前で、仙台はよろしくお願い致しますと言って所長や光輝に頭を下げた。


 そうして夕食後、有名な野球選手たちを驚きの目で見た後、仙台選手は光輝に初めてその膝を触ってもらったのである。


「あ、熱っ!」


 その反応は佐貫選手の場合とまったく同じであった。


 また瑞祥院長の目が光った。


「仙台さん」


「は、はい」


「どうやら選手の皆さんは、この三尊さんの治療の光の効果の大きい方ほどその御光を熱く感じられるようなのですよ」


「そ、そうなんですか」


 そして、光輝が座禅に没入し始めると、またもや光輝の手が強く輝き始めた。

 その光を見た仙台選手の目が驚愕に見開かれる。


 その周囲では、少しでも光輝の御光を浴びようと、プロ野球の選手たちが集まって来て患部に御光を当てている。

 補助が必要なものにはトレーナーや修行僧たちが腕や足を支えている。

 仙台選手はそうした皆の様子を見てまたもや驚愕の表情になった。


 そうして……

 光輝の御光の治療の後に、やはり仙台選手は、「い、痛みが引いた……」と言って涙を流したのである。



 仙台選手は三日後には軽いジョギングが出来るようになった。

 一週間後には軽くボールを蹴ることも出来るようになった。


 そうしていかにもプロらしい真剣な様子でリハビリを重ねていったのである。

 その回復ぶりはやはり奇跡のような回復ぶりであった。


 もちろん食事は子供たちと一緒に食べた。

 どうやら佐貫選手から言われていたらしい。

 サッカー好きな子供たちは大喜びだった。

 実はサッカーファンだった瑞祥院長は、毎日瑞巌寺学園に来るようになった。



 仙台選手がリフティングを始めると、大勢の子どもたちがその奇跡のようなボールコントロールに見入った。

 プロの野球選手たちも見入った。


 プロの投手が投球練習を始めると、その奇跡のような変化球に仙台選手も見入った。


 もちろん仙台選手も友人のケガをしているサッカー選手たちを呼ばせてはもらえないかと丁寧に龍一所長に頼み込み、所長はすぐに快諾した。


 その後の瑞巌寺学園室内練習場は、ケガをした野球選手とサッカー選手でいっぱいになった。

 龍一所長は、巌さんに頼んで急遽室内野球練習場の隣に室内サッカー練習場も作り始めている。


 噂を聞きつけた日本サッカー協会の幹部たちも、Jリーグのチェアマンも、各チームの監督を大勢引き連れて瑞巌寺学園に挨拶に来た。

 そうして初めて奇跡の光を目の当たりにし、嬉々としてリハビリに励む選手たちを見て充分に納得したのだ。


 その後はやはり次のシーズンの試合日程表が瑞巌寺学園に届くようになり、やはりいくらでも好きなだけチケットを送ってくれることになったのである……







(つづく)


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