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【初代地球王】  作者: 池上雅
第四章 【成熟篇】
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*** 10 本当の本物の奇跡 ***


 大満足だった食事が終わると、今度は皆でリビングに移動しての懇親会である。


 ラビッツの選手たちはここでも驚かされた。

 ふかふかのカーペットが敷き詰められ、柔らそうなソファの並ぶ五百畳もあるリビングには大型テレビが十五台も並んでいるのだ。


 そしてまずは、選手たちに感謝の意を表しての光輝の座禅のパフォーマンスである。

 光輝付きの若い僧侶たちが光輝専用の座禅台を持ってきて、光輝の腰と座禅台の金具を慣れた手つきでロープで結ぶ。


「あれは何をしているのですかな」


 原田監督が傍らの龍一所長に小声で聞いた。


「はは、後で詳しくご説明させていただきますね。

 それでは皆さまに、瑞巌寺がん治療施設で行われている三尊光輝氏の座禅をお見せさせていただきますです」



 龍一所長の合図で、光輝は座禅を組み始めた。

 その途端に、広い室内に強烈な光が満ち溢れる。

 初めて見る子供たちからは小さな悲鳴が上がった。


「みんなだいじょうぶだよ。あれはお釈迦様のやさしい光なんだ。

 ほらみんななんだか暖かくなってきてないかい」


 龍一所長がそう言うと、子供たちから、

「ほんとうだー」

「なんだかあったかい」

「なんかきもちいい」

 などと声が上がった。



 この御光こそが母の命を救ってくれた奇跡の光だと気づいた坂東選手は、また泣きながら平伏した。

 他の選手たちも驚愕に目を見開きながら硬直している。


 龍一所長に言われていた板長の弟子たちや、フレンチやイタリアンのシェフやその弟子たちも、多くのウエイトレスたちもその場に招待されてその光を見た。


 この御光こそが全世界一億人の命を救った奇跡の光なのである。

 そのおなじ光を今自分も浴びさせて頂いているのだ……

 そう思った大人たちの多くは震え始めた。

 やはり涙を流し始めた者も多い。


「ほらよく見てごらん。光の中心にお釈迦様のお姿が見えるかい」

 また龍一所長が優しく言うと、子供たちからは、「わー、ほんとうだぁ!」「優しそうに笑ってるう」とか声が上がった。


「あのお釈迦様はね、実はいつもあの三尊くんの後ろ上方にいらっしゃって、みんなを見守っていてくれてるんだよ。

 みんながどんなに遠くにいても寝ていても、いつもやさしく見守ってくださっているんだ」


 子供たちは皆龍一所長を見ている。


「だけど本当はあのお姿が見えるのは、修行を積んだ偉いお坊さんだけなんだ。

 今日本でも五十人ぐらいしかいない本当に偉いお坊さんだけなんだよ。


 だけどほら、三尊くんの後ろにやっぱり座禅を組んだお坊さんがいるでしょ。

 あのひとがああして一緒に座禅を組んで、お釈迦様のお姿とその御光をみんなに見せてくれているんだよ。


 でも忘れないでね。

 みんなに見えていないときでもお釈迦様はあそこにいらっしゃるんだ。

 そうしていつもみんなのこと見てくださっているんだよ……」



 この施設の子供たちが持っていないもの。

 そして必要としているものこそ、その見守っていてくれる人の存在である。


 普通の家庭の子ならば多かれ少なかれ親がその子を見守っているものだ。

 だがこの子たちが持っておらず、そうして今最も必要としているものこそ、そうした見守ってくれる存在なのである。

 ようやく龍一所長もそれに気づき始めたのであった……



 龍一所長が言った。


「さあ、それじゃあいったん三尊くんのいつもの座禅は終了しようか」


 光輝担当の僧侶がその肩をそっと触って光輝に座禅の終了を告げる。


「三尊くんはね。ものすごい集中力で座禅を組んでいるから、ああして教えてあげないと、一日でも三日でもそのまま座禅を組み続けちゃうんだよねー」


 子供たちは驚いている。

 もちろん大人たちも驚いて声も出ない。

 集中力こそはプロのワザの神髄だが、それが三日とは……



「さあ、それじゃあ今日は特別にもうひとつ三尊くんのワザを見せてあげようか。

 このワザを見たことのあるひとって、実は全世界でも数えるほどしかいないんだよ」


 すると光輝担当の僧侶が光輝の腰に巻いたロープを緩め始めた。

 今度は座禅台から二メートルぐらいの長さにする。


「じゃあ三尊くん。またよろしくね」


「はい。所長」


 そう言った光輝はまた座禅を組み始める。

 今度もまた強烈な光が満ち溢れた。

 だが、何故かその光がゆらゆらと上昇を始めたではないか。


 そう…… 

 光輝が座禅を組んで忘我の境地に入ると同時に、また光輝はぷかぷかと浮き始めたのである。


 それに気づいた子供たちから今度は本当に悲鳴が上がった。

 ラビッツの選手たちも、あまりのことに声も出せずに硬直している。

 後ろの方で立って見ていた若い料理人やウエイトレスたちも、へなへなとその場にくず折れた。


 光輝は、その腰に結び付けられたロープいっぱい、二メートルほどのところに浮かんでいる。

 お釈迦様はますますにこやかなお顔になり、またその御光もより強烈なものになった。


「どうだいすごいだろ。

 三尊くんはこのお釈迦様の御光で世界中の人たちの命を救ってるうちに、こんなことまで出来るようになっちゃったんだ。

 みんなも修行したら出来るようになるかもねー」



 その場にいた全員がただただ圧倒されて光輝を見ていた。


 先ほどは真のプロの野球選手の渾身のプレーを堪能させてもらった。

 その後は真のプロの料理人による素晴らしい料理を堪能させてもらった。

 そうしてこれこそが、全世界一億人の命を救った真のプロの治療師のワザだったのである。


 それぞれの分野のプロたちがお互いの分野の真髄を見て感動しているのだ。

 その様子はやはり子供たちにも伝わっていることだろう。



 まもなく光輝が座禅を終了すると、思わず何人かの子供たちが光輝に近寄って行った。

 光輝はまたにこにこと微笑みながら座っている。

 原田監督まで光輝に近寄ると、ラビッツの選手たちも近寄って行った。


 その様子も子供たちは見ていたのだ。

 ああ、やっぱり選手のひとたちも感動するようなことだったんだ…… 

 とわかったらしい。



 肘を負傷している佐貫外野手が、しきりにその肘をさすっている。

 原田監督が少し真剣な顔で、「どうした佐貫」と話しかけた。


「い、いやその…… なんだか痛みが引いて、肘が暖かくなったような気がしたんです……」


 その会話を耳にした瑞祥院長の目が光った。

 院長は光輝のところに行ってなにやら相談している。

 光輝はもちろんですよ、と言って微笑んでいる。


 院長は原田監督と佐貫選手のもとに行って話しかけた。


「私は瑞巌寺病院の院長を務めさせていただいている瑞祥という者なんですが……」


 もちろん監督も佐貫外野手も瑞祥院長の顔と名前は知っていた。

 所長や三尊氏と一緒に天皇陛下から勲章を頂いた人物である。


「佐貫さんはさっき、患部が暖かくなって痛みが引いたような気がすると仰っておられましたよね」


「え、ええ。

 まああの素晴らしい御光を見た感動でそうなっただけなんでしょうけど……」


「いえ、それは気のせいではないのかもしれないのですよ」


「ええっ!」


「三尊氏の御光は、がん以外にも若干の治療効果があるようなんです。

 今までにも多少の傷や筋肉疲労などを治してしまっています」


「えええっ!」


「ですから…… まあダメモトで、彼の御光を本格的に浴びてみませんか?」


「よ、よろしいのですか……」


「もちろんです。まあ、最悪効果が無いだけで害があるようなことは無いでしょう。

 これまで一億人の方があの御光を浴びていらっしゃいますが、害があったような方はひとりもいませんでしたから」


 瑞祥院長は微笑んだ。


 佐貫選手は原田監督の顔を見た。

 監督も、「是非お願いしてみたらどうだ」と真剣な表情で言った。



 実は佐貫外野手の肘のけがはかなり深刻なものだったのだ。

 大飛球を捕球してフェンスに激突する際に、絶対に球だけは離すまいと腕に力を入れていたために、肘の腱が伸びてしまっていたのである。


 もしも腱が切れただけだったのならば、治療はまだしも簡単だったことだろう。

 そういう症例はこれまでも数多くあったし、時間はかかっても治療の道はあった。

 しかしいったん伸びてしまった腱をいかにして直すものか。


 この冬に腱の移植手術が予定されていたものの、それで治る保証はどこにも無かった。

 一般の生活は出来るようになるだろうが、野球が、それもプロの野球が出来るようになる保証はまったく無かったのだ。


 まさに選手生命の危機だったのである。

 彼が藁にもすがる思いでいたことは原田監督にもよくわかっていたのだ。



「よろしくお願い致します……」


 佐貫選手は瑞祥院長と光輝に頭を下げた。原田監督も頭を下げた。


 瑞祥院長はその場にいた看護師にたちにも手伝ってもらい、佐貫選手の肘のギプスをゆっくりと外し始める。

 まだ少し痛むのか、佐貫選手はときおりやや顔をしかめている。

 院長は佐貫選手の肘をそっと触った。

 まだ少し熱を帯びているようだ。


「すみませんが、三尊さんの前に行って座っていただけますでしょうか。

 いえ、もっと近くで」


 佐貫選手は恐る恐る光輝に近づいて間近で胡坐をかいた。

 さらに恐る恐る光輝の後上方を見上げたりもしている。


 瑞祥院長は、光輝付きの屈強な若い僧侶三人に頼んで佐貫選手の腕を支えてもらった。

 選手たちとさほど変わらない太い逞しい手が六本も伸びて、佐貫選手の腕をそっと支える。


「佐貫さん。体の力を抜いてリラックスしていてください。

 それでは三尊さん、よろしくお願い致します」


「はい……」


 光輝はそう言うと、片手を座禅の時と同じような形にして、空いた手でそっと佐貫選手の肘に触れた。


「あっ、熱っ!」


 佐貫選手の体がびくんと跳ねる。

 原田監督の体もびくんと跳ねた。


「大丈夫ですよ。ただ触っているだけですから」


 瑞祥院長がやさしく言った。だがその目はやはり真剣だ。

 光輝はそのまま座禅に入った。


「あ、ああああああ……」


「ど、どうした佐貫……」


 原田監督が恐る恐る小声で聞く。


「な、なにかが…… なにかが肘に入り込んで来ているような気が……」


 光輝が完全に座禅に没入すると、今度は光輝の手まで光り出した。

 光輝の間近で佐貫選手の手を支えている若い僧侶たちの目が驚きに見開かれる。

 僧侶たちは、驚愕に震える手を必死で抑えつけながら佐貫選手の腕を支え続けた。


 光輝の手が光るのは瑞祥院長も初めて見た。

(これは…… ひょっとすると……)



 監督はまだ佐貫選手の顔を心配そうに覗き込んでいたが、佐貫選手は徐々に落ち着いてきた。

 時折「…… ああ ……」と声を漏らすものの、その声は苦しげなものではなく、だんだんとリラックスしたものになって来ている。


 ようやく安心した監督が振り返ると、そこにはまだ驚愕に目を丸くした選手たちの姿があり、その後ろにはやはり驚きに硬直した子供たち、さらにその周りには口を開けた大人たちの姿もあった。


 龍一所長だけがにこにことその光景を見ている。


 やはり皆、自分たちが本当の本物の奇跡を目の当たりにしていることに気づき始めたのだろう……







(つづく)


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