表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初代地球王】  作者: 池上雅
第四章 【成熟篇】
116/214

*** 9 プロの真剣勝負 ***


 マウンドの状態に安心した雨竜投手が投げ込みを始めた。


 最初は直球だけだったのだが、その球速、ミット音はさらに凄まじい。

 あまりの恐ろしさに、小さな子供たちは半分べそをかきながら保母さんたちのもとへ逃げ帰った。


 おかげで真剣な表情の中高生の男の子たちがネット際に行けた。

 そのネットは特別にキャッチャーに近付けて設置してある。

 ホームベースから五メートルも離れていない位置にあるのだ。


 さらに球速を上げた雨竜の球が、キャッチャーのミットに凄まじい音をたてて突き刺さる。

 本物のプロ投手の球を間近で見た男の子たちの足はすくんで震えていた。


 その間に原田監督はノックを始めた。


「お前たち! 子供たちの前で無様な守備を見せたら来年のレギュラーから外すからなっ!」などと言っている。


 グラウンドの選手たちも「おおっ!」と応えて真剣な表情だ。

 坂東までもが一塁ベースについた。


 最初は緩い球をノックしていた原田監督も、次第に強い打球を打ち始める。

 選手たちはその打球を見事にさばいて一塁の坂東に矢のような送球を送る。

 坂東もシーズン中と同じ動作で体をいっぱいに伸ばしてこれを捕球する。


 選手たちのフィールディングはさらにさらに華麗になって行った。

「監督っ! もっと早い打球をっ!」とか、「まだまだぁっ!」とかいう声も飛び交い始めた。


 そのあまりにも流麗な動作にもう誰も何も言えない。

 清二板長も立ちすくんでいる。

 全身全霊をかけて鍛え上げたプロの動作とは、こうまで凄まじいものだったのかと全員が呆然としていた。



 そのころブルペンでは雨竜が「そろそろ変化球も行こうか」と言っていた。

 キャッチャーが頷いてサインを送りながら、「それではまずスライダー!」と言う。

 もちろん指のサインだけでも十分なのだが、これは子供たちへの特別サービスである。


 まるで魔法のように曲がる、すばらしくキレのあるスライダーがキャッチャーのミットに突き刺さる。

 子供たちが思わず一歩下がってしまうほどの迫力だ。


 あんなにすごい球を打てるバッターがいるなんて信じられない……

 子供たちの誰もがそう思った。

 少し離れた所から見ていた光輝もそう思った。


「次はフォーク!」またキャッチャーが言う。


 頷いた雨竜はストレートと全く変わらないフォームで投げた。

 その球は打席の前で信じられない程の落ち方を見せ、ワンバウンドして見事にキャッチャーのミットに収まる。


 離れたところにいた光輝の目には、雨竜のボールに合わせて上下に動く子供たちの頭が見えた。

 キャッチャーが後ろを向き、マスクの後ろに笑顔を見せながら子供たちに短く言う。


「今のは大きく落ちてボールになるフォーク。

 次は小さく落ちてストライクのフォーク」


 次の球は小さく落ちて、ストライクゾーンに構えたキャッチャーのミットに見事に収まった。球速は先ほどよりやや速い。

 しばらくしてブルペンを出た雨竜は練習場のマウンドに行った。


 ノックを終えた野手たちはみな素振りをしている。


「監督。肩出来ました」


「よし! それじゃあ打ち合わせ通りバッター陣と真剣勝負だ!」


「はい」



 坂東が打席に立った。

 その顔はシーズン中とおなじく実に真剣である。

 また子供たちが後ずさった程だ。

 雨竜の顔も怖い程に真剣になった。


 マウンドと打席からは恐ろしい程のオーラが立ちのぼる。

 誰もが口を閉ざし、固唾をのんで見守った。

 マスクとプロテクターを付けた原田監督がアンパイアの位置に立つ。


「プレイボールっ!」


 誰もが、ラビッツの選手たちですら見たことの無い雨竜と坂東の対決が始まった。

 すると雨竜がキャッチャーのサインに首を横に振っているではないか。

 その真剣さに誰もが驚いた。

 坂東はさらに真剣になった。


 第一球。それはなんとチェンジアップであった。

 ストレートと変わらないフォームから放たれたそのボールは、緩くベース付近まで来るとストンと落ちてキャッチャーのミットに収まった。


 雨竜が首を振ったことにより、ストレートを予想していた坂東のバットはぶううんと音を立てて空振りした。

 坂東の顔が紅潮する。


 同時に雨竜の真剣さのほどがさらによくわかった。

 この場面で初球にチェンジアップを投げてくるとは。


 次の球は外角に外れるスライダーだった。

 からくも坂東のバットが止まる。


「ボールっ!」


 原田監督の大きなコールが聞こえるほかは何も聞こえない。

 雨竜と坂東のいる場所以外はまるで時が止まったかのような静寂が支配していた。


 第三球。

 雨竜の腕から放たれた渾身の球が、ホームベース付近でストンと落ちた。

 ワンバウンドした球をキャッチャーが見事にさばく。

 坂東のバットはまたしても音を立てて空振りした。


 坂東の顔面の筋肉が盛り上がった。

 その目は恐ろしい程の真剣さを湛えている。

 また小さな子供たちが保母さんたちにしがみついた。


 雨竜の腕から渾身のストレートが放たれた。

 坂東のバットがその球に襲いかかる。


ぐわきぃぃぃーん

 

凄まじい破壊力を秘めた音とともに、その球が雨竜の頭上、やや右方向にはじき返される。

 打席に近い位置にいた者にはなんだか焦げ臭いような匂いまでした。


 後ろを振り返って打球の行方を見ていた雨竜が打席の坂東に近づいてきた。


「まいったな。さすがは坂東さんだ。右中間を抜かれちゃいましたか」


「いや…… おい! 佐貫っ!」


「はいっ!」


「お前ならあれは捕球出来たろう!」


「え~っとぉ……」


「おい佐貫。正直に答えろ!」


 原田監督も笑顔で言う。


「はい。あのぉ、ドームなら捕れたと思います。

 でも名古屋や甲子園だったら無理だったかも知れません……」


「そうか。ならば引き分けということにしておこう」


 また原田監督が笑顔で言った。


 プロ選手の真剣勝負の迫力に呆然としていたその場の全員が、原田監督の笑顔に我に返った。

 そうして全身全霊を込めて盛大に拍手をしたのである。

 野球少年たちの中には感激のあまり泣いている者も多かった……



 坂東が言った。


「雨竜よ。一つだけ教えてくれんかな」


「なんですか?」


「最初にサインに首を振って、その後チェンジアップを投げただろう。

 俺は見事に空振りさせられたが。あれはもともと何のサインだったんだ?」


「マイッタなぁ。それ本当は企業秘密なんですけど…… 

 でもまあ、子供たちもみんな見ているし、坂東さんだから特別にお教えしますね。

 アレは、『首を横に降れ』というサインだったんですよ」


「なんと!」


 キャッチャーも笑っている。


「ボクはもともとキャッチャーのサインにはほとんど全部従うんですよ。

 だからコイツがときどき『首を横に触れ』のサインを出すんです。

 でもまあ、あの場面でいきなり出してくるとは。

 実はボクも驚いていました……」


 キャッチャーはさらににんまりしている。


「坂東さんほどの方も悩ますサインだったとは…… 

 これは来シーズンも多用するかな」


「わはははははー」


 原田監督が楽しそうに大笑いした。

 安藤グラウンドキーパー長も楽しそうに笑っていた。



 その後も雨竜投手とバッター陣との対決は続いた。

 やはりこの時期だとピッチャーの方が分がいいらしい。


 残る四人のうち一人は三振して二人が速い打球を放ったが、原田監督に「今のはショートゴロだな」とあっさり言われてしまった。

 残る一人はヒット性の当たりを放ったのだが、これもコゲ臭い匂いを放つ火の出るような打球だった……




「いかがでしたか。プロの真剣勝負を楽しんでいただけましたか」


 笑顔でそう言う原田監督の言葉に皆我に返った。

 野球好きなら皆夢にまで見る妙技を目前で見ることが出来たのだ。


 五百人の子供たち全員の歓声と、心からの拍手は選手たちにも届いたらしく、皆嬉しそうににこにこと笑っていた……




 シャワーを浴びて着替えた選手たちは、瑞巌寺学園自慢のダイニングルームに案内された。

 各テーブルに分かれて座った選手たちは、豪勢な料理の数々を驚きの目で見てチョイスを悩んでいたが、そのうちに気に入った料理を注文し始める。


 だが……

 その料理は見た目だけでは無かったのである。

 選手たちの妙技を見てプロ根性を刺激された超一流の料理人たちが、渾身の力を込めて作った逸品ばかりであった。

 その味は普段旨いものを食べ慣れている選手たちをも唸らせるに十分だったのである。



 選手たちは各テーブルで子供たちにも話しかけている。


「このお料理美味しいねぇ」


「うん」


「僕たちを歓迎するためにこんなにすごい御馳走を用意してくれたんだね」


「ううん。これいつもとおんなじお料理だよ」


「ええっ!」


「メニューはだいたいいつもの夕食とおんなじかな。今はお昼御飯だけど」


「き、キミタチ、いつもこんなに美味しいもの食べてるのっ!」


「あのね、前にいた施設ではご飯はいつもお野菜の煮物とかだったの。

 月に一度ぐらいはハンバーグとかプリンとか食べさせてもらえたんだけど。

 ボク、ここに来るまでステーキやお寿司って食べたことなかったんだ。

 でもここに来たら毎日好きなだけ食べていいよって言われたんだ」


「そ、そうだったのか……」


「あ、そのお椀に入った透明なお汁、美味しいよ。瑞祥椀って言うんだって」


「うう、こ、これがあの有名な瑞祥椀か…… う、旨いっ!」


「瑞祥椀、知ってるの?」


「ああ、これ全国的に有名なんだよ」


「へぇ~そうなんだぁ……」



 その道のプロであればあるほど他の道のプロの技はよくわかるものである。

 ラビッツの選手たちも、テーブルからよく見える厨房の料理人たちの腕の程はよくわかった。

 そしてその真剣さもよくわかったのである……



 原田監督もその料理のすべてに感動していた。

 横に座る龍一所長に言う。


「なんと言うかこの…… 魂のこもった逸品ばかりですなぁ」


「喜んでいただけてなによりです」


「あのシェフさんたちはさぞかし名のあるお方たちなのでは……」


「ええ、実はあの板長さんは天皇皇后両陛下とバチカンの法王様が来てくださったときにお料理を作られた方です。

 またあのフレンチの料理長さんは、前回のサミットの折りに各国首脳を招いた晩餐会のお料理を作られた方です」


「そ、そんなものすごい方々を今日は我々のために呼んで下さったとは……」


「いえいえ、実は毎日のように来てくださって、子供たちのために料理を作ってくださっています」


 龍一所長はにっこりと微笑んだ。


「う~む……」


 原田監督もなにやら感じ入った顔である。


 その会話は選手たちにも届いたようだ。

 予め皆、食事のときはなるべく子供たちとお話しながら食べるように、と監督から言われていたのだが、その料理のあまりの旨さに選手たちも口数が減って行った。


 当の原田監督にしてからが、さっきから無言で猛然と料理に取り組んでいる。


 だが、その姿は子供たちに充分に伝わっているようだ。

 おカネモチのはずのプロ野球選手が、こんなにも美味しそうに食べている。

 やっぱり僕たちが私たちが食べているお料理は、本当に美味しいものだったんだ、と……



 食事を終えた選手たちは、美しいデザートの並ぶテーブルに案内されてまた感動する。

 これほどまでに美しいデザートがこんなにも並んでいるとは……


 甘党の選手はパティシエに、「たくさんありますのでよろしければいくつでもどうぞ」と言われて喜んだ。


 三つも食べて、周りを取り囲んだ子供たちにウケていた……







(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ