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【初代地球王】  作者: 池上雅
第四章 【成熟篇】
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*** 7 夢の充足 ***


 ディズニーランド旅行当日の夜。


 最寄りのホテルでは、存分に楽しんだ子供たちがバンケットルームに集まって遅めの夕食を取ろうとしていた。

 大勢のホテルスタッフがたくさんの美味しそうな料理を運びこんでいる。


 そしてそのバンケットルームの入り口には、瑞巌寺学園ご一行様、という札が掛っていたのである。

 ホテルの宿泊客の多くがその札の前で立ちすくんでいた。

 何故か多くの者が涙を流している。


 そうして皆、ホテルスタッフに尋ねたのである。


「この瑞巌寺学園とは、まさかあの瑞巌寺に属する施設なのか」と……


 瑞巌寺御一行様に万が一のことがあってはとその場にいた支配人が、龍一所長にお伺いを立てに行った。

 そうして所長の快諾を得ると、バンケットルーム入口に群がる宿泊客に対して笑顔で説明したのである。


「はい。こちらはあの瑞巌寺様が運営されておられます児童養護施設、瑞巌寺学園のお子様たち御一行様でございます。

 今日はなんとあの瑞祥龍一代表様もお見えでございます」



 瑞祥龍一といえば、三尊光輝と並んでもはや日本人で知らぬものはいない。

 あの全世界一億人の命を救った、ノーベル平和賞、国民栄誉賞、そして大勲位菊花章受賞者瑞祥龍一氏である。


 続々と人数が増えていた宿泊客の中からどよめきが上がった。

 もっと多くの人々が涙を流し始めた。


 その中のひとりの老人が滂沱の涙を流しながら言う。


「これも神様の、いや仏様のお導きじゃろう。

 わしは三年前、がん宣告を受けて余命一年未満と診断されたのじゃ。

 じゃがあの瑞巌寺治療施設で見事に命を救ってもろうたのじゃ。


 じゃからこそ、今ここにこうして息子や娘や孫たちを引き連れて遊びに来られているのじゃ。

 皆瑞巌寺様のおかげなのじゃ」


 横にいた老婆もうんうん頷きながら泣いている。


「支配人さん」


「はい」


「あの子供たちはあとで売店でお土産を買うことになると思うが……」


「はい」


「その代金はすべてわしにつけておいてもらえんじゃろうか」


「よろしいのですか」


「むろんじゃ。

 このささやかな御恩返しのチャンスを逃したら、わしはこの先一生悔やんで過ごす羽目になるじゃろう。

 それを考えれば安いものじゃ」


 さすがは支配人で、この老人がさる大企業のオーナーであることも知っていた。

 支配人は笑顔で少々お待ち下さいと言って、またバンケットルームに入って行った。

 そうしてなんと瑞祥龍一代表とともに宿泊客たちの前に出てきたのである。

 宿泊客たちから悲鳴にも似たどよめきが上がった。


 先ほどの老人は更に涙を流しながら両手を床に付いた。

 そして龍一所長はその老人の前に片膝をつき、老人の手を取って立ち上がらせると言ったのだ。


「気の毒な子供たちにありがたい思し召し。

 この瑞祥龍一、心より御礼申し上げます」と……


 宿泊客たちは皆感激した。なんとあの瑞祥代表の肉声が聞けたのである。



 龍一所長がバンケットルームに戻ってからも、その場にいた多くの宿泊客たちが支配人を取り囲んでさまざまな申し出をした。

 支配人はその場に即席のブースを作り、宿泊客たちに冷静になってからご寄付のお申し出をと言いながら寄付を募った。

 自分や身内の命を救ってもらった多くの人々がこれに応じた。


 まあ、なんせ日本人だけでも八十万人もの命が救われていたのである。

 つまり日本人の百五十人に一人が救われたのだ。

 身内を含めれば日本人の五十人に一人ぐらいは瑞巌寺を恩人と思っていたのである。


 その場で申し出があった寄付の総額は、瑞巌寺学園御一行様の宿泊費の総額を遥かに上回ったという。



 そうして……

 小さな子供たちはともかく、瑞巌寺学園の子供たちにも、中学生や高校生にはこうした様子がわかったのである。

 命令や指図ではなく、感謝と善意がひとの行動原理になることもあるということが、なんとなく分かり始めたのだ……


 龍一所長は瑞巌寺に帰ってから、「これからは僕だけじゃあなくって三尊君や厳空さんたちにもディズニーランドに行く時ついて行ってもらおうかなあ」と笑顔で言っていた。


 その後、ディズニーランドツアーは月に一度の恒例行事になった。

 ホテルの予約を取るのが大変だと懸念されたが、瑞祥グランドホテルが瑞巌寺ツアーを一般ホテルにも開放していたため、それを恩義に感じていたかなりの数のホテルグループが融通を利かせてくれた。





 翌週には、瑞巌寺学園の建物の中に小ジャレた服のショップがオープンした。

 なんと瑞祥系列の店数店に声をかけ、出店を作らせてしまったのである。

 それもかなり大きな店である。


 もちろん小さな子供用の服から高校生の好みそうな服まで置いてある。

 女の子向けの可愛らしい下着類の取り揃えも充実していた。


 龍一所長が子供たちに言う。


「さあ、みんな服を買っていいよー。予算は最初の一カ月は三万円だよー。

 それ以降は月に一万円だよー。

 予算が限られているんだから、一生懸命選んで買ってねー」


 子供たちにおカネを渡すのではなく、レジで名前を言うと購入金額が入力されるシステムである。


 子供たちは皆びっくりした。

 三万円分の服どころか自分で服を買ったことすらほとんど無かったからだ。


 子供たちには分からなかったが、しかも服や靴についている値札が妙に安いのだ。

 瑞祥系列の店は、あの本家の龍一さまからの御依頼だと言うので、大慌てで商品をすべて五割引にしていたのである。

 中には八割引のものもある。

 在庫も大量にあったしカタログを見ての注文まで出来た。


 女の子たちは真新しい下着を手に入れて嬉しそうだ。

 しかも奈緒の発案でフィッターさんまでいるのである。

 試着室も充実している。

 十歳までの小さな子供たちの服は、保母さんたちが一緒に選んであげた。



 最初は皆少し心配していた。

 むやみやたらと服を買って、すぐに自室のクローゼットがいっぱいになってしまう子が続出するのではないかと心配したのだ。

 実際最初はそういう子もいた。


 だがこれも杞憂だった。

 ダイニングルームとおなじで、いつでもほとんどいくらでも服が手に入るようになると、子供たちは慎重に服を選んで本当に欲しい服しか手にしないようになったのである。


「わぁ~、このブラ可愛い~」などと言っている高校生のお姉さんたちの隣で、真っ赤になった中学生の男の子たちがトランクスを選んだりしていた……


 数日後には隣に図書室も出来た。

 漫画類の充実が素晴らしい。

 人気の少年漫画誌は、取り合いにならないよう瑞祥書店から毎週三十冊も届けられている。



 翌週には皆ひとつ上のフロアーに引っ越しをした。

 工事が終わって、膨大な数の個室が完成したのだ。

 あの入院患者とその付き添い家族のためのスペースが半分個室スペースになっている。

 あとのスペースは大リビングルームである。

 やはりふかふかのカーペットが敷き詰められて大型テレビも十五台置かれていた。


 小学校五年生以上には希望すれば個室が与えられる。

 それも八畳もあって、ベッドと机とクローゼットが作りつけになった素晴らしい個室である。


 小さい子供たちは六人ずつの部屋になったが、こちらも広くて綺麗である。

 小さい子たちに泣きながら頼まれた高校生のお姉さんが、たまにこちらで寝ていた。


 やはり当初は皆少し不安だったので、またもや百人もの中級霊たちに頼んで二十四時間体制で巡回してもらったが、驚くべきことになにも問題は発生しなかったのである。


 翌週には「空を飛んでみたい系」の希望を出した子たちを連れて、ヘリでの遊覧飛行大会が開かれた。

 高校生以上の子には、希望すればインストラクターとタンデムでスカイダイビングさえさせた。


 冬の降雪を考えて、旧病棟の隣には大きな体育館と野球用の室内練習場も作った。

 さすがにフルサイズではなかったが、内野守備の練習ぐらいは十分に出来る。

 ピッチャー用のブルペンまであった。



 あるとき、五歳の男の子が廊下を走っていて転んだ。

 まだ廊下にはカーペットが敷かれておらず、可哀想に別の子がこぼしたジュースに滑ったのだ。

 その子は脳震盪を起こしたのか意識が無い。


 すぐに瑞祥院長が飛んで来て真剣な顔で子供の容体を見ている。

 周囲に集まった看護師たちに指示して、治療施設の看護師たちにストレッチャーを持って来させるように言った。


 そこへ光輝付きの瑞巌寺の僧侶たちが担架を持って走ってきた。

 逞しい腕がたくさん伸びて、慎重にその子を担架に乗せるとエレベーターに急ぐ。


 瑞祥院長は電話でストレッチャーにエレベーターホールで待つように伝える。

 僧侶たちは急いで、しかし絶対に子供を揺らさないように担架を抱えて移動した。

 皆真剣な顔である。

 その様子は大勢の子供たちが見守っていた……



 幸いにも検査の結果、その子はただの脳震盪で、脳内出血も骨折も無かった。

 しばらく経てば目が覚めるだろうという。


 龍一所長は保母さんたちを十二人も集めて言う。


「これから皆さんは、二時間交代であの子の入院する病室につきそってください。

 その二時間の間は絶対に病室から出ないでください。

 そうして常にあの子の手を触っていてあげてください。


 そうすればあの子は目が覚めたとき、自分を心配していてくれるひとの存在に気づいてくれることになるでしょう。

 もちろんその間は他の仕事はしなくてかまいません。

 どうかよろしくお願い致します」


 そう言った所長は十二人の保母さんたちに頭を下げた。



 その子は意識が戻ったときに、自分を見つめていた優しい笑顔に気づいて安堵のあまり泣いた。

 その後はいつもその保母さんの近くにいるようになった。

 その保母さんも嬉しそうだった……



 翌日、子供たちはみんな壁にべたべたと「廊下を走るな!」と書かれた紙が貼られることと思っていた。

 だが、貼紙の代わりにびっくりするほど大勢の大人たちがやって来て、廊下中すべてに暖かそうなカーペットを敷いていたのである。


 子供たちは、自分たちを叱りもせずに、自分たちのためにすぐに対応してくれる大人たちを見て、なにやら考えている様子だった……







(つづく)


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