*** 3 児童養護施設運営***
今日は瑞祥研究所の会議室で幹部会の日である。
龍一所長、瑞祥院長、光輝、豪一郎のほかに厳空や厳真、厳上もいる。
桂華や麗子さんや奈緒ちゃんもいた。
所長が発言した。
「最近ガン患者さんも減ってきて、瑞巌寺治療施設は大分余裕が出来たみたいでしょお」
みんなが頷く。
「まあ、診療施設はいいとして、十棟もある大病棟がすかすかになっていてちょっともったいないんだよね。
今だったら全部で一棟あれば十分じゃない。
なんせ詰めれば一棟で二万人も泊まれるんだもの。
だから一応大スポンサーのアメリカとバチカンに、どうしたらいいかってお伺いを立ててみたんだよ。
そしたらさ、あれはキミたちに寄付したおカネでキミたちの判断で建てたものなんだから好きに使えって言うんだ。
壊そうがマンションにして売ろうがなにしたってかまわないって言うんだよね。
ついでに各国からの寄付金も余りまくってるんでどうしようかっていちおう相談したらさ、それももう寄付したんだから勝手に使えって言われちゃったんだ。
他の国にもこっそり聞いてもらったんだけど、もう世界中一億人もの患者さんの命を救ってもらって医療費も減って、百倍ぐらい元は取ったから後は勝手にしてくれって言うんだ。
だから、今日の議題はあの建物とおカネを今後どう使うかっていうこと」
なんとも豪勢な話である。
「おカネって、今どれぐらい余ってるんですかあ?」光輝が聞く。
「一兆円、いや一兆五千億円ぐらいかな?」
「二兆三千億円です!」
麗子さんがちょっと呆れた顔で言う。
ほかのみんながため息をついた。
「それでねー、豪一郎くんが言うにはそれだけのおカネをただ置いておくと、少しだけど経済に悪い影響があるかもなんだって」
「カネはそのまま置いておくだけではなんの仕事もしない。
使えば使うだけGDPにカウントされてその国の経済を豊かにする。
それにそれだけのカネが死蔵されていると、国全体のカネの周りが悪くなってそれも多少悪影響があるだろう。
だからせめて余った分は国債でも買って経済に還流させるべきかもしれないのだ」
「さっすが豪一郎くんだね。大学の夜学に通って勉強しなおした成果だね」
「ああ、最近経営学と経済学の講義に出ている。
学者の言うことを鵜呑みにする気は無いが、それでも新しい考えに触れられることもある」
豪一郎はもともと工学の博士号を持っているのだが、工学のような科学に比べて経営学や経済学のような社会科学は実験が出来ず、理論の再現性が無いためにあまり信用出来ないそうだ。
それでも少しは役に立つ概念もあるらしい。
それから皆で、特に建物の使い途について意見を出し合った。
マンションなどに改造して売って儲けるなどという案は論外として、なにか公共のお役に立つ使い途は無いものかと相談したのである。
意見はあまり出ず、最後に龍一所長が言った。
「それじゃあさ、新聞なんかに広告をうって、建物の使い途のアイデアを募集してみようか。
もちろんそれに縛られる必要はなくって、最終的には僕らで決めるけど……」
みんなとりあえずその意見には賛成した。
瑞祥研究所の特別アドレスや郵便受けには、余っている治療施設の建物の使い途のアイデアが殺到し、研究所の職員たちが手分けしてそれらの意見を選別した。
ろくでもない意見がほとんどだったが、彼らを頷かせるような意見もあった。
例えば、「母子家庭用の格安賃貸住宅」などという意見である。
その中でも研究所の職員たちの目を引いた手紙があった。
「わたくしは、県内○○地区で委託された児童養護施設を管理している者でございます。
下は五歳から上は高校一年生までの三十人の子供さんをお預かりさせていただいております。
お恥ずかしい話ですが、最近施設の建物が老朽化して雨漏りがひどくなってきました。
また、私と妻も高齢のために満足に子供たちの面倒も見てあげられなくなってきました。
もしもよろしければ、余っているという建物のほんの片隅でけっこうですので、児童養護施設として使わせていただけませんでしょうか。
どうかお願い致します」
早速研究所では瑞祥探偵社の協力のもとに調査部門を組織した。
ついでに霊たちにも協力してもらって実地調査にも出発してもらう。
なにしろ霊たちは誰にも気づかれずに二十四時間調査が出来るのである。
元警察官や県職員の霊に頼んだ。
二日後に調査結果が職員たちから幹部たちに報告された。
職員の目は少し赤くなっている。
「その児童養護施設には、両親が亡くなって親戚にも引き取ってもらえなかった気の毒な子供たちが三十人いました。
それも四部屋しか無い狭い建物に詰め込まれて……
管理者である老夫婦は私財も使い、近所の老人たちの助けも借りて懸命に子供たちの世話をしていますが、やはり雨漏りのひどい建物の修理は出来ないようです。
建物の屋根はビニールシートで覆われていましたが雨漏りは止まらず、雨が降った日には年長の子供たちは廊下や玄関で寝ているそうです。
冬の寒さもひどいらしく、風邪をひく子が多いらしいです…… ずびっ」
職員は涙を拭いて鼻をかんだ。
龍一所長はただちにその場で旧自治省を統括する後藤総務大臣に連絡を取った。
大臣は留守だったが、第一秘書が慌てて実に親切に対応してくれた。
第一秘書はびっくりしたのだ。
先生から聞くまでもなく、先の選挙で与党が圧倒的勝利を収めたのも、それ以前に日本の景気が大回復したのも、元はといえばすべてあの瑞巌寺のおかげである。
ついでにアメリカとバチカンの、いや全世界からの大いなる感謝も勝ち取って、日本の国際的地位まで急上昇している。
その瑞祥研究所は政治とは距離を置き、今まではまったくなんの依頼もして来なかったのだ。
とうとう陳情に来てくれたと思ったら、それが児童養護施設経営の認可申請とは……
第一秘書はもちろん瑞巌寺の経済力も知っている。
(さぞかしものスゴい児童養護施設になるんだろうな……)
第一秘書はフトそう思った。
第一秘書に県知事を紹介してもらい、所長はすぐ知事に会いに行った。
知事も大臣秘書と同じく、瑞巌寺の初めての陳情に驚いた。
あの全世界から感謝され、敬愛されているものの政治とは距離を置いていた瑞巌寺が、とうとう陳情に来てくれたのである。
しかも陳情に来てくれたのはあの瑞祥本家の次期当主、瑞祥龍一代表そのひとである。
それも用件は児童養護施設の経営とは……
喜んだ池田知事は、なにかお困りの際にはこちらにご連絡を、と言って個人の電話番号まで教えてくれた。
所長は知事に丁寧にお礼を言うとともに、県の児童養護施設認可の担当者を紹介してもらい、その場ですぐに児童養護施設運営の認可を申請したのである。
県の担当課長は、「認可に必要なものは、建物とある程度の資金と、それから養護施設運営のご経験の無い方は実績のある方の推薦状なのですが……」と言った。
龍一所長はその担当者の目を見た。
「施設運営の実績のある人の推薦状ですか…… それでは県知事でいいですか?
それとも総務大臣、いっそのこと首相の推薦状をつけますか?」
所長はルールばかりを振りかざすお役所仕事が大キライだったのだ。
担当課長は仰け反った。
「そ、そそそ、それにはおよびません」
また、所長はその場から瑞祥建設に連絡を入れて、翌日から病棟の一つを児童養護施設に相応しくリフォームしてもらえるよう依頼した。
ハンズフリーにした電話から瑞祥建設の担当者の声が聞こえる。
「おおよそ何人の子供さんたちを収容できるように致しますか?」
「とりあえず急いで百人収容できるだけの工事を始めてください。
それが終わった後も、場合によっては千人を、ひょっとしたら一万人を収容するための工事になるかもしれません」
「畏まりました。ただいまからただちに工事を開始致します。
ご予算はいかがいたしましょうか」
「むろんいくらかかってもかまいません」
瑞祥建設の営業担当者は瑞祥研究所のこうした依頼には慣れていた。
なにしろ一棟で二万人収容可能な大病棟を十棟、それも六カ月で作れと言う超絶的大工事を請け負わされたこともあるのだ。
また、支払い保証人の欄には瑞祥建設会長その人が黙って判を押すだろう。
その担当者は内心、(最大でもたったの一万人か…… 今度の依頼はラクだな)と思いながらさっそく設計部、リフォーム部、学校等公共建築部に連絡して龍一所長の依頼内容を伝えた。
県の担当課長は口を開けてこの会話を聞いていたが、その額には汗が浮いていた……
こうして瑞祥研究所は、児童養護施設の運営を始めることになったのである。
名称は瑞巌寺学園児童養護施設になった。
理事には幹部会全員が名を連ねた。
ちょっと年が足りないかなと思って筆頭様や二席さんや三席さんにも理事になってもらえないかとお願いしてみたが、三人とも涙を流して了承してくれた。
まあ、メンドウな交渉ごとは百戦錬磨のあのひとたちにお願いしておけばいいだろう。
工事は大変な数の人手が入ってどんどん進捗し、併せてすぐに養護施設の職員や保母さんが大量に雇われ始めた。
瑞祥グループ全体に候補者の推薦をお願いし、特に働き手を失った母子家庭のお母さんが優先されて雇われたのである。
むろん希望者には住居も与えられる。
候補者たちには密かに霊たちがついて、その日ごろの言動をチェックしてから採用した。
保母さんなどの職員の人数の基準は、最低でも子供たち五人につき一人とした。
そうして、まずあのお手紙をくれた養護施設の子供たちがやってきたのである。
子供たちは広大というか超巨大な建物に恐る恐る入って来ると、まず皆天井を見上げている。
どうやら雨漏りがしていないかどうかチェックしているようだった。
その後は県の担当課長の紹介で、老朽化した児童養護施設の子供たちが続々とやってきた。
まずは五か所から総計百人ほどの子供たちが集められ、それまでの施設の管理者たちも皆瑞巌寺学園の職員として再雇用した。
子供たちのお引っ越しは、幹部みんなで手伝った。
非番だった光輝も手伝おうとしたのだが、荷物を持ち上げようとしただけで応援の瑞巌寺の修行僧たちに取り上げられた。
「ほ、法印大和尚さまっ! せ、拙僧がお持ちいたしますっ!」
それではと掃除でもしようと思ったら、雑巾も箒もすべて僧侶たちに取り上げられた。
「ほ、法印大和尚さまっ! せ、拙僧がやらせていただきますっ!」
(せっかく張り切ってお手伝いしようと思ってたのにぃ……)
落ち込んだ光輝が座ってうなだれていたら、おなじくお手伝いに来た麗子さんに怒られた。
「こらっ! 光輝っ! サボってるんじゃあないっ!」
どうも麗子さんは奈緒ちゃんのことは大尊敬してお師匠様扱いをしているくせに、学生時代から光輝には厳しい。
尊敬するお師匠様が光輝にベタ惚れなのにちょっと嫉妬しているようである。
そんな様子を子供たちが遠目に見ていた……
(つづく)




