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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
11/214

*** 10 税理士試験全五科目合格***


 翌朝起きると、しばらくして部長とレックスさん、それからアロさんが部の車に乗って到着し、すぐに一行は厳攪和尚に丁重に呼ばれて本堂に出向く。

 本堂にはまた僧侶たちが全員集結している。


 厳攪和尚は再び光輝に向かって御礼の言葉を繰り返し、光輝の後上方を見上げて平らかに平伏した後、静かに言葉を発した。


「厳海や」


「はっ」


「今の三尊殿をどう見る」 


「はっ。先日と同様に三尊殿の後上方に三つの光が見えまするが、今はその光の中に尊い方々のお姿がございますっ」


「うむ。どのようなお姿の尊い方々か」 


 厳海は、もう一度光輝の後方上空を凝視すると、平伏しながら言った。


「三つの光の中にそれぞれ一柱の尊いお姿が見えまする。

 そのうち上の一柱の御方様は僧衣を纏われ大きな後光が差しています。

 下の二柱の御方々はそれぞれ武具を携えていらっしゃいます」


「よくぞ見たっ!」


 厳攪権大僧正が大音声でそう言うと、光輝と奈緒だけがびくっとした。


「そうかっ。ついにお前にも見えるようになったかっ。でかしたぞ厳海! 

 まことに祝着であるっ!」


「ははっ! あ、ありがたき幸せっ!」


「それで、お前はどのように感じたか」 


「あのように尊いお姿を、それも御三柱も一度に目にさせて頂くのはもちろん初めてでございます。畏れ多いことでございますっ」 


「うむ。あのお姿を拝させて頂くことの出来るのは、今やこの日の本でも大本山の厳正大僧正とわし、それにお主だけであろうのう」


 厳海以下の僧侶たちは、畏まって師の言葉に聞き入っている。

 厳攪は光輝に向き直った。


「三尊殿」


「は、はい」 


「貴殿の御名字、三尊というのは偶然ではなかろう。

 貴殿の御先祖が名字を決められたとき、当寺の何代も前の大先達が、貴殿の御先祖の後上方の尊いお姿に気がついて名付けられたことと思われる。

 いやその大先達こそが御先祖だったのやもしれぬ。

 それにしても見事なお姿じゃのう……」


 厳攪は光輝の方に向かってまた平伏した。

 後ろの弟子たちもそろって平伏している。

 光輝にはまだよくわからない。自分の後ろ上方をきょろきょろ見たりしている。



「厳海や」


「はっ」 


「お前は今までよく厳しい修行に耐え、霊視、霊力、体術に加え、退魔の力も会得しおった。

 だが、それだけでは十分ではなかったのじゃ。

 それ以外にも、神仏を視る力、すなわち神仏視の力も会得出来ねば、総本山退魔衆の頭領を務めることは出来ぬ」


 厳海以下全員が固唾をのんで聞き入っている。


「厳海や」


「はっ」 


「お前は今以降、厳空を名乗れ。位も僧正とする」


 厳海はのけぞった。


「し、しかし、お師匠さまっ。厳空と言えば、先の当寺大御住職様の御名跡。

 そ、それに僧正とはあまりにも……」 


「かまわぬ。

 お前は全ての修養を満たした。

 それに加えて神仏視の力を得たものに、わしのお師匠の名を譲ることこそが、お師匠様がわしに残された唯一絶対の御遺言であったのじゃ」 


 見ればいつのまにか厳攪ははらはらと落涙している。


「わしの目の黒いうちに、厳空の御名跡を弟子に授けることが出来ようとはのう。

 これは極楽に行ってからもさぞかしお師匠様に褒めてもらえるのう……」 


「し、しかし、僧正とは……」


「くどいっ! 

 先の大僧正厳空様の御名跡を、一介の僧都につけよと申すかぁっ!」 


「うははぁぁぁっ!」


 もはや厳海も平伏するのみである。

 後ろの弟弟子たちも小声で、「厳空さま」「厳空僧正さま」などと呟いていて、感動の面持ちである。泣いている子もいる。

 厳空の人望の程がよくわかる。

 そして、厳攪はその一存でこんなことまで決定できるほどの高僧なのだろう。



 厳攪はまた大音声で言った。


「これより弟子厳空に師より二つの厳命を下す!」


「ははあっ!」 


「ひとつっ。

 お前はこれより総本山に向かい、退魔衆頭領となるための最後の修行を修め、長らく空席となっていた退魔衆頭領の座につけいっ! 

 頭領在任中は、後進の育成に勤めつつ、退魔衆の職務を全うせよっ!」


「ははぁっ!」 


「ふたつっ。

 お前はこれよりこちらにおわす三尊殿の霊力と体力をお鍛えし、かつお前の全能力をもって、生涯お守りすることを誓えぃっ!」 


「うははあっ! 

 この厳空、身命を賭して師の厳命を全うすることを誓いまするっ!」

 

「うむっ。まことに祝着であるっ!」


「ははぁぁぁっ!」 


「わしが神仏視の力を得て、大先達厳攪の御名跡を頂戴したのは四十五歳のときであった。

 のう、厳空や」


「は」 


「お前はまだ二十七歳じゃ。

 ひょっとしたら宗派過去最高の頭領に成れるかもしれんの」

 

「心して精進いたしまするっ!」 



「厳川や」


「ははっ」 


 厳空よりは小さいが、それでも二番目に大きい坊主が応えた。

 厳海、いや厳空よりはだいぶ年上そうだ。


「お前は今より当寺副住職となり、わし亡き後は厳攪の名を継ぎ、この瑞厳寺住職としての職務を全うせよ」


「ははあっ!」 


「弟弟子たちの修行を助け、それぞれを立派な住職となるよう育て上げよ」

 

「うははあっ!」 


「まあ、当面は厳空もこの寺を拠点とするじゃろうから、その世話もよろしくの」 


「うははあぁっ! 心得ましてございますっ!」


 どうやらこれも大抜擢らしかった。


「まあ、お前も三尊殿と親しく接しさせていただくうちには、あの尊いお姿が見えるようになるやもしれんのう…… 

 さて、瑞祥の惣領殿や」


「はい」

 端然と龍一部長が応じる。


「それでよろしいかの」


「厳攪権大僧正さま。まことにおめでとうございまする」 

 部長も平伏した。


「そうかそうか、わっはっはっは」


 なんだかとんでもないことになったようだ。



「おお、ところで惣領殿よ」


「はい」 


「昨日の地震で、ちと本堂の屋根が傷んでの。

 出来れば瑞祥一族からまた少々寄進を頂戴出来るとありがたいのじゃがの」


「はい。心得ましてございます」 


 龍一部長はそう言うと、晴れ晴れと微笑んだ。



 豪一郎が突然咆える。


「厳海、いやさ厳空!」


「応っ!」 


「久しぶりにやるか!」


「応っ!」 


 二人は本堂の横にある道場に移動した。

 龍一部長と麗子さん。そして光輝と奈緒がぞろぞろとついて行く。

 僧侶たちも大勢が取り囲んでいる。


 道着に着替えた厳空と豪一郎が対峙して礼をした。

 格闘技には素人の光輝が見てもものすごい気合だ。


 二人が打ちあい始めた。

 見慣れない格闘技だったが、日本古武道のひとつなのだろう。


 二人の拳が相手を打つたびに、どこんどこんと凄まじい音がする。

 光輝は、もしあんなの当てられたら撲殺されそうだと恐ろしげに見ている。

 アロさんは胸に手を当ててはらはらしながら見ているようだったが、部長はいつもと同じようににこにこしながら見ていた。


 決着のつかぬまま立ち合いが終わったと見えて、二人は正座して礼をしている。

 礼が終わると、まずレックスさんが、続いて厳空さんがその場で大の字になった。


「腕を上げたな」 


 と息を荒げたレックスさんが言う。


 これも息を荒くした厳空さんが応えた。


「ぬかせ。十年も修行してもようやくお前と互角のままだ」 



「あの二人は小さい頃からのケンカ幼なじみなんだよ」 


 そう龍一部長が教えてくれた。


「二人とも強過ぎて他に相手がいなかったからね」 


 アロさんの頬がなぜか桜色に上気していた。ちょっともじもじしてたりする。


 さらに龍一部長が教えてくれた。


「あのね、退魔衆っていうのは瑞巌寺の属する宗派が持っている悪霊折伏のための専門集団のことなんだ。

 世のため人のため、そして彷徨える霊の為に活躍する特別軍団なんだけどね。

 厳攪権大僧正様は昔そこの頭領だったんだ。

 ほとんど喜捨も貰わずに実力者が良心的に働くんで、その筋では全国的に有名なひとだったんだよ。


 で、頭領が引退すると、普通総本山の大僧正になるんだけどさ。

 厳攪さんは、後進を育てたいって言って、権大僧正のままこんな田舎寺に引っ込んじゃってたんだ。


 だから今度のことはよほど嬉しかったんだろうねえ。

 喜びのあまり、三尊くんに体術といい、霊力といい、最強のボディガードまでつけちゃってさあ」 

 などと言って龍一部長も嬉しそうだった。

 そうして全員に見送られながら、光輝と奈緒はマンションまで送ってもらったのである。




 夕方の異常研の部室。

 部員全員が揃っている中で、龍一部長が光輝に向かって深々と頭を下げながら言った。

「ありがとう……」

 みんなも口々に御礼を言う。


 部長が続ける。


「僕の母親は、友人と一緒に早めのお昼用の天ぷらを揚げていたそうなんだ。

 僕の連絡を聞いて、慌てて火を消して庭に避難したそうなんだけど、揺れが収まって台所に戻ったら、天ぷらなべが床に落ちて床が熱い油まみれになっていたそうなんだ。

 お前は命の恩人だって言われたよ」


 アロさんも言った。


「うちの父親は、庭木にかけたはしごの上で庭木の手入れをしていたそうなの。

 やっぱりものすごく感謝されたわ」


 レックスさんまで言った。


「俺と龍一は論文のための実験の準備中だった。

 実験装置をウォームアップしていたんだが、お前たちからの連絡を受けて、すぐに電源を落として装置を固定して避難した。


 おかげで半年もかけて組み上げた大事な装置が無事だった。

 もしあのままだったら破裂して大破していただろうし、俺たちも無事では済まなかったろう。

 感謝する」


 みんなも興奮気味に感謝の言葉を口にした。


 また部長が口を開いた。


「それからもうひとつありがとう。

 僕の望みは一生に一度でいいから超常現象をこの目で見て、この体で体験してみたいっていうことなんだって前にも言ったけどさ。

 キミタチとつきあってたら一生の間にはその望みが叶いそうだとは思っていたけど……


 まさか知りあってたったの一年半で望みが叶うとは思ってもいなかったよ。

 あれはもう完全に超常現象だったねえ。鳥肌が出て止まらなかったよ。

 本当にありがとう」



 実はこの後も、瑞祥龍一は生涯光輝とのつき合いを続ける間に、数限りない奇跡の超常現象を目にすることになる。

 あまりの数の多さにそのうち数えることすら止めてしまうのだが……



 瑞祥一族を中心に、ナゼ地震が来るのがわかったのかと数多くの問い合わせが寄せられたが、部長たちが手分けしてはぐらかしてくれ、また口止めしていてくれたので、光輝はほとんど騒がれずに済んだ。


 部長はどうやら一族緊急連絡システムを作ったようである。

 あの気象庁の緊急地震速報システムの民間版で、取りあえず一族の中でも口の堅い人たちや、危険な工場などに厳秘を条件に配布したらしい。


 光輝たちはますます皆に受け入れられ、部の結束も固くなった。




 三年生になった光輝はまだ税理士試験の勉強を続けていた。

 その勉強方法は、大学受験のときの英語の勉強方法と同じである。

 つまり、重要な文法文を奈緒ちゃんと一緒に何度も何度も読みあげて、それから大事な単語のスペルを何度も紙に書きなぐっていく、というものだった。


 どんなに分かりにくい文法文でも、お経のように五十回も読んでいるうちに覚えてしまうものである。

 これは奈緒ちゃんが開発した勉強方法で、実に有効だった。

 それを税理士試験の勉強に応用したのである。


 光輝の勉強を手伝える奈緒ちゃんも、嬉しそうにいつも一日一時間ほどの勉強につきあってくれている。

 榊原氏に言われて合格に必要な五科目だけでなく、全ての科目を勉強していたが、実際の受験前にはさすがにそれでも五科目に絞って長めに勉強した。


 恐ろしいことに、教科書のページを開くと、小さなあの白いもやもやが現れることがあったので、そのページの内容は特に何度も読み上げてよく覚えるようにした。


 実際の税理士試験は、ひと科目二時間もかかり、全部で三日間も行われる。

 その間奈緒ちゃんは近くの喫茶店で待っていてくれた。



 試験が始まってまた光輝は驚いた。

 マークシート試験の部分は分からないところも多かったのだが、その度に選択肢のどれかの上に小さな小さなあの白いもやもやが出て来てくれたのである。

 光輝が答えを間違えると、これも小さな小さな黒いもやもやが出て来て間違いを教えてくれた。


 さらに記述式問題の設問を見た光輝は驚愕した。

 なんとあの白いもやもやが出て来た問題が、そのまま出て来ていたのである。

 模範解答は奈緒ちゃんと何十回もお経のように読みあげていたので考えなくとも答えがすらすらと書けた。


 あまりの奇跡に光輝の顔色が蒼ざめたために、試験官に、「キミ、大丈夫かね?」と聞かれたほどである。



 そうして…… 

 なんと光輝は一度で税理士試験全五科目に合格してしまったのである。

 しかも税理士試験は成績最優秀者の名前が公表されるのだが、そこには五つの「ミタカ コウキ」という名前が載っていたのだ。

 どうやら全科目満点に近かったらしい。


 奈緒ちゃんは、「すっごぉ~い、光輝さんっ!」と無邪気にはしゃいでいただけだったが、関係者友人一同は驚愕した。


 特にあの榊原源治は大驚愕した。

 五つの「ミタカ コウキ」という文字を見て震えが止まらなかったそうだ。 

 これで光輝は、実際に会計事務所などで二年間の実務経験を積めば、晴れて税理士になれることになったのである。



 だが…… 

 光輝は思っていたのだ。

(これは、あのもやもやたちは、僕に税理士になれと言っているんじゃあないな。

 それだったら僕にもっと勉強させるように働きかけていただろう。

 でもこれじゃあまるでカンニングだからな。

 だからきっと、この資格を利用してなにか別の分野で努力しろと言っているような気がする……)







(つづく)


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