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【初代地球王】  作者: 池上雅
第四章 【成熟篇】
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*** 2 お堂様 ***


 ある朝、光輝は座禅会を終えて瑞巌寺でコーヒーを頂いていた。

 光輝はコーヒーが好きだったので修行僧さんたちが毎朝淹れてくれるのだ。


 その日は火曜日で治療施設担当は崇龍さんである。

 光輝は今日は何をするかなあ、などと考えていた。


 普段はそれでもなにかと用事があったのだが、その日だけはぽっかりと予定が空いていたのである。

 奈緒ちゃんは美輝ちゃんの定期健診で今日は瑞巌寺には来ていない。


 そのとき、光輝から少し離れたところで退魔衆と何人かの若い僧侶たちが、なにやら支度をしているのが目に入った。

 足ごしらえをして背負子に荷物をくくりつけたりしている。

 光輝は彼らに近寄って何をしているのか聞いてみた。


「こ、これはこれは法印大和尚さま!

 拙僧たちはこれからあの山の頂にあるお堂様に向かって、菓子をお供えに行くところでございまする」


 あのトンネル内での事故を無くすために崇龍さんが説得し、山の頂に移転してもらった霊体が祀られているお堂のことである。

 あのときは半年に一度菓子をお供えすることになっていたが、瑞巌寺の僧侶たちも大部増えて余裕も出来たので、三カ月に一度は菓子のお供えをしているそうだ。


 光輝は行ってみたくなった。

 そう頼むと僧侶たちは慌てて厳空権大僧正にお伺いを立てに行く。


「まあ、それほど高い山でもありませんし、それに三尊殿にはたくさんの守護霊様もついていてくださることですし大丈夫でしょうが。

 くれぐれもお気を付け下さいませ」


 厳空は渋々お許しをくれた。


 霊力の高い者の目には、光輝の上空で常に周囲を警戒している五十人の超上級霊の姿が見える。


 光輝はいつも自分の身を守ってくれている上級霊たちに感謝するとともに、そんな退屈な仕事についていることを気の毒に思っていたので、厳空や厳真を通じて彼らに頻繁にお礼を言っていた。


 だが、厳空によると、彼らは日本の霊たち百二十万柱の頂点に立つ最高のエリート部隊であることを相当に誇りに思っているそうである。

 他の霊たちからの尊敬の度合いもすごいらしい。


 それにそのメンバーの多くは瑞巌寺の属する光輝宗の元僧侶だった霊であり、彼らは直に宗祖厳隆大上人様よりその任務を命ぜられたそうで、それをたいへんな名誉だと思っているそうである。


 ついでに彼らには希望すればいかなるお供えも供えられたので、お相伴に与る他の霊たちからもますます尊敬されているそうだ。



 光輝は、厳隆大上人様ともあろうお方が、いくらなんでも自分の子孫を弟子たちに警護させたりして呆れられないものかと心配していた。


 だが、超上級守護霊達は、自分たちの守護対象が、全世界一億人もの衆生になんと命を救うという大功徳をもたらしたことに驚き慄いていた。

 そうしてさすがは厳隆大上人様であらせられると感激して、いっそう任務に励んでいたのである。


 どうも光輝にはその辺りの認識が薄いらしい。

 どれだけ座禅を組んでいても、無我の境地に入っているせいで、自分が人のために努力しているという認識が全く無いかららしかった。



 厳空は、さらに十人ほどの僧侶や修行僧を呼んで光輝のお付きに加えた。

 一行は山の麓までは車で行き、そこからは二時間ほどの行程であの山頂のお堂まで歩く。


 光輝はこのミニハイキングに魅了されてしまった。

 その国有地の山は警察の手で入山禁止になっているが、瑞巌寺だけは別である。

 五年もの間僧侶たちが歩いていたので道も歩きやすい。


 さらに余裕のあるときには、バチカンの留学生たちの修養の一環として整備もしていたので実にきれいな道である。


 危険な場所も無く、途中からの景色もすばらしい。

 山頂手前からは木々も少なくなり、瑞巌寺や瑞巌寺治療施設の巨大建築が一望できた。

 遠くには光輝たちの邸すら見える。



 無事お堂様にお供えをして皆で簡単なお経をあげた後は、お堂から一段下がった平らなところでお弁当である。

 どうやらお堂を建てたときのヘリポートだったらしく、けっこう広かった。


 お弁当はもちろん料亭瑞祥が用意してくれた美味しいお弁当である。

 その場でコンロでお湯を沸かした修行僧が、光輝にコーヒーまで淹れてくれた。

 雄大な景色を眺めながらのお弁当とコーヒーは、光輝に至福の時を与えた。


(ここ…… また来たいなぁ……)

 光輝は心からそう思った。



 そのうちに退魔衆の一人が立ち上がってお堂の前に行く。

 なにやらお堂の前でしばらく座っていたが、つと立ちあがると光輝のところに来て言う。


「お堂様が、そのよい香りのする飲み物もお供えしていただけないかと丁重に御所望でございますが、よろしゅうございますでしょうか……」


 光輝はもちろんOKした。

 また修行僧が淹れたコーヒーをカップに入れてお堂にお供えする。

 退魔衆によればお堂様はすこぶるに喜ばれているとのことであった。


 砂糖とミルクを入れたコーヒーもお供えしてみるともっと喜ばれた。

 やっぱりお堂様は甘党らしい。


 また退魔衆がお堂様の前で座禅を組んで言う。


「お堂様がなにかお礼をして差し上げたいと仰られていらっしゃいますが、いかがいたしましょうか」


 光輝はこの山に来るひとたちの道中の安全をお願いした。


 帰り道に修行僧のひとりがうっかり浮き石に足を乗せて転びそうになったのだが、その修行僧の体はそのまま宙に浮いてゆっくりと地面に下ろされた。


 さすがは三百年ものの霊体であるお堂様である。

 皆はその場で山頂に向かって低く平伏して御礼すると、また下山を再開した。

 帰り道の途中、極上の清水でのどを潤した光輝は、近いうちにコーヒーを持ってまた来ようとさらに思った。




 その日、光輝は早めに瑞巌寺を後にして瑞祥スポーツに向かった。

 折からの登山ブームでスポーツ用品店には登山装備が充実している。

 光輝は最初登山靴とザックぐらいを買うつもりでいたが、ふと目をやると「単独行のススメ」と書いた小冊子がある。


 その冊子をぱらぱらとめくると、「最高の単独行。それは一人でのテント泊」というコーナーがあり、夕暮れの山の中でテントの前でコーヒーを飲んでいるひとの写真があったのだ。


 光輝にはほとんど物欲が無く、買い物も滅多にしなかったのだが、そうしたテントやコンロなどが無性に欲しくなった。

 そうしてお店のひとに頼んでその冊子に書いてあった、「単独一泊行に必要な装備一式」を全部揃えてもらったのである。


 邸に帰ってリビングでその装備一式を並べてみると、なんだかものすごくわくわくした。

 テントも立ててみた。

 けっこう簡単に建てられたが、そのテントはゴアテックス製で防水も完璧だそうである。

 光輝はテントの中にマットや寝袋も並べて横になってみた。


 ひかりちゃんが入ってきて嬉しそうにきゃっきゃ言いながら光輝の隣で横になる。

 光司くんも、ようやく歩けるようになった美輝ちゃんも大喜びで入って来て、お姉ちゃんの隣で横になった。


(あの山のお堂の下の平らな所にこのテントを立てて、ひとりで一泊したらどんなにか素晴らしいことだろうか……)

 光輝はまたわくわくした。


 奈緒ちゃんはそんな光輝の珍しい様子を見て微笑んでくれている。






【銀河暦50万8151年 

 銀河連盟大学名誉教授、惑星文明学者、アレック・ジャスパー博士の随想記より抜粋】



 今日地球の物語を綴る際に、地球の指導層が霊と呼ぶ重層次元に住む不可思議な存在を抜きにして語ることは出来ない。


 彼らは多くの場合、死後にその魂魄だけが高次空間に移動して存在しているものとされているが、当時の地球のヒューマノイドの一部には、この霊と呼ばれる存在たちとのコンタクトを可能にした者が現れたのである。


 僧侶と呼ばれる彼ら地球人の一部は、この霊たちとの友好関係を築き上げ、その能力を借りて社会体制をより倫理度の高いものにすることに成功していたのだ。


 中でもあの英雄KOUKIはこの霊たちの庇護を多く受けていた。

 生来より高次の守護霊がついていただけでなく、その力を借りて当時まだ医療技術の劣っていた地球に於いて、死病とされていた疾病患者の命を、なんと一億人分も救っていたのである。


 この行為は、結果としてKOUKIとその周囲の協力者たちが、惑星中の住民たちから指導者層として信頼される存在になる直接の原因となっていた。


 さらに彼らがお堂様と呼ぶ存在は、銀河宇宙と地球文明のファーストコンタクトに於いて、あの英雄KOUKIそのひとを直接の当事者にする役割を果たしたのである。



 後にあのRYUICHIは、筆者にこう語った。


「全てが偶然では無かったのではないかと思っています。

 あのお堂様は元々あの場所にいらっしゃったのではありません。

 ある事情であの場所に移転していただいていたのです。


 その場所に銀河の少年が遭難してお堂様に助けを求め、お堂様があの三尊くんにその救援を依頼されるとは……


 それまでの三尊くんが多くの霊たちに慕われ、助けられていたことも、そのおかげで全世界の人々に対して多大なる影響力を手にしていたことも、偶然では無かったのではないかと思っています。


 そう……

 それらはすべてあの大災厄から地球を救うために、天が用意してくれていた配剤だとしか思えないのですよ。


 たぶん私と三尊くんが出会ったのも偶然では無かったのでしょう」


 そう言ったRYUICHIはにっこりと微笑んだのである。







(つづく)


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