表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
103/214

*** 29 平和の配当 ***


 それから一時間ほど経って、ようやく姫の乗った箱が治療室から出て来た。


 VIPが乗り込むと、警護隊員たちはその平たい箱の横を歩いてついて来たが、警戒する相手はほとんどいなかった。


 VIPが姫の顔を見ると、ほんの少しだが頬に赤みが差しているように見える。

 その後彼らはやはり閑散としたアラビア語圏の病棟に案内された。

 ほとんど人のいない病室だったので、警護隊員たちもその病室の隅で寝ることが許された。


 そうしてその日の夜、姫は五日ぶりに目を開けてVIPを見ると「お父さま」と言って微笑んだのである。

 VIPの頬を涙が伝わった。


 姫は翌日の検査で快方に向かい始めていると言われた。

 その翌日の検査でも更によくなっていると言われた。


 もう頬はいつもの薔薇色になりつつあり、お父さまとたくさんお話も出来るようになっている。

 VIPの頬をまた涙が伝わっている。


 翌日VIPはシスターに他の病棟も見学させて欲しいと頼んだ。

 アメリカ・カナダ病棟だけの見学が許されたが、ここも大勢の患者や家族たちで賑わっている。

 みんな売店の食事を楽しみながら、信じられない程大勢の人々が嬉しそうに家族と喋っていた。


 おかげで帰って来たアラビア語圏病棟の寂しさがいっそう身に染みた。



 一週間後、なんと姫は歩くことが出来るまでに回復した。

 シスターに勧められて外の庭園に出てみると、そこにはありとあらゆる国から来た、ありとあらゆる肌の色をした子供たちが遊んでいる。

 姫もその中を嬉しそうに歩いている。

 彼女が歩いたのは三カ月ぶりだ。


 だが、姫と同じような肌の色をして同じような服を着た子はほとんどいなかったのである。


 その光景を見たVIPは、なにやら決心したような顔をしていた……




 帰国したVIPは、驚くほど回復した姫を連れて王宮に向かった。

 国王陛下に回復した孫娘を見て頂くためである。

 姫のことはほとんど諦めかけていた陛下はことのほか喜ばれた。

 涙も流された。

 陛下は、この聡明で美しい孫娘を非常に可愛がっていらっしゃったのである。


 そして、自身の前で立てた誓いを見事に果たした王子にも、涙ながらにお褒めのお言葉を下さり、王位継承順位七位のアル・ワリード王子はそれを誇りに思った。


 そうして国王陛下に申し上げたのである。


「畏れながら、我が国の他の男たちにも、わたくしとおなじく子供や親兄弟を守るという誓いを果たさせてやりたいと考えます」


 国王陛下は静かに仰られた。


「うむ。次の王族会議で皆を説得してみよ」


「はい、陛下。誠にありがとうございます」



 翌月、王宮の奥まった一角で王族会議が開かれた。

 煌びやかで広大なその部屋には五十人ほどの王族が集まっている。

 王やその継承順位四十位までの兄弟や王子、そして王族出身のイマームらである。


 アル・ワリード王子は、自身の娘を連れてZUIGANJIに出向き、姫が回復した経緯を詳細に語った。


 そして国王陛下の御前で立てた、陛下の孫娘を助けるためにあらゆる努力をするという誓いを果たせたと報告し、この上はこの国の民たちにも同様の誓いを果たせるよう、王族たちが彼らを助けられることを望んでいるとも言った。



「しかし不信心者の国で奴らの汚れた手に我が民を委ねるのはいかがなものか」


 うるさ型で知られる王族出身のイマーム、すなわち宗教指導者が言う。


「神のご意思により天に召されようとする者を、異教徒の手で妨害させるとは……」


 これもうるさ型の別のイマームが言った。


 他のほとんどの王族は、アル・ワリード王子の考えに同調したかった。

 だがやはりイマームの言うことにも一理ある。それゆえ迷っていたのだ。


 論争は続く。


「神のご意思により天に召されようとしておる者が、地上に残ることになったのなら、それも神のご意思なのでないか」


「イマームはことのほか異教徒がお嫌いだからのう」


「黙らっしゃいっ! 

 預言者の言をすべて理解し、神のご意思を全うするイマームに向かってなんという口をきくかっ!」


『愚か者め……』


「だ、誰じゃっ! 今イマームを愚か者などと言ったのはっ!」


『わたしである。この愚か者め……』


 その声は天から、いや地から湧くような声だった。

 聞くもの全てを畏怖させる恐ろしい程の威厳のある声である。

 そうしてその声と共に、美しく光る緑色の光球が突然部屋の天井から降りて来たのである。


「だ、誰じゃっ! 

 こ、このようなトリックで王族のイマームたるわしを愚弄するのはっ!」

 イマームは周囲の男たちを見渡した後、アル・ワリード王子を睨みつけた。


『まだわからんのか……』


 恐ろしいまでに威厳のある声が続く。


「だっ、黙れっ! 偽りの声に用は無いっ!」


『この不信心者め……』


 それは彼らにとって最高の侮辱の言葉である。


「な、なにおぉっ!」


 イマームの手は自分の権威を侵された怒りでぶるぶると震えている。


『寛大なる神は全てを許したもう。

 よろしい、一度だけそなたたちに猶予を与えよう。


 明日の昼、ここにいる王族皆で砂漠に行くがよい。

 そうして好きな場所で立ち止まり、わたしを待つがよい。

 どこでもかまわぬ。清浄なる砂漠でわたしを待ち、私の声を聞くのだ……』


 そう言うと緑の光球はまた静かに天井に消えていった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 翌日。

 王族たちは砂漠を移動していた。


 最初は砂漠用のランドクルーザーで長距離を移動し、国王の指示で車を停めるとそこからは皆で歩いた。

 そしてまた国王の指示のもと頻繁に方向を変え、最後は国王はイマームたちに命じて好きな場所で立ち止まれと仰せになる。


 男たちは立ち止ってそこに絨緞を敷いて座った。



『よろしい…… そこで我が声を聞け』


 驚いたことにすぐに昨日の声が聞こえて来た。


 誰かがスピーカーでも隠し持っているのかとイマームたちは慌てて周囲を見渡す。


『愚か者め…… まだ分からぬのか……』


 昨日とおなじく信じられぬほど威厳のある声である。


 と、そのとき遥かな高空から昨日と同じ緑色の光球がゆっくりと降りて来た。

 そして地上三メートルほどで静止する。

 ほとんどの男たちが体を前に投げ出して平伏した。


「み、皆だまされるなっ! こ、こここ、これはまやかしだっ!」


『この愚か者めがぁぁっ!』


 耳を塞ぎたくなるほどの大声と共に、晴れ渡った天の一角からイマームに雷が落ちた。

 イマームが硬直して倒れるが目はまだ開いている。

 どうやら動けなくなっているだけのようだ。



『おのれは即刻イマームをやめよ。不信心者にイマームを名乗る資格はない』


 他のイマームを含む王族全員が地にひれ伏している。


 アル・ワリード王子が震える声で言った。


「お、畏れながら…… あ、あなたさまはもしや……」


『名などどうでもよい』


 王族全員がさらに平らかにひれ伏した。皆震えている。


『神を信じる者どもよ。よく聞け。

 そなたたちに神の恩寵が下されようとしているのだ。


 己の世俗での権勢の為に、私の声すら聞こえなくなった不信心者のイマームの妨害に屈することなく、大事な大事な民の命を救うのだ。


 この国だけでなく、全ての同胞の命を、そして神が作りたもうたすべての民の命を救うため、即刻行動を起こすがよい』


「「「 うははははぁぁぁぁぁーーーっ! 」」」


 王を含む全員が声を揃えて無条件の恭順の意を示した。



 荘厳な威厳を持つ声が続ける。 


『アル・ワリード王子よ』


「はははぁぁぁぁっ!」


『そなたが先頭に立ち、そなたの姫が救われた道に全ての病んだ民を導くのだ』


「うははははぁっ!」


『もし迷うようなことがあれば、またこうして砂漠で祈るがよい。

 神の真のご意思を伝えてつかわす』


 そう言うと緑色の光球はまた静かに上空に消えていき、光球が去った後も王族たちは長いこと砂の上に身を投げ出していた……




 その日、サウジアラビア政府からZUIGANJIに手始めに百億ドルの寄付が行われた。

 また、それとともに、アル・ワリード王子が実質的なオーナーであるエミレーツ航空の航空機が、最も重篤なガン患者たちをZUIGANJI空港に運んだ。

 アラブ圏の第一便だった。


 そしてエンジェル・エアーと協議の結果、エミレーツ航空の旅客機の半分がエンジェル・エアーに現物出資の形で無償譲渡されたのである。


 ただ、サウジアラビア政府からの要望により、アラブ圏ではエンジェル・エアーの機体には砂漠と緑色の光球の絵が描かれることになる。

 その方が患者が安心するからという理由だった。


 ZUIGANJIのアラビア語棟は、すぐにアラブのひとびとでいっぱいになった。




 その後はサウジアラビア政府の協力で、バチカン聖戦霊団とはるばる日本から海を渡った元捜査霊たちが、パキスタンやアフガニスタン入りし、中国と同じ手法で対立勢力の武力衝突を阻止した。

 その数は合計百万人を超えている。


 霊たちはまた、国中を探索して国連平和維持軍に武器弾薬や爆薬のありかを知らせて押収させたが、これを妨害しようとする者もただちに硬直させられた。


 こうしてパキスタンとアフガニスタンは強制的に非武装化され、たまに素手やこん棒やナイフでの衝突が起きかけると、たちまちまた硬直したひとびとの塊が出来たのである。


 その後は平和維持軍のサポートのもと、サウジアラビアが購入した食料などの膨大な支援物資が届けられた。

 もちろん同時にすべての町に診療所が作られて、通常の診療だけでなく、その地のガン患者たちをZUIGANJIに送り込む体制も整えられている。



 既にベテランとなった聖戦霊団の次の目的地はイラクとシリアである。

 これらの地もすぐに非武装化されるだろう。


 そして一年も経てば、これらの地域に駐留する米軍がすべて撤退しても問題は無くなるはずである。

 その分削減できるアメリカ合衆国の国防費は、数年でアメリカがZUIGANJIに寄付した金額を上回ることになる。


 アメリカ合衆国は、その出資に見合った巨額の平和の配当を手にするのだ。



 聖戦霊団の霊たちは、その次にはアフリカ各地に散って、部族対立を鎮静化させるだろう。


 その後は景気回復のおかげで余裕の出来た各国からの援助によって、疲弊したアフリカも立ち直ることだろう。


 そしてアフリカのすべてのガン患者たちも救われることになるのである……







(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ