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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
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*** 27 聖遺物 ***


 大天使ガブリエルがまた微笑みながら言った。


「主イエス・キリストより皆様にささやかながら御礼の品を預かって参りました」


 ガブリエルはそう言うと、天を見上げる。

 するとまた天空から一条の光が差し込んできたが、その中には無数の天使たちがいて、なにやら荷物を持って降りて来た。


 天使たちが近くにあったテーブルの上にその荷を置く。

 それは大きな樽と、大きな籠に入ったたくさんのパンだった。


「イエス様のワインとパンでございます。

 もしよろしければ皆様お召し上がりくださいませ……」


 途端に法王猊下と枢機卿猊下が大硬直した。


「イ、イエス様のワイン…… イ、イエス様のパン……」


 天使たちが小皿とグラスを取り出して、ワインとパンを配り始めた。

 震える手でそれを受け取った法王猊下は、滂沱の涙を流されている。


「それでは皆さん、本当にありがとうございました。

 これからもよろしくお願い致します」


 大天使の発声で皆は乾杯してグラスに口をつけた。


 ワインを口に含むと、法王様と枢機卿様は、「おお…… おお……」と仰りながらまた涙を流され始める。


 天皇陛下は「こ、これは……」と仰り、皇后さまも「まあ、なんという美味しいワインでしょう」と仰った。


 光輝もその美味しいワインに驚いた。

 まだ授乳中の奈緒は残念そうな顔をしてワインのグラスを見ている。


 それに気づいたガブリエルが優しく言う。


「ああ、大丈夫ですよ。

 このワインは赤ちゃんに害を及ぼすようなことは絶対にありませんから。

 それにたぶん、赤ちゃんにもとってもいい影響があると思います。

 なにしろイエス様のワインですからね」


 大天使はそう言うとにっこり微笑んだ。


 奈緒はお礼を言うと、嬉しそうにワインを口に含んだ。

 奈緒の目も輝いた……



 それから皆の歓談が始まった。

 最初は硬直していた僧侶たちや法王様達も次第に少しリラックスし始めている。


 厳隆は瑞巌寺の僧侶たちのところに行った。

 僧侶たちは額を地面にすりつけて平伏している。

 厳攪が硬直して平伏したまま言上する。


「厳隆上人様の御尊顔を拝し、我ら一同恐悦至極にございまする」


 すると厳攪の師匠である先の大僧正厳空が「おっほん」と言う。

 慌てて厳攪が面を上げて厳空大僧正を見上げた。


「厳隆様のお姿を見てなにか気がつくことはないのかの」


 一同は慌てて面を少しだけ上げ、厳隆様を見上げた。

 どうも厳隆様の衣が前回と違う。さらに豪華に煌びやかになっている。


「厳隆様は、そなたたちの行いを寿いだお釈迦様より、大上人位を賜られた。

 厳隆大上人様となられたのじゃ」


 僧侶たち全員が「うははははははーーーっ!」と言ってまた地面に額をすりつけた。

 大上人と言えば僧階の最上位である。

 天界の僧侶にすらこれ以上の地位は無い。


 厳隆大上人様が微笑みながらお言葉を発せられた。


「お前たちの見事な働きで、わしまで出世させてもろうた。礼を言うぞ」


「そ、そそそ、そのようなもったいないお言葉を……」


「そうそう、ところで儂にもあの旨そうな椀を頂戴出来んもんかの」


 そう言った厳隆大上人は大天使を見た。

 ガブリエルも嬉しそうに頷く。


 すぐに厳上が小走りに板場に行き、間もなく大きな器を持った清二の弟子たちと共に戻って来た。

 清二板長もついて来る。



「う~む。旨いっ! 聞きしに勝る旨さじゃ!」


「素晴らしいお味ですねえ。これはもはや天の味です……」


 厳隆大上人も大天使も実に満足している。


 厳隆が清二板長に向き直って言った。


「板長殿。お亡くなりになった際には、是非極楽でこのお椀の店を開いてくださらんものかの」


 板長が盛大に仰け反った。


「いやお釈迦様を始め天界の皆さまも是非ともと仰っておられるのだ。

 どうかよろしくお頼み申す。大勢が手伝うことであろうて」


 大天使ガブリエルが少し羨ましそうな顔をした。


「おお、ガブリエル殿。もちろんその際には天国の皆さまも是非どうぞ」


「板長さま。もしも極楽で受け入れてもらえなかったとしてもご安心ください。

 天国の門は常にあなた様に開かれております」


 大上人と大天使は顔を見合わせて微笑んだ。



 厳隆大上人が言う。


「そうそう、ガブリエル殿。

 もしもよろしければ、こちらの三尊光輝めの子を守っておられる、お釈迦様の御眷属であるところの一天二将殿たちにも、イエス様のワインとパンを振舞って頂けぬものでございましょうかの」


「もちろんでございますよ」


 途端に託児所の方から三つの姿が現れて、うれしそうにこちらに歩いてきた。

 一人は僧侶の法依を着ていて、二人はそれぞれ武具を持っている。


 僧侶たちは、その方々が皆、ひかりちゃんの後上方にいる尊いお姿の方々であることに気がついた。

 全員がまたわななきながらいっせいに平伏する。


 託児所の方からひかりちゃんの泣き声が聞こえて来た。

 一天二将様たちはありがたそうに急いでワインとパンとを頂き、御礼を言うと名残惜しそうにすぐにまた急いでひかりちゃんの方に帰って行った。

 ひかりちゃんの泣き声が止んだ。



 大天使ガブリエルは、法王がためらいがちに自分を見ているのに気がついた。


「どうされましたか?」


 法王猊下は震える声で仰った。


「お、お許しください大天使さま。わ、わたくしには罪深い願いがございます」


 ガブリエルは先を促すようににっこりと微笑んだ。


「お、お許しくださいませ。

 バチカンの我が友人たちにも、イ、イエス様のワインを……」


「ご安心なさい。

 皆の大いなる働きには主イエス・キリストも大いに喜んでおられました。

 そなたがバチカンに帰られたら、聖職者や霊たちをお集めなさい。

 そのときにはまたワインとパンをお届けに参ります」


 法王猊下はわんわん泣きだした。

 ガブリエルはその肩にそっとやさしく手を当てて慰めている。


「そうそう、主よりもうひとつ伝言を預かって来ております」


 途端に法王猊下と枢機卿猊下は跪いたまま頭を深く垂れた。


「そなたが今密かに考えていることがございますでしょう。

 そうしてどうしようか悩んでいることと思います。


 ですが主イエス・キリストはお喜びです。

 キリスト教徒でなくとも聖人に認定することには、何の問題も無いとのことでございますよ」


 そう言った大天使は実に嬉しそうに微笑んだ。


「うははははーっ。お、仰せのとおりにっ!」


 法王猊下はまた涙を流されている。

 今日はよく泣いた日だ。


 また厳隆大上人も厳攪に向き直って言った。


「お釈迦様より崇龍上人殿にご伝言があるのじゃ」


「うははぁぁぁぁぁーっ」僧侶たちが畏まった。


「直接お伝えできんで残念じゃがの。

 崇龍上人には天界と地上界の行き来自由とのことじゃとお伝えしてくれ」


「と、いうことは……」


「うむ。崇龍上人はいつでもあの童子たちのおる天界の鬼子母神さまのお屋敷に行けるのじゃ。

 それもお好きなときにの。

 また、すぐに地上界に戻って来てご活躍出来るとのことじゃ……」


「あ、有難き事でございます…… きっと崇龍上人様もお喜びに……」


「うむ」


 厳隆大上人は心から嬉しそうに微笑んだ。



 厳隆大上人と大天使ガブリエルは、天界に帰る前に一同に言った。


「お釈迦様とイエス様は、ご友人にもその民にここ瑞巌寺治療施設の利用をお勧めされておられる」


「皆さまがその民たちの為に広大なスペースを用意されていること、主も実にお喜びでした」


 二人は喜ばしげに微笑んだまま、静かに天界に帰っていった……




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 託児所に戻った奈緒がひかりちゃんにおっぱいをあげていると、いつもはおっぱいを見ながら無心に飲むひかりちゃんが、びっくりした顔でおかあさんの顔を見た。


 そうして、

「どうしたのおかあさん。きょうのおっぱいいつもよりもすっごく美味しいの」という顔をしていた……




 その後、崇龍さんは自分の座禅が終わると、次に光輝と交代するまで天界に昇っていくようになった。

 交代の時間になるとまた降りて来るのだ。

 なんだか実に楽しそうだった。


 龍一所長の指示で、東京の入谷の鬼子母神さまには、毎日たいへんな量のお菓子がお供えされている。




 数日後、バチカンに戻られた法王様は、バチカン宮殿の大聖堂に入れるかぎりの聖職者を集められた。


 まもなく大天使ガブリエルが降臨され、その後からはたくさんのワインの樽とパンの入った籠を持った天使たちが続いた。


 その後は膨大な数のグラスに分けられたイエス様のワインが皆に配られたのである。

 その日の大聖堂の床は聖職者たちの涙でびしょびしょになったそうだ。


 また、緊急の通達により、全世界に散らばって活躍しているバチカン聖戦霊団に、交代で一時帰国するよう指令が出た。

 そして、その数八十万人に達する霊たちが、エンジェル・エアーの航空機に便乗してバチカンに集結すると、やはりイエス様のワインとパンが振る舞われたのである。

 こちらも皆号泣していたが、床は濡れることは無い。


 そうしてその後の彼らは更にそれまでの何倍も熱心に働くことになる。

 敬虔なキリスト教徒や聖職者たちの霊にとって、イエス様のワインやパンほどのご褒美は想像も出来なかったのだ。

 しかもイエス様がみんなよく働いてくれたから、と仰せになってくださったワインとパンだったのである。


 そのワインの樽とパンの籠は、バチカンの宝物庫に聖遺物として納められたという。



 光輝と崇龍上人が命を救ったガン患者の数は、まもなく三千万人を突破した。







(つづく)


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