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【初代地球王】  作者: 池上雅
第一章 【青春篇】
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*** 9 地震の知らせ ***


 その晩、奈緒はアロさんにメールを打った。

 アロさんから、何かわかったら深夜でもいいから連絡をくれと言われていたからである。

 メールを受け取ったアロさんは、光輝と奈緒に、今から部室まで来てくれないかと頼んで来た。


 深夜の部室にはアロさんだけでなくレックスさんもいる。

 奈緒はみんなの前で涙ながらに一部始終を話した。

 奈緒の目からは次第に大粒の涙が落ちて来ている。


 奈緒の話を真剣に聞いていたアロさんが言った。


「奈緒ちゃん。私たちが何のためにこの異常現象研究会にいるかわかる?」


 奈緒は涙を拭きもせず首を横に振った。


「私たちはね。龍一さんの親衛隊なのよ。

 まったく異常現象に興味が無いわけではないけど、一族の中でも特に龍一さんを慕う若手が集まって出来た親衛隊なの。

 このレックスはさしずめ親衛隊長ね。

 わたしは参謀長かな。


 一族の中での龍一さんの人望はものすごいんだけど、その中から特に選ばれた精鋭部隊っていうところかしら」


 光輝は頷いた。言われてみれば腑に落ちることもある。


「実はアタシってね。

 場合によっては龍一さんのお嫁さんになることも期待されているのよ。

 小さいころからね。

 理由は有力分家の娘だから。

 それに他の部員の女の子たちはそのバックアップ要員として選ばれたの。

 みんな美人でしょ」 


 光輝はびっくりして言ってしまった。


「れ、麗子さんが龍一部長と結婚するんですかっ!」


「それはわからないわ。もしもプロポーズされたら断らないとは思うけど……

 でもね…… 私も含めて女の子たちはみんな、龍一さんをものすごく慕っていて尊敬はしているけど、それは愛とは違うと思うの。

 あのひとは、尊敬されたことはあっても、本当に愛されたことは無いんじゃないかしら。

 それはあのひともよくわかっているわ」


 光輝は真剣な顔で頷いた。

 大一族の惣領息子といえども悩みはあったのだ。


「そうしてもう一つの私たちの役割は、龍一さんに取り入ろうとして近寄って来る連中を排除すること、特に龍一さんに近寄って来るたいへんな数の玉の輿狙いの女の子たちを、龍一さんから遠ざけることだったのよ。

 龍一さんって、そういう女の子たちに取り囲まれると人間不信に陥っちゃって、落ち込んじゃうから」


 奈緒も光輝も頷いている。

 その気持ちはやはりなんとなくだがわかるような気がする。


 そこで少しだけ表情を緩めた後でアロさんは言った。


「でも…… ふふふ。

 龍一さんに会うときに、ジャージにすっぴんで来た女の子って、初めてじゃあないかしら。

 さすがにびっくりしたわ。

 それも初対面のレックスの僧帽筋をぴたぴた叩くなんて」


 レックスさんは思わずそのぶっとい僧帽筋を撫で始めた。


「それに、龍一さんの素状を知って飛びついてくる女の子たちは山のようにいたけれども、龍一さんが瑞祥一族の惣領息子だって知って姿を隠した子も初めてかもね。


 それからね。

 龍一さん、あの『天使のつぶやき』っていう本を読んで泣いてたのよ。

 あんな龍一さん初めて見たわ。

 あれ、桂華さんが書いたんでしょ」


 光輝は真剣に驚いた。

 そのまま奈緒ちゃんを振り向くと、奈緒ちゃんはまだ泣きながら頷いた。


「龍一さん言ってたわ。

 本当に人を感動させられる文章が書けるひとは、本当に人を感動させられるひとだけだって……

 それにあの子、黙っていれば惚れ惚れするほどの美人だしねぇ……

 二人とも今日はどうもありがとう。後は私たちに任せてね」


 そう言うとアロさんは初めて見せる笑顔で光輝たちを見た。

 帰りはレックスさんが送ってくれた。




 翌日の市立大学。

 授業を終えた桂華は、俯いてとぼとぼ歩いていた。今日もジャージ姿である。

(今日はおばさんが手伝いに来る日だし、どこで時間を潰そうかなぁ……)


 正門を出たところで声がかかった。


「桂華さん……」


 桂華が顔を上げると、そこにはあの龍一さんが立っているではないか。

 桂華は硬直した。

 しかも龍一さんはなんとジャージ姿である。

 そうして桂華を見つめて微笑んでいるのである。 


 桂華は咄嗟に逃げようとしたのだが、足がすくんで動けない。

 そうしてなんと龍一さんは、にこにこしながら桂華に近寄って来て、桂華の肩にそっと手を置いたのだ。

 桂華の体がびくっと動いた。


「心配しましたよ桂華さん。

 それでもしよろしかったら、これから部室まで一緒に行っていただけませんでしょうか。そうですね、二人で歩いて……」


 桂華は思わず泣きながら龍一部長の胸に飛び込んでしまった。

 びっくりする学生たちに囲まれたまま、桂華はしばらく子供のように泣いていた……


 龍一部長は優しく桂華の背中に手をまわして微笑んでいる。

 桂華は龍一部長のジャージの胸の上のところに、自分の涙とハナミズがなすりつけられていることにも気がつかなかった……



 市立大学から瑞祥大学までは、歩いて小一時間ほどである。

 時折しゃくりあげてハナをかむ桂華と龍一部長は、いろいろなことを話しながら仲良さげにゆっくりと歩いた。

 部長と一緒におずおずと部室に入って来た桂華は、笑顔のみんなに取り囲まれる。

 桂華は特に奈緒の顔を見てほっとしたようだ。

 すぐにいつもの桂華に戻って行った。


 またみんなで仲良くわいわい喋っていたのだが、そのうちアロさんが言った。


「あら龍一さん。ジャージの胸の上のところがなんか汚れているわよ」


「ああ、いいんだよ」


 もちろんそのジャージはアロさんが用意したものである。


「すぐに拭かないと取れなくなっちゃうわよ」


「いいんだいいんだ。これ桂華さんのハナミズだから……」


 途端に桂華の頭上にあの架空の「ぼんっ!」という効果音が現れて、爆発的に顔が赤くなった。

 キッチンのフキンに飛びついて、部長めがけて飛んで行く。

 部長が拭かせまいとするので、部長と桂華はしばらく激しくもみあっていた。

 

 そのうちに部長が桂華の背中に手を回して抱きしめると、桂華はすぐに大人しくなった。

 桂華の顔は、血が噴き出しそうなほど赤くなっている。

 部長の胸の汚れは、やっぱりちょうど桂華の鼻の位置だった……


 アロさんは、初めて見せる笑顔で微笑んでいる。

 小恐竜たちも実に嬉しそうに微笑んでいる。

 レックスさんですら初めて見せる顔面筋を盛り上げていた……



 後日、桂華は奈緒と光輝に言った。


「やっぱアタシらしくなかったよな。

 将来のことなんかどうでもよかったんだよ。

 今が楽しければそれでいいじゃないか。

 それにしても奈緒ちゃん。本当にありがとうね」


 また別の日に桂華は奈緒と光輝に言った。


「やっぱし大金持ちの御曹司ってどこかヘンだよなー。

 龍一さんがさ、アタシの誕生日のプレゼントに何が欲しいかって聞いたんだ。

 だからナイキの新作のジャージが欲しいって答えたんだよ。

 それで市立大学の近くの店で買って貰ったんだ。今着てるコレ。

 どお、カッチョいいだろ。


 でもそのとき龍一さん、『今手持ちが30万円しか無いんですけど、それで足りるでしょうか?』って言ったんだよ。

 なー、笑えるだろ。そんなジャージどこにあるっていうんだ? 

 上だけでいいって言ったのに、上下買ってくれたから1万5千円もしたんだけどさ。 

 龍一さん安いって言って驚いて、ついでにお揃いのジャージまで買ってたぜー」


 それを聞いていたアロさんは、やっぱりちょっとびっくりしていた。

 瑞祥龍一が女性にプレゼントを贈るのはたぶん生まれて初めてのことだろう。

 しかもそれがなんとジャージだったとは……


 こうして光輝や奈緒ちゃんや、その友人たちの学生生活は幸せに過ぎていったのである。

 どうやら桂華と部長はたびたび市立大学の正門前で待ち合わせて、また一緒に歩いて部室まで来ているようだ。

 市立大学ではナゾのお揃いジャージカップルとして有名になっているらしい……





 二年生になったある日、光輝は瑞巌寺の墓地の辺りに、またなにかもやもやとしたものがあるのに気がついた。

 白くも黒くもなく、薄い小さなもやもやだったが、それが自然現象で無いことはすぐにわかった。


 その場で立ち尽くして見ていると、厳海が言う。


「三尊。あれが見えるのか?」


「あ、は、はい。厳海さんにも見えるんですか?」


「うむ。あれはそう悪いものではないから大丈夫だ。

 あれは一般には霊と呼ばれる者たちで、何かの原因でああして浮遊霊や地縛霊になっておるのだ。

 中には人に害を為す悪霊と化す者もいるが、この瑞祥の地にいた悪霊どもは全て我々が退治しておるから大丈夫だ」


「げ、厳海さんたちって、悪霊を退治出来たりするんですか!」


「ああ、全ての僧侶が出来るわけではないが、我々の中にはそうした悪霊折伏のための訓練を積んだ者もいてな。

 厳攪権大僧正様は昔そうした軍団の頭領だったお方だ」 


「へ、へぇ~」


「ところで三尊。今墓地の上に何柱ぐらいの霊が見えるかな」


「あ、は、はい。え~っと……」


 光輝がよく見れば結構な数の霊たちがいた。

 みんなふらふらしているだけで、特に何か目的があるわけでは無いようだ。


「えっと、五柱いますね」


「おお! けっこう見られるのだの。だが実際には十二柱ほどおるかの」


「えっ!」


「ここでの修業を続けるうちには、三尊にももっと見えるようになるかもしれんの。

 ひょっとしたら、それはお主の大事な役割になるかもしれん」


「はぁ……」





 ある冬の寒い日、軽い体術の修練と座禅を終えた厳海と光輝は、座禅場から本堂の方に向かって石段を下ろうとしていた。

 傍らには着膨れした奈緒ちゃんもいる。


 最近では、不思議なことに光輝は座禅中には全く寒さを感じなくなっていた。

 光輝はどうやら桂華や詩織ちゃんと同様に、自分の後上方の光の熱さを感じ取れるようになって来ているのかもしれないな、と思っている。


 そのとき光輝は立ち尽くした。

 なんと眼下の石段の下、瑞巌寺の伽藍一帯が夥しい量のあの黒いもやもやに埋め尽くされていたのである。

 思わず光輝が振り返ると、座禅場の中央にはあの白いもやもやが出ているが、よく見ればそれは微笑んでいる人の姿にも見えた。 

 そうして光輝たちを招くように優しく手を動かし、座禅場の中央を指差したのである。



「厳海さんっ!」


 光輝の真剣な大声に思わず厳海も振り返る。

 光輝は後先考えずに必死で言った。


「大きな地震が来るかもしれませんっ! 下は危険ですっ! 

 すぐに下にいる方々をこの座禅場に避難させてくださいっ! 

 全員ですっ!」 


 厳海はひとこと「応!」と叫ぶと石段を駆け下りて行った。


 光輝は奈緒を振り返って叫んだ。


「奈緒ちゃんも座禅場の真ん中に行ってっ! 

 それからおとうさんやおかあさんや異常研のみんなに、すぐに大きな地震が来るかもしれないから、火を消して安全なところに避難するように連絡してっ!」


 奈緒は返事もせずにただちにスマホを操作してみんなに連絡をしている。

 すぐにみんなから返信が入り始めた。

 だが部員の女の子の一人からは返信が無い。

 奈緒はすぐに麗子さんに電話して、その子からの返信が無いことを伝えた。

 麗子さんは、「わかったっ! マンションが近いからこれから私が行くっ!」と言って電話を切った。


 間もなく麗子さんから連絡が入り、シャワーを終えたばかりだったその子と一緒に安全な場所に避難したと伝えて来る。 

 それからしばらくはみんなも家族などに連絡をして、とりあえず火を消して安全な場所に避難するように言っていたようだ。


 その間にも続々と僧侶たちが座禅場に集結している。

 厳攪和尚も意外に軽い身のこなしで石段を昇って現れた。

 誰も光輝の言うことを疑っていないのが、かえって不思議である。

 厳海さんはあちこちに電話をしているようだ。

 どうやら近隣の同じ宗派の寺に連絡を入れているらしい。

 そうして皆、固唾を呑んで黙って座っていたのである。



 奈緒がそっと光輝に聞いた。


「光輝さん、この場所は安全なの?」


「うん。白いもやもやがここにいるように言ったんだ。

 ああ、いやそうジェスチャーで教えてくれたんだ」



 そのときどこからともなくゴーという不気味な地鳴りと共に、地面が大きく揺れ始めたのである。

 横揺れがほとんど無く、すぐに縦揺れが始まったために、それが震源地の極めて近い直下型の地震だとわかった。

 皆地面に座っていたのだが、それでも少し跳ねるほどの揺れである。


 奈緒は光輝にしがみついて来た。

 だが光輝は意外に冷静だった。

 あの白いもやもやがここにいろと言ったので、ここならば絶対に安全だとわかっていたからである。

 優しく奈緒の背中を撫でてあげると、すぐに奈緒の体の力も抜けた。



 その地震はマグニチュード七・五、最大震度五強もの大きな直下型地震だった。

 幸いにして死者はいなかったものの、あちこちで石垣が崩れたり、屋根瓦が落ちたり、料理中だった人が火傷をしたりして広範な被害が出ていたそうだ。


 揺れが収まった後に、座禅場から下を見た若い僧侶が声を上げた。

 そこからは、瑞巌寺の伽藍から落ちた屋根瓦が散乱し、大きな石灯籠が崩れ落ちているのが見えたのである。

 座禅場から下に降りる石段まで一部崩れていた。


 たまたまその日は、若い僧侶たちが大勢でその石灯籠を掃除していたそうで、もしも光輝が呼びかけなければ、大変なことになっていたかもしれなかった……



 厳攪和尚が静かに光輝の方を向いて座り、両手をついた。

 他の五十人ほどの僧侶たちも一斉にその後ろに並び、同じように両手をつく。

 遠くの方にサイレンの音が聞こえる他は、その場を静寂が支配した。


 厳攪和尚が大音声を発する。


「三尊殿っ。御礼の言葉も御座らんが、我らを救うて頂き誠にありがとう御座い申したっ!」 


 そうして厳攪は深々と光輝に向かって平伏したのである。

 後ろの僧侶たちも音をたてて光輝に平伏した。

 光輝は硬直している。


 長いこと平伏を続けた厳攪和尚は、顔を上げると光輝の後上方を見上げた。

 そうして、「うむっ!」という大きな声を上げると、再び光輝に向かって平伏したのである。


 厳海も師匠に倣って光輝の後上方を見上げ、「うおおっ!」と声を上げると、師匠と共にまた光輝に向かって深々と平伏した。


 厳攪はそうした厳海をちらりと見やり、満足そうに頷いた後、みたび光輝に向かって平伏した。

 今度の厳攪と厳海の平伏は、先ほどのものよりもさらに平らかだった。

 もう額が地面につく寸前である。



 その日、光輝と奈緒は瑞巌寺の広い宿坊に泊めてもらうことになった。

 余震の危険もあったし、帰りの道のあちこちが落石などで通行止めになっていたからである。

 電話やメールが通じるようになると、家族や異常研のみんなも無事であることがわかって光輝と奈緒はほっとした。


 部長からは、感謝のメールとともに、明日の朝迎えに来てくれるとの連絡があり、そうして部員全員には、もし出来れば明日の夕方に部室集合という連絡も入っていた。


 その晩、光輝はまたあの黒いもやもやが出て来たときに備えて、寝ずに起きていようと思っていたのだが、宿坊中に白いもやもやが優しく漂っていたので安心して寝ることが出来た。


 厳海さんにもそう言って、僧侶さんたちにも全員、宿坊の別室で寝てもらうことになった……







(つづく)


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