第71話「つかみどり無双」
「おねーちゃん! おねーちゃん! 飴ちゃん! 飴ちゃんちょーだい!」
「はいはい。順番ね」
群がるガキどもを、エナがしっかりとさばいている。
混沌に支配されたガキどもを、一直線に並ばせて、戦闘から順番に、ガラスの大瓶のなかに手を入れさせている。
Cマートに集うガキどもは、1日1回、飴ちゃん掴み取りができる。
手の中に掴みきれるだけ、飴ちゃんを持っていっていい。そうしたルールだ。
現代世界のスーパーや店で、「掴み取り」とか「詰め放題」とかいうサービスがあるが、それを見習って始めたサービスだ。
カネは取っていないけれど。
「マスター。覚えてますか」
バカエルフが俺の隣にやって来て、そう言った。
「なにを?
「エナちゃんと初めて出会ったのは、飴ちゃん掴み取りだったんですよー」
「ええ? そうだっけー?」
「ほら。忘れてる」
「うーん……。うーん……」
バカエルフに得意げに言われて、悔しいので、頑張って思い出す。思い出す。思い出す……。
「なんか、辛気くさいガキがいたような覚えがあるんだよなー。飴ちゃん、たくさん渡してやっても、一個しか自分の口には入れなくて、他のちっちゃいガキどもにみんなくれてやっちゃって、そのくせ、自分自身は手足ひょろひょろで、しっかり食ってんのかって心配になるくらいで……。だから、手の中一杯に飴ちゃんを押しつけてやったんだっけな。そのガキ。いっつも遠慮がちに人の顔色うかがってばかりだから、遊びたいならはっきり言え。欲しいことや、やりたいことがあったら、きちんと言え。ずうずうしいくらいでいいから。――って、言ったような、言わなかったような」
「ぜんぶ覚えているじゃないですか」
バカエルフは、穏やかに笑った。
「……正確に言いますと。それ以前にも何度か、顔は見せていたんですけどね。いっつも遠くから見ているだけで、お菓子も遊びも、取りにきていませんでしたから、マスターは気づいていなかったかもですねー」
「それは覚えてない」
俺は言った。本当にぜんぜん覚えてない。
ガキのなかでエナを個体認識したのが、さっきのところからで、その前は、じぇんじぇん記憶がない。
「エナちゃん。変われたのは、あれからなんですよ。マスターにとってはなんでもないことでも、エナちゃんにとっては、きっと、すごく大事なことなんですから。覚えていてあげてくださいね」
「わかってるよ」
バカエルフがまともなことを言うと、なんか、居心地がわるい。
いつもバカで「おっふおっふ♪」言ってる食い意地ばかりのイキモノが、なんか、別なイキモノになった感じがする。
「あー……」
バカエルフと二人で話しこんでいたら、なんか、悲壮な声があがった。
見れば――。ガキが半ベソをかいていた。
〝掴み放題〟に挑んだはいいが、そのちっちゃな手で掴むことのできたのは、飴ちゃんが、たったの2、3個――。
それで半ベソになっているわけだ。
「はい」
エナが大瓶のなかから飴ちゃんを掴みだして、半ベソかいてるガキの手のうえに、たくさん載せてやっていた。
「いいの!?」
「うん。握れるでしょ?」
ガキの顔は、ぱあっと明るくなった。
さっきまでの泣きベソはどこへやら、手の中いっぱいに飴ちゃんを握りこんで、その手をぶんぶん振りまわして、店を飛び出してゆく。
飴ちゃんの何個かが多いの少ないの、そんな程度のことで、あんなに浮き沈みできるガキを見ていると……。こちらもなんだか、微笑ましくなってくる。
――と、見つめている俺たちに、エナが顔を向けてくる。
「……だめだった?」
「いいや。ぜんぜん」
「そっか」
俺はうなずき返してやると、エナは自信を持った顔で、ガキたちに向き直った。
「はい。次の子ーっ。がんばって。いっぱい取ってねー」
「うん!」
すっかり訓練済みとなっているガキどもは、お姉さんに声を揃えて返事を返す。
「どうしました? マスター? にやにや笑って。気持ち悪いですよ」
「いや。しばらく前まで、エナはあっち側だったのになー、と思ってな」
〝あっち側〟というのは、並んでいるガキどもの側のことだ。
ひょろひょろと細い手足の影の薄そうな女の子は、押しの強いガキどもに押されて、列のいちばん後ろに並んで、遠慮しがちに手を出してきていたのだが……。
それがいまや、ガキどもを仕切る側に回っている。
「エナちゃんは、もう、子供じゃないって意味ですよ」
「うん?」
バカエルフがバカなことをいう。
あっはっは。なにを言ってるのかねチミは。
エナは子供じゃん。
な?
……と、俺は暖かく見守る視線で、ガキどもを整理しているエナを見た。
エナは俺が見ていることに気がつくと、流し目とともに、〝くすっ〟と微笑みを浮かべた。
あれ? いまの〝くすっ〟っていうやつ……。
意味わかんないぞ? ニュアンスわかんないぞ?
いまの〝くすっ〟は、どーゆーカンジの〝くすっ〟だったりしたのだろーか?
ま。いっか。
俺は深く考えることをやめた。
本日のCマートは、掴み取り無双だった。




