第59話「いい服」
「いい服、ですかー?」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺の問いかけに、バカエルフのやつは、きゅるんと、小首を傾げてみせた。
そんな可愛い仕草をしてみせたって、なにもやらんからなー。
「ああ。そうだ。いい服だ。――そーゆーのって、どこで売ってるものなんだろう?」
「うちで売ってるじゃないですか。てぃーしゃつ、とかいう服なら」
「バカ。ああいうんじゃねえよ。Tシャツなんて、ぜんぜんいい服じゃねえよ」
「でもいい感じの漢字。書いてありますよー。よく売れますよー」
「そりゃ。まあ。売れるが……」
Tシャツはうちの店における売れ筋商品。
それ以外の衣類は一切売れない。だがTシャツだけはよく売れる。
服が売れないことには、理由があって――。品が悪いわけでも、不人気というのでもなく、ただ単に〝需要〟がないからだ。
この世界における〝服〟というものは、ぼろぼろになって、すっかり着られなくなるまで着るものであるらしい。
現代世界のように、「去年のものを着るだなんてウッソ!? やっだー!? 信じらんなーい!?」なんていうことはない。
5年とか6年とか着る。道行く人の着ている服のビンテージ感からいうと、10年ぐらい着ているのかもしれない。
服をそれだけ長持ちさせるということは、つまり、服の買い換えも少ないということで――。
よって、服はまったく売れない。
まあ、現代世界の服のデザインが、こちらの人のセンスに合わないということもあるのだろうが――。
「服って、どこで売ってるんだろうなー」
俺はそうつぶやいた。
この異世界にきてだいぶ経つのだが、服屋というのものは、見たことがない。
それ以前にお店が少ない。
道の向かいにオバちゃんの食堂があって――。あとは、街の真ん中のほうに、鍛冶屋があって――。
剣や盾や包丁やハサミやカミソリや、ベルトのバックルやら、金属製品などを売っている。花屋もあったし。床屋もあった。
肉や穀物などの食料品なら、いつも午前中に開いてる露店街で、いつでも買える。
しかし、服の需要がないせいだろうか。
〝服屋〟という専門店は、どうも見あたらないのだ。
「つぎのバザーは、もうちょっと先になりますねー」
「どのくらいだっけ? ……エナちゃん?」
「……モームの節。まだあと7日残ってるよ?」
「じゃあ、あと、7日はやりませんねー」
「そっかー……」
ずいぶん先だな。
しかし。なんだ? モームの節とかいうの? 向こうで言うところの「月」みたいなものか?
じゃあ、毎月、月はじめの1日とかに、バザーがやるわけか。
そこで服とかも、買えるのか。
そういえば、バザーは覗いたことはなかったな。
これまでにも何回かやってたのは知ってたが……。
なんかお祭りやってんのかなー? くらいな感じで。あまり気にしていなかった。
こっちも商店主なわけで、お祭りをやっているからといって、店をほっぽり出して見にいくわけにもいかない。
「おまえの服とかも。そういうところで買ったのか」
「これはー……、いつどこで手に入れましたっけ? はて? 思い出せないです」
自分の緑色のチュニックを引っぱって、バカエルフは言う。
「なんだよ。そんなことも忘れてんのかよ。バカだ。やっぱおまえはバカエルフだ」
「うふふ。マスターより年寄りかもですよ? ――この服」
うげっ。やり返された。
ほんとだとすると、ちょっとコワいぞ。
ファンタジー世界のエルフは、じつはコワい生き物だった。
「おまえ。アウトな。色々な意味で」
「アウトになってしまいましたー」
てへぺろ、と、舌を出す。
だから。そんな可愛い仕草をしてみせたって、なんも、でねーっつーの。
服なんて買ってやらねーっつーの。
おまえの服を買う話なんか、してねーっつーの。
ぺーっ、ぺっぺーっ。
「エナちゃーん、呼んでますよー?」
バカエルフが言う。
その声に呼ばれて、エナが、「わたし?」というふうに、自分の顔を指差した。
「そう。エナだよ。エナの服だ」
「わたしの……服? あるよ? これ?」
エナはいつも着ている自分の黒い服を、ぴろっと指先でつまんでみせた。
エナの着ている服は、質素なワンピース。そして色は黒。
飾り気もなんにもない。実用一辺倒の服だ。
バカエルフのほうは、上は草色に染めたチュニックとかいうもの。下は枯れ草色のズボン。ツーピース仕様となっていて……。こちらも旅人向けの実用的な格好であるわけだが、まだ飾り気というものが感じられる。
「うーん……。それも服ではあるんだがー……。なんつーか、こう……? このあいだみたいな、なんか、かしこまった感じのときに、女の子は、いい服を着るもんなんだー」
なんとか説明しようと、俺は試みる。
しかしどうもうまく伝わらない。異世界の壁というやつか。
「ほら。このあいだ、キングのやつが、うちの店を貸し切って、お友達を呼び集めて、なにかの会をやってたじゃん? あいつらみんな、いいおベベ、着ていたじゃん?」
「おべべ?」
エナは首を傾げる。
「キングたちはいつもああいう感じですよ。ほら。一目でわかるじゃないですか」
「あそこまで、いい服じゃなくてもいいんだが。なんかこう。もうちょっとだな」
エナの黒いワンピースを、上から下まで見つめながら、俺はそう言った。
はにかんだような顔を浮かべて、膝小僧を隠した。
「このへんだと。いちばんファッショナブルなのはー。オバちゃんかなー」
オバちゃんが、いちばんファッション・リーダーっていうのは……。どうなん?
まあ外見はロリでJSだが。JCくらいかなと思ったこともあったのだが、正真正銘モノホンのJCのジルちゃんと並べて見比べてみたら、ああこれはJSだわー、と、一目瞭然だった。
「いい服……、って? どういうの?」
「ええと。だな……」
あらためて問われると、困ってしまう。
「たとえば、色が、カラフルだったりするな」
「黒……、だめ?」
「エナは黒、好きか?」
「うん。好き」
「じゃあ。黒でもいいんじゃないか? モノトーンっていうのもあるからな」
「色のほかは……、どういうの?」
「うーん。形かなー」
「かたち?」
「ほら。バカエルフは、ズボンだろ。――あとオバちゃんなんかは、ホットパンツで生足で、あと、ビスチェ? ――なんかそんなようなの、重ね着していたりするだろー」
「そうだっけ?」
エナは首を傾げている。
おーい。そこまでファッションに関心ないんか……。
「じゃあ、ちょっと見てこーい」
エナは、たたたっと、店の外に走っていった。
オバちゃんの食堂は、すぐそこだ。
やがて帰ってくると――。
「……ほんと、……だった」
息を切らせて、そう言った。
うん。一生懸命、走って見てきたんだなー。
うん。エナ。かーいー。かーいー。
「エナも、違う服、着てみるか? べつに無理にとは言わないが」
俺はそう言ってから、しばらく待った。
エナが自分の意見を口にするには、時間が必要なのだ。
「……ちょっと。着たい」
しばらくして、エナはぽつりと、そう言った。
そして、すぐそこに続けて――。
「だけど、賓人さんの迷惑になるなら。……着なくてもいいよ?」
「ふふふっ……。エナちゃん? マスターは、エナちゃんに着せたいんですよー」
「おいおい。なにを言ってるバカエルフ。べつにそういうわけじゃないぞ。バカめ。おまえはほんとバカだな」
「……着なくていいよ? へいきだよ?」
バカエルフのやつを糾弾していたら、エナが遠慮をはじめてしまった。
「ああああ。わるいわるい。ごめんごめん。俺。嘘ついた。いま嘘つきました!! エナが可愛い服着たところを、ちょっと見たいかなー、と、思った。俺が思った。エナが迷惑だったらいいんだけど。そうでないなら、ちょっとは興味あるなら、着てみてくれたらといいなー、と、思うんですけど。どうでしょうか?」
「マスター。どうして、そこ、敬語なんですかー……?」
バカエルフのやつが、くすくすと笑っている。バカめ。ほんとバカめ。
「……着てみたい、です」
エナはずいぶんと経ってから、そう答えた。
それまで針のむしろの上にいた俺は、その答えをもらって、はー、っと、息を大きく吐き出したのだった。
◇
とっておきのときのための、いいオベベを、エナに用意しよう。
と、そう決まったのはいいのだが――。
街のなかでは売ってないし。
こっち(現代)で買うにしても、どういうのを選べばいいのか、俺、わかんねーし。
困ったときには、美津希大明神――。
美津希ちゃんに頼んで、選んでもらうことになった。
美津希ちゃんはエナと会っていて、もうエナのことは知っている。お泊まりしたときにも、一緒の毛布で一晩を過ごした。
美津希ちゃんは大変ハッスルして、エナの服選びを手伝ってくれた。
美津希ちゃんと一緒に半日、一緒にあちこち回った。
俺が生まれてこのかた一度も行ったことのないような、女の子向けの店に出たり入ったりを繰り返し――。
こちらの世界ファッションが、いかに進歩しているのか、俺は思い知ることになった。
エナ向けの服を一着選ぶ。
お礼――ということで、美津希ちゃん自身の服も、一着? それとも一セット? 上から下まで一揃いを買ってプレゼントした。
美津希ちゃんは大変喜んでいたが、助かったのは、むしろ、こっちで――。
そして買ってきた服を、エナに着てもらったときには――。
はにかみながら「似合う?」と聞いてきたエナに、俺は、もちろん――「イエス」と答えた。
女の子が新しい服を着てみせたときには、いかなる場合であっても「似合う」と言わねばならない。そのくらいは心得ている。
実際。似合っていたけども。
新しい服が手に入ったが――。
エナは普段はいつもの黒いワンピースを着ている。
その服は、とっておきの日の服となった。
次回更新も2日後。
5/10(火)19時の予定でーす。
 




