第123話「エルフのお迎え(中編)」
朝――。
いつもと違って、エナと二人だけの朝。
「ごちそうさま」
缶詰とパンの朝食を食べ終えると、俺たち二人は手を合わせてお祈りをした。
エナと二人っきりだと、どうにも会話が途絶えがちである。
まあ原因は俺にあるのだが。
あー、いや! 俺じゃなくて、あんな程度のことで出ていってしまったバカエルフにあるのだ。
そうだ。そうに決まってる。
「さーて、メシも終わったし……」
俺がそう言うと、エナが、じーっと俺を見つめてきた。
はい。すいません。明日いくって、昨日、言いました。
でも明日のいつ行くとは言っていなかったから、いまでなくても、もっと後でもいいわけだけど……。
はい。いま行きます。
じー、と、見つめてくる視線の圧力に耐えきれず、俺は腰をあげた。
「はあぁぁ……」
重い重いため息を牽きながら、俺は街へさまよい出していった。
◇
まず、訪ねたのは、オバちゃんの食堂。
顔を出して、なーなー、うちのおバカでアフォなエルフ、見なかったー? と、訊ねてみた。
あいつはすぐに腹を減らすやつだから、絶対、オバちゃんの食堂に寄っていると思った。
だが回答は――。
「あんたね、そりゃぁ、あんたが悪いよ」
いきなりのダメ出しであった。
なんで、こーなった?
なにがあったんだい? と聞かれたものだから、ほんのさわりのところを話しただけなのだが……。
きのー、エルフのやつと口ゲンカしちまってさー、そしたらあいつが飛び出して――って、そこまでしか話していないのに、なぜ俺が有罪断定されているのだ? ギルティ認定されているんだ?
まったくわけがわからない。
「あの人間の出来たエルフさんが怒るくらいなんだから、あんた、相当ヒドいこと言ったんだろう?」
「いやあ……、そんなたいしたこと……、言ってねえけど……」
「まあ、他人にとっちゃたいしたことがなくっても、本人にとっては苦しいことってあるからねえ。――オバちゃんも、〝カワイイね〟って言われると、傷ついちゃうわねえ」
「え? オバちゃんのダメージポイント――そこ?」
「あんたね? オバちゃん、もう三十代なんだよ? カワイイって言われるようなトシじゃないよ」
「しかし見た目が――」
「ほら。それを言う。考えてもみなさいよ? あたしがこれまで、何度、それを言われていると思ってるんだい?」
「あー、あーあー! トラウマってるわけか」
「とら? ……と、うま? ……まあともかく、何気ない一言で、傷つくことってあるわけよ」
「そうなのか」
俺は考えた。なに言ったっけなー?
いかん。まったく覚えとらんぞー。
やべえな。会ったとき、なにを謝りゃいいんだ?
いやいやいや。なんで俺が謝る必要があるんだ? あっちが「つまんないことで怒ってごめんなさい」と言ってくるならともかく。
「ともかく、オバちゃんのとこには、来てないね。――エルフさんは」
「そっか。じゃあ他をあたってみる」
俺は肩越しに手を振って、また、街にさまよい出た。
◇
「おまえさんが悪いな」
「それはもういいから、何度も言わんでいいから」
「……? まだ一度しか言っておらんぞ?」
くそう。ドワーフのやつも、話を聞きかじっただけで、速攻、断罪してきやがった。
こんどはあれだぞ? 「エルフのやつがいなくなってさー」としか、言ってねえぞ?
なにがあっていなくなったんだとか、まるで言ってないんだぞ?
それでなぜ俺が断罪されるのだ? おいドワーフ、おまえはエスパーか?
「なぜ俺が悪いのか、根拠くらいは聞いてやろう」
「女が出ていったら、男が悪かったのに、決まっとる」
「話になんねえ。わけわかんねえ」
「……昔、一緒に住んでたドワーフの女がな。なにも言わずに出ていったのだ。長年、どうしてだろう? と、ワシは考えておったのだが……。ワシがいけなかったのだと、この歳になってわかってきた」
「おま……、結婚してたんか……?」
俺は驚きのあまり、そう言った。
「けっこん? ……なにやら知らんが、まあ、一緒に住んでおった」
「で、おまえの場合、なんで出ていかれたんだ?」
「仕事に夢中になりすぎた」
「あー……」
俺は納得した。
こいつの場合には、まあ、それだろうなー。
「まあ、とにかく来てないんだな」
「うむ。見てないな」
「どこかで見かけたりは?」
「ワシは昨日から、工房を出ておらん」
「工房の弟子たちにも聞いてくれるか? どこかで見かけたりとか」
「おーい!」
ドワーフが弟子たちに呼びかける。十数名もいる弟子たちは、エルフを見かけたか、と聞かれて、皆一様に首を横に振った。
「そっか。邪魔したな」
俺は肩越しに手を振って、また、街にさまよいだした。
◇
「おや。店主さんではないですか」
荷車を動物に引かせた商人さんと、道で出会った。
「いま帰ってきたところなので、これからお店に伺おうと思っていたところですよ」
「ああ、いま帰ってきたところですか……」
なら、昨日出ていったエルフは見ていないだろうなー。聞いても無駄だなー。
「……? なにか問題でも?」
「じつは――」
俺は事情を話した。
さすが商人さん。話の途中でジャッジメントしてくるようなことはなかった。
俺の語る話を、すべて聞き終えたあとで、何度も大きくうなずきながら――。
「女性は繊細ですからね。我々にとっては何気ない一言でも、それで傷つけてしまったかのもしれないですね」
「俺、なんて言ったのか、ろくに覚えてないんですよー」
「だいじょうぶですよ。女性はべつに謝罪を求めているわけではないんです」
「え?」
意外な言葉が、商人さんの口から出てきて、俺は耳を疑った。
「その人にとって、自分がどれだけ大事なのか。その保証を求めているんです」
「え? え? え? えーと……? つまり……?」
「帰ってきてほしい。そばにいてほしい。――と、そう伝えるだけでいいんですよ」
「あー! あー! あー!」
俺はなにか天啓に打たれたように思えた。視野がいきなり開けた。
あー! なるほどー! 女って、そっちなんだー!
なにがどうしてどうなったか――とか、原因なんて、どうでもいいんだー!
はじめて知ったーっ!!
いやー! やっぱ商人さんはすげー! イケメンはダテじゃねー!
これ、翔子のときにも知ってりゃぁなー!
そしたら……。
いやまぁ、それはいまとなっては、どーだっていいんだが……。
俺はそこで、はたと、我に返った。
「……えええ? でもそれ、いちばん難しいことなのでは?」
「たしかに。素直になることが一番難しいかもしれませんね」
商人さんは穏やかに微笑む。
うーむ。イケメンスマイルだな。このイケメンにとっては、難しくもなんともないんだろうな。
俺にはもっとも難しいことだが。
しかしほんと。さすが。商人さんだった。
同じダメ出しをしてくるのでも、商人さんは、やはり段違いだな。
◇
キングのところにも、寄ってみた。
「聞いたぞ。店主。エルフが家出をしているそうだな。まったく、おまえというやつは――」
「ぺーっ! ぺっぺっ! 話す前からダメ出ししてくるおまえこそダメだーっ! 商人さんの爪の垢でも煎じて飲め! だいたい、てめえ、上から目線で人のこと言えた義理かよ。まえにクーちゃんの件で、半ベソかきながら相談しにきたの、誰だったよ? 思春期の青臭い相談に乗ってやった恩も忘れやがって! どの口で俺を糾弾するんだ。あぁ? その口か? その口かーっ!」
「……終わったかね?」
「ああ……。すこし落ちついた」
大声をあげて騒いだら、すこし落ちついた。
「ところで、使節団の方々が、隣室に控えているのだが……。向こうも昨日は礼を失していたと言っている。こんどは建設的な話ができるとよいのだが?」
「え? いるの? まじで?」
「まじだ」
「いま?」
「いまだ」
このままトンズラしたい気分だったが、それは許してもらえないらしい。
仕方がないので、うなずいて返した。
隣室に通じる大きな両開きのドアが開かれると、昨日見かけた一団が、全員揃って入ってきた。
昨日と違うのは、全員が、フードを外していることだ。
さすがエルフだけあって、美男美女揃いだ。
顔だけだと、男と女が見分けがつかないぐらいだ。
「おい。人族。偽りをキングに伝えて我らの名誉を失墜させるとは何事か」
先頭にいた男(たぶん?)が、口を開くなり、そう言った。
だれですかー?
連中も失礼を反省しているって言ったやつはー?
「アルムシオ、貴方は口を閉ざしていなさい」
いちばん後ろにいた少女が、ぴしりと言った。
「セ――、セレスリーフ様!!」
「お黙りなさい、と、そう言いました」
エルフの美少女が、ぴしりと言うと、鬱陶しいハラスメント男は、ようやく押し黙った。
顔色が赤くなったり青くなったり、面白いから、もっと弄ってみたいところだが……。
それよりも、ようやく話の通じそうな相手が出てきたので、話を聞くことにする。
「うちの店員に用があるって?」
「貴様――!! セレスリーフ様に向かって! ――セレスリーフ様も! こののような下賤の輩と口をきいては、血が汚れます!!」
「もう。誰か。首をはねて」
こわー!! こわー!! こわー!!
さすがに本当に首をはねられることはなかったが、ハラスメント男は、仲間の手で隣室に連行されていった。
「失礼しましたわ。マレビト様」
部屋が静かになると、少女は俺にそう言った。
もっとも、少女に見えているのは見かけだけで、実年齢はもっと遙かに上なんだろう。
いまの貫禄だとか、百年や二百年って感じじゃないよなー。
「エルフってのは、みんな、ああなの?」
「彼は保守派の最右翼ですので……。ええでも、わりとそういう感じのところはあります。だから姉様も見限って、里を飛び出してしまったのでしょうね」
「肉食うから、破門されたって聞いたんだけど」
「姉様はただお一人のハイエルフですから、もし破門されるとしたら、私たちノーマルエルフのほうなんですが」
「さっきから、わけのわからない言葉が、いっぱい、飛び出してきているんだけども」
「ハイエルフというのは、私たちエルフの始祖たる種族です。定命の我らとは違い、無限の寿命を持つ方々ですが、どなたも上位次元に旅立ってしまって、この世界にはただの一人も残っていらっしゃいません。例外が、取り替え子として降臨召されたお姉様で……」
「なんかよくわからんから、そのへんはパス。……ようするに、あいつは意外とエルフのなかでエラかったってことか」
「その通りです」
「姉様っていうのは?」
そこは、ちょっと気になっていた。
「私がハイエルフの血を、八分の一ほど受け継いでおります。姉様とは遠縁で、十六分の一ほど血が繋がっておりますので、姉様、と、そうお呼びしております」
「ほー。へー。はー」
従姉妹よりも遠くって、はとことか、そのぐらいの関係かな?
まあ親戚だな。
「あれ? でもあいつの両親、人間だぞ?」
目の前の美少女は、純血のエルフにみえる。
ハーフとかなら、オバちゃんを見ているから、区別がつく。
耳のとんがり具合が違っているのだ。
「ええ。でも取り替え子の場合には、人族の先祖に血が混じっているわけです。太古の昔、人と交わったハイエルフが、どなただったのかまで、すべてわかっておりますので」
「へー」
太古、ときた。はとこの関係に「太古」とか出てくるあたり、なんかエルフっぽい。
寿命がないっていってたな。ないって、無限ってこと?
「ただ一人のハイエルフである姉様が、里を飛び出してしまってから、何十年も行方を捜しておりました」
「うへぇ……、何十年も……」
「とある街で、風の噂に、この街で有名なシイマートという店の手伝いをしているエルフの娘がいると聞きまして、もしやと思い、駆けつけた次第です」
「そんなことで? エルフだったら、けっこうあちこちにいるだろ?」
この街にも、うちのバカエルフ以外に、何人かエルフは見かけた覚えがある。
「噂に手がかりがありました。〝お肉大好き。食いしん坊さん〟――と」
あー。
そりゃ、うちのバカエルフしかいないなー。
「あ……」
俺は思いだしていた。
ケンカのきっかけは、それだったっけ。
たしか……。
俺が……、そうだ……。
なんて言ったんだっけ……。
「偽エルフ……」
「ええ。里にいた姉様を、そう言って中傷する輩もおりました。ハイエルフに導いてもらわねば、我らが里の未来はないというのに」
「ああー……っ……」
俺は頭を掻いた。
それだー……。
なんか古傷を穿っていたっぽい。
だってしょうがねーじゃん。知らなかったんだし。
あいつ、自分のことなんか、これっぽっちも話さねーし。
「それで姉様は、いま行方知れずなのだとか? お心あたりは、ありますでしょうか?」
懇願する目を向けられる。
「あー……、うん……、ないといえばないが、あるといえば、あるような……」
エルフの正統派美少女に懇願されて、俺は困っていた。
こいつら、バカエルフを連れ戻すとか、そーゆー話をしているんだよな?
しかし、何十年も探していたというし……。
うーん……。うーん……。うーん……。
……どうしよう?




