第122話「エルフのお迎え(前編)」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
「お腹がすきましたー。マスター。これ食べていいですかー」
棚の合間で商品補充をしていたエルフが、不意に、そんなことを言い出した。
「店の売り物食べてどうするよ」
「これ、しょっぱくて、おいしいのですよー」
それは塩辛いことで有名な缶詰。もちろん肉味だ。
「うまいかどうかはきーてない。おやつの時間まで我慢しろ」
三度三度、毎食毎食、肉系の缶詰を三個ずつ平らげているというのに、あいかわらず意地汚いやつである。
「おやつまで待てば、これ、食べられるですか?」
「おやつでも出さんぞ。それは売り物だって言うとろーが」
「えー……?」
「おまえは本当に食うことばかりだな。この駄エルフ」
「駄エルフでーす」
能天気な声が棚の合間から響いてくる。
褒められているとでも思っているのだろーか。
俺はため息をついた。
「言っとくが、褒めてないからな。エルフっぽくないって言ってんだ」
「………」
エルフは黙って棚の品出しを続けている。
うっしっし。効いてるな?
俺はさらなる追い打ちをかけることにした。
「エルフってゆーのは、もっとこう、高貴でノーブルな感じ? おまえぜんぜんエルフっぽくないよな。落第エルフだな。失格エルフだ」
「………」
棚に商品を出していた手が止まる。音がしなくなる。
「里から追い出されたのも、品がないせいだろー。やーい。破門エルフー。紛い物エルフー。欠陥エルフー。偽エルフー」
「………」
反撃は……、こない。
ありゃりゃ?
ちょっと言いすぎたかな? ――とか思っていたら、棚の向こうから声がした。
「……マスターになにがわかるっていうんですか」
あれ? なに? マジギレ?
「おー、わかるぞー。おまえがぜんぜんエルフらしくないってことぐらい、俺にだってわかるぞー」
「え……」
棚の合間から、詰まったような声がした。
……あれっ?
「エ、エルフっぽくなくたって……、いいじゃないですかーっ!!」
走って出てゆく音。
そして――、無音。
俺が、そうっと棚の間を覗いてみると、積みかけの商品が残されたままだった。
えーっ?
あの程度で、飛び出していくかーっ?
なんで言い返してこねーの? なんでいなくなってんの?
気がつけば……。
エナが咎めるような目線を送ってきていた。
俺は目線を逸らして、そっぽを向いた。
えーっ?
なにーっ? 俺が悪いのーっ?
◇
おやつの時間。
「エルフさん、探さないの?」
「腹が減ったら戻ってくるだろ」
エルフの席には、缶詰を三つ積みあげてやっている。肉缶だ。
普段、おやつには出してやらないが、今日は特別だ。
あいつの嗅覚は半端ないので、においを嗅ぎつけて、これで戻ってくるはず。
俺とエナは、ポテチの袋をあけて、ぼそぼそとつまんで食べていた。味とか、よくわからない。
まったくあいつは、なにをやっているのやら。人騒がせな。
ポテチの最後の一枚に伸びた手が、ぶつかった。
「あ。……エナ。食っていいぞ」
「マレビトさん。食べていいよ」
「エナが食えって」
「マレビトさん。どうぞ」
おたがいに譲りあっていると――。
「Cマートという店は、こちらで間違いないか?」
店の入口のあたりで、そう声がした。
誰かがやってきていた。
出てゆくと、フードを被った旅装束の一団がいた。
「うちがCマートだが」
俺はそう答えた。
「看板の文字はどこの文字だ。読める文字で書いておけ」
なんだこいつ。いきなりダメ出しか。
フードで隠して顔も見せない男を、俺はじろりと見返した。
「ここにエルフの娘がいるはずだ。出してもらおう」
「いねえよ」
「嘘をつけ。ここで働いていると聞いた」
「いまはいない。ちょっと……、用事で出ていっている」
ケンカして飛び出していきましたー、なんて、言うはずがない。
用事ということにした。
まあだいたい合ってる。そんなに違ってない……はず。
「なら戻るまで待たせてもらう」
なんだこいつ。
勝手に店の中に入ってこようとする一団を、俺は立ち塞がって止めた。
「おい。勝手に入るな。客でもないなら、どっかいけ」
「そうは行かない。我らは姫を――」
先頭の男がそう言いかけたところで、後ろのほうの人物がその言葉を止めさせた。
「――エルフの娘に用事がある。是が非でも会わせてもらう」
いまなにか言い直さなかったか? なんて言ってた?
――まあいいか。
「とにかく帰れ帰れ。おまえらがどんな用なのか知らんが、こっちには用はない。あと客でもないのに失礼なやつには、帰ってもらうことにしてる」
客でも失礼なやつは追い出すがな。
ここは俺の店だ。俺がルールだ。
「……なんだと? 貴様?」
ケンカ腰になった男だが、後ろのほうの人物に連中に止められる。
「……また来る」
「二度と来んな」
引きあげていった連中に、
なんなんだ。ったく。バカなエルフはいなくなるわ、変な連中は押しかけてくるわ。今日は一体何なんだ。
「エナ。塩もってこい。塩」
「……お塩?」
エナがぽかんとしていた。
ああ。このネタは通じないかもなー。現代世界でも怪しいわ。
時代劇でやってたんだよなー。追い返したあとに塩を撒くやつ。
でもなんで塩を撒くんだろ?
◇
エルフは現在、家出中だった。
探さないでください、という感じで、絶賛、家出続行中である。
なぜケンカをしてしまったのか?
それは本人にもよくわかっていない。
なんでか、カチーン! となって、売り言葉に買い言葉、彼女らしからぬ対応で、その場を飛び出してきてしまったのであった。
いつもならケンカなどしない。ケンカになどならない。
店主がガキっぽいのはいつものこと。それをしっかりわかっているエルフは、年の功あるいはいいオンナの余裕というやつで、軽くいなして、暴言あるいはやんちゃな振る舞いを、微笑ましく受け止めていた。
しかし今日に限っては、彼女自身にもよくわからない理由により、つい、言い合いになってしまった。
彼女自身もそのことに驚いて、つい、飛び出してきてしまったということもある。
エルフは道をとぼとぼと歩いていた。
ほとぼりが冷めるまで、どこかで時間を潰してこないと……。
そんなことをぼんやりと考えつつ、道を「ふいっ」と曲がったときに――。
「あれぇ?」
街並みが一変していた。
よく見知った街並みが消え去り、見慣れぬ街並みが出現していた。
エルフは振り返る。
いま曲がってきた角を戻ってみるが、そっちもやはり、見慣れぬ街並み……。
ただ……。
この街並み、まったく見覚えがないというわけではなかった。
以前、店主の世界に迷いこんだことがある。そのときに見た街並みだ。
ということは……?
プチ家出するには、いい場所かもしれない。
エルフはハミングをはじめると、こっちの世界で、唯一、知っている場所に向かうために、道を歩いた。
◇
「店主はいるか」
まったく。今日は珍客ばかり来る日だな。
こんどは珍しい顔がやってきた。
キングだ。
「なんの用だよ。買い物に来た……っていう面じゃねえよなぁ」
「先ほどエルフの使節団が来たそうだが」
「使節団? エルフ?」
なんじゃそりゃ。
「知らん。名乗りもしないよーな、礼儀と躾のなってない一団はやって来たがな」
俺がそう言うと、キングは手で顔を覆った。
そして、大きな大きな――ため息を洩らした。
「お願いだから、問題をこじらせてくれるな。国際問題になりかねないのだぞ」
「このあたりじゃ、おまえがイッちゃん偉かったんじゃないのか?」
「エルフの国は独立している。そして地理的にはクゥアルトゥムの管轄地域だ」
「なんかよくわからんが、つまり、カノジョにいいとこ見せたいとか、そーゆー話か?」
「なぜそうなるのだ? 話を聞いていたか? あれはエルフ族の正式な使節団であり、きちんと手順を踏んだ訪問であるので――」
「つまり、尻に敷かれているということだろ?」
「は? 尻に敷かれる……? そ、それはどういう意味だ?」
「その通りの意味だが。クーちゃんの尻に、おまえが敷かれているって意味だ」
「そ――!? そ、そ、そ――! そんな背徳的なっ!」
キングは顔を真っ赤にして、目をぐるぐるとさせていた。
リアルで鼻血を噴いたやつとか、これまで見たことないが……。マジで鼻血でも噴きそうな感じであった。
「……おい? だいじょうぶか?」
俺はキングに問いかけた。
「あ、ああ……。だ、だいじょうぶだ。急に成長をはじめたものだからな。体のホルモンバランスが……」
「そうか。大変だな」
まー、思春期には色々あるわなー。
女の子のことが、急に気になりはじめて、頭おかしくなったんじゃないかと心配になったり。そんな考えが不潔に思えたり。色々とな。
好きな子でエッチなことを考えるのはイケナイことだ! ――とか。俺にも、そんなことで悩んでいた時期が、あったあったー。
しかし、純情だなー。
お尻の下敷きにされる想像をしただけで鼻血ブーになりかねないとか。
もうすこし大きくなって、キスとか、その先とかに進むようになったら、いったいどうなってしまうのだ? 失血死か?
あの美少女から、「子作りしよう」と誘われているわけだよな? こいつ?
まあそれはそれとして……。
「あれって、エルフの一行だったのか」
「気づいていなかったのか?」
「気づくかよ。フードかぶったままだったし。耳の長いところも見てねえし」
そこで俺は、気がついた。
「エルフってことは……。あの連中、あいつの身内かなにかか?」
「う、うむ……。まあ、そのへんは、本人の口から語られるべきだろう。……私の口からは、〝縁のある者〟としか言いようがない」
「その本人が、いないんだってば」
「どこに行っているのだ?」
「しらん。あのバカエルフめが。どこをほっつき歩いているんだか……」
「その蔑称は彼らがいる前ではやめておいたほうがいいぞ。彼の者に対する侮辱は、国際問題になりかねん」
「わあったよ」
最近、バカエルフという呼びかたを、すこしは控えるようしていた。
でも今回は、家出なんてゆー、アホなことをしているわけだから、バカエルフでいいと思うんだがなー。
おまえは十代の小娘か? いいトシをしてなにやってんだ? 何百年とか生きてるはずだよな?
「とにかく。彼らには丁重に対応してくれ」
「約束はしかねる」
「エルフがもどったら、すぐに連絡してくれ」
「それは、まあ」
「あと――」
「まだあるのかよ」
「経緯は知らんが、ケンカの原因はおまえにあるのだろう? 早いところ探して、見つけ出して、謝っておくべきだ」
「なんでケンカしてるとか決めつけるかね。あと俺が悪いこと確定なのかよ」
「とにかく――、頼んだぞ?」
そう言うと、キングは帰っていった。
その後ろ姿を眺めつつ――。
あれ? まえよりすこし大きくなってる? いやまさか。そんなすぐに大きくなったりはしねえよなー。いくら成長期とはいっても――。
などと、そんな関係のないことを俺は考えていた。
まったく。面倒をかけさせる。
バカエルフめが。
ばーか。ばーか。ばーか。
どこ行ってんだよ。はやく帰ってこいよ。
◇
「ややっ。ここには見覚えがありますよー」
異世界の街並みは、どこも似たような風景で、どうにも見分けがつきにくかったが――。
ここには確かに見覚えがあった。
道の両側に商店が建ち並ぶ――商店街というやつだ。
お肉屋さん、八百屋さん、鍛治師さんが小躍りしそうな金物屋さん――と、きて、次のお店は、アンティークがたっぷり置いてあるお店――〝質屋〟というもので。
でっかいタヌキとかいう動物の焼き物が目印の質屋の前で、エルフは足を止めた。
店の前で打ち水をしていた少女が、こちらを見て、目を丸くしている。
「※□#@$、§☆◎!」
あー、うん。
なに言ってるか、わからない。
エルフは少女――ミツキちゃんに近づくと、言葉がわかるようにした。
具体的には、彼女の体を抱き寄せて――。
「※$△□○○? ◎£@#$?」
――そして、口をくっつけあう。
こちらの世界にも存在している〝精霊〟――にお願いをして、意思伝達ができるようにしてもらう。口をくっつけあうのは、対象者の特定のためのマーキングだ。
「エルフさん! だめー! だめですー! 女の子同士でそんなー! うれしいけどー! だめー! だめですー!」
ようやく言葉がわかるようになった。
ミツキちゃんは、じたじたじた、と、暴れている。
女の子同士だが、身長差があるので、おつむのつむじが見えている。
「はて? こちらの世界では、口をくっつけあうことに、なにか特別な意味でもあるのですか?」
「あるのかって……!? あります! ありまーす! 大ありでーす!」
「それは失礼」
やはりなにか特別な行為っぽい。
そういえば前に店主と言葉が通じるようにしたときにも、似たような反応をしていたことを思い出す。
あとで聞いてみよっと。
それはそうと――。
「ところで――。マスターのところを飛び出してきちゃったんですけど。こっちの世界に来ちゃったのは、なんかまあ、偶然ですけど。ほかに伝手もないものですから、ちょっと置いてもらえると助かるのですけど」
「えー! お泊まりですか! お持ち帰りオーケーなんですかーっ!」
「お持ち帰り……? はあ、まあ、よろしくお願いします」
「きゃーっ!」
若い《、、》女の子のノリはすごいなぁ。などと思いながら、エルフは頭を下げた。
◇
「そ、そろそろ……。ね、寝るか?」
二人っきりの店内で、俺は、おそるおそるエナに声をかけた。
バカエルフがいないと、どうもぎくしゃくしてしまう。
年頃の女の子と二人っきりっていうことを、どうも意識してしまう。
しばらく前なら、エナは子供と認識していたのだが……。
最近、だんだんと成長してきている彼女は、小さくはあるが立派にレディという認識になりつつある。
そして今夜は、無言の重圧がきっつい。
エナはもともと言葉少ないほうだが、今日はいつにも増して無言だった。
じとっとする視線が、なんだか責めてきているように感じてしまう。
これじゃまるで……。俺がバカエルフを追い出したみたいじゃんかよー。
あーもう。バカバカ。あいつバカ。あいつなんか、バカエルフで、もー充分だー。
布団ならぬ寝袋を、床に敷く。
だがいつものように「川の字」にならない。
三人いないから、一本欠けて、「川」ではなく――これでは「リ」だ。
エナが寝袋に体を納める。
寝袋の穴から顔を出して、ころん、と、こちらに傾けている。
「あしたは探しにいく?」
たぶん数時間ぶりに、エナが喋る。
「あー……? うーん……」
俺が大人の知恵で、曖昧に言葉を濁そうと画策していると――。
「いく?」
イエスかノーか、デッドかアライブかで、ずばり、聞いてきた。
「い……、いきます」
エナさん怖いです。




