第120話「ネジ無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
「いらっしゃいませ」
エナの弾む声がしたので、そちらを見ると――。
「なんだ。おっさんか」
入ってきたのは、ドワーフの鍛治師だった。
最初は怖がっていたエナだが、いまではこのドワーフによく懐いている。
「なんだとはなんだ」
「だっておまえ、客じゃねーもん。なんにも買っていかねーもん」
「ワシの目にかなう物があれば買う」
ふん、と樽のような胸を張って、ドワーフは言う。
このドワーフは、いつでもどんなときでも、こんな物言いだ。
「お茶……、緑茶でいいですか」
「うむ。頼む」
「はい」
エナがぱたぱたと店の隅に走っていった。
店の一角は、お茶を淹れるためのスペースとなっている。エナの基地だ。
狭い店のはずなのに、そういう場所が取れているのは、本当は不思議なことなのだが……。
慣れもあって、これまでまったく不思議に思っていなかった。
あるとき、そのことに気がついて、愕然としたのだが……。
うちの店には〝精霊〟とやらが棲みついているらしく、その仕業だとわかった。
店内は四次元的に拡張されていて、スペースが広がっているのだそうだ。
昔は八畳ぐらいだったはずだが、いまではコンビニくらいの広さがある。二階もできた。
外から見ると平屋なのに、二階がどこに収まっているのか、まったく不思議なのだが……。そういうものなのだと思って、考えないようにしている。
「なにか珍しい品はないのか?」
お茶を待つ間に、ドワーフは、そう言った。
「めずらしいもの、っていったってなぁ……」
俺は考えた。
いったいなにがこの職人肌のオヤジにヒットするのか、まったくわからん。
金属関係、ということだけはわかっているのだが、せっかく〝おみやげ〟を持ってきてやっても、「ふん、こんなもの、作ろうと思えば作れる」とか、返事が冷たい。
ツンデレ言語だとわかってはいるのだが、心がへし折られる。
刃物を持ってきてやっても「なまくらだな」で終わるのに、ただの空き缶で感激したりだとか、感動のツボが、まったくわからないのだ。
さて、今日はなにを渡してやろうか……。そして撃沈されてやろうか……。
と、俺がそう考えていたとき――。
「……おい。それはなんだ?」
ドワーフが急に言い出した。床を見ながら、そう言った。
「なに?」
「そこに落ちている、それだ」
「どこ?」
べつに床にはなにも落ちていない。……と思う。
「そこに落ちているだろう」
「どれだよ?」
指差すあたりに近づいて、よーく、見てみると……。
「ああ。これか」
なんか、小さなネジが一本落ちていた。数ミリくらいの、ちっちゃなネジだ。
「ただのネジだ。なんでもない」
「なんでもなくはない! かせ! よく見せてみろ!」
俺の手から奪うようにネジを取ってゆくと、虫眼鏡を出して、しげしげと見つめはじめた。
ちなみに「虫眼鏡」も、うちの品物だ。百均で何気なく売ってるものが、けっこうなヒット商品となる。
仕入れが百円だから、売値も銅貨一枚だ。
「これは精巧な細工だ……」
単なるネジをしげしげと観察したドワーフは、感極まった声で、そう言った。
「大げさなやつだな。単なるネジだぞ」
「いいや。ワシにはわかる。これには恐ろしく緻密な細工がされている。――なにに使っているものなのだ?」
「さあ? なんかの部品じゃないのか? 落っこちたんだろ」
機械関係は電気がいったりガソリンがいったりするので、店の商品としては、あまり持ちこんでいないが……。それでもネジを使うものぐらい、いくらでもある。
「ううむ……。見れば見るほど、精緻な加工だ……。ここの線条模様を見よ。なんと均一なことか。これはワシの推測だが、おそらく百分の一と狂いがない」
「そりゃまあ、ネジだからな」
ネジ山が均一でなかったら、途中で入っていかなくなったりして、困るだろ。使い物にならないだろ。
「これはなんのために使うものなのだ?」
「なんのため、って……?」
俺は手近な道具を探した。なにかネジが使われていないかと探してゆくと――。
巻き取り式のメジャーに、ネジが使われていた。ついでに、一箇所ゆるんで、ネジが落ちていた。
「あー、ここのネジだったか」
「こ、これはなんだ? ふむ……。物の長さを測る道具か。しかも金属を薄く長くして……、巻き取っているのか……」
「いまはネジの話だろ」
「はっ。そうだ」
なにこのカワイイ生き物。
「ここに穴があるだろ。そのネジは、ここにはまるんだ。それで外れないように留めてある。――おわかり?」
「おお! おおおっ! おおお――っ……! 部品同士を固定するための仕組みか! そのためか! たかがそのためだけに、こんな精緻な細工を……! いや! その発想はなかった! しかし……! 無駄だ! 無駄すぎる! ……だかそれがいい! うーむ……」
なにを感心しているのか、感心ポイントがどこにあるのか。
俺にはさっぱりわからなかった。
……が、本人が感激しているなら、まあいいのか。
「そのネジを回すための道具は……、これだ。ドライバーセットだな。そっちのメジャーと、こっちのドライバーセットとで、銀貨一枚な」
「うむ! うむ! うむ! これはぜひ研究してみねば……!!」
「おい……、銀貨一枚だっつーの……」
ドワーフは熱に浮かされたようにつぶやきながら、ネジとメジャーとドライバーセットを持って、出ていってしまった。
「あれ……? ドワーフさんは?」
リクエストの緑茶をお盆に載せたエナが、空席にきょとんとしている。
「職人魂に火が着いちまったんだと」
「そっか」
エナは笑った。
ドワーフはそういうやつなのだと、よくわかっている顔だ。
俺も銀貨一枚、もらい損ねてしまったが……。
しゃぁねーなー、と、笑顔になった。
◇
後日――。
「どうだ! 再現したぞ! ワシにできないはずがないのだ! どうだ!」
ものすごいドヤ顔で、ドワーフは胸を張っている。
「……うん。ネジだな」
俺は、ようようのことで、そう言った。
ドワーフの鍛治師が「再現した」と持ってきたネジは、十センチもある物体だった。
なにこれ? ビルにでも使うの? 橋でもとめるの? ――とかいうサイズである。
しかしまあ、ネジはネジである。
ネジ山もちゃんと切ってある。
手作りで作ったのなら、すごい細工なのでは?
しかし、こんなでっかいネジを……いったいなんに使うんだ?
ネジを作ることが目的になってしまって、なんに使うかまでは、きっと考えていないんだろうなー。
「すごい、すごい!」
「こんなの作れるの、ドワーフさん以外にいないですよー」
「そうだろう? そうだろう! そうだろうとも!」
得意がるドワーフを、俺はなま暖かい目で見守った。




