第119話「子供が欲しいぞ」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
いつもの丸テーブルのティータイムの時間。
オーク姉の姿も、今日はあった。
最近は、とんてんかん、とんてんかんと、鍛冶仕事に勤しんでいるオーク姉だった。精霊さんのサービス(?)のおかげで、Cマートには二階が出来た。
スペースが空いたからと、オーク姉の鍛冶仕事に勤しみ――Cマートの二階は、魔鉱武器の展示即売会場となっていた。
持ち帰りできない斬竜刀はともかく、手頃なサイズ(それでも二メートルはあるのだが)の武具などは、そこそこ売れているようである。
なんだか怪しげな風体の人間が一階を素通りして二階に行き、なにかを買って、ほくほく顔で帰ってゆく。
そのついでに店にも立ち寄って、冒険に役立つものだとか、かわいいアクセサリー(女冒険者)だとかを、買ってゆく。
オーク姉には、なにか一個売れたら、石を一個、穴に入れていいぞ、と言ってある。底の見えないような大穴に、恩返しするたびに石を一つ落として、その穴が埋まったら恩返し終了だそうである。気の遠くなる話だ。
ちなみに武具の売上げは、ぜんぶオーク族に入るようにしている。作っているのはオーク姉で、うちは場所を貸しているだけなので、帰りに小物が売れる程度で充分だ。
てゆうか、早く恩返しが完了して、帰っていってもらいたいのだが。
涼しい顔で紅茶を飲んでいるオーク姉を、俺は横目でちらっと見た。
ちゃんと行水してから来い。身だしなみ(フルアーマー)を整えてから来い。と言いつけてあるので、汗を落として髪も整えて、ぴしっと鎧を着込んでいるので、美人度もあがっている。
足を高々と組み、優雅にティーカップを傾けているその様を見ている限りでは、デキる系のお姉さんにしか見えない。
中身はとんだポンコツなんだがなぁ……。
そういや、見た目、デキる系美人で、中身ポンコツ――といえば、翔子もいたっけなぁ。あれも相当なポンコツだった。しばらく暮らしてみて、本当によくわかった。
でも見た目はキリッと凜々しい、武道系ポニテ美人なんだよなー。
そーゆーオンナに、縁があるのか。俺は。
「紅茶……。おかわり、です」
「うん。ありがとう」
「あっ……」
デキる系美人は、紅茶を持ってきたエナを、とらまえた。
ひょいと子猫みたいに持ちあげると、膝の上にホールドしてしまう。
膝の上に収まったエナも、まんざらではない様子。お姉さんの大きなおっぱいを枕にして、すっぽりと収まっている。
お姉さんは目を細めて、かいぐりかいぐりと、エナの頭を撫でている。
エナもうっとりと目を閉じて、頭を撫でられるままにされている。
その二人の様子は、まるで……。
「どうした……? 店主どの?」
「いやぁ……」
目線のしっぽを捉えられて、そう聞かれる。
母親と子供みたいだなぁ、なんて思っていたとか、言えない。
「私も正直、驚いていてな。オークの里にいたときには、こんなふうに子供と触れあうことはなくてな」
「わたし。大人です」
「ああ。うん。そうだな。もちろん」
大人主張をするエナの頭を、かいぐりかいぐり。
膝の上に抱っこされて、すっかり甘えきっているのに、そんな主張をしてくるエナが……。うん。かーいー。かーいー。
「自分でも驚きだ。こんな優しい気持ちになるとは」
そう言って、エナの髪を指で梳く。その顔はまるで母親のようだ。
「こうなると、やはり欲しくなってしまうな」
オーク姉は物騒なことを言い出した。
そしてその顔を俺に向けると――。
「――店主殿。子供が欲しいぞ」
まったく、なにを言い出すのだ。このアホは。
「おま、ほんと、真っ昼間から、ぐいぐいくるよなー」
「ふむ? では夜であればいいのか?」
「いやそういう問題ではなくてだな……」
「だめ」
膝の上から、エナがぴしりと言う。首をすごい角度で上に向けて、オーク姉に言う。
エナは「子供を作る」の意味がわかっている。
「族長として、後継者が必要なのだ」
エナの頭を撫でながら、オーク姉が言う。
エナがんばれ。俺は心の中でこっそりと応援した。
「でも……」
「妹が欲しくはないか?」
「え?」
突然の申し出に、エナが言葉を詰まらせている。
「弟でもいいな。どうだ? 弟妹が欲しくはないか?」
「あ……、えと……」
エナは迷っている。
おい!? ちょっと!? エナさん!?
エナが最後の防波堤なんだから! そこはぴしりと! 「だめ」ってクールビューティ的に言ってくれないとだめでしょーがー!!
「子供ができたら、エナにも抱かせてやろう。ほら。こうして私がエナを抱っこして、エナが子供を抱っこするのだ」
「あっ……、う~ん……、う~ん……」
エナ。そこ。迷うところ違うから!
ノーと言えるエナが素敵だから!
俺の心の応援もむなしく、エナはオーク姉の膝の上で、ずーっと悩み続けていた。




