第118話「精霊さん」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
客も途絶えて、カウンターに頬杖をついていた俺は、ふと、店内を見回した。
エルフとエナが棚に商品補充をやっている。棚がいくつも並んでいる。
片隅には丸テーブルがあり、喫茶スペースとなっている。反対側の隅には、エナの段ボールハウスがある。
壁には巨大な鉄塊――斬竜刀がかかっていて、その他、うちの店の名物のチェーンソー――「ゾンビクラッシャー」も展示されている。
けっこう物が増えているなぁ、と、俺は思った。
この店をはじめたときには、八畳ほどの広さの床に、最初の商品だった塩のほかにはほとんど品物がなく、スペースはほとんど空いたままで、がらんと寂しい状態でスタートした。
それがいまでは、こんなにたくさんの品物が――。
品物が――。
……あれ?
俺はもういちど、よく、店の中を見回した。
うちの八畳ほどの広さのはずなのだが……。
はずなのだが……?
なんか、広くね?
これどう見ても八畳なんて広さじゃないぞ?
「なぁ……」
俺はエルフに声をかけた。
「なんですかー?」
「なんか……、変じゃね?」
「なにがですかー?」
「おまえってさ、うちの店がオープンしたときから、いたよな?」
「最初からはいませんでしたけど、だいぶ昔からいましたね」
「うちの店なんだけど、なんか変じゃね?」
「べつに変じゃないですよ」
「いやいやいや。明らかにおかしいだろ。前はこんな広くなかったろ」
「べつにおかしくないですよー」
「そっかなぁ……?」
気のせいなのかなぁ、と、俺が納得しようとしたとき――。
「精霊さんが棲みついてますから、べつにそのぐらい、あたりまえですって」
「はい?」
俺は頬杖から顔を離して、エルフに向いた。
「なんつった? いま?」
「広くなってるのは、おかしくないですよって」
「いや、その前」
「私、昔からいましたよ」
「前すぎ」
「どのへんですか? なんかおかしなこと、わたし、言いましたっけ?」
エルフがエナに問いかける。
エナも小首を傾げて返す。
「精霊さん……に、お礼、してるよ?」
エナがそんなことを言う。
「それだーっ!」
俺はびしりと指差して、そう叫んだ。
「……どれ?」
「いま言ったやつ!」
「精霊さん?」
小首を傾げながら、エナは言う。
「そう! それ!」
「精霊さんがどうしたんですか?」
「なんなの? それ? 俺、知らないんだけど?」
「マスターの世界には、精霊さん、いないんですか?」
「いるわけないだろ。ファンタジー世界じゃねーんだから」
「ふぁんたじぃ……? って、なんですか?」
「それはだな……」
説明しかけて、俺はすぐに諦めた。
ファンタジー世界の住人に、ファンタジーを説明するのは、ちょっと無理な気がした。
「そんなことよりも、精霊だよ。それってなんなんだよ」
「建物には建物の精霊が棲むことがあります」
「それって、どんなやつ?」
「さあ? 見たひとはいないんですよ。精霊さんは、人が見ていないときに動きますから」
「精霊って、なにするの?」
「ちょっとしたお手伝いをしてくれることがあります。片付けしてくれたり。掃除をしてくれたり。お菓子をお礼に出しておくと、色々やってくれますよ」
「お礼。あげてるよ」
エナが言う。
「あれ? ひょっとして、いつものあれって……、それか?」
「うん」
エナがうなずく。
いつもエナが、お菓子をちょっとだけ残して、紙に包んで持っていくことには気づいていた。
段ボールハウスに持ちこんで、食べているのかと思ったのだが……。
あれが精霊さんとやらのごはんだったとは。
「うちの店に棲んでいる精霊さんは、かなり高レベルの精霊さんみたいでして……。空間拡張とかもしてくれてますねー」
「は? くうかんかくちょー……? なにそれ?」
「部屋の大きさを大きくしてくれているんですよー。うちは物がいっぱいですから。精霊さん、気を使ってくれたんでしょうねー」
「は? 大きさを……、大きく? どゆ意味?」
「ちょっと外に出て、見てみましょうか」
エルフに連れられて、表に出る。エナもとことこと、ついてくる。
「ほら。うちの店って、外から見ると、こんなくらいじゃないですか」
こじんまりとした八畳サイズの平屋である。
「じゃ、中に戻りましょー」
エルフに連れられて、中に戻る。エナもとことこと、ついてくる。
「ほらー。外より広いでしょー」
「ん? ん? んーっ!?」
俺はあわてて、店の中と外とを行き来した。
おかしい!?
どう見ても、何度見ても、店の中身が、外側の建物に入ってない!?
どうなってんの!? これ!?
「ですから、精霊さんが空間拡張してくれているんですってばー」
「うええええーっ!?」
「そうでもなかったら、あんな大きな剣、斬竜刀って言うんでしたっけ? あんなのが、そもそも入るはずないじゃないですか」
「店主殿は、よほど精霊殿に好かれているとみえる。本人に自覚がなかったとは驚きだが。――さすが私の見込んだ牡」
オーク姉が裏の小屋から出てきて、なんか言ってる。
「そういえば、店が広くなったのって、あの剣を置こうとしたときでしたねー」
「ふむ。私の無理が結果的に店主殿の役に立ったというわけか。――なら、もっと無理を言ってみようか。精霊にもっと頑張ってもらえると、あと何本も剣が置けてよいのだが」
エルフとオーク姉が、なんか話してる。あたりまえのように会話してる。
「なに? なんなの!? 知らなかったの! 俺だけ!? 俺だけなのーっ!?」
エナが、こくんと首を折るようにしてうなずいた。
「うぎゃーっ!」
俺はショックのあまり、取り乱した。
「マスター。うるさいですよ」
「店主殿。精霊に認められるというのは名誉なことだぞ」
「べつに騒ぐことじゃないですってばー。だから言ったじゃないですか。〝なにもおかしなことは起きてません〟――って」
ほっとけ。
こっちの世界の人間にとってはあたりまえのことでも、俺にとっては、大騒ぎすべきことなのだ。
俺が落ちつくには、しばらくかかった。
◇
後日――。
店を広くしてくれている〝精霊さん〟とやらに感謝を示し、お菓子をおそなえした。
壁の上のほうに、神棚みたいなものを作って、そこにお酒とお菓子をお供えしてみた。
そうしたら――。
「うぎゃー! なんか階段ができてるー!?」
翌朝になって――。
あるはずのない二階へと続く階段が、出現していた。
平屋のはずのCマートに、二階ができてしまった。




