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第117話「バレンタインデー」

 いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。


「マスター、マスター。〝ばれんたいんでー〟――というのは、なんですか?」

「は?」


 バカなエルフが、いきなりへんなことを言ってきたので、俺は、口をあんぐりと開けて問い返した。


「ばれんたいんでぇ、ですが」

「なんでおまえ、そんなこと、知ってんの?」

「この本に書いてあるんですよー」


 ぴらっと、見せてきたのは、女性向け雑誌。

 そういや向こうの世界のファッション雑誌を読むのが趣味だったっけ。こいつ。

 書店で買うのも恥ずかしいので、美津希ちゃんからお古を貰ってきている。一年前の雑誌だろうと、たぶん、こっちの世界では関係ない。流行遅れもなにもないからだ。


「〝ばれんたいんちょこ特集〟とあるのですが。そもそも〝ばれんたいんちょこ〟というのは、なんなのでしょう?」

「チョコってのは、それな」


 俺は店の棚を顎で指した。

 お菓子コーナーに、チョコを使ったお菓子が色々ある。キノコとタケノコのほか、チョコ一〇〇パーセントの板チョコもある。


「ばれんたいん、というのは?」

「うーむ。なんといえばいいのやら……」


 俺は考えた。

 バレンタインデー、というものを、改めて説明しろといわれると、ちょっと困った。


「ええと……。好きな人にチョコを贈っていい日、だったかな?」

「オバちゃんとかですか?」

「は? オバちゃん? なぜオバちゃんがでてくる?」

「わたし。オバちゃん好きですけど」

「女同士は、普通、贈らんだろ。いや……? いまだと贈るのかな?」

「どっちなんですか?」

「まあ。普通はないな。だから男にやるんだってば」

「マスターは好きな〝人〟って言いましたー。男性限定なら、最初にそう言っといてくださいよー」

「わざわざ言わなくたって、普通、好きっていったら、異性のことだろうが」


 そんなあたりまえのことを、なぜ、いちいち言わなければならないのか。


「男性ですと、ええと……。ドワーフの鍛治師さん、商人さん、キング……」


 バカなエルフのやつは、身近な男の名前をいちいち数えあげてゆく。

 なんだか聞いていると、ムカムカしてくるのは、なぜだろう……?

 まあこいつの場合、「好き」と「好き」の違いをわかっていないのは確実で、気にする必要がないというのは、わかっているのだが……。


「……あと、マスターですかね」


 俺の名前は、最後に出てきやがった。


 まあべつに、こいつの場合には、「好き」といったって、そーゆー意味の「好き」ではないわけで、気にしてやる必要もないわけだが……。


「もちろんマスターも好きですよ」


 俺の顔を見て、念を押すようにそう言った。

 そんなことを言われたところで、べつにどういということもない。

 ドキリなんて、するわけがない。


「チョコ、おくるの?」


 じっと静かに話を聞いていたエナが、俺たちのほうを見て、そう言った。


「あー……、うん、まあ。向こうの風習でな。そーゆーのがあってな」

「……」


 エナはしばらく思案顔をしていたが――。

 ややあって、口を開いた。


「突然ですけど。お給料ください」

「はい?」

「お給料」

「あー、うん。給料なっ。そうだなっ」


 俺はちょっと焦っていた。

 エナはずっと前から店で働いていたわけだが……。

 俺! 給料払っていなかった!

 おバカなエルフでさえ、日当缶詰9個を払っているとゆーのに!


「……ど、どのくらいがいいんだ?」

「銅貨一枚ほしいな」

「へ?」

「銅貨一枚」


 銅貨というのは、向こうの世界の価値でいえば、だいたい百円くらい。

 給料が百円って……、それ、いいの?


「だめ?」


 黒いおかっぱの髪をさらりと揺らして、エナが問いかける。


「い、いや……。だめじゃないけど……」


 俺はカウンターの裏の壺貯金から、銅貨一枚を持ってきて……。エナに渡した。


「ん」


 エナは銅貨一枚を受け取ると、にっこり微笑んだ。


 それから、なにを思ったか、とことこ歩いて、店から出て行った。

 なにをするのかと思って、しばらく見ていたら……。エナは店の入口から、また入ってきた。


「ごめんください」

「はい?」


 俺は思わず問い返す。


「お客さんです。わたし」

「うん? あっ……? あー、あー、あー! そっか!」


 つまり、店の人間ではなく、お客さんというわけだ。

 いまのエナは買い物にきたお客さんなわけだ。


 エナは迷わず棚の一つに歩いていった。

 取りあげたお菓子を、俺のところに持ってくる。


「これください」


 板チョコは、銅貨一枚。

 なるほど。それで給料が銅貨一枚だったわけか。


「はい。銅貨一枚です」


 俺が言うと、エナは一枚こっきりの銅貨を俺に渡してきた。

 そうして自分のものとなったチョコを、エナは――。


「んっ」


 俺に向けて差し出してきた。


 あー……。うん。

 たしかに、チョコだな。


 剥き身の板チョコとか、そんな色気のない物体、義理チョコでも貰ったことはなかったけども……。

 綺麗にラッピングしていないと、本命チョコには見えないが……。

 あと、チョコを贈るのは「バレンタインデー」だけで、いつでもいいわけでもないんだが……。

 そのへん、一切合切、まったく説明していないのだから、まあ当然か。


「うん。ありがとう」


 エナの気持ちをありがたく受け取っておく。

 これってきっと、「好き」とは違うほうの「好き」のほうなんだろうなぁ……。

 とか、思ったり思わなかったり。

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