第115話「タコ焼き無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
客も途絶えて、暇になった店内で、オレはカウンターに頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。
「おやつ、なんにしますー?」
「おま。食うことばっかだな」
「エナちゃんも、小腹すいてますよねー? おやつ、食べたいですよねー」
バカなエルフが、ずる賢くも、エナに話を振る。
エナはしばらく首を傾けていたが、やがて、こくんと首を折った。
「じゃ。なんか食うかー」
「わたしだとディスられて、エナちゃんだと速攻で賛成されるの、いつもながら、そこはかとなく不公平を感じるのですが」
「じゃ、おまえ、おやつなし」
「そんなぁ~」
エナがくすくすと笑っている。棚の合間で商品整理をしているエナに、俺は声を掛けた。
「エナ。好きなものでいいぞー」
「うん」
棚にはお菓子の袋も並んでいる。うちで「おやつ」といえば、なにか袋か箱かを開けることを言う。
ぶっちゃて言うと、店の商品を食べているわけだ。
経理をみてもらっている美津希ちゃんの話では、ほんとは、こーゆーのはいかんらしい。
たとえば自営業の商店の場合――。たとえばお肉屋さんが、おやつに店のコロッケを食べていたりすると、それは厳密にいえば「脱税」となってしまうらしい。
なのでいちおう、「おやつ。ポテトチップス一袋」とか、「おやつ。きのことたけのこ、どちらも一箱ずつ」とか、メモを残してある。
あとで美津希大明神にメモを渡すと、皆で食べた分は、自家消費ということで別会計にしてもらえる。うちのJK大明神は、ほんと、頼もしくていらっしゃる。
「エナ、決まったかー?」
エナが棚の合間でぼうっとしているので、俺は声を掛けた。
「おまつり……、まだかな……」
エナは遠くを見たままで、ぼんやりと、そうつぶやいた。
「おまつりが、どうしたー?」
「えっ?」
俺がそう言うと、エナは、はっとした顔になった。
「やだわたし、口に出しちゃってた」
さっきのつぶやきは、無意識のものだったらしい。
うん。かーいー。かーいー。
「おいしいもの、いっぱいでしたよねー。このあいだのおまつり」
バカなエルフが言う。
よだれを垂らさんばかりの顔になっている。
こいつ、お澄まし顔をしていれば、けっこう美人なのに――。こうして食い物の話になると、とたんに残念な生き物に成り下がる。
「うん。いろいろ。美味しかった……。でもつぎのおまつりまで食べられないから……、残念で」
エナが言う。
「エナはどれがいちばん好きだったんだ?」
俺は聞いた。
このあいだ、街でカーニバルとかいう、おまつりの一種をやったとき、うちの店からも色々と出しものを提供した。
屋台をいくつも並べた。綿あめ、かき氷、ヤキソバ、タコ焼き、フランクフルト、おまつりの食べものをいくつも出した。
異世界の味は、こちらの世界でも大好評だった。
「エナは、どれがいちばん好きだったんだ?」
「んっとね……」
くちびるに指先をあてて、エナは考えこむ。
「……タコ焼き」
「おー、あれかー」
俺はうなずいた。
そういえば、ふーふー言いながら食べてたっけな。びっくりしたような目をしながら、無心にタコ焼きを食べていた。
「じゃ、やるか」
「えっ?」
俺がそう言うと、エナは驚いた顔になる。
「でも……、いまおまつりじゃ……、ないよ?」
「べつにおまつりじゃなくても、タコ焼きは食べていいんだぞ」
「えっ? ほんとっ!?」
エナが喜んでいる。
どうでもいいが、バカエルフも喜んでいる。それこそヨダレを垂らさんばかりに……。
「……といっても、材料が足りないな。小麦粉くらいはあるけど。……ちょっと買ってくる」
「いってらっしゃーい!」
エナの元気な声に見送られて、俺はひょいとそのままの格好で店を出た。
今日は仕入れじゃないから、着の身着のままの格好だ。
近所のコンビニに行く感覚で、ひょいと異世界……じゃなくて、現代世界に行く。
最近はどうも「あっち」と「こっち」の感覚が逆転してきていて……。いわゆる異世界の側が「こっち」で、現代世界の側が「あっち」になりつつあった。
気をつけないと、「あっち」の現代世界のほうを「異世界」とか言いかねない。
最近は転移に熟練してきていて、狙った場所に転移できるようになってきていた。
スーパーの横の路地にピンポイントで出現。
鮮魚コーナーにまず向かってタコを買う。ついでに青ノリとカツブシと、紅ショウガと揚げ玉と、そんなあたりも買っておく。
「もどったぞー」
「おかえりなさい!」
「肉! お帰りなさい!」
バカエルフはもう正気を失っているようだ。俺ではなくて、レジ袋に入ったタコに「お帰りなさい」と言っている。
「肉じゃなくて、これはタコ」
「タコの肉ですよー!」
「へんな生き物……。でもおいしい……」
スーパーのパックの中に入ったタコを見て、エナがコメントする。
「エナ。これはべつにそのまま泳いでいるわけではなくてな。ほら。図鑑があったろ。海の生き物とか。あそこに出てるタコが、つまり、これ」
「へー」
俺はそんなことを話しながら、戸棚の奥に頭を突っこんで、ごそごそと探し物をしていた。
普段使わないものは、戸棚の奥にしまいこんである。
「おー。あった。あった」
タコ焼きをやるときの必須アイテム。タコ焼き鉄板である。
そのほか
小麦粉を水に溶く。こんなんでいいの? ――という薄さで大丈夫なのだ。タコ焼きの場合。
そしたらダシを入れて卵も入れる。ネギも入れる。ちなみに卵とネギはこちら産だ。卵はこちらにも普通にある。毎朝、卵売りと乳売りとが、新鮮なものを売りにくる。
ネギのほうは、正確にいうと、「ネギっぽいなにか」だが……。まあ味はネギである。
タネの準備が終わったら、具材だ。
タコ、揚げ玉と、刻んだ紅ショウガと、ネギと、具材は皿に盛って待機。
「ガスコンロ、つけてくれー」
「うん!」
エナがかちんとつまみを回して、ガスコンロに火をともす。
ガスコンロを使いはじめた最初の頃は、おっかなびっくりやっていたエナだったが、Cマートのお茶係を拝命するようになってから、上手になった。
いまではまったく堂に入ったものである。
タコ焼き専用鉄板をガスコンロにのせる。油が白い煙となって立ち昇るまで、じっと待つ。
「に……! 肉味のにおいがしますー!」
バカなエルフはすでに錯乱状態。
「それは肉じゃなくて油の焼けるにおいだっつーの」
まあたしかに、焼肉の匂いとかは、つまり、この油のにおいなわけだけど。
バカなエルフは目をぐるぐるさせて、まったく役に立たなくなってしまっているので、エナと二人で協力してタコ焼きを作っていった。
まずタコ焼き専用鉄板の穴の開いているところに、タネを流しこむ。
しばらくして固まったところに、タコ、揚げ玉、紅ショウガと、ネギ、と、具材を入れてゆく。
そしたら蓋をするように、またタネを流しこむ。たっぷり入れて、鉄板の縁から流れ出しそうになるぐらいまで入れる。
そしたら、腕の見せ所である。
焼けてきたものから、順番に串で刺して、くるんとひっくり返す。
「うわぁ……!」
エナが歓声をあげている。
俺は得意になった。
じつは俺はタコ焼きマイスターなのだ。しばらくタコ焼きに凝っていた時期があって……。それで上達した。
「肉ぅ……! 肉うぅ!」
バカなエルフが、ついに正気を失った。
まだ焼けてないのに、手を伸ばしたところに――エナが、びしいぃと、つっこみチョップを入れていた。
エナさん怖いです。
「よし、焼けたぞ」
「わーい!」
「もう食べてもいいんですか! いいんですかーっ!!」
「まだだ」
「そんなぁ!!」
ソースを掛けて、カツブシと青ノリをかける。
そして――。
「おま? マヨネーズかけるほう? かけないほう?」
「そんなのどっちでもいいですからぁ!!」
いや。そこは重要なところだろう。
マヨネーズをかける派とかけない派とがいるらしい。おたがいがおたがいを〝邪道〟認定して、永遠の派閥闘争を繰り広げているらしい。
俺的には、好きなほうで食えばいいと思うのだが……。
「マヨネーズ? かけるよ?」
エナはかける派だった模様。
ちなみに俺はかけない派。
このCマートでは、派閥闘争は起こらず、どちらも共存していた。
バカなエルフは、以前、マヨネーズから肉味がするとか言っていた気もするので、かけておいてやる。
どうせ聞いてもまともな返事は返ってこない。
「じゃあ――?」
「うん!」
俺とエナは、顔を見合わせて――。
「いっただっきまぁーっす!」
「いただきます!」
「肉! にくぅ! 肉味がしまふぅ! あち! あっち! あっちっち――! わふぅ!」
今日のCマートは、タコ焼き無双だった。




