第111話「ポーカー無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
いつものテーブルで、いつものお茶の休憩時間。
「これはな。トランプだ」
店の不良在庫の商品を前にして、俺は言った。
こちらの世界に持ちこんだ〝トランプ〟はぜんぜん売れず、店の不良在庫と成り果てていた。
なんで売れないのか、前々から疑問だったのだが、このあいだ、ひょんなことからその理由が判明した。
こちらの世界の皆は、トランプの遊び方を知らないのだ。
よく考えてみれば、あたりまえだった。遊び方がわからなければ、トランプは単なる絵札でしかない。使い道もわからない絵札のセットを買ってゆく人など、いるはずがない。
「ふむふむ。……で、この絵札のセット、どうやって使うものなんですか? まえに、なんか遊びかたがあるって、言ってましたよね?」
「それをこれから説明するわけだが。……まず最初に言っておくが、食い物じゃないからな?」
カードを広げてしげしげと見つめるバカエルフに、俺はまず釘を刺した。
「マスターは私をなんだと思っているんですか。それじゃわたし、食べることばかり考えているみたいじゃないですか」
おまえはだいたいそんなものだろう。
「ヒゲのおじさんがいる」
カードの一枚を指差して、エナが言う。
「それはキングだ」
「キングさん、おヒゲ生えてないよ?」
「そっちのキングじゃなくて、トランプの中の王様なんだ」
「オウサマ……? って?」
エナが首を傾げる。
言葉が〝変換〟されなかったときには、だいたいわかるようになってたきた。
この世界では、話し言葉は自動翻訳される。だが書き言葉のほうは変換されない。
「王様っていうのはな……。えーと……」
うーむ……。説明が難しい。
こちらの世界にはキング族以外に〝エライ人〟というのは存在しないようだ。
言い換えるにしても、喩える先がない。
「まあ、深く考えるな。キングとクイーンとジャック。それでこいつがジョーカーで……。そう覚えておけば大丈夫だ」
「うん。おぼえた。キング。クイーン。ジャック。……ジョーカー」
エナは記憶力がいいから、すぐに覚える。
バカエルフのやつは――。
こいつのほうは、よくわからないのだが、じつは相当に頭がいいんじゃないかと思う。
向こうの世界の文字を最初に覚えたのもこいつだし。
いろいろな製品についてくる〝説明書〟を頼りに、なんにも教えていないのに、一人で「日本語」を覚えてしまった。
エナのほうはバカエルフから教わった。
そのエナもすごいが、自力で覚えたバカエルフのほうが、じつはもっとすごいのでは……?
こいつ、バカではないのでは?
しかし名前はもうバカエルフと決まってしまったのだし――。
「おなじ人、4人ずついるよ? 赤い人が二人に、黒い人が二人」
エナが早くもトランプのマークに気がついた。
「よく気がついたな。エナ。スペードとクラブと、ハートとダイヤっていってな。AからKまでのセットが、四種類あるんだ。それを使って遊ぶんだ」
「どうやって、あそぶの?」
さて……。なにがいいだろうか。
定番なのはババ抜きか。俺が覚えているものといえば、神経衰弱に大貧民、ドボン、七並べ……あと、ポーカーとかか。
神経衰弱とかでは、エナとバカエルフに勝てる気がしない。
ババ抜きは、どうもあれ、殺伐としている気がするんだよなー。ゲームとはいえ、エナにババを押しつけるとか、やりたくないしなー。
よし。ちょっと難しいかもしれないが、ポーカーをやろう。
俺はポーカーのルールを説明した。
◇
「レイズ、だよ」
「うっ……。まだ上げるのか?」
「うん。レイズ。三〇〇。……おりる?」
チップがわりの「おはじき」が三つ、ずいっと押し出されてくる。
「うっ……」
俺は窮地に追いこまれていた。
手元のツーペアで勝てるのか……? いやしかし、そんなに悪い手でもないはずで……。
皆でポーカーをやることにした。
そしたらエナが強かった。
はじめてだから、子供だから……と舐めていたら、とんでもなかった。
バカエルフのやつだったら、顔色でわかるのだ。
いい手が出来たらニッコニコになってるし、ブタのときには、この世の終わりみたいな顔をしている。だからはっきり言ってカモだった。
しかしエナは顔色がまったく変わらない。
文字通りのポーカーフェイス。もともと無表情系なエナのポーカーフェイスは、まさに完璧だった。
「の、のった……。三〇〇な」
俺がチップを出し切らないうちに、エナは――。
「レイズ。さらに二〇〇、だよ」
「うっ……」
俺はエナの顔色をうかがった。
これは本当に凄い手なのか? それとも……?
だめだーっ!
ぜんぜん! わかんねーっ!
「お……、おりる……」
俺は自分の札を、ぱたりとテーブルに置いた。
そしたら――。エナは――。
「ぶた、だよ」
手の中の札を、テーブルに開いてみせる。
なんですと!
まさかブタで勝負してくるとは……。ハッタリだけで勝負をかけてくるとは……。
完璧にしてやられてしまった。
俺……、ツーペアだったのに……。
俺はすごいものを目覚めさせてしまったのかもしれない。




