第110話「いじわる」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺はいつものようにカウンターで頬杖をついてぼんやりとしていた。
エナがとことこと店内を歩きながら、棚の商品の補充をしている。
減ってる品物をストックから出してきて並べる。売れ残っているものは、一部をストックに戻して陳列数を減らす。まったく売れないものは、位置を変えてみたり、全部ストックに戻してみたりする。
それをなんとなく目で追いかけている。
――と、不意に、エナが床のでっぱりに足を引っ掛けて転んだ。手に持っていた商品も、床に散らばる。
「だいじょうぶか?」
俺はすぐさま駆け寄って、エナを助け起こした。
「うん。だいじょうぶ」
「怪我はないか?」
「うん。ないよ」
床に散らばった商品も拾い集めて、手渡してやる。
「うん。ありがと……」
立ち上がったエナだが、なんとなく不満げな顔を俺に向けてくる。
「……な、なにかな?」
俺はエナに聞いた。
「マレビトさん……、優しいよね」
「あー、うん。俺は紳士だからな」
そう言って、俺は大きくうなずいた。
うむ。紳士なのだ。俺は。
なので俺は気がついた。
「あー、そこのでっぱり。危ないな。こんどやっつけておかないとなー」
優しい紳士のマレビトさんとしては、エナが転ぶ原因をやっつけておかねば。絶対だ。
「エルフさんのときには、けったよ。お尻」
「え?」
俺はぎくりと固まった。
「あー、そういえばー」
バカエルフのやつが、棚の合間から、ひょいと頭を出してくる。
「このあいだ、わたしがそこで転んだとき、マスター、お尻蹴りましたよー。〝転んでんじゃねえぞバカ。商品壊すつもりか〟とか言ってー」
「う、うそだ」
俺は言った。ちょっとそれは酷いだろ。
「うそじゃないですよー。ねえ、エナちゃん?」
「うん。けったよ」
うわぁ。
俺は観念した。どうもいまいち覚えてないが、エナが言うならそうなのだろう。絶対だ。
「け、蹴ったっつーても……、か、軽くだろ? そんなに強く蹴ってなんていないだろ?」
「蹴ったのは確かじゃないですかー」
「き、きっとおまえのケツが蹴りやすいからだ。それがいけないんだ。お、俺は悪くないぞ」
「マスター。それぜんぜん言いわけになってないですよ」
バカエルフがジト目で俺を見てくる。
エナもジト目で俺を見てくる。
俺は窮地に立たされていた。
「どうしてエルフさんには、いじわる、するの?」
「い、いや……、べつに意地悪をしているわけでは……」
俺はエナに言いわけをした。エナのジト目に晒されるのが、特につらい。
「……不公平」
「……ん?」
エナの言葉に、俺は首を傾げた。
責められていると思ったのだが……。なんか、違う?
「わたしも転んだんだから、意地悪してくれないと……。不公平」
「……ん?」
意味がいまひとつわからない。
責められていないなら……。これは、なんなんだ?
「マスター。マスター。エナちゃんは、自分のお尻も蹴らないと不公平って、そう言ってるんですよ」
「ばか。できるわけないだろ。そんなこと」
「べつにお尻を蹴るんじゃなくても、意地悪すれば、いいんじゃないでしょうか? ね……、エナちゃん?」
「だからなんで俺がエナに意地悪せにゃあかんの?」
「マスター。マスター」
バカエルフのやつが、俺にぱたぱたと手招きをする。
なんなんだかわからないまま、俺は耳を近づけた。
バカエルフは小声で、俺の耳にこしょこしょと――。
(このあいだの話じゃないでしょうか)
(なんだよ? このあいだの話って?)
(ほら。好きな子に意地悪したくなるっていう、このあいだの、あの話です)
(それはおまえが言ってただけだろーが)
(マスターはわたしには意地悪してきますけど、エナちゃんにはしませんよね。意地悪)
(あたりまえだろーが)
(それで気にしているんじゃないですか?)
(ええっ? なんでだよ?)
(意地悪されないってことは、嫌われているってことだと思っているとか……?)
(ええーっ……?)
なにそれ?
そんなことあるわけないし。嫌うわけないし。
てゆうか。「好きな子に意地悪したくなる」っていうのは、バカエルフが言ってるだけのバカなデマだし。
もしそれが本当だったとしたら、俺がバカエルフを好きだってことになってしまうではないか! いやべつにバカエルフにだって意地悪はしていない――。こいつがバカだから、バカにふさわしい扱いをしているだけであって――。
バカエルフと小声で内緒話を続けていた俺は、そーっと、エナのほうに目を向けた。
エナはジト目で、俺を見ている。
ずいぶん長いこと内緒話をしていたものだから、ジト目の出力が、ますます上がってきている。
「え、えーっと……、じ、じゃあ……、エナにも意地悪を……、します」
「はい!」
俺が言うと、エナは顔を輝かせて返事をしてきた。
なんか……。やりずれーっ!!
意地悪します、とか言って、意地悪するのって、すんげー無理ゲー!!
「え、えーっと……」
俺は悪口を探した。よし。悪口といえは、あれだよな。
「バカエナ」
「バカエナ……、だよ」
「残念エナ」
「残念、だよ」
「ポンコツエナ」
「ぽんこつ……、です」
「駄エナ」
「だ……、だめだった?」
エナの目の端に涙が浮かんでいる。
えーっ! えーっ! えーっ!! なんで泣くの!?
「マスター。もうすこし手加減してあげましょうよー。わたしじゃないんですよー。エナちゃんなんですよー」
「いやだって! 意地悪しろっていうから!」
「だいじょうぶですよー。エナちゃんは駄目じゃないですから。マスターひどいですねー」
バカエルフがエナを抱きしめて、よしよしとやっている。
「ちょ!? 俺!? 悪者!?」
◇
しばらくして、落ちついてから、エナは言った。
「やっぱり……、ほめられるほうが……、いいです」
自分にも意地悪しろという、エナのなんか妙なブームは過ぎ去ってくれた。
よかったのやら……。どうなのやら……。
Cマート、しばらく頻繁に更新します。目指せ毎日更新。




