第108話「ゴッデス」
「わたしこのあいだー、へんな夢みましてー」
「へー」
いつものファミレス。いつもの席。
向かいに座る女子高生が、そんなことを言った。
ずいぶん前には、このファミレスでの毎週恒例の逢瀬は、ドキドキハラハラものだったのだが――。
べつに逢瀬といったって、やましいことはしていなくて、単なる経理の業務で、レシート類のチェックなんだけども。
俺、なんで女子高生とお茶してんの? いまなにが起きてんの?
現実感がまるで足りず、自分のほっぺを自分でつねって痛いことを確認してみたりしていたわけだが……。
人間、なんにでも慣れてしまうもので、最近では、ふつーに過ごせるようになっていた。
まあ、とはいえ……。
俺と美津希ちゃん、よその人から見ると、どんなふうに見えるんだろう?
――とか、思ったりしないこともない。
兄と妹? うーん。ちょいと無理があるな。
甥と姪?
まさか恋人同士にゃ見えんだろうな。いいとこ、援交ってあたりだろうな。いいや援交だったら、こんなふうに楽しくおしゃべりなんかしてないか。行くべきところにまっすぐGOだろうな。
「へんな夢って、どんな夢?」
「わたし、女神様やってるんですよー」
「へえ? 女神様を?」
「はい。それで転生してゆく人に、チートどうですかー? 聖剣どうですかー? ナイトメアモードどうですかー? 俺より強い敵に逢いに行ける世界で、熱いバトルどーでしょー? とか、セールスしてるんですー」
わけがわからん。なんで女神がセールスするんだ?
「なにそれ? 最近流行ってんの?」
スマホはずいぶん前にぶっ壊した。
それ以来、持たないようにしているので、最近のことは、ぜんぜん知らん。
「はい。むらさきちゃんが言うにはー、うえぶ小説? そういうのでは、定番の展開なんだそうですー」
むらさきちゃんは、美津希ちゃんのLINE友達だな。ってことは女子高生だな。小説読んでる高校生かよ。すごい頭いいんだな。俺には無理だな。文字がいっぱいのものを読んでいるとアタマ痛くなってくるんだ。
「じゃあ、夢に出るのは、そのウエブ小説とかゆーの、読みすぎなんじゃん?」
「いえー。わたしは読んでないんですけどー。へんですよねー」
「じゃあ、むらさきちゃんから、話、聞かされすぎなんじゃん?」
「いえー。夢を見てから話したんですよー。へんですよねー」
「じゃあ、前世で女神様だったんだよ」
「あー、なるほどー。なるほどー。そうなのかもしれないですねー」
信じた!
……わけはないな。
客観的にみればすこし寒い俺のジョークに合わせてくれる美津希ちゃん、マジ女神!
「ふふっ」
「どしたん?」
会話を止めて、窓の外をぼんやり眺めていた美津希ちゃんが、突然、笑ったものだから、俺は聞いてみた。
「いえー。夢の中のわたしー。人間さんの住む世界に憧れていたんですよねー。こうして人間やっていますとー。夢が叶ったんだなー、って。ふふふっ……。もちろん夢のなかの話ですけどね」
「ほう?」
ひとつわからない点がある。
人間が神様に憧れるっていうならわかる気もするが、その逆というのが、わからない。
「なんで人間に憧れるんだ、神様なのに?」
「高次の存在である神族はー、三次元に住む人たちの行動が、本当に不思議でー。ほら。すべての場所に存在確率的に同時存在しているじゃないですかー。だからまずわからないのが、限定された〝視点〟っていうか、〝肉体〟があるって感覚でー。あと時間流に縛られて過去から未来にしか認識が追いつかないじゃないですか。あれも、実際にそうした立場になっていないから、どういう〝感覚〟なのかわからないっていいますかー」
美津希ちゃんが、なにかムズカシイこと、ゆってる……。
「え……、えすえふ?」
俺はかろうじてそう口にした。
そういえば美津希ちゃんはスーパー女子高生なのだった。
えすえふ? とかゆーものを知っていても不思議はない。むらさきちゃんと二人して、えすえふ映画、とかゆひものを観に行っていたって、なんら不思議はない。
「SFじゃないですよ。転生転移っていうジャンルになるみたいですよ。うえぶ小説だと」
なら俺は転生転移もギブアップだな。
「うえぶ小説だと、マレビトさんは、転移のほうの人になるんですよねー」
「ほー。そうなのか」
「転移っていうのは、こっちの世界の人が、向こうの世界に、そのまま移ることをいうそうです」
「俺じゃん」
「でも普通は、行ったっきりで帰って来れないみたいです。一度世界を渡ると、もうそれっきりらしくて」
「なんで?」
「なぜ、と申されましても……。帰って来れちゃうと、物語にならないからじゃないですか?」
「だから、なんで?」
俺は聞いた。なんか俺の立場をディスられているような気がする。
「物語……だからでしょうか? 行ったり戻ったりが自由にできちゃうと、物語が作りにくいから?」
「ああ。なんだ。作り話だからか」
じゃあ俺とは関係ないな。俺のこれは物語じゃないしな。
俺はちょっと安心して、話を戻すことにした。
「その女神様――ミツキ大明神だけど」
「エルマリアっていう名前だったみたいなんです」
「えるまー……?」
「はい。タマエルちゃんはエルマー姉さん、って呼んでましたねー」
「たま?」
「天使ちゃんです。妹みたいなもので。ぱたぱたって、羽があって、可愛いんですよー。ちょっとタマイキなんですけど」
「タマイキ?」
「ナマイキなんだけど可愛いのがタマイキです」
うおー。俺。女子高生とそれっぽく会話してるー。
っていうか、ぶっちゃけ、話題の飛びっぷりについていけてないんだけどー。
そのついていけないノリが女子高生との会話っぽいんだけどー。
「ところでさ。エルマーさんだかエルマリアさんだか。なんで人間に憧れてんの? さっきの、えすえふ、の話じゃなくて、もっとやさしく言うと?」
さっきわかんなかった部分を、俺は聞いてみた。
「楽しそうだからです」
「ほー。なるほど」
こんどは、すごくよくわかった。
じゃあ神様ってのは、楽しくないわけか。
なんでも出来ても、楽しくないなら、じゃあ、なんにも出来なくても、楽しいほうがいいわな。
人生ってのは、楽しむためにあるものだし。
俺はあちらの世界に渡ってから、特にそう思うようになった。
以前の俺は、ブラックまみれで、すり減らされる毎日で……。
「あと。女神様だったわたしが、人間さんに憧れていた理由は、もうひとつありましてー」
「なに?」
「ほら。人間さんって……。配偶者さん、って、いるじゃないですかー」
「あははは」
俺は乾いた笑い声をあげた。
あいかわらず、美津希ちゃん、ぐいぐい来るよなー。
意表を突いたタイミングで、くるんだよなー。




