第107話「ドッジボール無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺は棚の商品整理をしていた俺は、売れ残りのクッションを手に、ふと考えこんでいた。
この売れ残りの不人気商品……。
どうにかして、大人気商品にできないだろうか?
ただ並べておいただけでは、売れなかった。
だがしかし、ここになにかワンアイデアがあれば、売れるようになると思うのだが……。
前に輪ゴム無双をした。
その商品がどのように〝役立つ〟のかを〝プレゼン〟することが大事だと、あのときに学んだ。
俺は手にしていたクッションを――。
通りすぎるバカエルフのケツに向かって、ぺいっ、と、投げつけてみた。
クッションは、ぽふっと当たってから、ぽてんと床に落ちた。
バカエルフのやつは、俺をじーっと見つめてきて――。
「……せくはら、ですか?」
表情のない顔で、そう言った。
「ちがうな。どちらかというとこれはDVだな」
俺は誤解を解くために、そう答えた。
「でぃーぶい、とゆーものと、せくはら、とゆーものとは、どのように違うのですか?」
「セクハラ要素があるものがセクハラだ。DVは……、あれ? なんの略だったっけ? あれ? 意味合ってたかな……? どうだったっけ? いいんだっけ?」
「マスターにわかんないものが、わたしにわかるわけないじゃないですか」
それもそうだ。
「だいたいこれはドッジボールというもので、べつにDVでもなんでもない。ボールを人に当てるゲームなのだ。おまえが変なこと言うからいかんのだ」
「せくはらなのか、でぃーぶぃなのか、どっじぼーるなのか、どれなのか、はっきりしてくださいよ」
「ドッジボール。ドッジボールだってば」
俺の思いついたアイデアというのは、「ドッジボール」だった。
クッションをボールがわりに使うドッジボールを広めれば、人気商品になるのではないかと……。
「でもこれボールじゃないですよ。これはクッションです」
バカエルフはクッションを拾って持ってきた。
「ボールは危ないんだー。痛いんだー。ドッジボールはなー。あれはなー。本式でやるとなー。ボールがなー。けっこう固いんだー。顔面に当たったりしやがるとなー。けっこう痛くってなー。保健室送りなんだー。はなぢ……でたよ?」
俺は過去のトラウマを掘り返されて、ちょっと小学生の頃を思い出してしまった。
「なんだかよくわかりませんが、ボールだと危ないので、痛くないようにクッションなんですね?」
「そうだ。その通りだ」
「それで、そのどっじぼーる、とかいう遊びは、どんな遊びなんですか? 人生ゲームのお仲間ですか?」
「は? いや人生ゲームは関係ないだろ。なんでいま出てくる?」
「どっじぼーるはゲームだって、さっきマスターが言いましたー」
「言ってねえよ」
「言いましたよー。――ね? エナちゃん?」
「うん。いったよ。ボールを人にあてるゲームだって」
「そうか。なら言ったな」
エナが言うなら、そうなのだろう。
「なんでエナちゃんに言われると素直に認めるんでしょうかね」
「なんでだろうな」
「えへへ……」
エナは笑っている。
うん。かーいー。かーいー。
「しかしおまえは、ゲームといえば二つしかないのか。人生ゲームもドッジボールも一緒くたか」
「マスターの世界の〝ゲーム〟っていえば、あれとこれの二つしか知らないですよ」
「うそつけ。そこの棚にトランプが置いてあるだろ。あれだって立派なゲームだぞ?」
「あの絵札のセット。どうやって使うものなんですか?」
「げ。まじかよ」
「まじです」
トランプの使いかた知らんのか。
ぜんぜん売れなかったのは、それが理由か。
そういや、よく考えてみれば、当然だった。
知るはずがないわなー。
〝あそびかた〟のマニュアルを作らなければならないか。いやそれよりも実演してみせたほうが早いか。
トランプの遊びかたって、いくつ覚えてたかなー?
ババ抜きだろ。神経衰弱だろ。大貧民だろ。スピード……あたりは、ルールがあやふやだなぁ。
「まあトランプの話はいいとして。……だ」
「はい」
俺は話を戻した。
「で。ドッジボールなんだが」
「どっじぼーるですが」
どうもバカエルフが発音すると、「ドッジボール」が「どっじぼーる」になってしまう。
なんかちょっと萌えてくるので、やめてほしい。
「ドッジボールとは、人にボールをあてるゲームなわけだ」
「お尻に当てるんですか?」
「なぜそこ、お尻限定になる? なぜそこにこだわる?」
「マスターがお尻を狙ってきたじゃないですか」
「いやべつに狙ったわけではなくてだな。たまたま目についたそこに、尻があったからであって――」
「ほらやっぱ狙ってましたよね」
「どっじぼーるって……、お尻にあてる……、げぇむなの?」
エナが言う。
俺は困ってしまった。
「あー……、うー……」
「あう?」
エナがきゅるんと小首を傾げる。
俺の返答を待ち受けている。俺を信じる純真なまなざしが、俺に注がれている。
お尻を狙ったえっちぃ人間ではないということを、俺はこのまなざしに対して証明しなければならない。
「そ……、そうだ」
俺は重々しくうなずいた。
「お……、お尻に当てないと、い、いかんのだ。……他の部分にあたった場合は、ノーカンなのだ」
「のーかん?」
「ノーカウント……、得点にならないという意味な」
「そうなんだ」
「そ、そうなんだよ」
エナは納得した。
もうこうなったら、これで押し通すしかない。
「よし。臨時の飴ちゃん配布を実行するぞ! ガキども集めろー! ドッジボールを広めるぞー!」
「うん!」
◆
「そーれー! やれー!」
「わーい!」
ガキどもを率いて、皆で一斉にエルフに集中砲火。
「ひどいですよー。なんでわたしばっかり狙うんですかー」
「うはははは! なぜなら! そこに尻があるからだ! そんな大きな的を持っているからイカンのだー!」
ドッジボールという競技は、本来なら二つのチームに分かれてコートの中でやるものだ。
内野と外野とがあって、内野にボールをぶつければ、自分のチームの外野が一人、中に入れる。そして相手の全員を外野に追い出せば、自分のチームの勝利。
そういうゲームなのだが――。
ゲーム慣れしていないこちらの世界のガキどもには、そのルールは難しすぎた。
よって、勝ちも負けもない、単なる枕投げゲームとなっていた。
ぜんぜんドッジボールではないのだが、それでも「どっじぼーる」という名前で広まってしまった。
「しーまーとで、また新しいアソビやってるー」とばかりに、話を聞きつけたガキどもが、どんどん増えてくる。
「女の子たちー! わるい店長をやっつけましょー!」
エルフが女の子たちを味方につけた。
こんどは集中砲火が俺に飛ぶ。
「え? ちょっ――うわっ! なんで! 俺ばかり!」
後ろからクッションの連射がくる。振り返ると、また背中側から狙われる。
「おいこら! おまえらまで!」
味方にしていたはずのガキども(男子)たちまで、俺を狙いはじめた。
「こらおまえ! へんなとこ狙うな! そこはノーカンだ!」
お尻じゃなくて、前のほうから腰を狙ってくるヤツもいた。
とっつかまえて、こめかみにウメボシを決めてやる。女の子だったが容赦はしない。
「それー! 退治しちゃいましょー!」
エルフの号令で一斉射撃が飛んでくる。
「あはははは。えーい!」
なんと。エナまでが俺にクッションをぶつけている。
ちょっとショック。
だが笑顔だから、いっか。
「ぐわー! やられたあぁぁ!!」
俺はやられ役を堪能した。
◆
クッションはそこそこ売れた。
「どっぢぼーる」というあそびは、二手に分かれてクッションをぶつけ合う(お尻以外はノーカウント)というゲームとして、異世界に定着した。
今回のCマートは、ドッジボール無双だった。
連載再開しました~。
週1くらいで、ゆるゆると数ヶ月以上、連載予定。
安定してきたら、曜日固定したいと思います。




