第105話「おまつりきたる」
祭り当日。
Cマートの店内は戦争のような状態になっていた。
本来の業務そっちのけで、出店の準備で大忙しだ。
「にーちゃん、ハッピが足んねーぞ。ユニフォームがねえぞー」
「どっかの段ボールのなかに何枚もあるだろ」
「オレ! 赤いのなーっ! 赤はリーダーの色なーっ!!」
オスガキがうるさい。特にケンケンとかいうバカガキがうるさい。
俺はしっしっと段ボールのほうに追い払った。
「あたし、お店屋さんって、やるのはじめてー! なにやるなにやるー!? ジルちゃんなにやる? セラちんなにやるっ!?」
メスガキもうるさい。まあこっちは華やかでいいのだが。
「占いとかはどうでしょう?」
「勝手に店を増やすな……。って、まあ、べつにいいんだが……。やれるのか? 占い?」
「本式ですわよ?」
黒髪のお嬢様は、薄く微笑んだ。
「セラちん霊能力者だもんねーっ!」
この娘、なにか神秘的な感じがあるなぁ、とか思っていたら、ガチっぽい?
「霊なんていません。いないに決まっているじゃないですか。……ははは。非科学的な」
オスガキの片割れがブルってる。幽霊怖い派か。
『わたし? ジャグリングとかやります?』
Cマートの運送バイトでもあるジルちゃんは、胸に提げてるホワイトボードに、そんなことを書いている。
この子はなぜだか、友達と一緒の時には、筆談系少女へと変わる。
日本語の会話はカタコトになってしまうらしいが、この世界なら、母国語で話せば翻訳魔法で通じるのに――。普段、口を聞かない自分のイメージが、壊れてしまうことを気にしているようである。
「ジャグリングって、なんだっけ?」
『いろいろ、投げて、空中でお手玉みたいにするやつです。ナイフとか』
「ナイフ!?」
なにそのキラージャグリング。
しかし、ジルちゃん書くの早ええーっ! ノータイムで普通に会話できている。
「しかしそれは、縁日っていうより、大道芸だなぁ。……まあ、いいのか?」
店の数よりも、人数のほうが余り気味だ。
占いの館と、大道芸と、追加で……。
「あたし宝石屋さんになりたいーっ! なるーっ!」
ひと山いくらの詰め放題、宝石屋さんが、名乗りをあげた。
「いちいち咆えんでよろしい」
「うそっ! あたし咆えてたっ!?」
このアホの娘は、元気でいいなぁ。妹として、一家に一匹、ほしいなぁ。
中学生軍団のもとを離れて、俺は大人年齢の女子たちのところに行った。
翔子と美津希ちゃんが並んで座って、フランクに串を刺している。
「あー、ほら、ウワサをすれば、やってきたー」
「おいこら? なんの噂をしてたんだ?」
「もっくんの、あれやこれや」
「うふふ。いろいろ教えていただきましたー♡」
「カンベンしてくれよ」
翔子と美津希ちゃんは、仲良くなるのはいいのだけど、翔子のやつが、あることないこと吹きこんでいるんじゃないかと、たまに心配になる。
女同士の会話を詮索するほど野暮じゃないつもりだが……。
うう……。気になる。
美津希ちゃん、もうたぶん、聞かされているんだろうなー。
もう、知ってるんだろうなー……。
俺と翔子が、昔、付き合っていたということも……。
「たっぷり言っておいてあげたさねー。もっくんが、いかにバカでアホで、どーしよーもないかっていうコト」
「なんじゃそりゃ」
「高校生時代の賓人さんが、どんなふうだったか、いろいろ、教えてもらってましたー」
ああ。そのへんね。
そのへんならセーフだな。意外と爽やか系だったしな。
Cマート風〝おまつり〟の準備は、あちこちで進んでいる。
近所から援軍に駆けつけてきてくれたオバちゃんが、踏み台の上に乗って、大きな鉄板と格闘している。本番前の練習だ。
縁日の花形。ヤキソバである。
これがないと、おまつりが始まらないと言い切れるほどの重要アイテムである。――個人的に。
「オバちゃん。ヤキソバできたか? できるか?」
「こんなん。やったことないけどね。こんなんでいいのかね?」
「いいのいいの。すげー美味そう。さすがプロ」
出店の種類は、シロウトでもできる簡単なものを選んだつもりだが、ヤキソバの調理は、少々、シロウトの手には余った。
そこでプロのオバちゃんにご登場願った。
「だけどこの、そーす? とかいうやつ? こんなにドバドバかけちゃって、いいのかい?」
「いいのいいの。茶色くしちゃって、いいヨいいヨー。それがヤキソバってもんだヨー」
「あんたのとこの食い物は、どれも味が濃いねえ。豪勢に調味料使うねえ。それでおいしいんだね」
俺が異世界にきて学んだ「おいしい」とは、つまり、味が濃いということである。
ソースで真っ茶色のヤキソバも、ケチャップとマスタードをドバドバかけるフランクフルトも、きっとヒット商品となるはずである。
ヤキソバと格闘するオバちゃんのところを離れ――。
途方に暮れた顔で、ぽつねんとしている人物のところに向かった。
オーク姉である。
「こんな恩返しの機会があるのに、私にできそうな手伝いは何一つなく。そこで知恵を絞ってみたのだが――。斬竜刀の叩き売りというのは、どうだろう?」
「それ。いつもやってる」
「で、ではっ……、そ、そうだ。たとえば腕力勝負で――う、腕相撲というのはどうだろう? 一回銀貨一枚で、腕相撲で勝負するのだ。相手が勝てば、これまでの溜まった参加料がすべて――」
「腕。へし折らんようにな。対戦相手のほうの腕な」
皆まで聞かずに、俺はそう言った。
オーク姉の場合、対戦相手の心配を、まずすべき。
樽が一個あればできる、簡単な「出店」の仕事をオーク姉に割り当てて――。
最後に、目立たない無表情組が二人のところに立ち寄る。
うちのエナと、向こうの中学生軍団の、小森ちゃんとかいう子だ。
エナはせっせとラムネの瓶詰めをしている。
クエン酸と重曹と砂糖を混ぜたものを水に溶かして、泡立ちはじめた液体を、ビンに入れて、素早くひっくり返してやると、炭酸の圧力で、ビンの中のビー玉が自動的に栓をするという仕組みだ。
そして無口相棒の小森さんも、かき氷セットの準備に余念がない。
発泡スチロールの箱を開けて、たくさん入った氷ブロックを確認して、また閉める。
その繰り返し。
無口無表情なりに、楽しみにしているのだとわかる。
うちのCマートのかーいーのと、向こうのGJ部中等部のかーいーのと、無表情なりに懇親を深めている二人から離れる。
「マスター。お疲れさま」
エルフのやつが、レモネードを俺のほっぺたにあてて、そう言った。
ひやっとした。カップには氷が浮かんでいて、たっぷりと露がついている。
これも商品。こっちにない飲み物は、たぶん、大人気。
「もうすぐですねー。楽しみですねー」
キンキンに冷えたレモネードを飲みながら、俺は空を見上げた。
空はだんだんと暗くなりつつある。おまつりの時間だ。
ジルちゃんは既出ですが、その他の中学生集団は、WEB版ではお初だった気がします。
彼らが出てくるエピソードは、年末年始あたりに数話分、掲載の予定です。
 




